インプレッション
オーテック30周年記念車「A30」(試作車)
Text by 橋本洋平(2016/3/31 06:00)
限定車、そして創業○○周年記念車というクルマは、どこかたまらなく魅力的なものが登場してくる。それはコレクターズアイテムとしての価値はもちろん、メーカーとしてもそのクルマに対する開発陣の思い入れが強く、ついつい力を入れて造ってしまうからではないだろうか。おそらく近々に、そんな1台が登場する。
日産自動車のグループ企業としてその名を知られているオーテックジャパンは、1986年9月の設立から今年で30周年を迎える。スカイラインの生みの親として知られる故・櫻井真一郎氏が初代社長を務めた同社は、当初はスカイラインをベースとしたチューニングコンプリートカーを輩出。その一方で福祉車両や緊急車両といった特殊車両の生産も手掛けて着実に成長。また、ミニバンモデルでおなじみとなったライダーシリーズや、ニスモ仕様車の生産を担当していることも周知の事実である。近年では「リーフ エアロスタイル」や「シルフィ Sツーリング」といったオーテックの名前が出てこないモデルをも下支えしている。つまり、“ひと味違う日産車の陰にオーテックあり!”なのだ。
ただし、ひと味違うとはいえ、近年のコンプリートカーはカタログモデルになっていることもあり、正直に言ってしまえば創業直後に登場していたようなピリ辛グルマとは違っていることも事実。もちろん、それはそれでわるいことばかりではないが、もう少し突き抜けたクルマがほしいと感じていた。
それはやれば出来ることを薄々感じていたからだろう。オーテックジャパンでは社内有志が集まり、業務時間外に“まかない車”なるものを製作。ラシーンをベースにFR化してしまった10周年記念車の「A10」、そしてスカイラインをベースにワイドフェンダー化や丸形テールランプを埋め込んだ25周年記念車の「A25」、さらにはK11マーチをベースにミドシップ化してしまった「MID-11」といった存在は、オーテックジャパンの技術力を示すには十分なものだった。ただ、これらの車両は販売されることなく1台のみの製作で終了し、ファンはそれを惜しみつつ「自分たちだけ楽しんでいてズルイ!」という視線を送っていたのだ。
今回の「30周年記念車」を造るにあたりどうすべきか? オーテックジャパンは企画のスタートに先だって、公式Facebookページなどでアンケートを実施していた。個人的にも興味があり、その動向を拝見していたが、そこには「現行スカイラインをベースにしたスペシャルモデルを造ってほしい」という声、さらには「マーチをベースにしたチューニングモデル」を推す声などが挙がっていたと記憶している。オーテックジャパンの根強いファンは、同社がかつてどう発展してきたかをしっかりと記憶しているのだろう。キーワードはやはりスカイライン、そしてマーチだったのだ。
そこで行き着いたのが、マーチをベースとした今回の「A30」(プロトタイプ)である。ユーザーの意見にきちんと耳を傾けつつ、現実的に市販を視野に入れるにはどうしたらいいのかを考えた回答がそこにある。やはり今回ばかりは「売らない記念車」じゃない。もしもここでスカイラインのスペシャルモデルを出していたのなら、市販化を疑っていただろう。
写真を見れば一目瞭然だが、A30はベースモデルから90mmものワイドトレッド化を視野に入れている。全幅は現行フェアレディZと同等の1800mmというのだから驚きだ。現在はテスト段階であるため、オーバーフェンダーをネジ止めしたいかにも改造車チックなルックスだが、市販化にあたってはブリスターフェンダー化を狙っているに違いない。拝見させて頂いたデザインスケッチには、丸みを帯びたワイドフェンダーが備わっていたのだから……。
