インプレッション

フォルクスワーゲン「cross up!」(2017年発売/300台限定)

数々の専用装備が与えられた限定300台

「cross up!」が最初に世に出たのは2015年のことだ。high up!をベースにSUVテイストのデコレーションを施した外観は小さいながらも存在感があって、これを欲しがる人は少なくないだろうなと思ったものだ。

 そしてベース車が4月にマイナーチェンジをしたのは別記事でお伝えしたとおりだが、まだ設定されていなかったcross up!は意外なことに限定300台という形で6月に発売された。ボディカラーは2色が選べ、写真の新色「コスタアズールメタリック」と「トルネードレッド」がそれぞれ150台ずつという内訳。価格は207万9000円。high up!の193万8000円に対し14万1000円高となるが、以下で述べる専用装備を考えると、内容的にはなかなか買い得感が高いことを、あらかじめお伝えしておこう。

 実車と対面して、やっぱり売れそうだなと改めて感じたというのが第一印象だ。たったの300台の限定販売で大丈夫なんだろうか……? ベース車からの外観の変更点を具体的に挙げると、前後バンパー、ホイールエクステンション、ブラックサイドモールディング、シルバードアミラー、シルバールーフレールなどの専用装備が与えられているほか、後ろ半分にダークティンテッドガラスが付く。足下には16インチの専用アルミホイールを履き、サスペンションも専用品となる。この見た目だけで、cross up!が欲しい人にはこれ以上の説明は必要ないかもしれないが、せっかくなので少し掘り下げていこう。

 こうした専用装備により、ベース車に対して全長が15mm拡大し、最低地上高は10mm上昇して155mm、ルーフレールの追加により全高も25mm増の1520mmとなった。全幅は不変で、車両重量は10kg増の960kg、JC08モード燃費の公表値は1.0km/Lだけダウンして21.0km/Lとなっている。

今回試乗したのは「up!」をSUVルックに仕立てたクロスオーバータイプの300台限定車「cross up!」。「high up!」をベースに専用装備を装着し、価格は207万9000円。ボディカラーは「コスタアズールメタリック」「トルネードレッド」の2色を設定し、それぞれ150台を用意する。ボディサイズは3625×1650×1520mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2420mm
エクステリアでは専用のフロント&リアバンパー、ホイールハウスエクステンション、ブラックサイドモールディング、シルバードアミラー、シルバールーフレールを装備するとともに、16インチアルミホイール(185/50 R16)やダークティンテッドガラス(リア/リア左右、UVカット機能付)を採用

 インテリアは、マイナーチェンジ前のcross up!はカラフルだった記憶があるのだが、今回の限定車は至るところがブラックで統一されていて、精悍な印象になったのはちょっと意外だった。

 装備も充実していて、フルオートエアコンと純正インフォテイメントシステム、スマートフォンホルダーを組み合わせた「インフォテイメントパッケージ」やシートヒーター、他の限定車でもフィーチャリングした“beats sound system”などが標準設定となる。半面、タイヤ外径が変わることに対応していないせいか、high up!には標準装備されるクルーズコントロールが設定されていないのは惜しい。予防安全装備の「シティエマージェンシーブレーキ」は、レーザーセンサーゆえ歩行者認識機能はないものの、30km/h未満の低速で走行中に条件がそろった場合に自動的にブレーキをかけてくれる。

インテリアでは専用ファブリックシートを採用するほか、フルオートエアコンやシートヒーターといった上級装備も標準装備。加えてプレミアムサウンドシステム「beats sound system」(総出力300W、8チャンネル7スピーカー)や、純正インフォテイメントシステム「Composition Phone」(5インチカラーディスプレイ、MP3/WMA再生、AM/FMラジオ、SDカード、Bluetoothオーディオ/ハンズフリーフォン)が与えられる

車格がワンランク上がったような走り味

 キーをひねってエンジンを始動することも珍しい時代になったが、up!はそれだ。

 ベース車との足まわりの違いを詳しく見ていくと、タイヤサイズが185/55 R15から185/50 R16となっており、計算上はタイヤの外径が584mmから591mmへと7mm拡大する。ホイールの外径=タイヤの内径は15インチが381.0mm、16インチが406.4mmなので、サイドウォールがいくぶん薄いことになる。リム幅が5.5Jと6Jという違いもある。

 また、最低地上高が10mm上昇しているのは、タイヤの外径拡大に加えて、コイルスプリングがやや長くされているはずだ。

 それゆえ走り味もベース車とは少なからず違って、タイヤのキャパが増し、サスペンションのストローク感も増したことで、全体としてはベース車よりも車格がワンランク上がったように感じられた。一方で、このクラスではなおのこと、重心高が変わる影響というのはやはり小さくなく、ベース車に対して地上高が10mm上がったぶんロールなども大きくなっているわけだが、このクルマでそこ大事? という話だと思うので、そういうものだとご理解いただければよいかと思う。

 ポロ以上のフォルクスワーゲン車ほどのカチッとした感覚はさすがにないものの、素直で正確性のある操縦性はフォルクスワーゲンならでは。そのあたり、さすがはフォルクスワーゲン、エントリーモデルとはいえ大事にしているのだろう。また、4.6mという最小回転半径はベース車と変わらず。前後のオーバーハングも短いので、こんな場所でも切り返しせずに転回できてしまうのかと驚くシーンもある。

足まわりの変更により走破性が向上

直列3気筒DOHC 1.0リッターエンジンは最高出力55kW(75PS)/6200rpm、最大トルク95Nm(9.7kgm)/3000-4300rpmを発生。JC08モード燃費は21.0km/L

 取材時にはちょっとだけ砂浜など悪路も走ってみた。わずか10mmとはいえ地上高が上がったこと以外に、駆動系や電子デバイスに何か走破性を高めるためのプラスαがあるわけではないが、こうした場所に行きたくなる雰囲気を持ったクルマであるのは言うまでもなし。軽量な車両重量に対してバネ下が重くなったことで、多少バタつきが気になる状況もあるが、タイヤのキャパが増したおかげで、荒れた路面でもあまり影響を受けることなく踏破していける感覚は高まっている。

 トランスミッションの5速ASGも当初よりはだいぶよくなって、こういうものだと割り切って乗れば許せるぐらいになっているのは、少し前に紹介した限定車「up! with beats」の記事でもお伝えしたとおり。ただし、やはり出足は少し遅れ気味だし、料金所をすぎて再加速したいのに高いギヤのままだったり、ランプでの合流や信号変わり目、相手が譲ってくれたので先に行きたい状況などで、パッと踏んだときにもたついてしまうなど、やはりトリッキーな面もなくはない。日本の交通事情ではそこが重要だったりするので悩みどころではある。

 まあ、そのあたりは理解のある人が選ぶクルマだろうからそこはヨシとして、とにかくこの雰囲気が好きな人には、この価格で、装備や完成度がグッと高まったマイナーチェンジ後のcross up!が手に入るというのは、実に魅力的な話ではないかと思う。聞いたところでは、この装備と価格を実現するために、限定販売にせざるを得なかった事情もあるらしいのだが、本当にたったの300台でいいのかな……?

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:中野英幸