インプレッション

三菱自動車工業「eKワゴン」「eKカスタム」

 今回のクルマで3代目となる三菱自動車工業の「eKワゴン」は、その名が示す通り“いい軽”を造ろうと努力を重ねてきたモデルだ。軽自動車の主戦場とも言えるトールワゴン市場に本気で挑むこの1台は、いままで以上に力が入っている。

 それを色濃く示しているのが軽自動車としては外すことのできない燃費に対して、29.2km/L(JC08モード燃費)という数値を叩き出してきたことからも読み取れる。この燃費は全高1550mm以上の軽トールワゴンクラスにおいてトップの数値。ダイハツ工業「ムーヴ」やスズキ「ワゴンR」には負けてられないという意気込みが感じられる。

妥協なく燃費向上させたeKワゴン

 ここまで本気になったのは、これまでeKワゴンをOEM供給していた日産自動車との協業関係が成立したことだ。日産はこれまでeKワゴンをベースにしたクルマを「オッティ」として販売。販売店の数が多く、さらに市場からのニーズが高かったこともあり、販売台数は順調に上向いた。だからこそ日産側は見逃せないとなったのだろう。両社は2011年に合弁会社・株式会社NMKVを設立。企画、開発をともに行い、よりよいものを造ろうという開発体制になったのである。

 今回の試乗会では三菱自動車の技術者にお話を伺うことができたのだが、この協業関係ができ上がったことで、これまで付き合いのなかった数多くのサプライヤーと接点を持つことが可能になり、今までよりもよいものを造れるようになったと語っていた。すなわち、より多くの力が結集することで妥協なき1台ができ上がったということなのだ。

直列3気筒DOHC 0.66リッターの自然吸気エンジンを搭載するeKワゴン G。ボディーサイズは2代目eKワゴンから車高を70mm拡大、ホイールベースを90mm延長し、3395×1475×1620mm(全長×全幅×全高)となった。エンジン出力はベース車が最高出力36kW(49PS)/6500rpm、最大トルク59Nm(6.0kgm)/5000rpmで、オートストップ&ゴー(コーストストップ機能付)搭載車は36kW(49PS)/6500rpm、56Nm(5.7kgm)/5500rpm(4WD車は59Nm[6.0kgm/5000rpm])となる
eKワゴンの内装色はブラック&アイボリーの1色のみ。シートはエンボス・起毛加工が施されるソフトファブリックシート生地を採用。室内サイズは2085×1295×1280mm(室内長×室内幅×室内高)

 例えば前述したクラストップの燃費も妥協がない。デファレンシャルギアのサイドベアリングをボールタイプにしたり、定常走行時には油圧を極限まで下げたりという対策を実行。エンジン内部はピストンの非対称スカート化や樹脂コート処理などでフリクションロスを低減している。また、軽自動車初となる水冷式EGRクーラーを搭載。これによりポンピングロスの低減と抗ノック性が向上。クラストップの高圧縮比12.0を実現している。さらに電子制御サーモスタットによってエンジン冷却水温度を最適に制御することが可能になり、これもまた燃費向上に繋がっている。

 そしてボディーもまた進化が見られる部分だ。高張力鋼板の採用を8%から56%へと拡大すると同時に、構造合理化を行うことで、室内ユーティリティやハイトワゴン化、そして動力性能向上や安全性向上&法規対応で重くなった分をトレードオフ。車両重量は従来同様の830kgとしている点は見どころだ。

 ここまでの涙ぐましいとも言える燃費に対する努力があるにも関わらず、クルマ自体にそれを感じさせるところがないのは嬉しいところ。先代よりも70mm全高を拡大。さらにはホイールベースを90mm拡大したことでゆとりある居住空間を実現している。リアシートに至っては170mmのシートスライドが可能とし、広い足下スペースを確保している。

 室内で感じられるのは、インパネの質感がかなり高いということだった。曲面をうまく取り入れたそれは、幅さえ気にしなければリッターカー以上に感じられる仕上がり。静電式タッチスイッチを採用したタッチパネルオートエアコンの操作性と上質感が心地よい。また、ドアスピーカーが上部にセットされ、音がクリアに感じられるところも好感触だ。

 さらに全方位の視界が開けているところも扱いやすい。車庫入れをサポートするリアビューモニター付きのルームミラーが用意されるところもマル。運転があまり得意でない人にも優しい造り込みがなされているところが嬉しい。

