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【ル・マン24時間 2018】「昨年を教訓にチーム運営や人間のミスをなくす取り組みを徹底的にやってきた」とTMG 村田社長

2018年6月13日~17日(現地時間)開催

TMG 社長 村田久武氏

 6月13日~17日(現地時間)に、仏ル・マン市にあるサルト・サーキットで「第86回ル・マン24時間レース」が行なわれている。初日となる6月13日には、16時からフリー走行、22時から予選の1回目が実施された。

 これに先立ち、悲願の初優勝を目指すTOYOTA GAZOO Racingのドライバーやチーム関係者による懇親会が行なわれた。チーム運営の母体となるTMG(Toyota Motorsport GmbH)の社長 村田久武氏はこの席で「今年はオペレーションやヒューマンエラーをなくすことに集中してやってきた」と述べ、トヨタのマシンが技術によるEoT(性能調整)の基準車両となるため開発が制限されている中で、いかにしてオペレーションや人間のミスを減らすかというところをテストなどを通じて徹底的にやってきたと説明した。

昨年からの違いはハイブリッドシステムの温度制限を上げ、クーリングを改良

――2017年から2018年にかけて変更した箇所を教えてほしい。

村田久武氏:今年のレギュレーションでは、ICE(内燃機関)やハイブリッドユニットは制限されており、そうしたホロモゲーションされたところは何も変えていない。それ以外に関しては変えている部分がある。

――具体的にはどこを変えたのか?

村田氏:ハイブリッドシステムの温度の制限を上げている。それに併せてクーリングシステムを変えている。水冷で、昨年のものに比べて冷却性能を上げている。

――2017年のレースでは問題が起きたが、何が原因だったのか?

村田氏:シリアスな問題ではない信頼性の問題で、ヒューマンエラーだった。7号車のクラッチトラブルも、同じようにヒューマンエラーで大きな問題ではなかった。

――どれだけテストしたのか?

村田氏:30時間の耐久テストを何度も行なった。フランスのポール・リカール、スペインのアラゴン、ポルトガルのポルティマオ(アルガルベ)の3カ所でテストをした。テストの間に信頼性の問題はなかったが、オペレーションの問題があったので、チームクルーのトレーニングを行なった。

――今使っているエンジンはスパと同じエンジンか?

村田氏:そうだ。いくつかのコンポーネントは替えているが、スパとテストデーは同じパワーユニットを使っている。レースには新しいエンジンを投入する予定だ。

――バッテリーのクーリングの詳細を教えてほしい。

村田氏:冷却は2チャネルになっており、1チャネルでバッテリーを、もう1つのチャネルでICEを冷却する。本当は1つのシステムでやる方がいいのだが、今は難しい。水とオイルの両方を利用しており、1つは水でバッテリーを、もう1つがオイルでICEとモーターを冷やしている。

――今シーズンの開発で注力してきたことは?

村田氏:今年最も注力してきたことはオペレーションで、いかに人間のエラーをなくしていくかに集中してきた。昨年までは毎年テクノロジーを開発してきたが、今年はそこは去年と同じで戦う。そのため今年はチームのオペレーションを改善していく。とにかくそこに集中している。

TMGでもカイゼン活動を実施。チーム運営のミス、人間の作業ミスなどをなくす取り組みを行なってきた

――EoT(Equivalent of Technology。LMP1はハイブリッド、ノンハイブリッドが混在するため、技術により性能均衡が行なわれている)の改訂があったがどうなりそうか?

村田氏:基本的には何も変わらない。トヨタは(基準となるため)ずっと変わっていない。ノンハイブリッド車に関しては、今回の改訂でフューエル/ラップ(1周に使える最大のエネルギー量)が少し下がっているが、元々彼らは燃料が余っていたので、実質的には性能面でも戦略面でも何も変わらない。

――スティント数も変わらないという理解でいいか?

村田氏:そうなるように変えてきた。

――オペレーションと人間をエラーをなくすことに集中しているという話だったが、どのようなことをしてきたのかもう少し詳しく教えてほしい。

村田氏:スタートポイントは去年リタイアした原因から始まっていた。具体的には品質問題とかコミュニケーションの問題。例えば去年まで6年参戦して、半分は接触によるトラブルがリタイア原因になっている。それをリペアしないといけない。去年の8号車のリタイア原因になった作業ミスがなぜ起きたのかなど、全てのトラブルに対処できる体制を作り上げた。そして起きたトラブルを含めて、30時間のテスト走行中にも対策案を作り、それに基づいてトレーニングを繰り返した。

去年からTMGの方に移ったが、パワートレーンを作っている日本の社員はそういうことに慣れている。TMGで、日本語で言うところの「カイゼン運動」、英語で言うと「PDCA」のサイクルをやろうということになり、TMGの中でカイゼン隊長を任命し、隊長が対策案を作り込んでレースエンジニア、ドライバー、メカニック全員にトレーニングアイテムを与えて徹底的にやってきた。

――“タラレバ”に対処するトレーニングということか?

