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日産、エタノール改質型の新燃料電池システム「e-Bio Fuel-Cell」を技術解説

技術開発用のプロトタイプ車両を今夏に公開予定

2016年6月14日 開催

 日産自動車は6月14日、神奈川県横浜市にあるグローバル本社で技術説明会を実施。3月のジュネーブモーターショーで発表した「ゼロ・エミッション」「ゼロ・フェイタリティ」を実現するためのビジョン「日産インテリジェント・モビリティ」の概要紹介と、同日発表した新しい燃料電池システム「e-Bio Fuel-Cell」の技術解説を行なった。

 e-Bio Fuel-Cellは、すでに市販されているトヨタ自動車「MIRAI(ミライ)」や本田技研工業「クラリティ フューエル セル」といったFCV(燃料電池車)が、高気圧の水素を車載タンクに供給してそのまま大気中の酸素と反応させて発電する「直接水素形」であるのに対し、100%エタノール、またはエタノール混合水を燃料タンクに供給して、車載した改質器を使ってエタノールから水素を取り出して発電する「車上改質形」を採用。また、発電に使うスタックもミライやクラリティ フューエル セルで採用されている「PEFC(固体高分子形燃料電池)」ではなく、「SOFC(固体酸化物形燃料電池)」を用いていることも大きな特徴となっている。

日産自動車株式会社 副社長 坂本秀行氏

 説明会ではまず、日産自動車 副社長の坂本秀行氏が登壇して中核技術の開発ビジョンである日産インテリジェント・モビリティの考え方と、これに資する新技術であるe-Bio Fuel-Cellについての紹介を実施。このなかで坂本氏は、「我々日産の開発陣は、もちろんクルマ好きが集まった集団でありますし、私自身もクルマはとても楽しいものだと思っていて、人々の生活を豊かにするものだと考えています。しかし、『エネルギー』『地球温暖化』『渋滞』『交通事故』という、クルマが存在すること、クルマを使うことによるネガティブな4つの面を、我々が消していかなければならないということも開発の主軸に置いております。目標としては、まず1つは、日産のクルマにお乗りいただいているお客さまには重傷・死亡事故に決して合わず、ゼロにするということを究極の目標としています。もう1つはゼロエミッションで、クルマを使うことによる環境負荷をなくすということを目標値として仕事をしています」と、日産インテリジェント・モビリティの基本理念を解説。

 そして、この目標を実現する手段として「クルマの知能化」と「パワートレーンの電動化」を中核技術に定め、この2つを組み合わせることでクルマが持つ4つのネガティブ要素を消していくと語り、このネガティブ要素を消した上に、あらためてクルマを運転することの楽しさやわくわくする感覚を提供していきたいとの考え方を示した。

「クルマの知能化」と「パワートレーンの電動化」では、2015年10月の東京モーターショーに自動運転を具現化したコンセプトカー「Nissan IDS Concept(ニッサン IDS コンセプト)」を出展したほか、1月にはルノー・日産アライアンスとして「2016年に高速道路上の単一レーンで安全な自動運転を可能にする技術を投入する」と表明するなど知能化の面が強調されていたが、もう1つの側面である電動化について、新たなコア技術の1つとして披露されたのがe-Bio Fuel-Cellとなる。

 坂本氏は「水素を燃料として車両を駆動させるシステムもすでに発表されていますが、我々が目指すのはバイオエタノールを使って燃料電池にエネルギーを与え、発電してレンジエクステンドするという新しいタイプの技術です。燃料電池では、水素の供給や水素を製造に関わるエネルギーなどいろいろな問題を抱えております。それに比べて燃料として扱いやすいエタノールを使うことにより、ローエミッションを実現しながら新しい電動化の駆動技術として開発を継続していきたいと考えているのがこのe-Bio Fuel-Cellになります」とコメントしている。

クルマの楽しさを「エネルギー」「地球温暖化」「渋滞」「交通事故」といったネガティブ要素を解消しつつユーザーに提供したいと語る坂本氏
「日産インテリジェント・モビリティ」の基盤になるのは「電動化」と「知能化」
「インテリジェント ドライビング」「インテリジェント パワー」を持つクルマが、社会と「インテリジェント インテグレーション」でつながっていくことで効果を飛躍的に増大させるというビジョン
坂本氏はこれからも日産の電動化で主軸になるのは「リーフ」をはじめとするバッテリーEVであるとしながら、ユーザーの用途やエネルギーの多様性に対応するためにさらなる技術開発を進めているとする。この新しいコア技術となるのが「e-Bio Fuel-Cell」だ
日産自動車株式会社 理事(VP)総合研究所 所長 アライアンス グローバル ダイレクター 土井三浩氏

 e-Bio Fuel-Cellの詳細については、日産自動車 理事(VP)総合研究所 所長 アライアンス グローバル ダイレクターの土井三浩氏が解説を担当。

 土井氏はバイオエタノールを使うe-Bio Fuel-Cellのメリットについて、「カーボンニュートラルであること」「エンジンで燃やすわけではないので排気がクリーンであること」「EV並みの安いランニングコストを実現できること」「航続距離がガソリンエンジン並みであること」「EVで必要な充電が不要であること」などを紹介した。

