試乗記

マセラティ内製の最新V6エンジン「ネットゥーノ」搭載、グランツーリズモ/グレカーレ/MC20をサーキットで試す

マセラティ内製の最新V6エンジン「ネットゥーノ」搭載モデルが袖ヶ浦フォレストレースウェイに集結

特徴的な新技術を採用

 マセラティの優美なデザインや優れた走行性能は、世の高級車ブランドの中でもひときわ異彩を放っている。近年は電動化にもいちはやく取り組み、日本で初開催されたフォーミュラEで優勝を遂げたのも印象深い。

 その一方で内燃エンジンについても、「ネットゥーノ」と呼ぶ新しい3.0リッターV6ターボを世に送り出した。完全自社開発という意味では、会場に展示されていたビトゥルボ系のV6以来、実に約40年ぶりとなるネットゥーノの登場は、110年におよぶ長い歴史の中でも1つの節目となりそうだ。

マセラティ ビトゥルボ

 2020年9月に初めて搭載されたMC20でマセラティ史上最強となる630PSの最高出力を引き出したネットゥーノは、モデナの本社の裏にあるMC20がアッセンブリーされる生産ラインのすぐ横で組み立てられている。

 そのネットゥーノには、既存のエンジンにはないいくつかの特徴的な新技術が採用されていると、テクニカルトレーナーの芹田氏は述べる。F1由来のプレチャンバーの採用のほか、「MTC(マセラティ・ツイン・コンバスチョン)」という名のとおり、スピードを出すための特性と、ロードカーに不可欠な低回転域のトルクの確保という2つの燃焼特性を持っており、そのため1気筒に2つずつ、計12本のスパークプラグを持つとともに、インジェクターもポート噴射と直接噴射を併用して使い分けている。

 燃焼特性の違いは自転車を漕ぐのに似ていて、発進からスピードを上げていくときにはペダルを強い力で長い距離を漕ぐように、あらかじめ作った混合気をインテークポートに噴射し、シリンダー内に充填させ、スパークプラグで点火するとそれを起点にバッと広がる、ピストンを長い距離グッと強い力で押すような燃焼となる。

 一方でスピードを出すときにはプレチャンバーが活躍する。シリンダーに直接噴射した燃料がピストンの圧縮でプレチャンバーに流入し、そこで燃焼したエネルギーが横方向にある無数の穴からメインの燃焼室に火炎放射のような形で一気に噴射されることで、ピストンの上だけ叩いて短時間で燃やし切るような燃焼となる。まさに自転車でスピード上げたいときにペダルをできるだけ短時間で早く回さないといけないのと似ている。

イタリア語で海神「ネプチューン」を意味し、その名を冠したマセラティオリジナルのエンジン「ネットゥーノ」。完全自社開発したこのエンジンは、本社隣接のモデナ工場で生産される。現在のラインアップではサーキット専用モデルの「MCエクストレーマ」をはじめ、MC20をベースにしたレーシングカー「GT2」、「MC20」(クーペ/チェロ)、「グラントゥーリズモ」(トロフェオ/モデナ)、「グレカーレ」(トロフェオ)に搭載され、モデルごとにセッティングが行なわれている

 そんなネットゥーノを搭載した3モデルを千葉の袖ヶ浦フォレストレースウェイで乗り比べることができた。

まさにフレキシブルな対応力

 ネットゥーノは、MTCをはじめソフトウェアチューニングによりいろいろなタイプのクルマへのマッチングが非常に簡単にできるのも強みで、MC20のようなリアミッドシップのスーパースポーツから、FRベースのAWDのグランツーリズモやSUVのグレカーレまで、さらにはDCTやATを問わず、フレキシブルに対応することができる。

 グラントゥーリズモは性能的には最高出力550PS、最大トルク650Nmのトロフェオと同75周年記念車の2台をドライブした。フェンダーと一体になったボンネットを開けると、エンジンが前の車軸よりも後方に搭載されているのが分かるとおり、前後50:50の理想的な重量配分を実現している。2+2に見えるキャビンは、後席にも180cm級の乗員が座るにも十分な、ほぼフル4シーターとなっている。

グラントゥーリズモに搭載されるネットゥーノ。エンジンが前の車軸よりも後方に搭載されているのが分かる

 エンジンサウンドは、V6と聞いて想像する一般的な音とは異質の印象的なものだ。加速性能は3000rpmあたり強力に過給されて、もりもりとトルクが沸き上がり、6000rpmからオレンジ、6500rpmからレッド表示のところ、8000rpm近くまで軽やかに吹け上がる。刺激的な加速と複雑な響きを併せ持った、味わい深いエンジンフィールだ。

