インプレッション

トヨタ「プリウス PHV」(公道試乗)

 日本での発売遅れが報じられていた「プリウス」の追加モデル「プリウス PHV」が、ようやくローンチされた。

 公式発表はされていないものの、発売が遅れた理由は「量販モデルでは世界初採用の、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)製テールゲートの量販体制が整わなかった」というのが“公然の秘密”。

 実は、車両重量によって区分される日本の排出ガス測定検査時に課される負荷を、より有利なランクに入れるためには「高価だが、超軽量なこのテールゲートの採用が不可欠だった」とのこと。それでも、達成された重量は前述検査時に適用される1530kgという“しきい値ぎりぎり”で、わずかに重さが増してしまうメーカーオプションの17インチ・シューズを選択すると、カタログ上の燃費値が大幅ダウンをしてしまうのはこれが理由だ。

アルミで構成した場合と比べて約40%の軽量化になるという、インナー骨格部にCFRPを使うテールゲート
左側が全車に標準装着する195/65 R15サイズのタイヤ&ホイールで、右はA系のグレードに7万5600円高でオプション設定されている215/45 R17サイズのタイヤ&ホイール。17インチを選択した場合、JC08モード燃費が37.2km/Lから30.8km/Lに低下。EV走行距離も68.2kmから55.2kmとなる
フロントマスクもプリウスとはデザインが大きく異なり、開発担当者が“大きなポイント”として挙げるのが縦長のLEDアクセサリーランプ。この影響で空力性能はプリウスよりわずかに悪化しているが、これはプリウスの方が燃費との兼ね合いで空力を極限まで突き詰めているから。対するプリウス PHVではデザインも重視されてデザイナーの意見が反映されやすくなり、空力に影響することが分かりつつもこの縦長ランプが全車で採用されているという

 従来型では「“普通のプリウス”と変わり映えがしない」という指摘を受け、フロントとリアに大幅な手が加えられたエクステリアデザインは、なるほどひと目でその違いが明らか。特に、FCV(燃料電池車)「ミライ」との関連性が感じられるフロントマスクは、不自然に奇をてらった印象の強かったベースのプリウスに比べると「よりスマートでスタイリッシュ」という雰囲気が強い。

 リアではオーバーハングが80mm延長されているが、そこには見た目の変更だけではなく、「より後方まで搭載することになった駆動用バッテリーを後突から守る」という目的も含まれている。具体的には、約80km/hという高速で大型のSUVが後方から追突した場合を想定した、アメリカの法規対応がそれにあたるという。

 ちなみに、プリウスにはある4WD仕様がこちらには設定されていないのは、「後輪用モーターを置くスペースはあるものの、制御するインバーターの置き場が確保できない」ことが理由であるという。

プリウス PHV A プレミアム(サーモテクトライムグリーン)。ボディサイズは4645×1760×1470mm(全長×全幅×全高)で、ホイールベースは2700mm
駆動用バッテリーの大容量化と大型化により、設置位置がプリウスのリアシート座面下からラゲッジスペースのフロア下に移動。フロアが高くなって荷室容量も減少している。手前側はわずかながら収納スペースとなっており、充電ケーブルなどをしまっておける

 ところで、「従来型比で約2倍」と謳われるバッテリーの容量は、いかにして決定されたのか?そこにはカタログ値ではなく、現実の使用過程で「どんなシーンでも30km以上のEV航続距離を確保したい」という思いが発端にあったという。

 実はモード燃費の試験時には、ステアリングも切らなければエアコンも使用しない。もちろん実走行ではそんなわけにはいかず、特に冬季にヒーターを使用するとエネルギー消費が大きく負担となり、カタログ燃費との乖離が強く指摘されることになっていたのがこれまでの”電動車両”の常でもあった。

 そこで新しいプリウス PHVでは、エンジン冷却水を熱源として利用せず、暖房のためにエンジンを始動させる必要のないガスインジェクション機能付きの「ヒートポンプ式エアコン」を、カタログ燃費には貢献しないことを承知の上で採用。その上で、前述のバッテリー容量に決定したという経緯があったという。

「ガスインジェクション機能付きのヒートポンプ式エアコン」を量産車で世界初採用。また、外部充電中に駆動用バッテリーの温度を自動的に一定に保つ「駆動用バッテリー専用ヒーター」も採用して寒い時期でもエンジンが始動しにくいよう工夫している

 もっとも、大気中の熱を回収するヒートポンプの原理を用いるゆえ、極低温下ではやはりエンジンが発する熱に頼らざるを得なくなってしまう。スマホアプリを経由して乗車前に“リモコン暖房”を行なうシステムに「-10℃を下まわると使えなくなる」という制約があるのは、そうした環境下ではエンジンを始動させる必要があるからだ。

