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ホンダ、“温かみあるロボティスク社会”を目指して「R&DセンターX」開設

「完全自動運転は2025年~2030年ごろ」とファイゲンバウム名誉教授

2017年4月1日 開設

新組織「R&DセンターX」が開設されることになったホンダの知能化技術研究開発拠点「ホンダ イノベーションラボ Tokyo」

 本田技研工業の研究開発子会社である本田技術研究所は、東京都港区赤坂に2016年9月から開設している知能化技術の研究開発拠点「ホンダ イノベーションラボ Tokyo」のなかに、「ロボット技術」「モビリティシステム」「エネルギーマネジメント」などの新価値領域を担当する新しい研究開発組織「R&DセンターX」を4月1日に新設する。

 この新設に先立ち、ホンダは2月28日に新組織の活動の場となるホンダ イノベーションラボ Tokyoでオープンハウスを実施。本田技術研究所 代表取締役社長の松本宜之氏、新設されるR&DセンターXのアドバイザーを務めるスタンフォード大学 名誉教授のエドワード・ファイゲンバウム氏などの登壇者からR&DセンターXの開設目的の紹介やゲスト講演などが実施された。また、合わせてホンダ イノベーションラボ Tokyoの施設内覧会も行なわれている。

「温かみのあるロボティスク社会を目指す」と松本社長

株式会社本田技術研究所 代表取締役社長 松本宜之氏

 最初に挨拶に立った松本氏は、本田技研工業から研究・開発を担当する別会社として1960年に独立した研究所の歴史について紹介し、基礎研究から商品開発まで一貫して独立した外部の別会社で行なっているホンダの体制がユニークなものであると解説。新しいアイデアや技術こそがメーカーの競争力の源であると位置付け、エンジニアやデザイナーと行った開発陣が担当領域に専念できる環境を構築することが重要であると考えたことは、ホンダの創業者である本田宗一郎氏のワイズダム(英知)だと語った。

 また、同じく本田宗一郎氏がよく口にしていたという「研究所は技術を研究するところではない。人を研究するのだ」という言葉を取り上げ、人を研究し尽くし、人が喜ぶものがなにかを考え尽くすことが研究所の使命であるとコメント。また、この実現に向けてエンジニアやデザイナーは、自分たちの夢を原動力にして仕事に取り組んでいると松本氏は述べている。

 これまでに取り組んできた研究・開発の具体例として、松本氏は世界初のカーナビゲーションシステムとなった「エレクトロ・ジャイロケーター」、ヒューマノイドロボット「ASIMO」について解説。エレクトロ・ジャイロケーターは30年以上前に「究極のインテリジェントカーを造る」という目標に向けた開発の一端として、クルマに自分の現在位置や目指すべき目的地を把握させるための技術開発から誕生した製品であり、2016年には画期的なイノベーションに贈られる「IEEE マイルストーン」に認定されたことを紹介した。

 ASIMOの歩行安定化には、床運動をする体操選手を見ていた担当者が、体操選手が予定の動きを正確に行なうことよりも、むしろ崩れたバランスをどのように修正するかに取り組んでいることに着目。失敗しないということより、失敗したあとに立て直す、人間の柔軟な対応力に視点を切り替えて研究を続けたことが2足歩行の実現につながったというエピソードを明かした。なお、このASIMOの2足歩行技術は、ホンダが参戦を続けている2輪レースの最高峰「MotoGP」のマシンに、高速コーナーでの姿勢制御に応用されていることも語られた。

研究所のエンジニアやデザイナーは、夢を原動力に人を研究して製品開発などに取り組んでいるという
世界初のカーナビとなった「エレクトロ・ジャイロケーター」は「IEEE マイルストーン」に認定された
「ASIMO」で実現した2足歩行の技術が、現在ではMotoGPマシンの高速コーナーにおける姿勢制御に使われている

 新しいR&DセンターXについては、現状の研究所は「二輪R&Dセンター」「四輪R&Dセンター」「汎用R&Dセンター」「基礎技術研究センター」「航空機エンジンR&Dセンター」「HRD Sakura」の6部門をほか、先端技術を研究・開発する日本、北米、欧州の「ホンダ・リサーチ・インスティチュート」、米シリコンバレーの「ホンダシリコンバレーラボ」など数多くの部門や事業所を展開しているが、急速に発展してきたAI(人工知能)などのデジタルテクノロジーを「新たな追い風」としてしっかりと受け止めるため、研究所全体の体制を見直しつつ、新しい取り組みとしてR&DセンターXを開設することになったと紹介した。名称に与えられたXは、新組織ではロボティクスやAIを中心に取り組みを行なう予定になっているが、世の中の変化に合わせて臨機応変にターゲットを変化させていくことも想定しており、「未知」という意味を持つXが使われることになったという。

