インプレッション
ポルシェ「911ターボ」
Text by 河村康彦(2013/10/7 17:10)
バリエーション中の頂点に立つ911ターボ
今年2013年に生誕50周年を迎えた「ポルシェ911」。数あるそのバリエーションの中にあっても、1973年に初代モデルが公開された「ターボ」シリーズは、常にその頂点に立つものと位置づけられてきたモデルだ。
まずはカレラとカレラSから披露された最新の991型でも、もちろんそんなポジショニングは変えてはいない。いやそれどころか「ターボ」の2030万円、「ターボS」の2446万円という価格も含め、単なるトップグレードと言うよりもはや“スーパーカー”の域までの飛躍を試みたのが、今度のモデルという印象だ。
バリエーション中の頂点に立つ、というスタンスをより鮮明にするために991型の開発陣が選んだのは、まずはそこにかつてない水準でハイテク・デバイスを投入することだった。
新開発の水冷システムをトランスファーケースに採用することで、「半クラッチ制御が多用可能になり、より多くのトルクをフロントアクスルに伝達できるようになった」と説明される新しい「PTM(ポルシェ・トラクション・マネージメントシステム:4WDシステム)」や、抵抗値の低減に重きを置いた「スピードモード」、最大のダウンフォースを獲得するためのパフォーマンスモードなどを選択可能とした「PAA(ポルシェ・アダプティブ・エアロダイナミクス)」、また、先行するGT3用とは異なる専用のチューニングが施された「リア・アクスルステア」などが、新型のターボ・シリーズに標準装備。
その上で、強化型のピストンを採用してブースト圧を1.0barから1.2barまで高めるなどで、最高出力を40PS上乗せした心臓を積むターボSでは、ターボではオプション設定の「PDCC(ポルシェ・ダイナミック・シャシー・コントロール)」や「PCCB(ポルシェ・セラミック・コンポジット・ブレーキ)、フルLEDヘッドライトやセンターロック式のロードホイールなどを標準化し、”究極の頂点”を目指す姿勢をアピールしている。
そんな両グレードに用意されたトランスミッションは、すでにカレラシリーズにも採用済みのコースティング機能や、オートスタート/ストップ(アイドリング・ストップ)機能付きの7速デュアルクラッチ式「PDK」のみ。GT3では「ドライビングの自在度を奪うのではないか?」と物議を醸したそうしたアイテムも、こちらターボ・シリーズが狙うキャラクターであれば、どうやら問題となる可能性は低そうだ。
実際、「例えMTが設定されたとしても、もはやこのスピード性能ではとてもそれを操作しきれない……」とそんな事実は、ドイツで開催された国際試乗会のメニューとして用意されたサーキット走行のセッションで、痛いほど実感させられもした。911ターボをMTで操る時代は、もはや終焉を遂げたのである。
「後輪部分でのフェンダー幅が、前輪部分に対して85mm広い」という、カレラ4用”ワイドボディ”に対しても全幅がさらに28mm増しの専用ボディーは、開発陣が「機能上の要求というよりも、主にデザイン面での演出から」と告白(?)をする通り、なるほどシリーズ中随一のグラマラスさをアピールする。ベーシックなカレラ系の全幅が1810mmであるのに対して、こちらは1880mm。さすがにここまで違いが大きいと、その差は一見で明白だ。
3つのセクションから成立するフロントスポイラー両端2つのセグメントを展開し、加えてリアスポイラーを25mm立ち上げる“スピードモード”を選択すると、空気抵抗係数(Cd)は双方を格納するイニシャルの状態よりもコンマ1小さい0.31という値をマークする。一方で、フロントを全展開してリアスポイラーを75mmの高さに立ち上げる“パフォーマンスモード”では、Cd値は0.34に高まるものの300km/h走行時で132kgのダウンフォースが得られ、「ニュルブルクリンク旧コースのラップタイムを2秒短縮」というのが、前出「PAA」の効用だ。
こうして「前後アクスル間で揚力のバランスを取りながら、モードを切り替えることのできる唯一の空力デバイスを採用」というのが、開発陣が誇らしげに語ってくれたポイントの1つ。同時に、そんな可動式フロントスポイラーの採用によってこれまで懸案だったアプローチ・アングルが従来型の7.8度から10.3度まで増し、日常シーンでの使い勝手を大幅に高めることができたというのも、さすがは頂点に立つモデルらしいエピソードだ。
エンジン回転数に関係なく、どこから踏んでもトルクがモリモリと漲ってくるターボ
燃焼圧を高め、バルブタイミングや点火時期を新たにチューニングすることなどによって、従来型比で20PS増しの520PSを発するエンジンを搭載するターボで、まずは走り始める。
