フランクフルトショー 2017

【フランクフルトショー 2017】メルセデス・ベンツ 燃料電池車「GLC F-CELL」の開発担当者・クリスチャン・モアディーク氏に聞く

2017年9月12日~24日(現地時間)開催

フランクフルトショー2017の会場で、ダイムラーは燃料電池システムとプラグインハイブリッドシステムを組み合わせた燃料電池車「GLC F-CELL」を公開
交通コメンテーターの西村直人氏が、燃料電池車の担当者であるクリスチャン・モアディーク氏にインタビュー

 好評のうちに幕を下ろしたフランクフルトショー2017(IAA2017)では、当初の思惑どおり各国各メーカーから電動化車両に対するコメントやコンセプトカーが発表された。Car Watchでも各ブースの詳細を報告しているが、ここではメルセデス・ベンツブースで催されたインタビューを紹介したい。

 会場でのインタビューはダイムラーのトップであるディーター・ツェッチェ博士を筆頭に、電動パワートレーン、燃料電池車、自動運転技術の各担当者に行なうことができた。いずれも形式はグループインタビューで、各担当者への質問は1人1つで時間も2分と制約があったが、幸運にも燃料電池車の担当者からは15分ほど話をうかがうことができた。今回は、燃料電池車の担当者であるクリスチャン・モアディーク氏による解説を紹介したい。

ダイムラーAG 取締役会長 兼 メルセデス・ベンツ責任者のディーター・ツェッチェ博士
燃料電池車の担当者であるクリスチャン・モアディーク氏

クリスチャン・モアディーク氏の解説

GLC F-CELLは4.4kgの水素を搭載可能で、最大で437km(NEDC値)の航続距離を実現。49km(NEDC値)の航続距離を実現できるバッテリーも搭載しており、PHVのように充電プラグを利用しての充電も行なえる。システムの最高出力は147kW(200PS)、最大トルクは350Nm。ボディサイズは4671×2096×1653mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2873mm

 ダイムラーは、世界で初めて「燃料電池システム」と「プラグインハイブリッドシステム」を組み合わせた燃料電池車「GLC F-CELL」を販売します。このモデルでは、燃料電池とリチウムイオンバッテリーEVの両者が持っている長所を組み合わせることができました。また、ダイムラー独自の回生ブレーキシステムによって、高効率なエネルギー回収のもと長距離走行が可能です。

 搭載しているリチウムイオンバッテリーの容量は9.0kWhで、これだけで49km(NEDC値)走行することができます。主力パワートレーンである燃料電池システムとプラグインハイブリッドシステムと組み合わせることで、437km(NEDC値)走行できます。この50km分のEV走行によって、現時点で水素充填インフラ(≒水素ステーション)の数が少ないドイツ国内でも電気を継ぎ足すことでGLC F-CELLの実用性を向上させています。

 GLC F-CELLのシステム出力は200PSで、搭載する2本の水素タンクに合計4.4kgの水素(70MPa)を充填することができます。タンクはリアシート部分と、通常のモデルではプロペラシャフトが通っているフロアトンネルにそれぞれ配置しています。レスポンスのよい走り、これがGLC F-CELL最大の特徴です。

燃料電池システムの構成。リアシート部やフロアトンネルに水素タンクが搭載される

 水素の充填については、利便性を向上させることを目的に従来のガソリン車と同じ位置に充填口を配置しています。水素充填は国際規格に準拠しており、このまま日本の新充填規格(ISO17268/SAE J2601/SAE J2799)にも対応可能です。2本のタンクへの充填時間は約3分と発表していますが、これは我々が3万6000回充填テストした際の平均値である2.8分から数値化しているものです。

 高い居住性もGLC F-CELLの特徴です。ベースモデルである「GLC」と同じ5人乗りで、PHV(プラグインハイブリッド車)である「GLC350e」と同じく複数の運転モードも選べ、バッテリー搭載位置もGLC350eと同一です。それらとの唯一の違いは、ラゲッジルームの床面が5cmほどかさ上げされている点ですが、実用性に大きな変化はないと考えています。

