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【SUPER GTインタビュー】日本ミシュランタイヤ 小田島広明氏に聞いた2019シーズンのタイヤ戦略
昨年後半の開発方針転換が今年の好調につながっている
2019年6月11日 07:00
フランスのタイヤメーカーであるミシュランは、日本のブリヂストン、米国のグッドイヤーと並ぶ世界三大タイヤメーカーの1つで、古くからモータースポーツ活動に熱心な企業としても知られている。グローバルに目を向ければ、EV(電気自動車)のフォーミュラーカーレース「Formula E」にワンメイク供給するなど新しい形のモータースポーツにもいち早く取り組むなど、タイヤのイノベーションにも積極的に取り組んでいる会社というイメージもある。
そのミシュランは、SUPER GTのGT500クラスに参戦する2台のGT-Rにタイヤを供給しており、毎年のようにチャンピオンを争う常連となっている。そうしたミシュランのSUPER GTでの活動に関して日本ミシュランタイヤ モータースポーツダイレクター 小田島広明氏にお話しをうかがってきた。
ここ8年で最もわるかったシリーズランキング、その理由は?
2018年のSUPER GTにおいて、ミシュランは2台のGT-R(3号車、23号車)にタイヤを供給したものの、シリーズでのランキング最上位は23号車 MOTUL AUTECH GT-R(松田次生/ロニー・クインタレッリ組)の8位と、2013年のランキング6位以来の厳しい結果に終わっている。2011年~2012年、2014年~2015年の連続タイトル、そして2016年~2017年のタイトルは獲れていなくてもランキング3位、2位に入りチャンピオン争いを繰り広げたここ8年の中で、最もわるい結果になってしまった。
その最大の要因は、インタビューで小田島氏が説明しているとおり、シーズン途中で開発のロードマップにはなかった方向転換を行なったため。一時的に一発の速さをある程度犠牲にしてもデグラデーション(ゴムの劣化)を防ぐ方向に開発の方向性を変えたからだ。その結果、2018年の後半はやや予選が苦しくなってしまい、なかなか上位入賞につながらないというレースになってしまったのだ。
だが、今シーズンはその延長線上でデグラデーションは少なく、かつ一発のタイムも出るタイヤの開発に成功。開幕戦の岡山、そしてこのインタビューが行なわれた第2戦の富士500kmレースでもポールポジションを獲得し、どちらのレースでも2位に入り、第2戦を終了した段階でポイントリーダーとなっている。
ミシュランの2019年の体制は2018年と同じく2台のGT-Rにタイヤを供給する形になっており、2018年と体制が変わらない23号車 MOTUL AUTECH GT-R(松田次生/ロニー・クインタレッリ組)と、新体制になった3号車 CRAFTSPORTS MOTUL GT-R(平手晃平/フレデリック・マコヴィッキ組)に供給する。3号車はトヨタから移籍してきた平手晃平選手と、欧州でミシュランマイスターとして知られ、日本でも2014年にホンダからGT500クラスに参戦していたフレデリック・マコヴィッキ選手の組み合わせになっており、いずれもミシュランタイヤの経験がある2人には大きな期待が集まっている。
SUPER GT参戦は自社の技術が競合に対してどの位置にあるかを確認するため
──昨年の結果に関してはどのような評価をされていますか?
小田島氏:結果からするとわれわれのユーザーチームの最上位がシリーズで8位なので、スポーティング的には十分な結果とは言えないです。その一方で、タイヤメーカーのコミットメントとしてはGT-R勢の中では最上位ということで、言うまでもなくレースの結果はタイヤだけでは実現できませんので、最低限の結果は残せたかなと考えています。
──おっしゃる通りで、モータースポーツは1つのコンポーネントだけで結果を残せるほど甘い世界ではないです。ただ御社の競合、例えばブリヂストンなどは複数のメーカーにタイヤを供給しています。そういう選択肢もある中で、ミシュランがSUPER GTでこの体制をとっている意味は?
小田島氏:競合他社のことにコメントはできませんが、ミシュランがGT500に参戦する理由に戻りますと、われわれの技術が競合他社に対してどのような位置付けにあるのか、どういうアクションをすればそこに追いつき追い越す、あるいは引き離すことができるのかということを学ぶためにあると考えています。世界的に見ても、タイヤメーカーが競争しているレースというのはSUPER GTぐらいという状況になってしまっているので。そしてわれわれにとっては同じ車種の中に複数のタイヤメーカーがいるという状況(筆者注:GT-Rにはミシュランの他に、ブリヂストンを履く12号車、横浜ゴムを履く24号車がいる)が重要なのです。それにより、ミシュランがこのレースに参戦している目的を果たすことができるので。
──競合他社からすると、ミシュランはワークスチームを抑えているからGT-Rの中で1位でも当然だろうという見方もありますが……
小田島氏:われわれも2009年に日産自動車さんとGT500のプロジェクトを始めた当初はワークスチームではないところと組んでいましたし、2011年、2012年に関してはワークスではないモーラさんと組んでチャンピオンを獲得しています。ワークスか、そうでないかは1つのパラメーターとしてあることは認めますが、それはエクキューズ(言い訳)にはしたくないというのが私たちの考え方です。
──昨シーズンに話を戻すと、昨シーズンの後半がちょっと順位を落としているという印象でしたが、そうなってしまった要因は何だったのでしょうか?
