インプレッション

ホンダ「S660(プロトタイプ in 袖ヶ浦フォレストレースウェイ)」

「S660」は、本田技研工業がこれからリリースする軽自動車の2シーター・オープンスポーツモデル、ということはクルマ好きなら誰もが知っている。そのネーミングのS660は、我々の世代には「S600」「S800」といったホンダ創生期の2シーターオープンスポーツを連想させる。しかし、S660は見ての通りの軽自動車。しかも「N-BOX」など既存の軽自動車とプラットフォームを共有しない、イチから新設計したミッドシップレイアウトのプラットフォームを持つ。軽自動車でMR、ここにホンダのヤル気が見えてくるのだ。試乗会場は袖ヶ浦フォレストレースウェイ。S660のプロトタイプを試すには絶好のステージ。私はワクワクしながら東京湾アクアラインを渡った。

「S2000」以上のボディー剛性

 会場には、骨組みだけのプラットフォームが展示されていた。「一線入魂ボディ」と名付けられたそのプラットフォームは、フロントからリヤまでのフレームを可能な限り直線的にレイアウトする、いわばシャシーのお手本のような造り。この造りにより、ボディー剛性は「S2000」を凌いでいるというのだ。

 クルマの骨格で重要なのは、この前から後ろまで、サスペンションの取り付け位置やエンジンマウントに沿った前後サイドフレームを可能な限り直線化することが、剛性や走りにとって重要。そこで前後サイドフレームを繋ぐサイドシルは、引っ張り強度590MPa級の高張力鋼板で一体成型。ドアを開け、乗り込む時に確認できる足下のサイドシル高は十分にあり、中央部の厚みも高さ方向にたっぷりと取ってあるという。

ミッドシップレイアウトのS660では、“痛快ハンドリングパッケージ”と称してフロントトランクとフロントバルクヘッドの間に設置されるバッテリーや、後方のエンジンとリヤバルクヘッド間に配置される燃料タンクなどを極力低い位置にレイアウトして低重心化を図った。低ヒップポイントと相まって、ゴーカートフィールを体感できるという

 レーシングカーなら前後サイドフレームを直線的に繋ぐことが理想的だが、市販車だとそれでは人が乗り降りできなくなる。そこで凹みを作るわけで、このサイドシルの役目は大きい。復習すると、サイドシルは前後のサイドフレームを繋ぐ重要な役割を持っているのだ。だからスポーツカーの場合、乗り降りがしにくいという愚痴をこぼしてはいけない。

 もう1つセンタートンネルも重要だ。FRや4WDだとここをプロペラシャフトや排気管が通るわけだが、MRのS660では剛性と衝突安全などの役割を担う。ここも十分に高さを持ち、外からは分からないが2階建ての構造として剛性を強化。ここにも590MPa級の高張力鋼板を使っている。

会場では骨組みだけのプラットフォームが展示されていた。写真はフロントから室内を臨んだもので、フロントウインドーまわりのパネルは継ぎ目のない一体成型のものを採用している
前後サイドフレームを繋ぐサイドシルは、引っ張り強度590MPa級の高張力鋼板で一体成型したもの
後方から室内を望む。フロントウインドーまわりのパネルを生産した際に余ったパネルをリアまわりに使っているという

 ここまでは主に前後を繋ぐサイドフレームの話をしたが、もちろん左右の連結も重要。そこでリヤサイドフレームを連結し、ドライブトレーンやリヤサスペンションのアーム類を支持するリヤサブフレームには、なんと! アルミダイキャスト製の一体モノを採用しているのだ。なんと! と表現したのはアルミダイキャストが高価だからで、軽自動車での採用はありえない。しかし高剛性で軽量なのだ。

 S660の価格がいくらになるかは現時点で発表されてないが、このプラットフォームの造りと、そこに採用されるマテリアルを見るにつけ、ある程度は覚悟する必要があるだろう。この後に記すが、乗ってみて驚いたその強固なボディーのフィーリングと走りの質の高さを考えれば、おのずと答えが出てくる。200万円を超えることは間違いないだろう。しかし、この造りなら走ることだけでなく持つことの喜びもひとしおだろう。

 また、床下のV字ブレースなど、いくつかの補強パーツもアフターマーケットなどでの交換ができるよう、ボディーチューニングによる走りの質変化も考慮して設計されている。カーボン材を使うなど、ショップのオリジナル製品が登場するのも楽しみだ。

オープンエアが楽しめるS660ではアイポイントとフロントルーフレール間の距離をS2000同等まで拡張し、開放感を強調。また昇降式リアセンターガラスを採用し、開閉によって風をコントロールできる仕様とした。なお、S660では6速MTおよび7速パドルシフト付きCVTを選択可能

限界を超える走りでも高いコーナリング性能を発揮

 走ろう。350mmの小径ステアリングは握り心地もよい。ドライビングポジションはチルト機能はあるが、ステアリングを前後に伸ばすテレスコ機能は付いていない。しかし、身長163cmの腕の短い筆者でもほぼ理想的なポジションにセットできた。もちろん着座位置はとても低くレーシーなものだが、前方視界などは極めてよい。運転のしやすい環境も、スポーツカーには重要なテーマなのだ。

 6速MTモデルでは、シートを前方にスライドさせてもシフトレバーの位置が適正な場所にある。サイドサポートがしっかりしているスポーツシートながら、シフト操作で肘のあたりがシートに当たり突っ張ることもない。ドライブ環境はほぼ申し分ない。