村田氏:去年からPDCAを回してきて、やりきったとか、満足したというまではやれていないというのが自分の印象。ずっとドキドキしている。去年もドキドキしていたけど、今年は種類が違うドキドキなので、それが何かずっと考えていた。

今年は系統的に記録し、さまざまなパターンについて検証してきた。やればやるほど心配なことが出てくる。コンポーネントも組み立ても完璧にやる、車体も完璧にやるけど、この間のスパのレースでは申請ミスみたいなトラブルが出た。バレーボールで言えばコートの真ん中にボールが落ちるようなトラブル。そういうことを防ぐ意識がエンジニアとかチーム全体についてくると深く広くなる。なんでここまでやらないといけないかと言うと、1時間や3時間のレースで起きるトラブルの確率が、6時間とか24時間になると累乗で増えていく。それに対処していかないとル・マンでは勝てない。

従来はパワートレーンに集中していればよかったけど、今はオペレーション全て、車体全体を見れるようになり、1人のボスになったので、みんなに対して同じことをリクエストでき、同じクオリティでできるようになった。日本人だけでやってる場合にはあうんの呼吸で分かってもらえるということもあるが、欧州の人たちと一緒にやるからにはそうはいかない。そのため、欧州の人たちにもそれがなぜ必要なのか腹に落ちてもらわないといけない。カイゼンは日本人の専売特許と言うけど、欧州の人たちも完全に納得してくれれば率先してやってくれるようになった。

――それは上手くいったのか?

村田氏:うちのチームは過去3年痛い目に遭っているので、なぜやらないといけないのか説明する必要はなかった。特に去年に起きたトラブルはいずれもヒューマンエラーが根っこにある。人間が作業するところでミスがあって、それが甚大な被害につながっていった。それをどうしたら防げるのか、やりきらないといけない。ル・マンではそうしたことが必要になる。

――スパから変えた部分はあるのか?

村田氏:今年のタイヤは去年と比べてマーブルが増えている。それがなぜなのかはミシュランさんに聞いてもらうしかないが、マーブルが大きくなっており、それがエアロに当たって壊してしまうことがある。それはテスト中にも分かっていたので、エアロを強化してきた。ル・マンは基本的にまっすぐなので例年マーブルは大きくないのだが、今年のタイヤは出るかもしれないと考えて強化してきた。パワートレーンに関してはマッピングの調整ぐらいだ。

――今シーズンから加入したフェルナンド・アロンソ選手についてはどうか?

村田氏:自分は権威に対して全く感じないので、もちろん彼がスーパースターだとは知っていたが、フェルナンドがうちのチームに来たときに彼がどんな人間なのかということを、他のドライバーの時と同じように見ていた。去年の年末だったか年明けだったか忘れたが、初めて会ったときに、変化球を投げないで直球で「なぜうちに来たいのか?」と聞いてみた。するとフェルナンドは「オレは勝つことに飢えている、レースに勝ちたいんだ。トヨタに行けば勝てるかもしれない」と言った。そして2つめの答えとして「世界三大レースのタイトルを獲りたい」と言った。それで「うちは貧乏だから高い給料は払えないよ」と伝えると、タダでもいいと彼は答えた。無給が一番怖いので払うけど、他のドライバーと同じねと言うと、それでいいと。それで決めた。

うちのチームはヨーロッパにあるような縦のチームではなくて、フラットなチーム。チーム一丸でやってくことを重視しているけど、それでいいのか問うと、それでいいと言われた。実際、彼はチームに溶け込んでリラックスしている。この間のテストデーでもファンと写真を撮っていたり、いい意味で驚いた。真摯にクルマもよくしようとしているし、正直「むっちゃいいヤツやん」という感じになっている。こういう世界で生きていると、虚栄を張らないといけないとかもあるのだろうけど、うちのチームでは彼は元々の彼のキャラクターでやっている。

――クルマにはすぐ慣れたのか?

村田氏:最初のころはとても苦労していた。うちのクルマは4WDで、モーターがあるので突然ハイパワーが出たりするので最初は苦しんでいた。だが、3回目のテストぐらいから徐々に慣れて、クルマを信用できるようになってきたようだ。順応スピードも早く、懐の深さを感じる。本物だなと思っている。

――今年のレースについて、目標は?

村田氏:去年までは強いライバル、アウディとかポルシェがいて、そうした外に目が行く形になっていたが、今年は2台をイコールコンディションにして戦わせる。しかし、同士打ちや他車と接触してしまったら意味がない。今回はいかにそれを抑えるかに注力している。チームの全員に言っていることだが、今年のターゲットはトヨタのファーストウイン、そして1-2を実現することだ。どっちが1位になるか2位になるかは分からないが、できれば2台同時にゴールしてほしいぐらいだ。自分のリクエストはただそれだけ。One for Allであり、All for Oneだとチーム全員に徹底している。