 また、松本氏はホンダの目指すロボティクスの姿について、一般的にイメージされる手足を動かして働くロボットだけでなく、あらゆる種類のモビリティ、自律的に動く機械やシステム、エネルギーマネジメントの最適化の技術などを含めた総称がロボティクスであると解説。「機械化された社会」という言葉から受ける冷たい印象ではなく、「私たちはもっと温かみのあるロボティクス社会を目指していきたい」とコメント。CES 2017で世界初公開した自立するバイク「Honda Riding Assist」が人間のあとについてくる姿、130cmという小柄な伸長に設計されたASIMOなどを例として挙げ、人間が心地よいと感じる親和性や人間性を感じられることなどがとても重要な要素になると語った。

 このほか、他人と共感できること、仲間と協調できることが人間の持つ素晴らしさであり、この点をホンダでは「相互信頼」という言葉で企業運営の哲学にしていると紹介。この概念をAIにあてはめ、人工知能のことを「Corporative Intelligence」を略した「CI」と呼んでいると述べた。これは人間と協調できるAIであり、CIを持つホンダの製品が人間と共感し、人間に寄り添いながらともに成長して、主役である人間の可能性を拡大する存在となるロボティクス社会の創造を目標とした。

研究・開発の中心となる6つの部門など、研究所が持つ既存の枠組みから離れたポジションにR&DセンターXが新設され、柔軟さや機敏さなどを重視して取り組みを行なっていくという
これまでに「CVCC」「VTEC」「燃料電池車」といった知名度の高い技術だけでなく、人々の生活に役立つことを目指したさまざまな製品開発を続けてきたことがホンダの強みであると紹介
AIのことを「Corporative Intelligence」を略した「CI」呼ぶホンダの技術を製品に導入していくことで「温かみのあるロボティクス社会を目指す」と松本氏は語る

 2016年の秋から本格的な活動を開始したホンダ イノベーションラボ Tokyoについては、新組織のR&DセンターXが担当する新しい領域もすでに手がけているほか、「自動運転」「コネクティビティ」といった既存領域の関連分野についても取り組みを行なっており、外部とも積極的に協調するオープンイノベーションの場になっていることをアピール。CES 2017でも多くの交流があり、これまでに800件以上のコンタクトを受けていると語った。

 R&DセンターXの活動では「研究のための研究」とならないよう徹底し、取り組みについては商品や技術機能などのプロジェクト別に運営。組織はできる限りフラット化してスピード感を持って活動を進めていくとの方向性を示した。

CIを持ったホンダ製品が生活に入り込んでいくことで、ロボティクス技術が人間の可能性を拡大していくというイメージ
ロボティクス技術を発達させていくことで、人間の素晴らしさを際立たせていくことを目標とする
大きな企業に成長したホンダのなかに、柔軟さや機敏さを持つ新組織であるR&DセンターXを設立してスピード感のあるイノベーションを目指す
スタンフォード大学 名誉教授 エドワード・ファイゲンバウム氏

 松本氏のスピーチに続いて、ファイゲンバウム氏によるゲスト講演が行なわれた。ファイゲンバウム氏は米国にホンダ・リサーチ・インスティチュート・USAが設立された当時にアドバイスを請われたことが最初のきっかけでホンダとの関係性が始まったという。また、1993年にはまだ水面下で進められていた、のちにASIMOとして発表されるロボティクスのプロジェクトにも目をとおしており、ホンダはASIMOがAIを使って自分で問題を解決したり、目的思考の行動ができるようになる時期が来ることを見据えていたのだと語った。

 また、「私は21世紀は、原子からビットへの軸足のシフトが起きると考えています。ここでいう原子とはすべてのハードウェアデバイスのこと、そしてビットは現在の世界を動かしているソフトウェア、また収集されて処理されるデータのことを指します。この大きな違いは、ハードウェアは目に見え、手で触れることができる現実であること、ソフトウェアは目には見えないということです。F1のレースマシンは本当に美しく、エンジンは強大な馬力を発生します。一方でクルマの設計や試験、運転に使われているソフトウェアは見えないので、ときに評価されないこともあります。しかし、最終的にはレースで勝負を決めるのがソフトウェアになるかもしれないのです」とコメント。

 ここですでに原子からビットへのシフトが起きている例として、かつてソニーがウォークマンで席巻したものの、デジタルミュージック化の重要性に気づくことなく、iPodやスマートフォンによる革命に乗り遅れることになったとした。もう1つの例として米コダックを挙げ、1978年にデジタルカメラを発明したものの、ビットではなく原子である自分たちの製造するフィルムを重視したため、ついに2012年に企業として破産することになったと述べた。

 また、2012年にマーク・アンドリーセン氏が発した「ソフトウエアが世界を飲み込む」という言葉でソフトウェアの革命について紹介。これに続いて2015年には、多くの企業や研究機関でソフトウェアにAIを組み込み始めたことを紹介し、「アンドリーセン氏の言葉を『2020年にはAIこそが世界を飲み込んでいるであろう』と変えなければならないだろうと考えています」と指摘。この勢いは専門家である自分が考えていたよりもはるかに急速な変化であると述べた。

