インプレッション

テスラ「モデルS」

 IT企業などが集結するシリコンバレーに本拠地を置くことや、ペイパルやスペースXを立ち上げるなど起業家という顔を持つ代表のイーロン・マスク氏の経歴など、さまざまな面で既存の自動車メーカーとは大きく異なるユニークな生い立ちを持っているのが、米国の電気自動車(EV)メーカー「テスラモーターズ」。

 第1弾モデルとして2008年に登場した2シーターオープンの「ロードスター」は、航続距離の長さや加速性能などのパフォーマンス、ロータス「エリーゼ」を流用したエクステリアなど、EVの概念を大きく変えるモデルとして注目を浴びた。また、2010年にはトヨタ自動車との業務提携や、パナソニックとのバッテリーの共同開発など国内メーカーとの協業についても話題を呼んだことは記憶に新しい。

 そんなテスラモーターズが新たにリリースしたEVは、5ドアサルーン「モデルS」。すでに北米では販売が始まっていて、予約も好調で工場は常時フル生産を行っていると言う。今回、新たにラインアップされたモデルSにロサンゼルスで試乗する機会を得たので、そのインプレッションをお伝えしたい。

プレゼンテーションでモデルSの特徴を解説した、テスラのプロダクト・プランナー Ted Merendino氏
多くのファッションブランドが路面店を出すサンタモニカにテスラのショールームはある。車両販売の方法も既存の自動車メーカーとは異なっているのがユニークなところ

4ドアクーペのスポーティさとラグジュアリーさを併せ持つモデルS

 テスラモーターズを世に知らしめたロードスターは、ロータスからシャシー技術の提供を受けていたのに対して、モデルSはシャシーからパワートレーンまで、すべてを自社で開発したオリジナルモデルになる。つまり、テスラモーターズが全面的に開発した初の車両が、このモデルSになる。パーツ点数が大幅に減ったEVといっても、いちから車両を開発するには至難の技だろう。なぜなら、既存の自動車メーカーは数十年から100年以上の歴史の中で技術を培ってきているので、蓄積してきたデータ量が違う。

 なので、創業から10年に満たないテスラモーターズが新規で開発したモデルSのハンドリングや乗り味といった車両の完成度は、非常に興味深い。しかも、新規で開発されたモデルSのシャシーは、来年にも登場すると言われているSUVタイプの「モデルX」にも用いられるので、このモデルSの完成度は現在のテスラモーターズの技術力や開発力を含めたノウハウを示すマシンとなるのだ。

 まずはプレゼンテーションで公開されたモデルSの詳細についてだが、ボディーサイズは4980×1960×1440mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2960mmとなる。シルエットは、メルセデス・ベンツ「CLS」やBMW「6シリーズ グランクーペ」、アウディ「A7スポーツバック」など、人気を得ている4ドアクーペを想起させるデザイン。フロントにエンジンを搭載していないのでボディーデザインの自由度が高く、フロントのボンネットフードはかなり低く、アグレッシブさを感じる。Cd値は0.24に抑えられ、スポーツモデルと遜色ない空気抵抗係数を実現している。シャシーは、剛性感と軽量化の両面を考慮して、アルミとステンレスをポイントにより使い分けている。

 モーターはリアアスクルに搭載されていて、減速比9.375というリダクションギアを介してリアホイールを駆動。バッテリーはフロア下のシャシー内に水平に収納されている。バッテリーのタイプは40kWh、60kWh、85kWhの3種類で、85kWhのみハイパフォーマンスタイプが用意される。それぞれ出力されるパフォーマスが異なっていて、もっともハイパワーな設定になると0-100km/hの加速は4.6秒。ポルシェ「911カレラS」並みのスペックを持つ。

 ボディーデザインやパワートレーンとともに注目なのがインテリア。運転席横のセンターコンソールには、17インチの大型モニターを用いたタッチスクリーンが収まっている。カーナビゲーション、オーディオ、車両の制御など多くの項目をこのタッチスクリーンで操作できるようになっていて、テスラモーターズらしく既存のクルマにはないユニークな作り込みと言えるだろう。

 外観のデザインは4ドアクーペのスポーティさとラグジュアリーさを併せ持ち、パワートレーンはスポーツモデルにも匹敵する高性能を持つのがモデルSの特徴となる。

21インチのホイールを履いたモデル
19インチのホイールを履いたモデル
インパネはスイッチ類が一切なく、17インチのタッチスクリーンは次世代の雰囲気をかもし出す
リアの足下は想像以上に広い。センタートンネルがないので圧迫感がないもの特徴的
運転席、助手席ともに本革のパワーシートを採用
サンタモニカのショールームに飾られているカットモデル。シャシー内にバッテリーが搭載されているのがよく分かる
フロントまわりはサブフレームや電動パワーステアリングが設置されているのみ
サスペンションは前後ともにエアサスを採用。フロントはダブルウィッシュボーン
フロントにもラゲッジスペースが作れるのもモデルSの特徴
リアラゲッジには子ども用のシートも設置することが可能。写真のモデルは5人乗りとなっている
ホイールは19インチと21インチでデザインが異なる
インテリア、エクステリアともにカラーバリエーションが豊富で、ユーザーの好みで組み合わせられる
ドアの開け方がユニークなのも特徴の1つ。ドアが閉まっているときはドアノブとドアはフラットな状態。開けるときにドアノブを押すと自動でせり上がってくる
充電口が外から見えないようになっているのも個性的。リアレンズ左側を開けると充電口が現れる。アメリカでは「スーパーチャージャー」と呼ばれる急速充電方式を採用していて、約1時間で充電が可能になる
モデルSの形を模したキーも個性的で面白い。トランクを開けたいならキーのトランクの場所を、フロントを開けたいならフロントの場所を押すと開けることができる