 このほか、チルトステアリングやシートハイトアジャスター、さらにはUVカットガラスの採用など、女性に気を配った装備を充実させている。ちなみにこのUVカットガラスは、フロントドアガラスが約99%、フロントウインドーシールドは約100%、リアドア、クォーター、テールゲートは約94%の紫外線カット率を実現している。ほぼ全方位で紫外線をカットすることで、意図しない“うっかり日焼け”を防止しているのだ。eKワゴンの開発では女性評価チームを立ち上げ、彼女達の意見をきちんと反映させたと言う。こうした開発体制があったからこそ、抜かりのない仕上がりを達成することができたのだろう。

eKカスタムの最上級グレード「T」のみに設定される直列3気筒DOHC 0.66リッターターボエンジン。最高出力は47kW(64PS)/6000rpm、最大トルクは98Nm(10.0kgm)/3000rpmを発生
eKカスタム Tのインテリア。内装色はブラックモノトーンにシルバーの加飾を与えたスポーティなもので、シートはスエード調ファブリックシート生地を採用する

ドッシリとした乗り心地のeKワゴン

 さて、そんなeKワゴンを実際に走らせてみると、意外にもドッシリとした乗り心地。軽量であることを心がけたり、燃費を気にしたりと聞けばヒラヒラした頼りなさがあるのかと想像していたのだが、実際には真逆といった印象である。見た目や造りは女性的に感じる部分もあるのだが、実は頼りがいのある走りが魅力的だ。ステアリングも軽すぎず、重すぎず、適度な手応えを感じられる。

 動力性能については過不足を感じるようなことはなく、エコにも走れるけれど求めれば即座に元気を出してくれる。これは副変速機付のCVTがイイ仕事をしている証拠といっていいかもしれない。燃費に対する対策としての見どころは「オートストップ&ゴー(AS&G)」と呼ばれるアイドリングストップ機構だ。13km/h以下になった場合にエンジンが停止するコースティング機能を搭載したこのシステム。残念ながら今回の試乗は雨天でワイパーもエアコンも使っていたため、あまり介入させることができなかったが、数回作動させた感覚で言えばそれほど違和感はなかった。エコを狙うあまりギクシャクするクルマもあるが、このクルマに関してはそんな心配はなさそうだ。

低速域からトルク感がしっかり出るターボ仕様の「eKカスタム」

 ターボ仕様も選択することが可能な「eKカスタム」(M、Gは自然吸気エンジン、Tのみターボエンジン)については、全体として男性的な仕上がりに感じる。大型クロムメッキグリルやキレ長のディスチャージランプ、そしてクリアテールレンズ、さらには力強さと安定感が増した前後バンパー、サイドエアダム、そしてリアスポイラーがそう感じさせるのかもしれない。

 乗ってみるとその印象は見た目通りだ。自然吸気仕様の155/65 R14サイズから165/55 R15サイズへと拡大したタイヤによって安定感は高まり、さらにステアリングの重みもズッシリとした感覚があるのだ。スプリングとダンパーについては14インチも15インチも違いがないのだそうだが、乗り味はかなり骨太になった感覚が強い。乗り心地もやや硬めの印象を受ける。

 動力性能については低速域からトルク感がしっかりとしており、街乗りをしている状況でもキビキビとした加速を実現。ターボ仕様と言うと高速ユースと直結してしまいがちだが、街中を主体に使う人でも十分に恩恵が受けられる。燃費は23.4km/Lと自然吸気エンジンからかなり落ちてしまうが、それを許せる人であればターボもよいだろう。山岳路を走る機会があるような人にもこちらがオススメだ。

 このように抜かりなしに見えるeKワゴン&eKカスタムではあるが、微細な点ではあるがひっかかるところがある。それはフロントスタビライザーやアクティブスタビリティコントロールがターボにしか搭載されないことだ。しかも、2013年8月からしかオプション設定ができないというのも気になるところだ。自然吸気エンジン車ならそれは要らないのか? そして初期型を買う人には選択する余地がないところも残念だ。

 見た目の価格が大切であり、コストを少しでも抑えたいという事情も解らなくはない。さらに、走りの安全装備が市場でそれほど受け入れられないのもよく理解できる。ただ、せっかく三菱自動車と日産でわざわざ合弁会社を立ち上げ、これから上質な軽自動車を世に送り出そうというのであれば、そこは妥協して欲しくはなかった。もちろん、現状のクルマが危険だと言う気は毛頭ない。メインターゲットとなる女性を知らないところでサポートするような姿勢が欲しかっただけである。

 義務化されるまで待つのか? 厳しいようだが、それは得策じゃないと思う。三菱自動車と日産のタッグを有効に使うのは、燃費や質感だけではないはずだ。

Photo:高橋 学

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は18年落ちの日産R32スカイラインGT-R Vスペックとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。