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ホンダ、「S660」を生産する「八千代工業 四日市製作所」
数々のS660専用工程を経て「痛快ハンドリングマシーン」が生まれている
(2015/8/11 15:32)
エンジン搭載のタクトタイムは186秒
本田技研工業の「S660」を生産する、三重県四日市市にある八千代工業 四日市製作所の生産ラインが報道向けに公開された。
この四日市製作所では、S660の以前にも「アクティ」のバンとトラック、「バモス」および「バモス ホビオ」の生産を手がけてきた。ここでピンときた人もいることと思うが、アクティもバモスもすべてミッドシップ。つまり四日市製作所は、世界でも数少ない「ミッドシップ車の専門工場」ということになる。
見学の前に、同製作所の責任者やS660のLPL(ラージプロジェクトリーダー)である椋本陵氏が挨拶。椋本氏は、開発と製造の一体感を目指して実現した、チームのコダワリが詰まった独自の生産ラインをぜひ見てほしいと述べた。
赤い文字で「YACHIYO」と掲げられた大きな白い建物に入っていくと、聞いていたとおりにS660とアクティ、バモスがラインを流れているのが目に入る。これまで国内外のメーカーの工場をいくつか見学したことがあり、その大半がハイテクぶりをアピールするものだったのに対し、こちらの工場はそうではなく、人の手を介する部分が多いというのが第一印象だ。
同製作所では、1日あたり150台が生産されている。そして、エンジンを搭載するセクションの「タクトタイム」(工程作業時間)は186秒だという。これは、150台を8時間で造るからであり、大別して3タイプの車種の平均作業時間をそのような設定としたからだ。たとえば特定の車種ばかりをラインに流すと、ある車種のときは人が多く必要になったり、逆に人がいらなくなったりする場合が出てくる。そこで3タイプを均等に流すことにより、人手と時間をもっとも効率的に生産できるようにしているのだ。
ところで、この方法で生産するとS660とアクティとバモスが同数売れなければつじつまが合わなくなるわけだが、実際、同じぐらいずつデリバリーされているそうで、これにはちょっと驚いた。ラインの上に設置された掲示板を見ると、計画しているのが何台で、それに対して実績がどうなっているか表示されていた。
S660生産のために新しい技術を採用
一方の溶接は、タクトタイムが10分に設定されており、48台が生産されると480分、すなわち8時間ということになる。その溶接に関連する話だが、S660を生産するにあたり新たな技術として「インナー治具」が採用されている。
治具というのは、作業の位置決めなどのために使われる装置や器具で、一般的には床面に置いて使うケースが多いのだが、S660の製造に用いられているのは、文字どおりの“インナー”である。治具の着脱についてはすべて手作業。S660のキャビン部分に上下2個で構成される治具を装着し、それを土台として各部の外板パーツをまず仮組みする。続いてS660は、ロボットが設置された場所まで自動的に移動し、そこでスポット溶接が行われる。スポット溶接が終わると車体からインナー治具が取り外されるという流れだ。これにより、一般的な溶接ラインよりもコンパクトなラインを実現したのだという。
そしてもう1つが、S660のために新たに採用した八千代工業としても初となる「1G装置」だ。「1G」というのは自然界で重力のかかった状態を再現するという意味で、サスペンションがスムーズに動くようになることを狙ったもの。車体をリフトアップした状態のままブッシュを圧入するとねじれたまま装着されてしまい、結果としてブッシュが本来の性能を発揮できなかったり、寿命が縮まったりする。そのことから、1G状態でブッシュを圧縮することが好ましいのだ。
レーシングカーやチューニングカーといったワンオフの車両で、手間がかかっても発揮される性能を重視するクルマではかねてから用いられている手法だが、市販車での採用例はそう多くはない。そんな手法を、質の高い走りを追求するS660ではラインに採り入れたのだ。
そのほかで印象的だったのは、エンジンを車体に搭載する工程だ。エンジンを載せた台車をラインに追従させ、数本のガイド棒で、狭い空間でラインと同期させたままエンジンを車体にドッキングさせる。一般的なフロントエンジンの車種では上から搭載するところ、ミッドシップレイアウトのS660はフロアの下側から作業しており、やや手間がかかっているように見えた。
また、「ローラーHEM」の採用により、型を使うよりもずっと効率的に生産できていることもよく分かった。なめらかに複雑な動作をこなすロボットの動き方は、まるでSF映画のワンシーンを見ているかのようだった。
完成車検査ラインにも数々のS660専用が
「組み立てOFF」と呼ぶ工程の次に、12工程で構成される完成検査ラインがある。
1工程ではヘッドライト調整およびCTBA(シティブレーキアクティブシステム)の検査
2工程ではアライメント調整
3工程ではサイドスリップ測定
4工程では内装の検査
5工程ではドライビングテスター(速度計試験)
6工程では制動力とS660に標準装備されたVSAのシステムの検査
となっており、ここまでは自走。以降はコンベアとなる。
7工程では足まわりの検査
8工程では外観機能
9工程ではエンジンルーム内の検査
10工程ではライン中央にあるシャワーテスターで強制的に水をかけて水漏れをチェック
11工程では出荷前検査として、S660のためにスペシャルレーンを設けて1本でS660のすべての検査
そして、12工程としてテストコースを走行し、ステアリング操舵角の検査などを行う。
S660特有のポイントとして、この12工程のなかでいくつかのポイントが挙げられる。まず、より品質を高めるためにCTBAの検査をより高い精度で行っている。また、トー調整に関しても、通常はフロントのみのところ、S660では前後輪ともに調整。さらに、ハンドリングが命のS660ゆえ、抜き取りでの4輪アライメント調整を綿密に確認している。
これまで何度か工場見学をしてきたなかでも、量産ラインでこういった手間のかかる作業を実施している光景を見た記憶はない。また、スペシャルレーンでは最終的な外観と塗装、合わせ部分の立てつけ、商品性のチェックなどを行い、より高い品質で出荷できるよう心がけているという。
そんなS660は、まだ大勢の人が首を長くして納車を待っている状態で、今後もしばらく続きそうな状態。S660のWebサイトに用意された「納期に関するご案内」(http://www.honda.co.jp/S660/nouki/)を確認すると、すでに2016年6月までの生産分はオーダーが確定し、次回のオーダー受け付けは10月下旬とのこと。「それならもっと生産キャパを上げればいいのに」と考えてしまいがちで、むろんそれもやろうと思えば可能だろうが、生産の現場を目の当たりにすると、そんなことを軽々しく考えるべきではないことが分かる。S660はこうして1台1台がていねいに生産され、厳格なチェックを受けた上でユーザーの手元に届けられていることを、今一度お伝えしておきたい。