オグたんのモータースポーツタイムズ

モータースポーツの秋が到来

スーパーフォーミュラに参戦していたが、わずか3戦でレッドブルから契約解除されたダニエル・ティクトゥム

ドライバー育成について

 このところ、レッドブルドライバー育成プログラム、レッドブル・ジュニアドライバーの動きが活発だった。

 スーパーフォーミュラで当初、今季(2019年)フル参戦のように活動していたダニエル・ティクトゥムが、新人のパトリシオ・オワードにとって代わられた。F1では今季レッドブルから参戦していたピエール・ガスリーがトロロッソに戻され、トロロッソのアレクサンダー・アルボンがレッドブルへ移動となった。

レッドブルからトロロッソに移動したピエール・ガスリー(左)と、トロロッソからレッドブルに移動したアレクサンダー・アルボン(右)

 こうした「人事異動」には、ファンからも「あまりに早計」だという声もSNSなどであがった。それには一理あると思う。

 ティクトゥムのケースでは、昨年スポットで参戦したことはあっても、フル参戦は今季初だった。全日本選手権で上位を獲るのは簡単なことではない。ライバルには開催コースを知りぬいた百戦錬磨のドライバーたちがいるからだ。確かに、2017年にガスリーはランキング2位ととてもよい戦いをしたが、例外的に優れていたと見てもよかったかもしれない。あのガスリーを基準にしてしまうと、その後のドライバーには厳しいだろう。

 半面、レッドブルが求めているのは、ガスリーを上まわる実力を備えた若手ドライバーということもうかがえる。ティクトゥムについては、成績が期待ほどではなく、彼自身も悩んでいた部分もあったと聞いた。ティクトゥムにとっても、1度状況をリセットするのもわるくないかもしれない。ただ、そこで解任になってしまうところがプロの厳しさだ。

 そう考えると、トロロッソへ移籍となったガスリーについては、まだ幸運だと言えるだろう。すぐに後任にできるスーパーライセンス資格を持った若手ドライバーがいなかったことで、昇格させたアルボンの後任としてトロロッソに残留できた。もしも、スーパーライセンス資格がある有望な若手がレッドブル・ジュニアドライバーにいたら、ガスリーの立場は危なかったかもしれない。

レッドブルで走るガスリー

 結果が期待通りでなければ切るというのは、レッドブル・ジュニアドライバーだけでなく、他の育成プログラムでもあることだ。たとえばルノーの育成プログラムであるルノー・スポール・アカデミーでも、毎年の体制を見ていると、よく入れ替わりが起きている。

 毎年出てくる若手の中からよさそうな選手を選び、F1に上がるためのチャンスと費用などの支援を与える。それでダメならば他のモータースポーツ種目に行くか、あらたな人生を選ぶか、早い段階で伝えてやるのも育成の仕事のうちだともいう。このあたりは、サッカーのプロチームのユースの育成システムに近いかもしれない。

 レッドブル・ジュニアドライバーの場合、その判断が早いというだけなのだろう。一方で、レッドブル・ジュニアドライバーやレッドブルのドライバー起用では、1度切ったか、育成の本流から外れたドライバーを呼び戻すケースもある。2017-2018年にトロロッソから走ったブレンドン・ハートレーもその1人であり、2014-2017年トロロッソとレッドブルで出走していたダニール・クビアトの今季のトロロッソ起用もその例だ。

2017-2018年にトロロッソで走ったブレンドン・ハートレー
ドイツGPでは2008年ぶりにトロロッソを表彰台に上げたダニール・クビアト

 今回レッドブルに昇格したアルボンも、1度レッドブル・ジュニアドライバーから外されていた。昨年のF2では財政的に厳しく、開幕戦か第2戦しか参戦できないかもしれないという状況の中で好結果を出していたことでシーズンの戦いが続き、結果としてレッドブル・ジュニアドライバー復帰とトロロッソ→レッドブルの起用へとつながった。

