インプレッション
ジャガー「Fタイプ」
Text by 岡本幸一郎(2013/10/9 00:00)
往年の名車「Eタイプ」の血統を受け継ぐモデル
インドのタタモーターズの傘下に収まってからというもの、それまでの厳しいコスト管理下から解き放たれたジャガーは、やりたかったことを伸び伸びとやっているように見える。そして、それがまた世の中から支持されて業績も上がるという、好循環の中にあるのだと思う。Fタイプのようなクルマをジャガーが出そうとしていることが明らかになったときも、「やはりそうか」と感じたものだ。
スタイリッシュな高級サルーンのイメージの強いジャガーだが、サイドカーの製造からスタートし、コーチビルダーを経て自動車メーカーとなり、やがて「ジャガー」と名乗った当初はレースに熱を上げるスポーツ色の濃いブランドだった。レーシングカーの「Cタイプ」や「Dタイプ」を擁し、1950年代のル・マンで5勝を挙げるという破竹の勢いを見せたことはいまだ語り草だ。
そして、ジャガーは1961年に発売した高級スポーツカーに、それまでも現在と同じく市販版に用いていた「XK」ではなく、前述のイメージを活かし、レースとの関連を示す「Eタイプ」という名称を与えた。筆者が生まれる前の話だが、Eタイプは当時ライバルの一流メーカーもたじろぐほど傑出した存在で、世界中をあっと驚かせたと言う。今回、実に半世紀の歳月を経て、このクルマに件のEタイプの血統を継ぐ「F」の名称を与えたあたりに、ジャガーがこのクルマにかける並々ならぬ思いの深さがうかがえる。
ただし、FタイプはEタイプの復刻版ではなく、デザイン面でEタイプとの関連はあまり感じられない。薄いりあコンビランプや絞り込んだテールまわりに見て取れるぐらいか。それどころか、もちろんメカニズム的に共有するものは多々あるとは言え、他のジャガー車と視覚的に通じるものもあまりない。すでにジャガーはXFシリーズやXJシリーズでも伝統の打破にチャレンジしているが、それらとも異質の印象だ。ジャガーの中で、まったく新しい異色の存在に違いない。
ポジショニングについては、すでにXKシリーズがあることや、ロングノーズにショートデッキ、そして1900mmを超えるワイドなボディーは、XKシリーズよりもだいぶ短いことからして、ポルシェで言うと911ではなくボクスターの対抗馬かと思っていたら、そうではなかった。
思ったよりも価格は高くて、XKシリーズに近いレンジに達している。
快音と加速力に圧倒される
印象的なフロントマスクの縦方向に伸ばしたヘッドライトは、おそらくジャガー初だろう。開口面積の大きなラジエターグリルの横には、さらに特徴的なエアインテークが配されている。
乗り込んでシートに収まり、ドアミラーを覗いて、外から見てもボリューミーに感じたリアフェンダーが、思ったよりもずっと大きく膨らんでいることに気づいた。シートポジションはかなり低め。ブラックを基調に仕立てられたコクピットは、ほかのジャガー車がウッドやレザーの素材感を強調して優雅さを演出しているのに対し、金属系の素材を多用したFタイプはまったく異質で、とても精悍な印象を受ける。
そんなFタイプだから、メーターも例の液晶タイプだろうと思ったらそうではなく、目の前にあるのは径の大きなアナログメーターだった。また、最近のジャガーに導入されているロータリー式のセレクターも与えられていないが、スポーツカーにとっては、やはり操作性が大事なので採用しなかったのは分かる気がする。
エアコンをONにすると、それまで隠れていたダッシュボード中央の吹き出し口が上にせり出すギミックもある。
実車に触れる前には、イメージとしてはXKRあたりからデザインを変えたようなクルマを想像していたのだが、それはまったくはずれだった。
ドライブして、いや正確にはドライブする前にエンジンをかけた瞬間から、その音にすでに驚かされる。派手なブリッピングで目覚めるFタイプは、これから筆者にとってどんな世界が待っているかを予見させるかのようだ。音がそんな状態なのだから、走りも期待に応えてくれないわけがない。