 また、AIのIの部分、Intelligence(知能)にフォーカスして「AIではコンピューターに知能を持たせることですが、知能とはあらゆる領域に広がるものであり、これまでに研究者はその全領域を理解しようと試みてきました。この領域において私たちは『認識』という言葉を使い、認識では現在の状況を、記憶にある膨大な経験のパターンにあてはめていくのですが、多くの知能はこの認識を行なうものとなっており、思考ではないのです」「経験には非常に高度な専門的知識と一般常識があり、コンピューターに限られた専門知識をインプットしていくことは実現できても、一般常識は非常に困難な領域です」と述べ、知能について1つだけ覚えておくべき重要な原則として、「知能のスペクトル上でいかなる場所においても、高い性能は世界の知識、人々の知識に依存する」「知識がすべて」と繰り返し、アルゴリズムや推論は知識ほど重要ではないと位置付けた。

 ホンダが目指すCIについては「CIにおいて人間の知能と高次元のAIはそれぞれの世界の課題や経験で強調し合います。例えば、人間は必要なときにAIに一般常識を教えたり、AIは意思決定や問題解決についての具体策を系統的に検討するといったことです。このCIは非常に大きな科学的課題であり、エンジニアリングやコンピューターデザインだけで解決されるものではなく、人間が解決する課題です。これに取り組むホンダの新しい組織であるR&DセンターXは世界を変えることができます。R&DセンターXが世界を変える一助になることは私の歓びです」とコメントして講演を締めくくった。

ファイゲンバウム氏の講演で紹介されたスライド
質疑応答のようす

 また、最後に実施された登壇者に対する質疑応答では、ファイゲンバウム氏のゲスト講演で紹介されたソニーやコダックなどの事例について松本氏に対して質問し、研究・開発の結果をどのように製品に成果として結びつけていくのか、既存のビジネスとの兼ね合いなどについて問われ、これに対して松本氏は「弊社の場合は説明でも述べたように、創業からまもなくのころに研究所を分離して、避難所のような意味合いを持つ組織というのがポリシーとなっています。今回はその研究所さえもそこそこの大きさになったということで、我々はこの取り組みを『出島』と呼んでいます。江戸時代に異文化に対して門戸を開き、そこから幕末に国が変わっていったようなイメージで、創業当時の原点に戻り、スピードを上げてやるということです。また、ビジネスに向けたインキュベーション的な機能は、ビジネス開発統括部という部署を昨年から作っており、このR&DセンターXと両輪として進めていく体制が整ったと考えています」と回答した。

 また、レベル4、レベル5といった完全自動運転のクルマはいつごろ登場すると考えているのかという問いかけに対し、ファイゲンバウム氏は「フォードやドイツの自動車メーカーは2020年や2021年にはと言っていますが、これはちょっと早すぎると思います。自動運転の本当の専門家であるスタンフォード大学の同僚も言っているのですが、私の想像では2025年~2030年と想定していました。ここでボトルネックになるのは知識という点で、シリコンバレーに行ってメーカーに聞いてみると『もう何百マイルも自動運転できている』と回答するのですが、でも、これは同じ道路での何百マイルなのです。これは世界の知識が蓄積されているということです」と語り、さらに「覚えておかなければならないのは、グーグルが非常に面白いエンジニアリングビューを持っているということ。自動運転をステアリングやブレーキなしに構築したいと考えています。つなり、人は必要ないという概念です。デバイスだけで60マイル/hで走るのです。これが25マイル/hでも70マイル/hでも、速度は関係ありません」と答えた。

質疑応答で回答する松本氏(左)とファイゲンバウム氏(右)

ホンダ イノベーションラボ Tokyo内覧会

 オープンハウスの後半では、2016年9月に解説されたホンダ イノベーションラボ Tokyoの施設内覧会が行なわれ、知能化技術などの研究に取り組んでいる開発現場について紹介された。

ホンダ イノベーションラボ Tokyoのエントランスに置かれたモニュメント。写真右手側の入り口から入ってきた人に対して、白い空間から2次元のぶどうの木のイラストに発展し、さらに3次元の模型になることで創造性についてアピール。模型はぶどうの木ながら、ぶどう以外にりんごやレモンなども実っており、発想の転換による新しい技術発展について示唆するものとなっている
オフィススペースの遠景。フロアの導線は生命の源である海をイメージしたブルーとなっており、作業スペースはそこから砂浜に上陸した白を使っている
作業エリアは無用なイメージが混ざらないよう、デスクは白、イスは黒のモノトーンとなっている
打ち合わせなどのスペースはガラス張りとなり、オープンイノベーションの場であることをアピール
作業エリア近くに加え、開放感ある窓際にもカフェスペースを設置。環境を変えて新しいアイデアを模索したり、さまざまな部署の人と交流することを目的としている
柱に設置した本棚には、敢えて専門分野以外の各種専門書などを用意。インスピレーションを受けることを狙っている
作業エリアの脇に設置された会議室はガラスの一部を磨りガラスにして視線を緩和。ガラス面には石器から土器、象形文字など人類の道具の歴史が並び、AIの次に来る最後は「?」となっている