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メルセデス・ベンツのステアリングはどう進化した? 新型Eクラスで新世代に

2020年5月6日(現地時間)発表

 メルセデス・ベンツは5月6日(現地時間)、2020年の夏に登場する新しいEクラスから、ドライバーがステアリングを握っているかを検知するための2ゾーンセンサーマットを装備し、さらにスポークに配置されるタッチコントロールボタンもすべて静電容量式スイッチを採用した新世代のステアリングを搭載すると発表した。

 120年前にダイムラー・モトーレン・ゲゼルシャフト社によって、当時シンプルだったステアリングから、より機能的なステアリングへの切り替えが行なわれたのが、現代のメルセデス・ベンツが装着しているステアリングへと進化する最初のステップ。これにより今のハイテクコマンドセンターが開発され、ドライバーは正確に操縦しながら、快適かつ安全に数多くの支援システムを操作できるようになった。

 メルセデス・ベンツでは、ステアリングは見た目と、何よりも触覚がもっとも重要で、回路基板の大きさが表面をいかにエレガントに設計できるかを決めるため、開発者とデザイナーは常に協力して作業し、細部の完成に焦点を合わせるという。

 メルセデス・ベンツのインテリアデザインのクリエイティブディレクターであるハンス・ピーター・ワンダーリッヒ氏は「ステアリングのデザインは、それ自体が独自の世界であり、しばしば過小評価されているのが非常に残念でなりません。シートのほかに車内で物理的にドライバーに接触している唯一のコンポーネントがステアリングなのにです。指先は私たちが通常気づかない小さなことを感じ、ちょっとした凹凸が気になったり、手にぴったりと収まらない場合は気に入らなかったりします。この触覚はフィードバックとして脳に送られ、そのクルマが好きかどうかが決まります。このように、クルマとの感情的なつながりは、触覚によって生み出されます」と述べている。

ダイムラーのステアリング進化の120年の歴史を辿る

最初のクルマはステアリングがなかった
パテント・モトールヴァーゲン

 世界で最初の自動車。1886年のカール・ベンツ氏が設計した「パテント・モトールヴァーゲン」は、1889年にゴットリープ・ダイムラー氏とヴィルヘルム・マイバッハ氏によって設計された「wire-wheel car」も同じだが、ステアリングはなく、当時の馬車の運転手は右手または左手綱を引くことで馬を行きたい方向へ向けていたため、単純なレバーまたはクランクしか装備されていなかった。

ダイムラー wire-wheel car
1894年に世界初の自動車レースでデビューした最初のステアリング

 フランス人エンジニアのアルフレッド・ヴァシュロン氏は、丸いステアリングの発明者と考えられていて、1894年7月に開催されたパリからルーアンまでの世界初の自動車レースでは、ダイムラーエンジンを搭載した「パナール・ルヴァッソール」に、通常のレバーの代わりに丸いステアリングを取り付けた。これにより前輪のステアリング動作を、ニュートラルの中央位置から左右に停止するまでステアリングコラム数回転に分散させることができるようになり、より正確なステアリング操作が可能になって走行速度が向上。レースでヴァシュロン氏は11位だったが、丸いステアリングを装着したクルマが優勢だったという。

パナール・ルヴァッソール
傾斜したステアリングコラムとエンジン機能コントロールを備えたメルセデスシンプレックス

 1900年にダイムラー・モトーレン・ゲゼルシャフト社は、フェニックスのレーシングカーに丸いステアリングを装備。しかし、ステアリングコラムが傾いたため、操作は簡単になったが、ステアリングの動作には大きな力が必要となってしまった。そして1902年製の「メルセデス・シンプレックス」には、ステアリングに点火タイミングや混合気などの重要なエンジン機能を調整するために使用する追加レバーが付けられた。

フェニックス フェートン
メルセデス・シンプレックス。燃料混合と点火の手動調整用のレバーが付いているステアリング
1920年代~40年代はホーンリング付きの大型ステアリング