特徴的なセンターコンソールの11.6インチT-Connect SDナビゲーションシステム。物理的なサイズが大きいことで操作ボタンも大きく表示できるほか、アニメーション表示でエンジンやモーター、エアコンなどの作動状態を分かりやすく表現する

バッテリー残量に余裕がある限りは「EVとして走り続ける」

 横浜みなとみらい地区を基点としたテストドライブは、フル充電状態からのスタート。デフォルト設定の「EVモード」で走り始めると、そのテイストは当然ながら「100%EVそのもの」だった。

ワンウェイクラッチの追加により、プリウスでも搭載している「1NM」型モーターが持つ53kW(72PS)/163Nm(16.6kgm)の出力に加え、これまで回生発電などを担当していたジェネレーターを「1SM」型モーターとして利用できるようになり、23kW(31PS)/40Nm(4.1kgm)の出力を上乗せする「デュアルモータードライブシステム」を新採用

 ベースのプリウスにも増して“EV濃度”が高く感じられるのは、プリウス PHVではEV走行時にプリウスを上まわるモーター出力を得ることができるため。その秘密は、プリウスでは発電に専念する2つめのモーター(ジェネレーター)に、出力を発生させる機能も持たせた「デュアルモータードライブシステム」にある。

 ただし、メカニズム上「HVモード」のハイブリッド走行時にはこの機能が使えなくなるので、「EV走行時の方が動力性能に優れる」のが走りの特徴でもある。厳密に言えば、こうして両モードで走行特性が異なるため、例えばカーナビで目的地を設定した場合に、あるゾーンはEVモードで走行し、あるゾーンはHVモードで走行、というような両者を混在させた制御は考えていないという。

 また、「メカニズム上はそれ以上も可能だが、効率が落ちるのでそこを上限に“エンジン走行”に切り替える」というEV最高速は135km/h。サーキットではなく公道で行なわれた今回のテストドライブでは、当然ながらすべての領域がEV走行のカバー範囲内に収まった。

センターコンソール左側に「HVモード」「EVモード」の切り替えスイッチを用意。EVモードでのEV走行距離(JC08モード)は68.2kmとなっている。また、スイッチを長押しすると「バッテリーチャージモード」となり、エンジンを積極的に働かせて駆動用バッテリーに充電する

 首都高速道路の走行中など、それなりに高い初速からのアクセル踏み足しに対しても、まずエンジンの始動ポイントまで達することはなくEV走行を継続。とにかく、バッテリー残量に余裕がある限りは「EVとして走り続ける」というのが、今回得られた印象。

 一方、こうしてなかなかエンジンが始動しないゆえに、ひとたびそのしきい値を超えた場合にはいきなりエンジンが高い回転数で回り始め、そのノイズの大きさに少々幻滅させられることになったのもまた事実ではある。

 ただし、バッテリー残量が底を付いてHVモードでの走行を始めた場面には、より低回転・軽負荷域からエンジンが始動をするので、そこまでの落差は感じない。端的に言えば、こうしたシーンでは“普通のプリウス”としての走行を行なうに過ぎないからだ。

高速道路の合流などの強い加速力が必要なシーンでは、135km/h以下でもエンジンが始動することもある。エネルギーモニターの表示はアクセル操作やアップダウンなど状況に応じて目まぐるしく変化し、緻密に制御していることがうかがえる

PHVならではの“小技”が可能

 バッテリーの大容量化などで重量の増加は少なくないものの、フットワークのテイストなどは基本的にベースであるプリウスと同様の印象。前出のように今回は横浜基点でのテストドライブであったため、強い横Gを受けるようなコーナリング・シーンなどは試せていない。

 が、ロサンゼルス近郊のワインディング・ロードを、アメリカ仕様の「プリウス プライム」で走行した経験からすれば、トヨタ自動車の最新骨格「TNGA(Toyota New Global Architecture)」を採用したこのモデルが、低重心感に富んだ好ましい走りのテイストを味わわせてくれることは間違いない事柄だ。

 ところで、当サイト上でもその印象をお伝えしたプリウス プライムに比べると、大きく異なる印象を受けたところが1点ある。プリウス プライムはアクセル全開でも数秒間はエンジンが始動せずにEV走行を続けたのに対して、日本向けのプリウス PHVは間髪を入れず即座にエンジンが始動して、出力の上乗せを開始したことがそれだ。

筆者がカリフォルニアでテストドライブした「プリウス プライム」(Photo:佐藤靖彦)

 複数回のチェックでそれが記憶違いなどではないことを確認し、テストドライブのあとにそれを担当エンジニア氏に問いただすと、それは仕向け地先で用意されている“PHVならではの税制面などのインセンティブ”を獲得するために設定された、プリウス プライム固有のプログラムが成す技であることが明らかになった。