今回試乗した「F-TYPE V8 S」に搭載する5.0リッターのスーパーチャージドエンジンが生み出す加速は、まさに「圧倒的」という言葉がピッタリ。どの回転域からでも、踏んだ瞬間に快音を轟かせながらパンチの効いた加速力を示す。この瞬発力と力強さには、これまで数々の高性能車に接してきた筆者も度肝を抜かれた。アクセルオフにするとレーシングカーのようにパンパンと音をたてるところも独特だ。スーパーチャージャーにありがちな抵抗感や作動音も感じさせず、スムーズに軽々とトップエンドまで吹け上がる。ちなみに「アクティブエグゾーストシステム」は、任意にバルブを閉じて控えめなサウンドにすることもできる。
また、V8 Sのリアアクスルには、一連の電子デバイスとの連携も図った電子制御アクティブ・ディファレンシャル・コントロールが標準装備されている。これのおかげもあってだろうが、ステアリング舵角の大小にかかわらず、アクセルを踏み込めばとにかくグイグイと切ったほうに進んでいく。
強力なエンジンパワーを余すところなく路面に伝えることのできる、理想に近いトラクション性能を実現している。
スパルタンでダイナミックな走り
ハンドリングも筆者がこれまで味わったどのジャガーよりもスポーティだ。極めてクイックで、応答遅れもなく切ったとおり俊敏に反応する。ジャガーにとって4世代目となるアルミボディーによる軽さと高い剛性が相まって、このハンドリングを実現しているのだろう。半面、これまでのジャガーがハイパフォーマンスモデルであってもある程度は持ち合わせていたように思えるしなやかさは見当たらない。
ただし、実際にはV8 Sの場合、水面下で「アダプティブ・ダンピング」が車体の動きと傾きを1秒間に100回も解析し、それに従って個別にダンパーを調整している。また、車体の垂直動、ピッチ、ロールなどを検知する一連のセンサーも車体前部に搭載しているし、ステアリングホイール位置も毎秒500回測定し、システムが車体の横揺れを予測する。
先ほど述べた電子制御アクティブ・ディファレンシャル・コントロールも含め、この走りを実現する裏では、こうしたハイテク・デバイスがしっかり仕事をこなしているわけだ。むろん、これほど高度な技術を駆使すれば、もっとコンフォート方向に振ることもできたはずだが、Fタイプでは敢えてそうしなかったのだろう。スパルタンでダイナミックな特別感のあるドライビングを堪能できることを強く意識した味付けとされている。
低いポジションのシートはホールド感も高く、高いGのかかるコーナリングでも安心して身体を委ねられる。ソフトトップの開閉はセンターコンソールのスイッチを操作すればすべて自動で行ってくれる。オープンにすると、先に述べたエキゾーストサウンドを満喫できるところもよい。フロントウインドーはあまり乗員を覆っておらず、そのぶん開放感は高まるが、後方にオプションのディフレクターを装着せずに走ると、風の巻き込みはサイドウインドーを上げていてもかなり大きめだ。
ついでに述べるとトランクも狭い。それが許せない人には、このクルマは向いていないかもしれない。ただし、そもそもこのクルマを購入する人の大半が、所有するのは(おそらく)このクルマのみではないはずだから、そういった快適性や実用性は、そちらに任せればよい。
そこにあまり配慮した痕跡もなく、“オープンカーとはこういうものだ”と潔く割り切った印象で、それがありのままに表現されているのも、このクルマの“味”のうち、と考えればよいかと思う。
価格は今回試乗した「Fタイプ V8 S」が1250万円。その下にはV型6気筒DOHC 3.0リッターエンジンを搭載する950万円の「Fタイプ」もある。V6のFタイプには未試乗で比較できておらず、もちろん300万円差なりの違いはあるはずだが、そちらもそちらで魅力的なクルマであることだろう。
このところジャガーは若返りを図るというか、ブランドイメージそのものを一新しようしているように思える。そんなジャガーが放ったFタイプは、まさに「これがジャガー!?」の連続であった。