もちろん、そこで終わらずシャシーは煮詰めに煮詰めている。スタビライザー径のワンサイズ拡大やショックアブソーバー径の20%アップ、さらにはタイヤのアライメントでネガティブキャンバーをつける方向でセットしているというのだ。市販車にあってそんな話が出てくるあたりがかなりマニアック。
リアのフロアパネルはフラット化しつつ、そこにメンバーを追加してしまったというのも興味深い。FFモデルのマーチにはスペアタイヤを載せるためのくぼみがあるのだが、そこをフラットにして歪みを出さないようにしたのだろう。さらにはメンバーステーやトンネルステー、そしてテールクロスバーも装着しているという。ここまでやっておきながら、けれどもタイヤはミシュランの「パイロット スポーツ3」を選択するとのアナウンスがあり、どうやらサーキット指向のクルマではないようだ。目指すはワインディングでの軽快な走りと、クルーズ時のしなやかな乗り心地。実に欲張りな造りであることが伝わってくる。
エンジンは「ノート ニスモS」が採用する直列4気筒DOHC 1.6リッターの「HR16DE」を搭載。小さなボディに1.6リッターエンジンをブチ込んでしまうだけでも破天荒なスペックではあるが、オーテックジャパンが手掛けることなので、当然それだけでは終わらない。ベースエンジンよりも1000rpmレブリミットを引き上げるためにあらゆる策をとっている。
それはカムプロフィールやバルブスプリングの変更、さらにはポート研磨といった一般的なチューニング手法だけに終わらない。鉄の2倍以上の比重を持つタングステンをクランクシャフトに埋め込み、最小の質量増加でバランス率をアップ。コンロッドとコンロッドボルトを変更して20%の強度アップと5%の軽量化の実現したほか、プーリーからクランクシャフト、そしてクラッチカバーまでをASSY化した状態でのバランス取りも行なわれているという。結果として気筒間の重量バラつきは標準エンジンの5分の1以下とのことだから、かなり期待できそうだ。
これはまさにオールラウンダー!
走らせてみれば、あらゆる部分がとにかく滑らか。まるで4連スロットルを備えたチューニングカーのような官能的な吸気音を轟かせながら、それでいてガサツに回ることなく、サラリと7500rpmまで跳ね上がっていくレブカウンターにはとにかく驚き。また、高回転ばかりにとらわれていると実用域のトルクが損なわれるのが常だが、そこでもきちんとトルクを備えている。さすがはメーカーコンプリートマシンという仕上がり。対して、真ん中のトルクを太らせすぎると伸び感が物足りないということもあるが、前述のようにそこも満足に吹け上がってくれるのだ。タイムや実用性ばかりに気を取られたつまらないエンジンじゃない。ドライバーと直結していると感じさせる一体感と、音と吹け上がりで魅了する官能性が備わっているからこそ、心惹かれていくのだろう。すっかり虜にさせられてしまった自分がいた。
シャシーもまた「これがマーチ?嘘でしょ?」と問いたくなるしなやかさ。荒れた路面もシッカリといなしてくれる懐の深さがある。それでいて、ワインディング区間ではキビキビとした旋回性能をみせてくれることも確認できた。これはまさにオールラウンダー。いつでもどこでも満足できそうな仕上がりがそこにある。
ただし、積極的にスポーティな走りを楽しもうとしたときに物足りなさがあることも事実。それはLSDを備えていないからだ。タイトターンでは持ち前のトルクでフロントタイヤが悲鳴を上げて、スロットルを開けようとすると狙ったラインからそれてしまう傾向が見られた。現在はテスト段階だから敢えてリクエストするが、市販化するときにはLSDの装着は必須。そこまでやってはじめて、いつでもどこでも楽しめるコンプリートマシンに仕上がるのではないだろうか。なんといってもA30は、ワイドフェンダーにハイパワーエンジンを備えているのだから、そこまで望むユーザーは多いと思うのだが……。
いずれにせよ、その答えは間もなく出るに違いない。市販化されたときにどう仕上がって来るのかを楽しみにしていたいと思う。