 詳細な規定は省略するが、それはアメリカの“US06”と呼ばれるかなりの急加速までを含めた試験プログラム内を、すべてEV走行するための制御。実はそこでの最高速は約130km/hに達し、プリウス プライム(プリウス PHV)に設定された135km/hというEV走行時の最高速も、当然それを見据えたものと考えられる。

欧州仕様(写真は英国版)のプリウス PHVには、走行スピードに上限を設定してエンジンが始動しないようにする“シティ・モード”を装備

 また、同様にヨーロッパ向け仕様のプリウス PHVには、「ゼロエミッション・ゾーン」でエンジンが始動しないよう、出力の上限を絞る“シティ・モード”というスイッチ設定があるという。

 こうした設定は、機構の複雑さゆえコストアップが避けられないこのようなモデルの普及には、今でも大きなインセンティブが不可欠という現状を示す半面、内燃機関車では不可能な仕向け地別の“小技”が可能であるという、PHVならではと言える特長も改めて明確にしている。

CHAdeMO対応は明らかに“退歩”

 一方、そんなプリウス PHVに対して個人的に大きな疑問を抱くことになったのが、今回から新たに急速充電に対応「してしまった」という事柄。

 ケーブルの抜けを防止するために、差し込み口は専用アイテムに交換する必要があるというものの、「約14時間で満充電が可能」という一般家庭でも配線工事が不要の100V 6A充電への新対応は大いに評価に値するポイント。

 また、さまざまな規定がまだ確定しておらず、カタログスペック上ではそのメリットが生かされていないというものの、フランスからは「全車に標準化してほしい!」といった声が届いているなど、欧州市場での注目度も高いという「ソーラー充電システム」も、その実効性はともかく、話題づくりとしては面白いポイントだ。

SとS“ナビパッケージ”に28万800円でオプション装着できる「ソーラー充電システム」。太陽光で発電した電力を走行に利用できる量産車世界初の機能となっており、平均約2.9km/日分の電力を充電可能
エネルギーモニターにはリアルタイムの発電状況や累計発電量などを表示できる

 ただし、日本仕様のみに行なわれた「CHAdeMO(チャデモ)」方式の急速充電への新対応は、むしろPHVならではの特長を損ねかねないとも思える残念な決定。なぜならば、敢えてそれに対応しても真のユーザーメリットなど皆無であるばかりか、むしろ今後の電動化車両の普及に水を差しかねない事柄であるからだ。

「満充電のおよそ80%までを約20分で完了」とアピールする急速充電。けれども、JC08モードで68.2kmのEV航続距離を謳うこのモデルの場合、それは55km弱分に過ぎない計算になる。これをベースに単純計算すれば、駆動用バッテリーの電力は、100km/hクルージング時には30分ほどで使い切ってしまうというもの。となれば、「30分走って20分の充電」など、まさに噴飯ものであるのは明らかだろう。

 そもそもピュアEVとて、本来は「ユーザーが寝ているか、仕事をしている間に充電した電気だけで走るべきクルマ」というのが個人的な考え。ロードサイドの急速充電器を“レンジエクステンダー代わり”に用いつつ、大電力チャージを繰り返しながら遠くまで行こうという発想そのものが、ピーク電力の上乗せを回避するというエネルギー政策の観点からも「誤った使い方」であるはずなのだ。

右リアフェンダーに充電ポートを設定。ポート内の左側がAC100VとAC200Vに対応する普通充電インレット、右側がCHAdeMOに対応する急速充電インレット
センターコンソールの画面上で、曜日や時間帯別の詳細な充電スケジュールなどを設定できる
トヨタでは急速充電中にユーザー同士のもめ事が起きないよう、販売店でプリウス PHVの購入者にメッセージタグの配布を始めているという

 実は、日本向けモデルでの急速充電対応は、それを行なっていなかった従来型に対して寄せられた、ユーザーや販売店からの強い要望の声に押された“苦渋の選択”でもあったという。そして残念なことに、同様のコメントは当方の同業のなかからも少なからず聞かれたものだった。

 充電時間は短ければ短いほど、またEV航続距離は長ければ長いほどいいというのは、確かについ口にしたくなってしまうフレーズ。けれども急速充電のような大電力チャージの多用は、ピーク電力の上昇による発電所の増設すら招きかねず、また過度の航続距離の要求は無意味なバッテリーの大容量化による、価格や重量の上乗せにつながることを、今一度認識すべきではないだろうか?

 そうした観点からすれば、新型プリウス PHVで最も疑問に思えたポイントは「この期に及んでの急速充電への対応」だと、個人的にはそう感じざるを得なかった。商品力は大幅にアップした新型ながら、ここだけは従来型から明らかに“退歩”をした部分と、そう感じずにはいられなかったのである。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式のオリジナル型が“旧車増税”に至ったのを機に入れ替えを決断した、2009年式中古スマート……。

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Photo:高橋 学