 8速ATとの組み合わせとなり、全車がAWDで電子制御LSDが組み合わされる。ステアリングの操舵力が軽く、クイックながら安定していて、とくに高速コーナーが気持ちいいハンドリングはマセラティならでは。走り系のモードを選ぶと、手応えが増して動きがさらにシャープになる。

 こうした比較的大柄なクーペがめっきり少なくなってきた中でも、ひときわオシャレで官能的なクルマに仕上がっている。

グラントゥーリズモ トロフェオと同75周年記念車「75th Anniversary Edition」のネットゥーノは最高出力550PS、最大トルク650Nmを発生。8速ATを介して4輪を駆動する。潤滑システムはウェットサンプ

 販売好調のグレカーレには、ネットゥーノを搭載したトロフェオが最上級グレードとして据えられており、2.0リッター直4ターボを搭載する下位グレードとはエンジンだけでなくホイールやブレーキなど走りに関してかなり差別化されている。

 SUVの上級機種のレヴァンテに対してはサイズだけでなく、レヴァンテがGTのSUVであるのに対し、グレカーレはGTの要素とともにスポーツカーのテイストをかなり感じると木村社長も話していたとおりで、より走りの楽しさが際立っている。それを支えているのも、ほかならぬネットゥーノだ。

 低く響く重厚なサウンドがいかにも走りそうな雰囲気を感じさせるとおり、2tをやや超える車体を軽々と加速させる。走り系のモードに切り替えると、アクセルの踏み込みに合わせてぐっと押し出す感覚が増し、独特のサウンドのボリュームも変わる。

 こちらも8速ATを組み合わせAWDとなる点はグラントゥーリズモと同じだが、最高出力530PS、最大トルク620Nmとクルマの性格に合わせた性能が与えられており、楽しさとともに扱いやすさにも配慮していることがうかがえた。

マセラティの代表取締役兼アジアパシフィック代表を務める木村隆之氏も会場でプレゼンテーションを行なった
グレカーレ トロフェオが搭載するネットゥーノは最高出力530PS、最大トルク620Nmを発生。グラントゥーリズモ トロフェオと同じく8速ATを介して4輪を駆動する。潤滑システムはウェットサンプ

 ちなみに、これまでは日本でのマセラティの購買層というのは55%が乗り替えで、新規は45%だったのが7割に増えたほか、雇用でない人が約85%だったところ、価格レンジの下がったグレカーレでは外資企業に勤めるような人が増えており、平均年齢もかなり若くなっているという。それだけ若い人をも惹きつける魅力があるわけだ。

 リアシートやラゲッジを入念にチェックした上で購入を決める人も多く、その点でもグレカーレは期待に応えている。また、グレカーレについては装備にも配慮したという。それまで同等クラスの高級車を愛用していたユーザーにとって、普通に付いていた装備が付いていないのはよろしくないので、3グレードすべて標準でかなり充実している。実際、購入時にオプションを何も付けないユーザーも5%ほどいるそうだ。

よりパワフルでダイレクト感のあるMC20

MC20およびMC20 チェロが搭載するネットゥーノは最高出力630PS、最大トルク730Nmを発生。トランスミッションは8速DCTで、後輪駆動モデルとなる。潤滑システムはドライサンプ

 MC20は左ハンドルのチェロをドライブした。ドライサンプ化されたネットゥーノは、最高出力が630PS、最大トルクが730Nmまで引き上げられており、8速のDCTが組み合わされる。

 跳ね上げ式のドアを開けてグッと低いコクピットに収まると、背後から聞こえるサウンドがより猛々しさを増していて、独特の複雑な響きがエンジンフィールをより味わい深く演出している。ドライブモードはMC20のみステアリングホイールではなくセンタコンソールで調整する。

 いざ走ると、やはり前出の2台とは世界が別だ。よりパワフルでダイレクト感があり、瞬発力が高まっている。スピードメーターに刻まれた「340km/h」が本当に出そうに思えてくる。

 意のままに操れるハンドリングも気持ちがよい。フロントに重量物がなく、よりコンパクトなV6を低い位置に搭載できる強みもあって、まさに地を這うようなドライブフィールを実現している。

 せっかくチェロなのでトップを開けてみると、印象的なエンジンサウンドがよりダイレクトにコクピットに伝わってくる。

 同じエンジンなのでもちろん共通性がある中でも、それぞれ違う表情を見せてくれたのも興味深い。このところ好調の伝えられるマセラティにとっても、ネットゥーノはよりその価値を高めることのできる強力な武器となるに違いない。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:堤晋一