 エンジンのさらなる開発のおかげで、燃料混合と点火の手動調整用のレバーは徐々に不要となり、代わりにクルマの存在を対象物に知らせるための電球式ホーンが取り付けられた。このホーンは自動車が誕生した頃から今でも残っている機能のひとつ。そしてホーンはやがてクラクソン社のボタン式となり、ステアリングのハブに取り付けられた。ホーンリングは1920年代にデビューし、より繊細になりながらも1970年代まで標準装備となっていた。

 1949年ホーンリングは、1950年代中頃まで一般的だったターンシグナルを作動させる機能も引き継ぎ、ステアリングを「左」や「右」に回すだけで、自動的にオレンジ色のフラッシャーを作動させていた。やがて進化して、長さ約20cmのインジケーターアームがステアリングの外に取り付けられるようになった。

ホーンは昔からある自動車の機能のひとつ。内側にある細長いリングがホーンボタンとなっている。左右にそれぞれターンシグナルレバーがあった時代もある
1950年代、コラムギアシフトとパワーステアリングのデビュー

 1950年代になると、ステアリングは、新しい快適機能と優れた安全性のためのコントロールセンターとして、クルマと運転者の間の中心的なインターフェースへと進化。1951年にはメルセデス・ベンツ300の「アデナウアーメルセデス(W186)&220(W187)」のステアリングコラムにギアシフトを導入。これは当時フロントシートが通常2人までの共同運転者を乗せられるベンチシートで構成されていたためでもあった。

 1970年代まで、ステアリングコラムのギアシフトレバーは、トランスミッション操作の一般的な方法となった。メルセデス・ベンツでは、2005年に「ダイレクトセレクト」を内蔵した自動セレクターレバーを開発したことでステアリングコラムシフトを復活させ、センターコンソールのスペースを他の目的に使えるようにしている。

 1955年にはヘッドライト用のレバーを追加。しかし、ステアリング径は大きなままで、ドライバーにとってはステアリング操作自体が負担だった。そこで、メルセデスベンツは1958年に「300サロン」でパワーステアリングを導入した。

コラムギアシフトとベンチシート
1960年代、安全なステアリングにより怪我のリスクが低減

 1959年にメルセデスベンツは「フィンテール(W111)」で、特に事故保護の観点で自動車の安全技術に革命をもたらした。フィンテールは、安定したパッセンジャーセル、クランプルゾーン、衝突時の怪我のリスクを軽減する大きな変形可能なバッフルプレートを備えた新しいセーフティステアリング、および後部にオフセットされた分割ステアリングコラムにより、衝突の勢いでステアリング自体が刺さるランス効果の回避を可能にした。

 剛性のあるステアリングコラムを備えた以前のクルマでは、ステアリングコラムが正面衝突でドライバーに向かって押されたため、重傷事故が繰り返し発生していた。さらに安全性を高めるために、メルセデス・ベンツは、テレスコピックステアリングコラムとインパクトアブソーバーを備えた特許取得済みの安全ステアリングシステムを導入。これは、1967年に乗用車全体に標準装備された。

 さらに、1959年には「2機能を1本で」をモットーに、インジケーターとヘッドライトフラッシャー機能を搭載。この複合レバーはフィンテールと「ポントン」から採用された。そして1963年には、フロントガラスのワイパーとフロントガラスウォッシャーシステム機能をレバーに追加した。ちなみにフロントガラスのワイパーは、以前はインストルメントパネルの上部にあるプルスイッチで操作していた。

1970年代~1980年代、安全に関するすべて

 1971年に「350 SLロードスター」に導入された4スポークのセーフティステアリングは、衝撃吸収材を備えた幅広のパッド付きプレートにより、さらに優れた衝撃保護を有していた。スポークはリムのサポートとして機能して、衝突の際はスポークが力を吸収し、ステアリングのリムが壊れないように力を分散伝達する構造となった。

