インプレッション

三菱自動車「ランサーエボリューション ファイナルエディション」

本当に最後のランエボ

 スポーツカーはライバルがいてこそ面白くなる。近年で言えばGT-R、ポルシェ、LFA、コルベットによるニュルブルクリンクでのタイムアタック合戦は興味深かったし、86&BRZの身内バトルも白熱中。ロードスターとS660だって販売面で拮抗し、これから切磋琢磨を続けて行くことだろう。だが、そんな世界を作り出したのは、やっぱり三菱自動車工業vs.スバル(富士重工業)の2.0リッター・4WD対決だろう。

 一体どこまで振り返ればいいのか分からないほど、長きに渡ってやりあってきた三菱自動車とスバル。ランサーとレオーネ、ギャランとレガシィ、そしてランサーエボリューションとインプレッサ……。いつの時代もライバルはすぐそばにいた。だが、その歴史もいよいよ終焉の時を迎える。

 その幕引きを行うクルマが「ランサーエボリューション ファイナルエディション」だ。ランサーエボリューションXをベースに仕立てられたこの1台にはXの文字が与えられることはなく、ランエボのファイナルという意味合いが車名に込められている。すなわち、1992年にWRC(世界ラリー選手権)のホモロゲーションモデルとして誕生して以来の歴史が幕を閉じるということである。

ランエボシリーズの最終モデルとなる1000台限定の特別仕様車「ランサーエボリューション ファイナルエディション」。ランサーエボリューションX GSRの5速MT車がベース車となっており、価格は429万8400円。ボディーサイズはランサーエボリューションXと同様の4495×1810×1480mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2650mm。車重は1530kg。撮影車はチタニウムグレーメタリックのボディーカラーにルーフ部をブラックとした2トーンカラー車
ランサーエボリューション ファイナルエディションのフロントまわり。ルーフのブラックカラーと共通性を持たせたグロスブラックのバンパーセンター、フードエアアウトレットを備えるとともに、グリルモールに落ち着いたトーンのダーククロムメッキを採用
BBS製18インチ鍛造アルミホイールはダーククロムの専用カラーとなり、ゴールドのBBSオーナメントを装着。タイヤサイズは245/40 R18。足まわりはビルシュタイン製前後単筒式ショックアブソーバーにアイバッハ製前後コイルスプリングの組み合わせ
トランク部に装着される「FINAL EDITION」バッヂ。上下のメッキラインに赤クリア色のロゴを組み合わせる
インテリアはブラックを基調とした精悍でスポーティな仕上がり。ランサーエボリューション ファイナルエディションでは、ピラーおよびルーフまでブラック化した特別な内装が与えられている
レッドステッチ入りのレカロ製レザーコンビネーションシート。レッドステッチは前後シートのほかステアリング、シフトノブ、パーキングブレーキレバー、コンソールリッドにも採用
エンジンスタート時の専用オープニング画面
シフトノブ前方にシリアルナンバープレートが付く。シリアルナンバー部は透明樹脂で封印される

 最後の進化の見どころはエンジンにある。これまで最高出力221kW(300PS)/6500rpm、最大トルク422Nm(43.0kgm)/3500rpmで留まっていたスペックは、最高出力230kW(313PS)/6500rpm、最大トルク429Nm(43.7kgm)/3500rpmまで引き上げられた。ライバルとなるスバルの「WRX STI」が持つ最高出力227kW(308PS)/6400rpm、最大トルク422Nm(43.0kgm)/4400rpmをきちんと上回ってくるあたりが面白い。最後の最後まで「ライバルに勝つ!」、そんな思いが込められているのかもしれない。

 ただ、そのスペックは簡単に達成されたわけじゃない。チューニングカーのようにブーストをポンッ!と引き上げて終わりではない。新たなエンジンにはエキゾーストバルブにナトリウム封入バルブを採用している。これはバルブの傘部で受けた熱を融解したナトリウムの流動によって効率よくステム部に運び、バルブガイドを介してシリンダーヘッドに熱を逃がすためのもの。バルブの傘部の温度が最高出力の判断基準となるため、今までの状態では300PSがギリギリだったそうだ。新たなナトリウム封入エキゾーストバルブは、バルブ傘部の冷却を促進して温度上昇を抑えることが可能になるため、313PSを達成できたということらしい。出力だけでなく、耐久性も視野に入れなければならない市販車ならではのこだわりだ。開発者が「これはイレブンに入れるつもりで造っていたもの。それがファイナルになるとは……」と残念そうに語っていたことが印象的だ。

ランサーエボリューション ファイナルエディションに搭載される直列4気筒DOHC 2.0リッターMIVECインタークーラーターボ「4B11」エンジン。エキゾーストバルブにナトリウム封入バルブを採用し、従来比で13PS/0.7kgm増の最高出力230kW(313PS)/6500rpm、最大トルク429Nm(43.7kgm)/3500rpmを発生

 それ以外にもビルシュタイン製前後単筒式ショックアブソーバー、アイバッハ製前後コイルスプリング、ハイパフォーマンスタイヤなどをセットにした「ハイパフォーマンスパッケージ」やBBS製18インチ鍛造アルミホイール、そしてレカロシートといったメーカーオプションをすべて盛り込んでいるところがファイナルエディションならでは。まさに全部盛りのやり切った1台である。

走る前から涙目になりそう

 そんなファイナルエディションに乗り込むと、インテリアは天井からピラーまでブラック化され、スポーティセダンらしい引き締まった感覚。レッドステッチやシリアルナンバー付きのプレートも与えられ、スポーティに、そして最後感が満載である。さらにスターターを回せばインフォメーションディスプレイには「LANCER EVOLUTION FINAL EDITION」の文字が浮かび上がってくる演出まで……。走る前から涙目になりそうだ。

 最後を噛み締めるかの如く、富士スピードウェイのショートコースにコースインする。低速からのスタートダッシュは相変わらず。このあたりはライバルよりも優れる。そして高回転までイッキにエンジンを回し切れば、伸び感が以前よりも明らかに優れていることに気づく。とんでもなくパワーアップをしたわけではないが、ファインチューニングされたかのようなこの感覚は独特。次々にシフトアップしてトルクで乗るより、回し切って乗ったほうが速くて気持ちいい。

 そして4輪を統合制御するS-AWCの制御は相変わらず。路面状況に合わせてターマック、グラベル、スノーと選択すれば、ステアバランスも一気に変化。効率よくも走れるし、振り回して楽しむことも可能にするあたりがマル。4WDだからといって安定してばかりいなかったことが、ランエボを面白くした一因であることに改めて気づく。

 こんな刺激的で爽快な走りを達成できるクルマがこれで最後なんて……。これは非常に残念だ。ランエボがなくなることで、WRX STIもなくなりはしないか? ライバル不在のスポーツカーは、面白味が欠けるだけでなく、市場も収束してしまうのではないかと心配でならない。三菱自動車にはぜひともランエボの復活を望みたいところである。

 現在、僕と同様に残念に思うランエボファンが多くいるらしく、1000台限定で発売されたファイナルエディションはすでに完売している可能性もある(7月17日時点で残り6台)。気になる人はすぐに販売店へ直行したほうがいい。

Photo:高橋 学

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は18年落ちの日産R32スカイラインGT-R Vスペックとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。