排気エネルギーが増し、ブースト圧が高まった時点でようやくベースの自然吸気エンジンを上回るトルクが得られる……と、“教科書”ではこれがターボ付きエンジンの特性というもの。ところが、実際乗ってみればこのモデルの動力性能は、まるで感覚が異なっている。「エンジン回転数に関係なく、どこから踏んでもトルクがモリモリと漲ってくる」と、それが実感であるからだ。
理屈からすれば、“音のエネルギー”も一部がターボチャージャーを駆動するために減衰されるはずながら、それでも迫力の低周波ビートを奏でるエキゾーストノートをBGMにアクセルペダルを踏み込んでみれば、そこで得られるのは「途方もない速さ」だ。テスト車にはスポーツクロノパッケージがオプション装着されていたために、その効果を確かめるべくコンソール上の「スポーツプラス」ボタンを操作すれば、そこではアクセルOFFの際に“パラパラ音”が加味され、迫力ある加速感を後押しする。
カレラ・シリーズがすでに際立つ快適性を達成させていたことから、基本的に同様のスチールとアルミニウムによる“ハイブリッド・ボディ”を採用するこのモデルも、相当の快適性の持ち主であろうことは予想が付いた。が、実際のしなやかさがそんな予想をも軽々と超える水準にあったのは驚き。なるほど、このモデルが“スーパーな911”である所以は、この信じられないほどの快適性の高さ1つからも誰もが即座に納得できるに違いない。
ターボの印象が薄れるほどパワフルなターボS
しかし、前述のように試乗プログラム内に用意されていたサーキット走行のセッションで、ターボからターボSへと乗り換えてみると、そこではさらなる衝撃が待ち構えていた。
端的に言えば、すでに紹介のようにさまざまな部分がより強化をされたこちらの走りは、つい先ほど感激させられたターボでの印象が薄れてしまうほどに、さらに鮮烈でパワフルなものであったのだ。
ターボと同様のアクセルワークを心掛けたにも関わらず、スタートの瞬間からその加速感は明確に一段増し。4輪すべてがエンジントルクを路面へと伝えるゆえ、トラクション能力に不足はない。が、逆にエンジンが発するパワーがそうして余すところなく加速力へと変換されるゆえ、「これでは少なからぬ人がペダルに込める力を緩めてしまうのではないか?」と、フルアクセル状態ではそう思えるほどに強烈な加速力が身体を襲うのだ。
それでも我慢(?)をしながらアクセルペダルを床まで踏み続けると、1速、2速、3速……と低いギアはたちまち使い果たし、ほんの数秒の間にスピードメーターの表示は200km/hを超えてしまう。実際、このモデルでの0-200km/h加速タイムは、わずかに10.3秒との発表。となれば、もはやそんな短時間内に“手動”で5回、あるいは6回のシフト操作を行うのが現実的ではないのは明らか。そう、好むと好まざるとに関わらず、もはやこのモデルは「MTでは成立しない速さの持ち主」と、そう解釈するのが正しそうだ。
一方で、そのハンドリングのレベルも、もはや「尋常ではない高さにある」というのが実感だった。
今回用意された1周4kmほどのまだオープンして間もないサーキットコースは、平均速度が高い上に、時に数十m前を行く先行車が数秒毎に姿を消すほどに激しいアンジュレーションが連続するタフな設計。そんな縦方向・横方向に終始高いGが襲う難コースを、一度も舗装面を外さずに走り切ることができたのは、まずは従来型比で100mm長いホイールベースと、4WSシステムによって極めて高いスタビリティが確保をされた、フットワークの真のポテンシャルがあってこそだと実感した。
奥に進むほどに回り込む左ターンをクリアしつつ、一気に数mの落差を駆け下りる、米国ラグナセカ・サーキット名物の“コークスクリュー”もかくや、というコーナーでは、前輪荷重が抜けるのをきっかけに明確なアンダーステアが生じる場面があるのは確認。
しかし、そんなシーンもアクセルペダルをわずかに戻す操作のみで問題なくクリアできたし、そもそもそんな現象は際立つ高みにあるサーキット・スピードでのみ姿を見せるものであるのは間違いなし。それ以外では、とことん“オン・ザ・レール”の挙動を維持しようとするところに、バリエーション中の「王者」としての風格を改めて感じさせられることにもなったものだ。
かくして、新しいターボとターボSが放つオーラは、見ても乗っても「やはり別格」だと多くの人を納得させるに違いないもの。先般登場の「GT3」も確かに「とびきり速い911」には違いない。しかし、こちらはそれとはまたまったく異なる速さの質の持ち主であるという点に、そんな両者の存在意義が明確に存在していると言ってもよいはずだ。