 早計で冷酷ともいえる判断は、時として選手に新たなチャンスを与えることになるとも言えそうだ。先述のアルボンたちのように選手の育成呼び戻しもあるかもしれない。あるいは、これは別の育成のケースだが、ほぼノーマークだったアントニオ・ジョヴィナッツィがGP2での目覚ましい活躍からフェラーリに抜擢されてF1に乗るようになったなど、新たな才能を求める中で新たなチャンスができる。ティクトゥムもあとわずかでスーパーラインセンス資格が取得できるので、気持ちをリセットして新たなチャレンジができれば、またチャンスが巡ってくるかもしれない。

 現在のF1はこのレッドブルやルノーやフェラーリだけでなく、ほぼ全チームが育成プログラムを持ち、多くの若手有望株を配下にしている。一方で先述の通り、その人選はどんどん代謝されていく。あるいは、F1のシートが空かないために、飼い殺し状態となり、それを嫌って他のチームや他のシリーズに移る者もいる。F1という大目標を考えれば、こうしたことは選手にとって残念なことだ。が、半面WECやインディカー、フォーミュラEなどでその才能を開花させて際立った活躍をし、充実した表情を見せている例もある。見ようによっては、こうしたF1の育成システムは、モータースポーツ界全体のレベルアップにもつながっているとも言えるだろう。

 ただ、これはコラムなので私的な気持ちも言わせていただくと、F3、F2を実況し、若手選手たちの頑張りを傍観してきた立場としては、できる限り多くの選手たちの夢が実現することを心から祈っている。そして、1度はダメになっても、その豊かな才能でまた新たなチャンスをつかんでほしいとも願っている。

F1の2021年レギュレーション

 F1は2021年から車両規則を大幅に変えるとし、先日その模型による風洞実験の様子が公開された。この新規定については確定した時点で後日改めて記そうと思っている。今回はこの模型から見た概要について少しだけ記そうと思う。

FIAが公開した2021年車両規則の模型による風洞実験の模様(2分36秒)

 2021年型F1の模型によると、前後のウイングはよりシンプルなものになり、車体周囲の空力装置もかなり排除されたものになっている。現在のF1マシンのような、複雑な形のウイングや車体周囲の空力装置はダウンフォースを増すものの、前を走る車両からの乱気流の影響を受けやすく、ダウンフォース量が変化しやすい。しかも、その車両自身も後方に強い乱気流を作ってしまい、ひいては接近と追い抜きがしにくくなってしまう。

シンプルなウイング形状で乱気流を防ぐデザインの2021型F1の模型

 ウイング類をシンプルにして空力付加物を減らすことで、乱気流の発生と乱気流の影響の両方を減らして接近戦と追い抜きを増やすのはよいことだろう。だが、それではダウンフォース量は現在よりも減ってしまう。

 そこで、2021年のF1マシン案では、車体の底でダウンフォースをより多く発生させるようにしている。その方法としては、インディカーやスーパーフォーミュラなどと同様に、車体床後部のディフューザーの跳ね上げをより車体前寄りから始まるようにしている。現行では左右のリアタイヤの中心軸を結んだ線から後ろとなっているが、発表された模型の映像や画像などでは、それよりも前から跳ね上げが始まっていることが分かる。

 車体の底面と路面との間でダウンフォースを発生させるグラウンドエフェクトという技術は、1977年のロータス78から始まり、F1で急速に広まった。そして、他の競技車両にも普及していった。だが、F1ではすぐにそのダウンフォース量削減への規定変更が繰り返された。その最終形が現在のF1の底面とディフューザーである。

 ではなぜグラウンドエフェクトによる車体底面でのダウンフォース獲得に規制が繰り返されたのか? それは安全のためであった。車体の底で生まれた大きなダウンフォースはコーナリング速度を大幅に向上させるが、そのダウンフォースがなんらかの理由で失われたとき、マシンはコーナーを超高速で飛び出すことになって危険だとされてきた。

