インプレッション
ダイハツ「ブーン シルク」&トヨタ「パッソ」(3代目 公道試乗)
2016年5月31日 16:13
ダイハツ工業にとって「ブーン」は、軽自動車からステップアップしたいユーザーを受け止めるモデル。トヨタ自動車にとって「パッソ」は、軽自動車になびくユーザーを留めておきたいモデル。それぞれ微妙に役割は違うけれど、一致しているのは若い女性ばかりではなく、幅広いユーザーにとって魅力的でなければいけないこと。そして、「軽でいいんじゃないの?」などと言わせない、単なる足グルマで終わらない価値があることだ。
そんな重い使命を背負ってフルモデルチェンジしたのが新型ブーン&パッソ。街乗りをメインとするコンセプトを先代から継承し、「それならトコトン街乗り性能を磨こう」という意気込みが伝わってくる。そのために投入されたのは、数々の軽自動車造りでダイハツが培ってきた技術やノウハウ。これまでの大(きなモデル)から小(さなモデル)へと技術を展開していくクルマ造りとは違う、ダイハツらしい強みを活かした手法だ。
実車を初めて見てまず感じたのは、内側から自信がにじみ出るような堂々とした風格。これまでのキュートでカジュアルな雰囲気は影を潜め、すっかり大人っぽくなった印象だ。デザインにはフレンドリーさがありながら、台形フォルムで安定感を醸し出す通常デザインに加え、上質感やエレガントさがグッとアップして見えるもう1つの製品ライン「ブーン シルク」「パッソ モーダ」が登場した。これも、軽自動車では通常デザインとカスタムデザインを用意する「2フェイス戦略」があたりまえになっており、それを取り入れた形。シルク&モーダにはブラックルーフの設定もあり、ボディカラーとのバリエーションは計19パターンにもおよぶ。いろいろな好みを持った幅広いユーザーが、自分らしいパターンを選べるのは大きな魅力だ。
そしてこのデザインには、運転しやすさや燃費、室内の広さなど、街乗り性能を高めるためのさまざまな技術が盛り込まれていることも見逃せない。例えばフロントまわりでは、空力性能には少々悪影響となる高めのボンネットと水平基調のフォルムを敢えて採用し、見切りのよさと車両感覚のつかみやすさなどを優先した。さらに前後のトレッド幅を拡大して前輪の切れ角を調整し、最小回転半径は先代より0.1m小さい4.6mとなった。その代わりに全高を1525mm(先代は1535mm)と低めに抑えたり、スポイラーやCピラーガーニッシュといった多くのパーツを使って空力改善を図り、先代よりもCd値は低くなっているという。
また、全長は3650~3660mmと先代同等レベルを保ちつつ、ホイールベースを2490mmと長くとり、前後乗員間距離を75mm増の940mmとした室内はクラス最高の広さ。後席のスライド機能がない分、240mmの後席前後スライド量を持つタントの前後乗員間距離1120mmには及ばないものの、足を組んで座ってみてもまだまだ余裕のスペースだ。ただし、全高を抑えたため後席頭上のスペースはややタイト。ラゲッジスペースの奥行きや高さも小さめとなる。後席シートバックが6:4分割(一部グレードは一体)で前方に倒せるので、ゴルフバッグや大きなスーツケースも工夫すれば積めるだろうけど、ここは街乗り重視で割り切った感はある。
さまざまなユーザーに向けて造られている室内
そんな室内に身を置いてみると、まずインパネやシートなどのデザイン、色遣いの大人っぽさ、シンプルながらモダンなセンスのよさに感心。シルク&モーダのシート表皮にはグレージュとマゼンタのアクセントカラーが配され、エレガントさもある。さらにシートはこのクラス唯一のフロントベンチシートで、ムーヴのときに採用した新シート構造をブーン&パッソに合わせて改良したものを使っている。座面はバネ形状の骨格を縦に3本置きしておしりを前後から支え、圧力を分散させたほか、背面はパッド形状を変更して腰部を支持することで、骨盤周りをしっかりと支える。ベンチシートにありがちな、ズリズリとおしりが落ち着かないといった感覚がなく、自然にフィットすると感じた。
そして収納スペースもオシャレさを損なわない程度にしっかりと揃っている。インパネのオープントレイはシルク&モーダになるとリッド付きに変更され、小物を無造作に放り込んでもゴチャゴチャ感が隠せるのは女心に響きそう。後席ではドアトリムにボトルホルダーとちょっとした小物が入るポケットが用意されている。
また、後席はダイハツ得意の約90°までガバッと開くドアと、Cピラーぎりぎりまで使った大きな開口部で、乗り降りが驚くほどスムーズ。頭や足の引っ掛かりがなく、姿勢も大きく腰を折らずに済むので、お年寄りにも優しいし、チャイルドシートに座る子供のお世話もしやすいはず。こういった部分からも、ブーン&パッソがさまざまなユーザーに向けられていることを実感した。
選ぶ価値のあるコンパクトカーになった
プッシュスタートボタンで始動させるエンジンは、全車が1.0リッター直列3気筒エンジン。トランスミッションも全車CVTだ。もちろんここにも、ダイハツが軽自動車で採用している「e:Sテクノロジー」をふんだんに盛り込んでいる。デュアルポート化された吸気ポートにはデュアルインジェクターを備え、圧縮比12.5の高圧縮比化などにより、燃費はJC08モードで28.0km/L(4WD車は24.4km/L)とクラストップ。ただ、今回は試乗時間が短くて実用燃費の計測ができなかったため、今後その機会を待ちたいと思う。
アクセルを踏み込んでいくと、69PS/92Nmというスペックから想像するよりもずっと軽快で、上質感さえある加速フィール。従来の1.3リッターモデルと比べてもよく走ると感じる。低速から中速域への伸びも十分で、パワーをめいっぱいまで使って走るという必死感はなく、常に少し余裕のあるフィーリングなのがいい。さらに、交差点やカーブではグラつきがなく、一発でクリアしていけるようなスッキリとした挙動で安心感がある。
これは、サイドアウターパネルを全面厚板ハイテン材としたり、アンダーボディにも補強の手を入れた軽量高剛性ボディといった、基礎部分のレベルアップが理由の第一。それに加えて、凹凸通過時のピッチングやバウンシング挙動の収束、車線変更時のロールやふらつきの抑制など、「安心感のある走り」に着目したサスペンションチューニングを行ない、ステアリング支持剛性の改良といった各部の細やかな見直しがしっかりと実っているようだ。
とは言え、後席に乗ってみるとやや突き上げが気になる場面もあり、前席ほど快適とは言えない。そして高速道路では、巡行時でも大きめのノイズが遠慮なく室内に響くことも気になった。このあたりはもう少し改善を期待したいけれど、街乗りメインと言いつつ高速道路でも不安なく元気な走りが確認できたのは好印象だ。
装備では、レーザーレーダーとカメラ、ソナーセンサーの3つを使った先進安全技術、「スマートアシストII」が設定され、衝突安全性能もJNCAPの新・安全性能総合評価で最高ランク相当(社内測定値)を実現している。
こうして見てくると、新型ブーン&パッソの外観から感じた「大人っぽさ」は、室内空間や走りからも伝わってきた。これなら「軽でいいんじゃないの?」と言わせない、選ぶ価値のあるコンパクトカーになっていると感じることができた。