インプレッション
テスラ「モデルS」
Text by 真鍋裕行(2013/1/21 00:00)
IT企業などが集結するシリコンバレーに本拠地を置くことや、ペイパルやスペースXを立ち上げるなど起業家という顔を持つ代表のイーロン・マスク氏の経歴など、さまざまな面で既存の自動車メーカーとは大きく異なるユニークな生い立ちを持っているのが、米国の電気自動車(EV)メーカー「テスラモーターズ」。
第1弾モデルとして2008年に登場した2シーターオープンの「ロードスター」は、航続距離の長さや加速性能などのパフォーマンス、ロータス「エリーゼ」を流用したエクステリアなど、EVの概念を大きく変えるモデルとして注目を浴びた。また、2010年にはトヨタ自動車との業務提携や、パナソニックとのバッテリーの共同開発など国内メーカーとの協業についても話題を呼んだことは記憶に新しい。
そんなテスラモーターズが新たにリリースしたEVは、5ドアサルーン「モデルS」。すでに北米では販売が始まっていて、予約も好調で工場は常時フル生産を行っていると言う。今回、新たにラインアップされたモデルSにロサンゼルスで試乗する機会を得たので、そのインプレッションをお伝えしたい。
4ドアクーペのスポーティさとラグジュアリーさを併せ持つモデルS
テスラモーターズを世に知らしめたロードスターは、ロータスからシャシー技術の提供を受けていたのに対して、モデルSはシャシーからパワートレーンまで、すべてを自社で開発したオリジナルモデルになる。つまり、テスラモーターズが全面的に開発した初の車両が、このモデルSになる。パーツ点数が大幅に減ったEVといっても、いちから車両を開発するには至難の技だろう。なぜなら、既存の自動車メーカーは数十年から100年以上の歴史の中で技術を培ってきているので、蓄積してきたデータ量が違う。
なので、創業から10年に満たないテスラモーターズが新規で開発したモデルSのハンドリングや乗り味といった車両の完成度は、非常に興味深い。しかも、新規で開発されたモデルSのシャシーは、来年にも登場すると言われているSUVタイプの「モデルX」にも用いられるので、このモデルSの完成度は現在のテスラモーターズの技術力や開発力を含めたノウハウを示すマシンとなるのだ。
まずはプレゼンテーションで公開されたモデルSの詳細についてだが、ボディーサイズは4980×1960×1440mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2960mmとなる。シルエットは、メルセデス・ベンツ「CLS」やBMW「6シリーズ グランクーペ」、アウディ「A7スポーツバック」など、人気を得ている4ドアクーペを想起させるデザイン。フロントにエンジンを搭載していないのでボディーデザインの自由度が高く、フロントのボンネットフードはかなり低く、アグレッシブさを感じる。Cd値は0.24に抑えられ、スポーツモデルと遜色ない空気抵抗係数を実現している。シャシーは、剛性感と軽量化の両面を考慮して、アルミとステンレスをポイントにより使い分けている。
モーターはリアアスクルに搭載されていて、減速比9.375というリダクションギアを介してリアホイールを駆動。バッテリーはフロア下のシャシー内に水平に収納されている。バッテリーのタイプは40kWh、60kWh、85kWhの3種類で、85kWhのみハイパフォーマンスタイプが用意される。それぞれ出力されるパフォーマスが異なっていて、もっともハイパワーな設定になると0-100km/hの加速は4.6秒。ポルシェ「911カレラS」並みのスペックを持つ。
ボディーデザインやパワートレーンとともに注目なのがインテリア。運転席横のセンターコンソールには、17インチの大型モニターを用いたタッチスクリーンが収まっている。カーナビゲーション、オーディオ、車両の制御など多くの項目をこのタッチスクリーンで操作できるようになっていて、テスラモーターズらしく既存のクルマにはないユニークな作り込みと言えるだろう。
外観のデザインは4ドアクーペのスポーティさとラグジュアリーさを併せ持ち、パワートレーンはスポーツモデルにも匹敵する高性能を持つのがモデルSの特徴となる。
大柄のボディーを感じさせない加速感