インテリアでは操作系の配置やフィールにこだわり、ステアリング、シフト、ペダル荷重の統一化を図るとともに、ヒール&トゥのしやすさにこだわったペダルレイアウトを採用。また体幹をしっかりホールドする座面形状、加減速時や旋回時に腰ずれを抑制する専用スポーツシートに加え、新開発となる350mm小径ステアリングなどを装備。人とクルマとの一体感を追求した。CVT車は走行モードを切り替えることができ、「DEFAULTモード」「SPORTモード」から選択可能で、「SPORTモード」を選択すると俊敏な加速が楽しめるとともにメーター内が赤く光る

 まず6速MTモデルからだ。シフトはストロークが短くカチッと決まる。各ギヤのゲートもしっかりとしていて剛性感がある。S2000を思い出した。また、クラッチの重さも軽すぎないように配慮されていて、シフト操作やヒール&トゥ時のシフトとのタイミングにも違和感がない。エンジンの回転落ちも大きくは気にならないレベルだ。

 実はエンジンは専用設計ではない。直列3気筒0.66リッターターボのN-BOXのモノを流用している。FF用前方排気システムのエンジンをそのまま後ろに移動させたので、ターボチャージャーも前方配置、つまりリヤバルクヘッドとエンジンの間に配置されることになる。そのため、冷却を考えフロアトンネルからエアを導き、ターボチャージャー本体に直接風を当てて冷却することで効率を上げている。

S660は直列3気筒のターボユニットを搭載し、最高出力47kW(64PS)/6000rpmを発生。またマフラーは中高周波の雑味を低減し、エンジン回転に対してリニアなスポーツサウンドを奏でる構造とした。加えてブローオフバルブを装着するなど、音に対しても徹底的にこだわった

 そのターボチャージャーはハイレスポンスのものを採用し、ベアリングハウジングやタービンを小径化することで12%軽量化しているのだ。また、CVT仕様では7000rpmを上限とするのに対して、MT仕様では7700rpmを最高回転数としている。これは、CVTはN-BOXのものを流用していることもあり、許容回転&トルクの問題からこの回転数に据え置いているのだが、実際にはマニュアルシフトモードを選んでも6600rpmでオートシフトアップされていた。

 6速MTのシフトフィールもよく、ドライビングにリズムが生まれる。エンジンは中低速でしっかりとトルクが出ているので、力感はパワフルではないが十分に楽しめるレベルだ。ステアリングを切り込むとフロントの応答が素早い。エンジンを前後ホイールベース内に置くミッドシップレイアウトゆえにフロントセクションが軽量なのと、剛性の高いボディーを採用したことに由来する軽快なハンドリングだ。

 操舵初期こそヨー方向の素早い応答を見せるが、同時に始まるロール感によって気持ちのよい旋回姿勢になる。ロールははっきりいって大きい。このときのサスペンションの動きは、軽自動車とは思えないほどストロークがあり、路面の凹凸も舐めるように吸収してタイヤを接地させる。このしなやかなサスペンションの動きは、速度域が低くても、その時のコーナリングレベルに応じた動きをする。速度をゆっくり抑えて走りたい人や初心者でも、S660の楽しさをしっかりと伝えてくれるものだ。「このクルマはこう走れ」という教唆するものではなく、一緒に楽しもうという印象を受ける。とはいえ、限界を超える走りでもそのコーナリング性能は高く、どこまでも弱アンダーなハンドリングだ。

 いわゆるコーナリング中の内輪にブレーキをかけて操舵を補助する、トルクベクタリング機能の「アジャイル・ハンドリング・アシスト」によって、操舵の奥は深い。切り足しのノリシロも十分にある。タイヤはヨコハマタイヤ(横浜ゴム)の「ADVAN NEOVA AD08R」。フロントに15インチ、リヤに16インチと、ミッドマウントエンジンの荷重と後輪駆動を意識しての設定だが、リヤにはなんと195/45のワイドタイヤを履かせる。これらによって、コーナーリングのMAX Gフォースは1.2Gを記録していたほどだ。そのタイヤは、車重の軽い軽自動車用にと専用チューニングされている。NEOVAはウェット性能も高い。

タイヤは専用チューニングが施された「ADVAN NEOVA AD08R」をチョイス。タイヤサイズはフロントが165/55 R15、リアが195/45 R16。空気圧はフロントが190kPa、リアが200kPaとなっている

 ホイールとブレーキディスクの隙間を小さく見せる、260mm径のディスクブレーキを装着しているので、サイドビューもなかなかイカしている。ブレーキングでは、きちんとノーズダイブを感じられるように、ピッチングセンターをドライバーの少し後ろに持ってきていた。

 すべてにおいて軽自動車の枠を超えた専用設計。早く公道を走りたくなってきた。

松田秀士

高知県出身・大阪育ち。INDY500やニュル24時間など海外レースの経験が豊富で、SUPER GTでは100戦以上の出場経験者に与えられるグレーテッドドライバー。現在60歳で現役プロレーサー最高齢。自身が提唱する「スローエイジング」によってドライビングとメカニズムへの分析能力は進化し続けている。この経験を生かしスポーツカーからEVまで幅広い知識を元に、ドライビングに至るまで分かりやすい文章表現を目指している。日本カーオブザイヤー/ワールドカーオブザイヤー選考委員。レースカードライバー。僧侶

http://www.matsuda-hideshi.com/

Photo:安田 剛