 こうした規制に対して、マシンの空力開発はすぐに上まわってきた。近年はFIAのCSAS(サーキット安全評価システム)でマシンの通過速度と予測コースとそれに必要なランオフの広さとバリアの種類と数などが割り出され、サーキット側でも安全への対応をしてきた。だか、これはサーキットに多額の費用負担を強いることになっているのも事実であり、ランオフエリアを広げるにも限界がある。

 また、車体の底面でダウンフォースを稼ぐマシンは、姿勢を崩すと空中に舞いあがりやすいということも長年実例をもって分かっていた。これまでの規制はそうした車体の飛翔の問題に対するためでもあった。

 さて、今回の2021年型F1マシンの風洞実験では、車体後方への乱気流も少なく、接近と追い抜きについてはかなり向上がみられそうだという。では、ダウンフォース獲得をより車体底面に頼ることに対する、上記のような安全上の課題はどうだろうか? それについてはあまり聞こえてこない。だた、この開発には元ベネトンやルノーで活躍したパット・シモンズら、F1での経験が豊富な技術者たちがいる。彼らは、グラウンドエフェクトによる車体底面のダウンフォース獲得とその規制の歴史と経緯も現場で知っているはず。安全で追い抜きがしやすいエキサイティングなF1に向けて、きっとなにかよい答えを見つけてくれると期待したい。

WEC 2019-2020が開幕

 F1が夏休みを明けるベルギーGPの週末には、イギリスのシルバーストーンでWEC(世界耐久選手権)の2019-2020シーズンも開幕する。これまでル・マン24時間とセブリング1000マイル以外は6時間レースだったが、今季はシルバーストーンと上海が4時間レースとなり、8時間レース(バーレーン)も加わり、バリエーションに富んだ展開となる。いずれにせよ、WECらしいスプリント走行を何度も重ねたような、熱く激しい戦いになるだろう。

WEC 2019-2020シーズンも今週末に開幕

 LMP1ではハイブリッド車のトヨタが優位だったが、今年はさらに性能規制がかけられる。一方、ハイブリッドではないプライベートチームには性能向上のための規制緩和が続けられる。それでも昨シーズンのトヨタはその技術力で優位を維持した。が、今年はどうだろうか?

 トヨタが技術力でさらに逃げるのか? それともプライベートチームが追いつくのか? さらには、LMP2クラスや、フェラーリ、ポルシェ、アストン・マーティンのスーパースポーツカーたちが競うLM-GTEクラスも、昨シーズン同様に激しい戦いになりそうなところ。

スーパースポーツカーによる争いも見どころ

 そして、この2019-2020シーズンの第2戦が、WEC富士6時間として10月4日~6日に富士スピードウェイで開催される。長いストレートと多彩なコーナーがある富士スピードウェイでの戦いは、最終戦のル・マンを含むシーズンを占う重要なレースになるだろう。

まだまだ見どころ盛りだくさんのモータースポーツ事情

 このほか、インディカーはシーズンのクライマックスを迎えている。チャンピオンは誰になるのか? 最終戦がダブルポイント(通常の2倍のポイント)なのもあり、まだまだ分からないところ。また、佐藤琢磨が優勝回数を伸ばすことにも期待が高まる。さらに、来年に向けたウインドシールドのテストなどもあり、とにかく目が離せない。

インディカー・シリーズ 第15戦で今季2勝目を挙げた佐藤琢磨

 F1はベルギーGPのあと、大急ぎのようにイタリア、シンガポール、ロシアと続き、そのあとに日本GPが来る。こちらもチャンピオン争いとともに、ホンダのパワーユニットがさらに優勝回数を伸ばすかなど興味深い。

 さらにベルギー、イタリア、ロシアでは、F2とF3も併催される。F2では好調な松下信治(まつしたのぶはる)とベルギーからデビューする佐藤万璃音(さとうまりの)、F3には角田 裕毅(つのだゆうき)と名取鉄平(なとりてっぺい)が世界中から集まったライバルを相手に戦っている。

 秋は国内レースも多く、レース観戦には実り豊かな時期になるはず。お楽しみに!

小倉茂徳