【インプレッション・リポート】
マツダ「スカイアクティブ試作車」

Text by 河村康彦


 マツダは10月20日、2011年から量産モデルに投入を開始する次世代技術の総称「SKYACTIVE」(スカイアクティブ)を発表した。これに引き続き、新技術の成果を実際に体験できる場として、広島県にある同社の三次(みよし)自動車試験場で開催されたのが「新世代技術ワークショップ」。ここでは、そのスカイアクティブの概要と狙い、そしてこの新技術を入れ込んだ試作車にワークショップで触れての印象などをお届けしよう。

「スカイアクティブ」のキモは開発手法にあり
 すでにニュースとしても聞かれているように、マツダが発表したこの次世代技術の“キモ”は、「世界一の高圧縮比を実現したガソリン・エンジン」と「世界一の低圧縮比を実現したディーゼル・エンジン」の両者に代表されている。端的に言えば、昨今世界の多くのメーカーが触手を伸ばす電動化の技術には頼らずに、まずは純粋な内燃機関=エンジンで可能な限りの燃費向上とCO2の削減を図ろうというのが、両エンジンの狙いどころと言うわけだ。

 しかし、「スカイアクティブG」(ガソリンエンジン)と「スカイアクティブD」(ディーゼルエンジン)と名付けられたこれら2種類のパワーユニットのみに目を奪われると、次世代自動車のトータルな性能向上を狙うスカイアクティブのプロジェクトの本質を見落とすことになりかねない。

 というのも、このプロジェクトで真に価値あるポイントは、発表された一連の新技術が単にエンジンだけで完結するものではなく、かと言ってボディーやシャシーだけで完結するものでもなく、様々な機械要素からなる自動車という1つの工業製品に対し、各パートを担当する開発部隊が、“垣根”を超えて包括的に切磋琢磨に取り組んだ、というその点にこそあると考えられるからだ。

 当然ながら、自動車の開発はエンジンならばエンジン開発部隊、ボディーならばボディーの開発部隊、そしてシャシーならばシャシー開発部隊の担当者が、それぞれに課された目標をクリアすべく業務に勤しむというカタチで進行するのが通常の姿。しかし、こうした方法ではそうしたパート毎の性能目標は達成できても、それらが1台の自動車として組み上げられた際には、必ずしも所期の目標を達成することが叶わないというのが常でもあった。

 例えば、せっかく開発した様々な新機構や、目標を達成したエンジンやシャシーが、それを取り付けるボディの強度ーや重さ、コスト的要因などに影響され、結局はトータルとして満足できる性能を発揮するには至らなかったという事例も少なくない。

 そこで、そんな非効率ぶりを一挙に解決するのが、1台のクルマを構成する様々なアイテムを、同時に開発してしまうというやり方だ。今回マツダがスカイアクティブで目論んだのは、自動車の開発としてはまさに理想形とも思えるそうした手法なのだ。

スカイアクティブを構成する各要素。左上からガソリンエンジン、ディーゼルエンジン、ボディー、AT、MT。これらを包括的に開発したことが、スカイアクティブのキモ

デミオからスカイアクティブがデビュー
 ちなみに、誰もがベストの方法と理解はしつつもそうした手法がなかなか採れないのは、それが多大な時間やコストを要すると同時に、現存するラインナップに用いる構造を短期間の間に、一気に切り替えなければならないといった事情が存在するからでもある。

 となると、そうした手法を今回マツダが採用できたのは、トヨタやホンダ、日産といったより大手のメーカーよりも、生産規模や車種ラインナップが小さいという理由とともに、このメーカーが現在、かつて進めたフォード・グループとの共同作業による開発という姿勢から、再度独自での開発の姿勢を強めているというタイミングにあったといった裏事情も推察できる。

 いずれにしても、そんな“一気呵成”による開発の成果は、まずは来年2011年に発売されるデミオのマイナーチェンジ車で開花する予定。デミオは1.3リッターのガソリンエンジン車ながら、30km/Lという周辺ハイブリッド車をも凌ぐ10・15モード燃費を達成すると言う。

 さらに翌2012年には、今回発表の新技術すべてを入れ込んだ「フル・スカイアクティブ仕様」の新型車をリリース予定とも発表されている。

 ちなみに、内外多くのメーカーがその技術的ハードルの高さやコスト競争力に対する不安から、日本導入に対して二の足を踏み続けるディーゼル・モデルも、「早期の導入を計画中」と言明される。そこには、現在多くのメーカーが避けられないでいる高価な後処理装置無しで、NOx(窒素酸化物)に対する日本の厳しい排ガス規制をクリアできる自信のほども伺えるわけだ。