大柄のボディーを感じさせない加速感

試乗会場となったサンタモニカの海岸通りを走行するテスラ「モデルS」

 ひと通りのプレゼンテーションを受け、次に試乗となった。ロサンゼルスではまず心配することがない天候なのだが、試乗当日は早朝からあいにくの雨模様。テスラの担当者も予想外のことだったようで、残念ながら澄み切った青空の元での試乗は叶わなかった。試乗コースは、サンタモニカの海岸沿いからスタート。ハイウェイを通り、途中でアップダウンのあるワインディングを走り、またハイウェイを使い戻ってくるというルートだ。

 ヘッドクォーターとなったホテルを出発すると、すぐ海岸線を走るフリーウェイに入る。本線に合流するためにアクセルを踏み込むと0-100km/hを5.9秒(試乗モデル)で駆け抜けるモーターの本領が発揮される。降雨によりスリッピーな路面だったため、たちまちトラクションコントロールが介入してしまったが、モーター特有のゼロ発進からでも最大トルクを発揮させる加速感は、エンジン搭載車にはない最大の魅力。何度かフル加速を試してみるが、とても大柄のボディーを持つクルマを運転しているという印象は受けない。

 続くワインディング路では、ここでもEVならではの独特な感覚をもたらす。モーターやバッテリーなどの重量物をフロア下に搭載しているので、コーナリング中のロール量もかなり抑えられている印象。パワーステアリングやダンパーの調整は、17インチの大型モニターを使って常時変化させることができる。パワーステアリングのクイックさと重さは好みによるだろうが、もっとも感覚がよかったのが「スタンダードモード」。もっともハードな「スポーツモード」だとステアリングがやや重く感じられたからだ。

 サスペンションに関しては、「ロー」「スタンダード」「ハイ」の3つの車高を選ぶことができる。モードを変えてもダンパーの硬さはさほど変化することはない。主に車高がコントロールされ、車高の変化によるロール感の増減はほぼない。なので高速で走行するときに安定感を求めるなら、車高を下げるというセッティングにするのがベターだろう。

 ワインディングの登りでそんな感覚を掴みながら、今度は下りに入る。下りでは、回生ブレーキのモードをチェンジしながら走行してみる。モードは「スタンダード」と「ロー」の2種類。回生ブレーキの効きが強いスタンダードだと街乗りならば、ほぼブレーキを踏まなくてもよいほどアクセルを離すとブレーキが掛かる。ローの方は、やや回生ブレーキが弱くなるが、それでもMT車のエンジンブレーキよりも効く印象。スタンダードの回生ブレーキも、初めはやや強いように感じるが、少し走ればブレーキが掛かる感覚にも慣れてしまったので回生力の高いスタンダードで走るのがよいだろう。

タッチスクリーンは、大きく分けて6つの項目に分かれている
車高やパワステ、トラクションコントロール、ブレーキアシストなどの調整はスクリーンで行うことができる
マップを大きく見たいときなどは1つの画面に表示するのが便利
タッチスクリーンは、それぞれの項目を上下2分割での表示もできる
各種画面
サウンドにもこだわっていて200Wのスピーカーを搭載する。タッチスクリーンで音が聞こえる中心位置を変更できる
ホームリンクサービスはガレージのシャッターを操作することも想定されている
例えばスクリーンにCar Watchのサイトを移すこともできる。日本語がインストールされていなかったので文字化けしている
メーターもユニークなデザインで、センター、左右と3つの要素を表示できる

A7、グランクーペ、CLSとも渡り合える完成度と魅力

 ワインディングが終わり、再びフリーウェイに戻って走行車線の流れに乗ると静粛性や操安性の高さ、乗り心地のよさに気付く。エンジン音がないので静かなのはあたり前だが、風切り音やロードノイズも室内に極力入らないようになっている。フリーウェイはわだちやギャップが多いのだが、21インチの偏平タイヤながら乗り心地は優れていて、路面からの突き上げ感が少ない。制限速度の70マイルから80マイルで直線を走っていると、ステアリングやシートを通して伝わってくる感覚は重厚感があり、かなりしっとりとしている感覚を得た。

 距離にして30km弱のドライブだったが、モデルSの素性のよさを体感することができた。前述したように既存の自動車メーカーは、長年に渡り蓄積されたノウハウによってシャシーやハンドリングの味付けを行っている。それだけに技術力や開発力にアドバンテージがあるのは当然だろう。そのアドバンテージを補うのがユニークなアイデアやパッケージだったのだが、オリジナルシャシーの生産が始まったこれからは、ハンドリングや乗り味といったクルマの基本性能でも、既存の自動車メーカーと競り合っていけるのではないかと、今回のモデルSの試乗を通じて感じることができた。

 先日、国内でも初公開されたモデルSだが、まだ国内での販売価格は決まっていないと言う。価格次第にはなってしまうが、ライバル視しているアウディ「A7スポーツバック」やBMW「6シリーズ グランクーペ」、メルセデス・ベンツ「CLS」などのラグジュアリーセダンと十分に渡り合える完成度と魅力を持っているはずだ。

真鍋裕行

1980年生まれ。大学在学中から自動車雑誌の編集に携わり、その後チューニングやカスタマイズ誌の編集者になる。2008年にフリーランスのライター・エディターとして独立。現在は、編集者時代に培ったアフターマーケットの情報から各国のモーターショーで得た最新事情まで、幅広くリポートしている。また、雑誌、Webサイトのプロデュースにも力を入れていて、誌面を通してクルマの「走る」「触れる」「イジる」楽しさをユーザーの側面から分かりやすく提供中。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。