インプレッション

ボルボ「850 T-5Rエステート」(1996年式)

 今から遥か20年前の1995年。ボルボは後に語り継がれる1台の名車を世に送り出した。その名は「850 T-5R」。それは“走るレンガ”とさえ揶揄されたスクエア基調のスタイリングを用いる、3桁数字を車名としたボルボの最後の時代。FFレイアウトの採用も話題となった1991年発表の850シリーズのホットバージョンとして、当時参戦したツーリングカー・レースのイメージ採り入れつつ開発されたのがこのモデルだった。

 T-5Rを敢えて“名車”と呼ぶ理由は、それが当時のボルボ車としては例外的なまでにインパクトが強く、かつその後のこのブランドのクルマ造りにも大きな影響を与えたと考えられるゆえ。見ての通り頑丈そうで安全性の高さはピカイチでも、その分走りは“もっさり系”で、「どうにもドライバーズカーとは言い難いよね……」と、それまでのボルボ車全般について巷でそんなイメージが蔓延していた中にあって、そうした雰囲気を一気に吹き飛ばすかのように、突如現れた印象が強かったのがこのモデルだったのだ。

 ターボのブーストアップやコンピューター・チューニングなどが図られた、T-5R専用の直列5気筒DOHC 2.3リッター4バルブエンジンが発生した最高出力は、ベース・グレードであるT-5用の心臓に15PS上乗せされた240PSという値。

 そんなパワーや、0-100km/h加速7秒そこそこという、今でこそ驚くに値しないデータも、当時は「ボルボの常識を打ち破った」と興奮を呼んだもの。極めつけが、コミュニケーション・カラーとして設定されたボディー色。目にも鮮やかなイエローは、ボルボというブランドのイメージを一新させるのに、まさに十分なインパクトであったのだ。

レストアされたT-5Rに乗る機会を得た

 もはやクラシック・モデルの仲間入りを果たそうというこのクルマを、今ここに採り上げるのにはもちろん理由がある。

 T-5Rの生誕20年という節目を迎えるのを機に、インポーターのボルボ・カー・ジャパンは純正パーツを最大限に活用したレストアを実施。コンディションが蘇ったそんな貴重な1台を、幸運にも存分にテストドライブする機会に恵まれたのだ。

 かくして、何とも久しぶりに対面したT-5Rは、かつての850シリーズの人気の中心となった“エステート”を名乗るステーションワゴン・ボディーの持ち主。新車のようなエクステリアは、細かな外装パーツをすべて新品に交換すると同時に、例の派手なイエロー純正色へと再塗装を行った結果でもある。

T-5Rが生誕20年という節目を記念してレストアされた「850 T-5Rエステート」(1996年式)。都内在住のオーナーが所有していた1オーナーもの。ボディーサイズは4710×1760×1460mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2665mm
ボディーカラーは純正色で再塗装されており、新車さながらの美しさを保っていた。足まわりではスプリングコイル、ショックアブソーバー、コントロールアーム、ブッシュ類などが新品に交換されている

 それにしても、久々にその姿を目の当たりにしての第一印象は、実は「こんなに小さくて、こんなに低かったっけ!?」というもの。当時はむしろ“大きなクルマ”とも思えた全長4.7m弱、全幅1.7m台半ばというボディーは、しかし現代のモデルたちの中に紛れ込むと、意外なほどにコンパクトにも見えるのだ。

 もう1点驚かされたのは、やはり昨今のクルマたちと並べてみると思いのほか低いそのフロントフードの高さ。もちろん、現役当時には「850のノーズが低い」という感覚を抱かされることなど1度たりともなかったもの。20年以上も前にデビューしたこのモデルには、さすがのボルボ車といえども「エンジンとフロントフードの間に、歩行者保護のための空間を設ける」という発想はなかった故の、“自由なデザイン”による結果であるというわけだ。

T-5R専用の直列5気筒DOHC 2.3リッター4バルブエンジン。エンジン本体では基本的にスパークプラグの交換にとどまるが、ラジエターやウォーターポンプなどは新品に交換。そのほかトランスミッション(4速AT)は純正リビルト品に交換されており、ここが今回のレストアでもっとも大がかりな作業だったという

 金属ラッチが解除される感覚をグリップハンドルに感じつつドアを開き、フロントシートへ。すると、エクステリアデザイン同様にスクエア基調で、高くかつ奥行きは小さいという、どこか“ラジカセ”を彷彿とさせるダッシュボードがまず目に飛び込んでくる。

 同時に感覚を刺激するのが、ちょっと旧いクルマ特有の独特な香り。そう、年代もののレザーや樹脂部品がその源なのか、自動車博物館に行くと遭遇する“あの匂い”が、このモデルが生きてきた時間の長さを嗅覚からも連想させてくれるのだ。