350 SLロードスター
1975年、初のクルーズコントロール搭載

 1975年12月、メルセデス・ベンツ「450 SEL 6.9」にクルーズコントロールシステムを標準装備。前方の車両までの距離を一定に保つ、世界初のレーダー対応DISTRONIC近接制御システムは、1998年にSクラス(220シリーズ)に初搭載された。

クルーズコントロールシステムのレバー(左下奥)
1981年、最初のエアバッグ

 エアバッグは、衝撃より0.5秒以内に720mmの直径と64Lの容量まで膨張しなければならない。メルセデス・ベンツでは、可能な限り最高の安全性を追求するために、1981年以降のSクラス(W126シリーズ)に初のエアバッグ導入にし、ステアリングのデザインがさらに変化。初期のエアバッグは大きくかさばっていたため、囲むバッフルプレートを大きくする必要があったが、当時の開発者は大きな困難にぶつかったが、さらなる開発の過程で真空パックされたエアバッグをどんどん小さく折りたたむことに成功し、設計者はバッフルプレートの後ろに新しい小さく折りたたまれたエアバッグを収納し、衝突時にこれまでに達成できなかった安全基準を実現した。

 1992年に運転席のエアバッグはメルセデス・ベンツのすべての乗用車に標準装備され、1994年には助手席用エアバッグも登場。メルセデス・ベンツのステアリング開発責任者であるマーカス・フィーゲ氏は「今日、私たちは市場でもっともコンパクトなエアバッグを手にしています」とコメントしている。

1998年、初の多機能ステアリング

 新たな技術革命は、1998年にCOMAND(コクピット管理およびデータ)システムとともに導入され、多機能ステアリングによって具体化された。多数の車両機能だけでなく、情報、ナビゲーション、エンターテインメント用の新しいデバイスの進歩により、車両の操作とその表示コンセプトを再考する余地が発生。

 当時「Sクラス220シリーズ」の開発における重要な目標は、ドライバーが余計な作業から解放されることで、交通状況や運転などの基本事項に集中できるようにすることだった。ドライバーは新しい多機能ステアリングで、多くのシステムを制御して、親指を押すだけで重要な情報を呼び出すことができるようになり、ステアリングのボタンを操作すれば、ラジオ、電話など、合計8個のメインメニューがメーターパネルの中央にあるディスプレイに表示されるようになった。

2005年、ステアリングギアシフトの再導入

 2005年、MクラスとSクラスの新モデルから、コクピットがリニューアル。新たに追加されたステアリングギアシフトボタンにより、7つのギアを手動で選択できる「DIRECT SELECTギアシフト」を開発。自動セレクターレバーはセンターコンソールからステアリングコラムに移動され、操作が簡単になったうえにドライバーと助手席の間のセンターコンソールに新たな自由なスペースが生まれた。

ステアリングコラムにDIRECT SELECTギアシフトを採用

 また、2008年には「SLロードスター」に7G-TRONIC スポーツトランスミッションと、ステアリングギアシフトパドルが装備され、6気筒および8気筒エンジンのパフォーマンスは、あらゆる運転状況で最適に引き出せるようになった。

多角形から幾何学的なスポークのある丸い形への進化

 新しい機能により、ますます多くのケーブル、回路基板、センサーがステアリングに組み込まれた。また、それらの機能とエアバッグを収容するために、ステアリングは2000年代にかなり大きくなっていったが、時間の経過とともにデザインはますます洗練されていった。最初は多角形だったが、中央に円があり、流れるスポークの形をした幾何学的形状へと進化していった。

2016年、初のタッチセンサー式コントロールボタンを開発

 2016年、Eクラスに世界で初めてステアリングから手を離さずに、インフォテインメントシステム全体を指でスワイプして制御できるタッチコントロールボタンを備えたステアリングが採用された。