ひと通りのプレゼンテーションを受け、次に試乗となった。ロサンゼルスではまず心配することがない天候なのだが、試乗当日は早朝からあいにくの雨模様。テスラの担当者も予想外のことだったようで、残念ながら澄み切った青空の元での試乗は叶わなかった。試乗コースは、サンタモニカの海岸沿いからスタート。ハイウェイを通り、途中でアップダウンのあるワインディングを走り、またハイウェイを使い戻ってくるというルートだ。
ヘッドクォーターとなったホテルを出発すると、すぐ海岸線を走るフリーウェイに入る。本線に合流するためにアクセルを踏み込むと0-100km/hを5.9秒(試乗モデル)で駆け抜けるモーターの本領が発揮される。降雨によりスリッピーな路面だったため、たちまちトラクションコントロールが介入してしまったが、モーター特有のゼロ発進からでも最大トルクを発揮させる加速感は、エンジン搭載車にはない最大の魅力。何度かフル加速を試してみるが、とても大柄のボディーを持つクルマを運転しているという印象は受けない。
続くワインディング路では、ここでもEVならではの独特な感覚をもたらす。モーターやバッテリーなどの重量物をフロア下に搭載しているので、コーナリング中のロール量もかなり抑えられている印象。パワーステアリングやダンパーの調整は、17インチの大型モニターを使って常時変化させることができる。パワーステアリングのクイックさと重さは好みによるだろうが、もっとも感覚がよかったのが「スタンダードモード」。もっともハードな「スポーツモード」だとステアリングがやや重く感じられたからだ。
サスペンションに関しては、「ロー」「スタンダード」「ハイ」の3つの車高を選ぶことができる。モードを変えてもダンパーの硬さはさほど変化することはない。主に車高がコントロールされ、車高の変化によるロール感の増減はほぼない。なので高速で走行するときに安定感を求めるなら、車高を下げるというセッティングにするのがベターだろう。
ワインディングの登りでそんな感覚を掴みながら、今度は下りに入る。下りでは、回生ブレーキのモードをチェンジしながら走行してみる。モードは「スタンダード」と「ロー」の2種類。回生ブレーキの効きが強いスタンダードだと街乗りならば、ほぼブレーキを踏まなくてもよいほどアクセルを離すとブレーキが掛かる。ローの方は、やや回生ブレーキが弱くなるが、それでもMT車のエンジンブレーキよりも効く印象。スタンダードの回生ブレーキも、初めはやや強いように感じるが、少し走ればブレーキが掛かる感覚にも慣れてしまったので回生力の高いスタンダードで走るのがよいだろう。
A7、グランクーペ、CLSとも渡り合える完成度と魅力
ワインディングが終わり、再びフリーウェイに戻って走行車線の流れに乗ると静粛性や操安性の高さ、乗り心地のよさに気付く。エンジン音がないので静かなのはあたり前だが、風切り音やロードノイズも室内に極力入らないようになっている。フリーウェイはわだちやギャップが多いのだが、21インチの偏平タイヤながら乗り心地は優れていて、路面からの突き上げ感が少ない。制限速度の70マイルから80マイルで直線を走っていると、ステアリングやシートを通して伝わってくる感覚は重厚感があり、かなりしっとりとしている感覚を得た。
距離にして30km弱のドライブだったが、モデルSの素性のよさを体感することができた。前述したように既存の自動車メーカーは、長年に渡り蓄積されたノウハウによってシャシーやハンドリングの味付けを行っている。それだけに技術力や開発力にアドバンテージがあるのは当然だろう。そのアドバンテージを補うのがユニークなアイデアやパッケージだったのだが、オリジナルシャシーの生産が始まったこれからは、ハンドリングや乗り味といったクルマの基本性能でも、既存の自動車メーカーと競り合っていけるのではないかと、今回のモデルSの試乗を通じて感じることができた。
先日、国内でも初公開されたモデルSだが、まだ国内での販売価格は決まっていないと言う。価格次第にはなってしまうが、ライバル視しているアウディ「A7スポーツバック」やBMW「6シリーズ グランクーペ」、メルセデス・ベンツ「CLS」などのラグジュアリーセダンと十分に渡り合える完成度と魅力を持っているはずだ。