インテリア

 フルスケールで260km/hまで刻まれたスピードメーターが、当時としては一級だったスピード性能の高さを誇示する。そして今回の個体が示していたオドメーターの数字は24万km超。「東京都内在住のオーナーが新車時から保有し、整備も当初から正規ディーラーで行われてきた」と、その素性も明らかな車両だけに、このデータはそのまま信用に足るはずだ。

 最新ボルボ車にも受け継がれる、ゆったりサイズのシートの着座感がしっかりしていたのは、「内部のウレタンを一部交換」といったレストア効果ももちろん大きいはず。外装同様、内装についても「部品の揃うものは交換などによる修復」が行われているのだ。

 それにしても思い知らされたのは、存在感たっぷりの大きな物理スイッチ類の操作性が、抜群に優れているというその事実。無論、現代のクルマより装備品が少なく、その分操作が簡潔といった事情もあるだろう。だが、昨今流行の操作感を伴わないタッチ式スイッチなどよりも間違いなく確実かつ安全な操作が可能という点では、これはまさに“温故知新”という印象そのものだった。

インテリアではシート内部のウレタンを一部交換するとともに、一部補修でレストアを行っているという。ちなみに試乗時の総走行距離は24万1060km

“サーキットへと連れて行きたくなるボルボ”の片鱗をうかがわせる

 そんなT-5Rのハイチューン・エンジンに火を入れ、いよいよ走り始める。

「シフトもクラッチも操作ストロークが大きく、スポーティさに欠ける」と、20年前のメモ帖(!)にはそんな筆者による記載が見つかったものの、今回の車両はAT仕様。当時まだ存在しなかったDCTに比べれば、さすがに駆動のダイレクト感に欠ける印象は否めない。だが「トランスミッションは交換済」というだけあり、スタートや変速時の滑らかさは現代でも十分通用するレベルだ。

「1800rpm付近からターボ・エンジンらしいトルク感」と“20年前のメモ”にはあるが、今回のテストドライブで本当にスポーツ心臓らしい力強さが実感できたのは4000rpm付近から上。そして回すほどに蘇るのが、タービンノイズと独特のエンジンサウンドが織りなす走りの高揚感。ボルボ車といえば、一時期は5気筒ユニットならではのサウンドが重要なアイコンの1つとなっていたのだ。

 レッドラインは6000rpmと、20年前の当時としてもそれは特別な高回転型ユニットというわけではなかった。だが、そんなやや低めのレッドライン設定は決してサバを読むことなく、掛け値なしの印象。「交換パーツは点火プラグ程度で、本体は基本的に手つかず」というエンジンは、今回のテストドライブでもタコメーターの針を簡単にレッドゾーンへ誘おうとしてくれた。

 一方で、フットワークに関してはさすがに寄る年波には逆らえないという印象も。スプリングやダンパー、コントロールアームやブッシュ類は交換済というものの、路面凹凸を拾ってステアリングにブルブルと伝わる振動や、中立付近での反応の鈍さはさすがに新車当時とは異なる感覚だ。ただし、速度の高まりに連れて増すフラット感やロール剛性の高さは、往年のT-5Rの走りの実力の高さを垣間見せてくれる印象。“サーキットへと連れて行きたくなるボルボ”の片鱗を味わわせてくれた。

 そんなT-5Rというモデルが、今へと続く“走りのボルボ車”に繋がる道筋を築いた、重要なターニング・ポイントとなった1台であることは間違いない。最近では、これまでオフィシャル・パフォーマンスパートナーという立場でスポーティ・モデルの開発をともに行っていたポールスターを100%子会社化。この先は、ハイパフォーマンス・モデルの開発・販売を、より積極的に行うといったニュースも聞かれるようになったばかりだ。

 ちなみに、そんなポールスター・モデルのコミュニケーションカラーは、「スウェーデン国旗の色にもちなんだ」という鮮やかなブルー。T-5Rによって多くの人の脳裏に刻まれた“黄色いボルボ”のDNAを受け継ぎ、“青いボルボ”が新たなイメージリーダーとして活躍する時代も、もうすぐそこまで迫っているのかも知れない。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は、2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式にしてようやく1万kmを突破したばかりの“オリジナル型”スマート、2001年式にしてこちらは2013年に10万kmを突破したルポGTI。「きっと“ピエヒの夢”に違いないこんな採算度外視? の拘りのスモールカーは、もう永遠に生まれ得ないだろう……」と手放せなくなった“ルポ蔵”ことルポGTIは、ドイツ・フランクフルト空港近くの地下パーキングに置き去り中。

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Photo:高橋 学