 スマートフォンの表面と同様に、ボタンはタッチセンサーとなっていて、指の水平および垂直スワイプ動作に反応。タッチコントロールボタンを押すと、スワイプジェスチャーで選択した機能がトリガーされ、ドライバーはすべてのインフォテイメントシステムの機能を簡単、論理的かつ直感的に制御できるようになった。また、スイッチパネルごとにさらに4つのボタンがあり、ボリュームコントロールや電話コントロールなどの使い慣れた機能が割り当てられていた。

世界初のタッチセンサー式コントロールボタン付きステアリング
2020年、新しいEクラスに搭載される静電容量式ステアリング

 静電容量式を搭載したステアリングはすでに今発売されているEクラスにも搭載されているが、2020年に発売となる新しいEクラスには、ステアリングのリムに「2ゾーンセンサーマット」を内蔵する「静電容量式ハンドオフ検出機能」を備えた新世代のステアリングが採用される。

 また、スポークに配置されているタッチコントロールパネルには複数の機能が分割配置されているが、そこにはボタンのような繋ぎ目はなく、ここにも静電容量式スイッチを全面採用したことで、スポークとパネルを一体化でき、機能操作面を最小限に抑られている。そしてスマートフォンなどと同様に、静電容量センサー技術を介してタッチ操作を認識および判断するので、スワイプジェスチャーやおなじみの記号を押すといった直感的な操作が可能となる。さらに、パネル自体は太陽光に照らされた高温になった室内でも正しく操作できるように、高品質な素材を採用している。

 ダイムラーのシステムコントロールユニットの責任者であるマーカス・フィーゲ氏は「リムの前後に配置されているセンサーが、ステアリングを握っているかを検知します。そして車両がドライバーの制御下にあることを支援システムに知らせるので、ドライバーはステアリングに手を添えている以上の動作は必要ありません。また、このパネルは、指がいつどこにあるかを自動的に認識してくれます。そしてタッチパネルは100℃を超える温度でも作動する用に設計しています」と解説している。

新世代ステアリング「ラグジュアリー」
完璧なプロポーションを求めて…

 新世代ステアリングには「スポーツ」「ラグジュアリー」「スーパースポーツ」の3つのバージョンがあり、エアバッグとスポークとリムの造形は完全に調和され、エアバッグは中央に浮いた球のように配置される。「ラグジュアリー」バージョンは、花からインスピレーションを得ていて、正教会の聖体礼儀に用いられる金属製の杯「聖爵」の中央に球体が浮かんでいるようなエレガントな形状に。「スーパースポーツ」バージョンは、スポーツカーのホイールを連想させる黒のデザインで、エアバッグは2段式のスポークで保持され、ハイテクと同時に走りへの感情を喚起させてくれる形状となる。

 これは「装飾するよりも余分なものを削ぎ落とすことで、より本質的な美しさに近づく」というメルセデス・ベンツのチーフデザイナーであるゴードン・ワグナー氏が掲げているデザイン哲学“Sensual Purity=官能的な純粋さ”に沿うものだという。

新世代ステアリング「スーパースポーツ」

 メルセデス・ベンツでは、前世代で既にステアリングのベストなサイズを開発していて、直径はスーパースポーツが370mm、ラグジュアリーが380mm。リム径は29mm、深さは42~44mmとなっている。

 メルセデス・ベンツのインテリアデザイン責任者のハンス・ピーター・ワンダーリッヒ氏は「これは私たちがこれまでに製造した中で、もっとも美しいステアリングです。ステアリングのリムはとても謎めいていて、その幾何学的デザインはそれ自体が科学であり、どの教科書にも載ってないものです。そして、ステアリングは手にぴったりと収まる必要があります。数ミリの膨らみすら不快に感じてしまい、1mmでも小さ過ぎると、飢えたように足りなく感じます。そして、その印象はそのクルマの全体的な感触を曇らせてしまうのです」と述べている。