 また、サトウキビを原料にして作るバイオエタノールは、「E100」といった名称ですでに燃料として100%エタノールを流通させているブラジルなどの国が存在しており、既存のインフラがそのまま利用できる。水を55%、バイオエタノールを45%の比率で混ぜ合わせたエタノール混合水の場合は、燃料ではなくお酒として扱われるようになり、可燃性も非常に低くなって運搬や保管などの面でも有利であると紹介したほか、エネルギー効率はシステムとして60%ほどを実現していると明かした。

 メカニズム面では、エタノールと水を改質器に送って水素と二酸化炭素に分離。市販化されているFCVは走行時に水しか出さないことが大きなメリットとして取り上げられているが、e-Bio Fuel-Cellではこの段階でCO2が発生する。しかし、エタノールをサトウキビから作るバイオエタノールとすることでカーボンニュートラルのサイクルを構築するとしている。また、エタノール混合水ではなく100%エタノールのE100を燃料とする場合には改質器に送る段階で水と合わせる必要が出てくる。これには、FCスタックで発電したあとに発生する水を、水蒸気として回収して再利用するシステムとなっているとのこと。さらに発電時に発生する熱も回収して改質器で水素を取り出すときに必要な熱に利用し、高い効率を実現しているという。

 このほか、e-Bio Fuel-Cellのもう1つの特徴となっているSOFC(固体酸化物形燃料電池)は、PEFC(固体高分子形燃料電池)では水素イオンが電極間の電解質内を移動するときに発電する仕組みであることに対して、SOFCの場合は酸素イオンが動くことによって発電する。この違いによってPEFCの電解質は水素イオンが動くためにある程度の湿度が必要になるので、高温すぎると蒸発してしまい、低温すぎると凍結してしまうため、一般的には80℃ほどの温度でコントロールされている。これにより、物質としては低い温度帯で高活性になる希少金属を触媒として使うことが求められ、コスト増の要因になっているという。SOFCは酸素イオンの移動に湿度は必要ないので繊細な温度コントロールが不要で、700℃~800℃といった温度帯で作動させているとのこと。

 また、改質器で分離された水素は水素ステーションなどで扱われるほどの高純度ではないが、SOFCでは酸素イオンが移動した先に反応できる物質があれば発電できるため、e-Bio Fuel-Cellのような車上改質形に向いたメカニズムになっているという。

 しかし、土井氏はシステムやコンセプトは非常に優れたものであると誇りつつ、この技術がまだ研究段階に止まっている理由について、クルマのなかで700℃以上という高温のスタックを扱うことが課題になっていると説明。クルマが停止したあとに700℃から常温まで温度が下がったときにスタックが割れてしまったり、高温状態に保つことも難しいポイントであるとした。その上で土井氏は「この段階で発表することで、早い段階でいろいろな人に知ってもらい、『あんな技術があるよ』『こんな材料があるよ』といった話しをオープンに集めて研究を加速させていきたいという意味合いも含んでいます」と明かした。もちろん単なるビジョンや絵空事ではなく、すでに研究所ではプロトタイプ車両を製造して走行テストも行なっているとのことで、「面白い技術ですので今後も育てていきたい」と意気込みを述べている。

e-Bio Fuel-Cellの主なメリット
カーボンニュートラルのサイクルでゼロエミッションを実現するというコンセプト
ブラジルなどで普及が進む100%エタノール「E100」のインフラをそのまま使えることが大きな特徴。また、エタノール混合水は燃料ではなくお酒として扱われるので、ガソリンスタンドのような高い安全管理の場所でなくても供給できることもポイントとなる
日産による試算では、EV並みでガソリンエンジン車の3分の1ほどのランニングコストも実現可能であるとする
重い車両の航続距離を伸ばそうとすると、EVではバッテリーの大きさが足かせになるが、FCVは燃料補給でレンジエクステンドできる
e-Bio Fuel-Cellの概要図。エタノール混合水は可燃性が低いので、通常のガソリンタンクよりも容易な設計が可能であるという
改質器で水素を取り出すときの効率は、エタノール混合水の水55%:エタノール45%が最も効率的とのことで、100%エタノールも改質器に送る段階で、FCスタックで発生する水蒸気を使って水55%:エタノール45%にするとのこと
FCスタックの反応メカニズム。どちらも上に水素、下に酸素が流れ、左の「SOFC」は酸素が下から上に、右の「PEFC」は水素が上から下に移動して発電している

 説明会後半には集まった報道陣との質疑応答も実施された。このなかでは「ニュースリリースに600km以上と表記されている航続距離が、100%エタノールを30L前後の燃料タンクに入れて走った数値であること」「700℃から常温まで温度が上下するサーマルショックで疲労限界を迎えたり、高い温度に対応する素材は脆性が高い傾向にあることなどが技術的課題になっていること」「以前はFCスタックにセラミックを使っていたが、これを金属に変更して割れにくくできたことがブレイクスルーになっていること」「プロトタイプ車両に搭載しているe-Bio Fuel-Cellの発電能力は5kWh程度で、将来的には最低限でも30kWhを開発目標としていること」などが明らかにされた。

質疑応答に先立ち、坂本氏は「今年の夏ぐらいには(プロトタイプ車両が)動いている姿をみなさんにご覧いただけることになる」と発言。実用化に向けて本気で開発している技術であることを強調した
「直接水素形の燃料電池車の課題の1つはタンクです。70MPaといった高圧で入れますが、やはりかなりの容量になります。これは気体のエネルギー密度が低いと言うことで、液体の燃料を使うe-Bio Fuel-Cellは体積効率でもいいんじゃないかなと思います」とコメントする土井氏