 水素の充填についてはスマートフォンのアプリから詳細情報を取得することが可能です。2017年9月現在、ドイツ国内にある35カ所と、その周辺国の水素ステーションの位置が表示されます。緑色のアイコンがオープンしているステーション、赤色のアイコンがクローズしているステーションを示しています。ダイムラーは「H2 Mobility」というジョイントベンチャーに参画しており、そこでは今後、ドイツ国内に400カ所以上の水素ステーションを建設しようと計画しています。このジョイントベンチャーにはシェルやトタルなどの石油関連企業も参画しており、トヨタ、ホンダ、ヒュンダイ、フォルクスワーゲンもアソシエーテッドパートナーとして登録されています。

 400カ所におよぶ水素ステーションの完成目標は2023年に定めていますが、2019年3月ごろまでに最低でも100カ所は建設する予定です。建設費用は50%が民間、50%が国からの助成金でまかなっています。ドイツ連邦政府は、2007年から水素インフラに対するサポートを行なっており、いずれは乗用車だけでなく商用車も燃料電池化を進めるべきであると考えています。ご存知のように、ドイツは脱原発が国策です。よって、エネルギー源としては自然エネルギーの活用を視野に入れていますが、風力発電にしろ太陽光発電にしろ、気候変動が激しいため運用には必ず蓄電システムが必要です。もっとも、水素は少ないエネルギーで蓄えることができるため、再生可能エネルギーを水素で蓄えることができるようになれば、CO2削減といった面からも環境によい結果をもたらすと考えています。

水素の充填についてはスマートフォンのアプリから詳細情報を取得することができる。緑色のアイコンがオープンしているステーション、赤色のアイコンがクローズしているステーションを示す
水素の充填口

 将来的に、電気自動車(EV)と燃料電池車(FCV)はどちらがCO2削減に効果的であるかという論点がありますが、私は両者とも同じく効果があると考えています。この両者はいずれも電動駆動であることから、車両を動かす際の効率はほぼ同じであり、モーターを動かす電力をどこで発生させるのか、という点が相違点です。また、この問題をユーザー視点で考えた場合、電気の充電時間と水素の充填時間を比較してみると、水素の短い充填時間が圧倒的に有利です。

 先ほどお話したとおり、437kmの走行に必要な水素を充填するまでの時間は3分とかかりません。対して電気の充電時間は時間が必要です。急速充電を頻繁に活用したり、この先、充電時間のさらなる短いバッテリー(リチウム空気バッテリーなど)が開発されたりすれば、充電と充填に必要な時間の差は少しずつ埋まっていきます。ただ、頻繁に急速充電を繰り返すことでバッテリー寿命が短くなっていくという物理的な課題は拭いきれません。よって我々としては、都会に住んでいて長距離を走らないという使い方が主体であれば、夜間の普通充電を活用したEVでもよいのではないかと考えています。

ボンネットフードを開けると燃料電池システム。システムは2010年から市場投入されている「Bクラス F-CELL」のものと比べ、約30%コンパクトになっているという

 現在、ドイツでは天然ガスから液化して水素を発生させているのが現状です。自然エネルギーを活用していない状況ですが、それでもガソリン車と比較した総合的なCO2削減率は25~30%と高い水準です。これからの長期的な目標としては、やはり水素を再生可能である風力発電や太陽光発電から製造したいと考えています。また、車両サイズにしても小型の乗用車(最小サイズはBクラス程度)から大型商用車(日本におけるGVW25tクラス)までラインアップとしていくことを考えています。技術革新が進むにつれて、EVが1回の充電で走行可能な距離が延びていくことが予想されますが、現時点での比較でもすでに重量あたりの出力はFCVが優れており、さらに外気温に依存しないことから実用性という意味でのアドバンテージは大きいのではないかと考えています。

 ダイムラーは2007年からFCVをフリート販売していましたが、今回のGLC F-CELLではこれまでの知見に加え、クルマにとって重要な快適性、安全性、品質をほかのメルセデス・ベンツと同じ水準で整えています。よって、欧州だけでなく日本のお客さまにも自信をもっておすすめできると信じています。


 なお、これまでお話をうかがったクリスチャン・モアディーク氏に対して、FCスタックの出力密度や技術的に優れている点など複数質問したものの、機密事項に絡むとのことからお答えいただけなかった。とはいえ、日本に向けた販売も視野にあるということで年間供給可能台数をうかがったところ、「4桁台の車両は世界規模で供給可能だ」と語った。この先、日本におけるトヨタ自動車「MIRAI」、本田技研工業「クラリティ FUEL CELL」との比較試乗が楽しみだ。

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員。著書に「2020年、人工知能は車を運転するのか 〜自動運転の現在・過去・未来〜」(インプレス)などがある。