フットワークのよさが光る
 今回、三次のプルービング・グラウンドでテストドライブできたのは、スカイアクティブのディーゼル・モデル2台とガソリン・モデル2台の計4台の試作車。それぞれに組み合わされたトランスミッションは、これも完全新開発が謳われる6速MT(スカイアクティブMT)と、そのMTと生産ラインを共有することで大胆なコスト削減が可能になると謳う新開発の6速AT(スカイアクティブ・ドライブ)という2タイプだ。

 まずはガソリンのMT仕様でゆっくりと走り始めた試作車での第一印象は……実は、期待と注目のパワーパックが生み出すテイストよりも、「なんてしなやかで豊かなストローク感の持ち主なんだ」といったそのフットワークに対する好感触が先に立つことになった。

 現場には、比較検証用として現行型のアテンザも用意されていた。そして、このモデルが欧州でも好評を博す、軽快なハンドリングの持ち主であるということももちろん認識はしていた。しかし、そんなモデルに対しても試作車のフットワークは、やはり「新ボディと新シャシーのマッチングが生み出す、基本的なポテンシャルが別レベルだナ」と思わせる非凡な印象を味わわせてくれたのだ。

 現行モデルではちょっと鼻に付く感のある、ステアリング切り始め時点での過敏な動きが陰を潜めつつも、自在なハンドリング感覚と信頼に足る安定性を演じたうえで、細かな路面凹凸に対する接地性が明確に高く、乗り心地のフラット感も上まわる。

用意された試作車はガソリンエンジン+MT(上段左)、ガソリン+AT(上段右)、ディーゼル+MT(下段左)、ディーゼル+AT(下段右)の4種。といってもルックスはどれも同じ

 実は、このあたりの好印象の度合いというのは、後に乗り換えたディーゼル・モデルではやや低下する傾向を感じた。どうやらそこでは、パワーパックの重さの違いが影響を及ぼしているようだ。

 また、全般にロードノイズが大きい点が気になったが、このあたりはまだリリースまで1年以上を残した試作車の段階ゆえ、今後大いにリファインされると期待してよいように思う。また、やはり新たに開発されたというフル電動式のパワーステアリングが発するフィーリングも、十分な及第点に達していた。

 資料には一切の記載が無かったが、試作車のフットワークの好印象に繋がった一因が、ホールド性と面圧分布に優れたシートのできのよさにあったことも付け加えておきたい。このシートに触れてみるだけでも一見の価値がある──試作車は、そんな内容の持ち主であったということだ。

SKYACTIVE-Dは大小2つのターボチャージャーを切り替えて使用する2ステージターボチャージャーを採用する

軽快なディーゼルエンジン
 「世界最高の圧縮比」が大きな謳い文句の新開発ガソリン・エンジンは、MTで乗ってもATで乗っても特に何の不満も抱かせない仕上がりぶりを実現させている。

 ATではアクセルのON/OFF操作に対してわずかなスナッチ(ショック)が感じられたし、4-2-1という排気レイアウトを採用するゆえのいたずらか、2300rpm付近で小さな排気のこもり音も認められた。が、このあたりも発売までのリファインで十分な対策が練られるに違いない。

 一方のディーゼル・モデルは、“仰天の動力性能”の持ち主だった。ディーゼルも、欧州で発売中の現行モデルが比較検証用に準備されていて、こちらもいかにもターボ付きディーゼル車らしい、力強い中間加速が印象に残ったもの。

 ところが、サイズが異なる2基のターボチャージャーを運転状況に応じて切り替えつつ用いる「世界最低の圧縮比」を謳う新開発エンジンは、現行モデルに対してさらに低速域の力強さと高回転への伸び感を上乗せした、まさにオールマイティな性能の持ち主として仕上げられていたのだ。5000rpmを軽く突破する回転の伸び感は、下手なガソリン・エンジンよりも遥かに軽快だ。

 この新しいディーゼル・エンジンは、MTとの組み合わせでもATとの組み合わせでも、まさに文句の付けようのない動力性能を味わわせてくれることに。そんな心臓を搭載したモデルが、リーズナブルな価格で日本でも乗れるようになるとすれば、本当に画期的だ。

 今回のイベントではいずれのモデルも短時間ずつのテストドライブゆえ、燃費の測定はできなかった。現時点での“盲点”はと言えばまさにこの部分で、正直なところここが判明しない限り、まだスカイアクティブのプロジェクトを評するのは時期尚早と言ってもよいだろう。

 しかし、そんな今の時点でひとつ言えることは、この新技術を搭載したマツダ車のデビューというのは、この先の国内外のどんなニューモデル登場のスクープ情報よりも待ち遠しく感じられるということ。マツダ自らが「社運を掛けた」と断言するこのプロジェクトの実力が、まずはその内容の一部を取り込んだエンジンを搭載するデミオのマイナーチェンジ車で判明するのはもうすぐだ!

2010年 11月 22日