小田島氏:今のGT500はタイヤだけが進化するという形よりも、タイヤと車両が1つのパッケージとして効率よくタイムを上げていく、そうした方向に進化しています。つまり、クルマのニーズに合わせてタイヤを作り込んでいく、そうしたことが必要になっているのです。そこを考慮したタイヤ造りをしているなかで、タイヤとしてはちょっと行き過ぎているかなという領域に入っていて、その方がタイムは出るという状況が発生しています。ですが、問題はタイムが出てもデグラデーションが出てしまうという問題が発生していました。そこでシーズンの途中ぐらいで、デグラデーションを減らす方向に舵を切る決断をしました。方向性を大きく変えたのです。その副作用として、当初は予選タイムにはよくない方向の影響があり、昨年の後半のレースでは予選がよろしくない状況がありましたが、レースのタイムを見ると安定度が増すというよい影響がありました。
──なぜそうした方向性をシーズン中に変える決断をしたのでしょうか?
小田島氏:無論、われわれにもロードマップがあり、通常はそれに従って進化していきます。しかし、他の競合が通常の進化をしていく中で、進化の速さで劣っているという状況が発生していました。もちろん一発の速さは重要ですが、重要なことはレースで一番速くゴールにたどりつけるかどうかです。昨年の後半にそこのプランを切り替えたので、一見すると後退したように見えたかもしれませんが、急がば回れでそうした決断をしたのです。
──岡山国際サーキットでの開幕戦を振り返ってください
小田島氏:去年の後半からシーズンオフのテストを含めてやってきたことが形になってきたと考えています。岡山の結果を見ると、予選でもレースでもわるくないところにいます(筆者注:23号車が予選でポールポジション、決勝で2位)。レースに関しては雨の影響で実質10周ぐらいのレースになってしまい、スタートしてすぐで暖まりの問題もあったと思いますが、同じGT-R同士のブリヂストンを装着した12号車、横浜ゴムを装着した24号車と比較すると、特に12号車との対比では若干向こうの方が暖まりがよいということはあったと思います。しかし、その後1~2周するとタイムはむしろ23号車の方が速いという状況でした。もちろん、では勝ったNSXとの比較はどうかということはあると思いますが、それは車両も違えば駆動方式も違うので対比には適していないと考えています。
また、プラクティスでの結果を見ると、昨年からわれわれが課題にしていたデグラデーションの問題は改善されています。そしてデグラデーションの問題を解決した上で、昨年の後半影を潜めていた速さも改善しており、岡山では競合と比較して遜色ない戦いができていた、そう判断しています。
──SUPER GTのファンにタイヤメーカーとして注目してほしい部分があれば教えてください
小田島氏:岡山のレースが端的な例ですが、レースだと天候だったり、作戦だったりというさまざまな要因が出てきます。それに対してフリー走行では、複数持ち込んだタイヤの中から、決勝の戦略はどうしようかということを意識しながら比較をしています。ですので、タイムの推移を見ると、そうしたタイヤの比較をどうしているのかを推測することが可能です。SUPER GTの公式アプリなどでフリー走行のタイムを見ていると、ロングランをやっているんだな、といったことをタイムから推測することが可能です。そのロングランのタイムを見ていると、レース中にどんなタイムで走ることができるのかなどを推測できます。そうすると、予選の結果だけでなくレースの予想も立てやすくなり、より深くレースを楽しんでいただけるのではないでしょうか。
──今シーズンのSUPER GT以外のモータースポーツ活動について教えてください
小田島氏:海外ではFormula E、世界耐久選手権(WEC)、世界ラリー選手権(WRC)、2輪のMotoGP、IMSAなどに供給しています。
国内という意味ではポルシェ カレラカップ ジャパン、ポルシェ スプリント チャレンジ ジャパンというポルシェの2つのワンメイクレースにタイヤを供給しています。この取り組みは日本だけの取り組みではなく、ミシュランとポルシェのグローバルなパートナーシップの取り組みと位置付けられているものになります。ドライとウェットそれぞれに1スペックずつ開発して、ワンメイク用となりますので、安定したスペックのタイヤを適切なタイミングで供給できるようにしています。
──最後に今シーズンの目標をお願いします。
小田島氏:タイヤメーカーとしてのコミットメントは、GT-Rの中でベストになるということです。その上でGT-Rがチャンピオンになれればベターです。SUPER GTでは勝ち続けるということは難しいので、取れるときにとって、現在の開発の方向性を順当に進めていけば、タイヤとしては優位に立てると信じています。