インプレッション
オープンにしたホンダ「S660」で雪上試乗(鷹栖コース)
Text by 西村直人:NAC(2016/3/16 00:00)
2015年、マツダ「ロードスター」と並んで話題となったスポーツカーのホンダ「S660」。こちらも「ヴェゼル」や各4WDシステムを搭載したモデルと同じく、北海道は鷹栖にある本田技研工業のテストコースで雪上試乗を行なった。今回は市販モデルのほかに、横滑り抑制装置である「VSA(Vehicle Stability Assist)」と、コーナーリング時にブレーキ制御を行なうことで旋回性を高める「アジャイルハンドリングアシストシステム」の2つのドライビングアシスト機能を特別に完全OFF(つまりは機能しない状態)にした実験車両のステアリングも握ることもできた。
この2つの機能のうち、VSAは市販モデルにもON/OFFスイッチが装着されているが、じつはこのスイッチを押して機能をOFFにしたとしても、車両が完全にコントロールを失う前には機能が自動的に介入して姿勢を立て直すようプログラミングされている。これは2013年に登場した現行3代目「フィット」から導入されている考え方であり、ホンダの安全に対する思想の表れの1つだ。
アジャイルハンドリングアシストシステムは、VSAの一部機能を活用しコーナーリング性能を向上させるシステムで、こちらにはON/OFFスイッチの類いはない。この機能はコーナーリングの初期から脱出に至るまで車両の姿勢を安定させるものであり、具体的には以下2つのサポートがある。
(1)コーナーに向かってドライバーがステアリングを切り始めたときの車速/ステアリングの操舵量と転舵速度などから、車両にかかるヨー角の速さ(≒鼻先が動く速さ)を予測し、必要に応じてコーナーの内側前輪に弱い制動力を立ち上げてコーナー方向へ車体の向き変えを積極的にサポートする機能。
(2)コーナーリング中にアンダーステア/オーバーステアの両方を監視し、アンダーステアの傾向を検知した場合にはコーナーリングの内側前輪に、オーバーステアの場合にはコーナーリングの外側前輪に、それぞれ弱いブレーキを掛けながらドライバーが望んでいるコーナーリングラインを保つためのサポート機能。
機能ON/OFFでの車両挙動を分かりやすく体感するため、今回はパイロンスラローム(約10m間隔)のほかに、コーナーの曲率半径20m(ワインディング路でのキツいと評価されるコーナー)の定常円旋回路で違いを体験したのだが、ONでは機能の有効性を、OFFではS660の奥深いコーナーリング特性を知ることができた。
まず、VSA/アジャイルハンドリングアシストシステムの両方をONにした状態でパイロンスラロームを行なう。雪質はザラ目状で凍結した場所もあったが、ドライ路面に近い印象でステアリングを切っても操舵量に応じて鼻先がグッと入り込むことを実感。これこそアジャイルハンドリングアシストの効果だ。スラロームの後半では速度が乗ってくることもあり、タイヤの摩擦円を越えてしまった場合にはアンダーステア、オーバーステアの傾向を見せるものの、スピン状態になるかなり手前のお尻がムズっとした車体の動きを感じ取れる頃には、そうしたヨーを抑えるためのVSAによるブレーキ制御が行なわれて安定方向へと導かれる。
定常円旋回路では、コースインした当初から両機能がフル稼働だ。実際には、曲率半径20mということもあり、最初から大きくステアリングを切り込んでいるため、まずはトラクションコントロールが早期に介入する。そのため、アクセル操作で向き変えを行なおうとしてもそれを受け付けず、駆動力が抑えられてしまうといった状態が続くのだ。結果としてスピンモードに陥ることなく安全にクルクルとその場で回り続けるのだが、正直、楽しくはない。
次に両機能をOFFにした状態でのパイロンスラローム。1本目のパイロン通過時から違いは歴然である。「S660が目指したミッドシップならではの回頭性はこれか!」と思わずニンマリしてしまうほど、スパッと鼻先だけでなく車体全体がスッと向き変えていく。その動きに合わせてアクセル操作を加え、ステアリングを少しだけ戻すとゼロカウンターがおもしろいように決まり、次々にパイロンをクリアすることができた。
定常円旋回路では水を得た魚のようだ。コースインして体勢を整えてから素早いアクセル操作でオーバーステア状態をつくり出すと、やはりミッドシップ特有の挙動が顔を出し、後輪が割と元気よくスパッと滑り出す。しかし、リアサイドフレームを連結させているアルミダイキャスト製のリアサブフレームの効果は大きく、高剛性のリアマルチリンクサスペンションと相まって、車体の動きは一切ブレずに、アクセル操作を継続して行なうことでやや深めのドリフトアングルを保ったまま回り続けることができた。
もっとも、雪上であり路面の摩擦係数は0.2~0.4μ程度(ドライ路面で最大0.9μ程度)とかなり低い。また、LSDがないために過剰なアクセルの踏み込みは内輪のスリップを増やすだけであり、筆者の愛車であるNDロードスターよりもドリフト状態を保ち続けるのは難しかった。しかし、ドライ路面ほど高い負荷が掛かることはないこうした滑りやすい路面であってもしっかりとタイヤは路面を捉え続け、終始安定した姿勢を保つ。「スポーツカー≒硬めの足まわり」といった図式とは違って、車体の動きが手に取るように分かるスポーツカーはひときわ安心感が高い。このあたりは最新の「シビック TYPE R」にも通ずる部分だ。以前、S660に乗りドライ~ウエット路面のカートコースでタイムアタックをしたことがあるが、そこで感じた剛体としての素晴らしさと、今回雪上で感じた柔軟性にS660の奥深さを実感することができた。
最後に小ネタを1つ。欧州郊外路では、「せっかくなので、オープン走行を!」と降りしきる雪のなか、助手席にS660の開発責任者である椋本主査を乗せ、決死の覚悟で走行した。
「冬こそオープンカーでオープン走行」を自負する筆者だが、さすがに外気温-5℃近い雪上をオープン走行したのは今回が初めて。よって戦々恐々だったが、エアコンの「ミッドモード」によって信じられないくらい暖かくスノーオープンドライビングを堪能することができたのだ。ミッドモードとは、運転席と助手席の乗員のちょうど下腹部から大腿部にかけて温風があたるように設計されたS660ならではの吹き出し口を活用するもの。主査曰く「ブランケットの暖かさをブランケットなしで実現」というように、その効果は絶大。我がロードスターにも是非とも欲しい装備であった。