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松田次生選手、MOTUL AUTECH GT-Rで人生初のテール・トゥ・ウィン GT第6戦鈴鹿で最後尾から大逆転優勝の背景を語る

2020年10月24日~25日 開催

SUPER GT第6戦鈴鹿、23号車 MOTUL AUTECH GT-R(松田次生/ロニー・クインタレッリ組、MI)が最後尾から優勝。鈴鹿2連勝を飾った

 SUPER GT 第6戦鈴鹿が10月24日~25日の2日間にわたり鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)で開催された。10月25日の13時からは決勝レースが行なわれた。GT500は予選1回目(Q1)でクラッシュしてしまったことにより最後尾からスタートすることになった23号車 MOTUL AUTECH GT-R(松田次生/ロニー・クインタレッリ組、MI)が、セーフティカーの導入されたタイミングを完璧に捉えてSUPER GT史上に残る奇跡の大逆転優勝(松田選手のTwitter投稿の表現を借りるなら人生初のテール・トゥ・ウィン)を果たした。

 レース終了後には優勝記者会見が行なわれ、その中で第1スティントを担当したロニー・クインタレッリ選手、第2スティントを担当した松田次生選手の2人は、奇跡の優勝に関する説明を行なった。

 松田選手は「予選のクラッシュ後は眠れない夜を過ごしたが、クルマを修理してくれたチームに走りで恩返しをしようと考えた」と述べ、体にもクラッシュによるインパクトがあった中で、高いモチベーションを持ってレースに臨んでいたことを明らかにした。

予選で大クラッシュ、決勝では最後尾から見事優勝した松田次生選手(左)とロニー・クインタレッリ選手(右)

予選で地獄を見た23号車、眠れないほどいろいろ考えた夜

 今回のレースほど、23号車 MOTUL AUTECH GT-R(松田次生/ロニー・クインタレッリ組)のクルー、チーム関係者にとって“天国と地獄”を味わったレースはないだろう。いや、正しくは“地獄と天国”なのだが……。

 まずは地獄の方から。10月24日土曜日、予選1回目(Q1)は松田次生選手が担当し、予選2回目(Q2)はロニー・クインタレッリ選手が担当するというのが23号車の作戦だった。

 Q1のタイムアタックが開始され、セクター1(鈴鹿サーキットでは4つのセクターに分割されており、タイミングモニタにはそのセクターごとのタイムが表示される)では、赤(その時点での最速タイム)を記録して、松田選手も「クルマは速くていける」という手応えを感じていた。だが、「好事魔多し」の例えのとおり「調子がよくてちょっと攻めすぎたのかもしれない」(松田選手)という23号車は、S字のイン側のグラベルに飛び出し、ジャンプして着地しながらタイヤバリアにクラッシュしてしまったのだ。

 サーキットビジョンには大破した23号車の映像が表示され、文字どおりサーキット全体が凍り付く。赤旗が出されて松田選手の救出が行なわれると、直後に松田選手の無事が分かり安堵が広がった。しかし、翌日に行なわれる決勝レースに向けて車両がダメージを受けていることは明らかだし、松田選手の体調も心配されるところだ。

予選1回目で大破したMOTUL AUTECH GT-R
運ばれていくMOTUL AUTECH GT-R。このとき翌日の大逆転優勝を何人が予想し得ただろうか?

 レース前には何も問題ないとポーカーフェイスを通していた松田選手だが、実はそのクラッシュで背中にちょっとした違和感を感じていた。「実は予選のクラッシュではバリアに突っ込んだときよりも、どちらかというとジャンプして着地した方が結構身体的には衝撃あって、右側の背中に違和感を感じていた。ただ、ちょっとだけ筋肉が入っているだけの感じで、レース中はアドレナリンでているのでまったく関係なかったが、今(レース後の会見時)は力抜けたらちょっと痛みがあるので、次のレースに向けてしっかり調整したい」(松田選手)という状態で、ドライビングできないほどの痛みではないが、やはり違和感はあったということだ。

 また、もう1つ松田選手の心をよぎっていたのはチームや同僚のクインタレッリ選手などに対する「申し訳ない」という気持ちだ。「正直予選後の夜は眠れなかった、いろいろ考え過ぎてしまって。それなのにチームは怒ることもなく、攻めた結果だからしょうがないと言ってくれた。自分もその気持ちで走っていたので、レースでは絶対恩返ししたいと思っていた」と、マシンにも体にもダメージを負った松田選手も、チームも心は折れていなかった。松田選手自身も、懸命にクルマを修復してくれたチームに対して「恩返しがしたい」という気持ちで高いモチベーションを維持していたからだ。

決勝レース、23号車にとってはセーフティカーが出たタイミングがドンピシャ、「奇跡」と表現したクインタレッリ選手

 10月25日に行なわれた決勝レース、ここからが「天国」の話となる。23号車は、前日のQ1でタイムを出すことができなかったため、ノータイムとして最後尾(15番グリッド)からのスタートになる。普通に考えれば最後尾から優勝は不可能で、ポイント獲得(10位以内)を目指すレースになる。実際、前半のスティントを担当したロニー・クインタレッリ選手は「前回の第3戦鈴鹿のときはレース前に勝てそうなイメージがあった、だが、今回は正直勝てるというイメージは持てなかった」という言葉のとおりで、これで勝てたら「奇跡」(クインタレッリ選手)だ。

 だが、奇跡は起きた。それを演出したのは、22周目に起きたGT300車両のクラッシュだ。アウトラップで十分タイヤが暖まっていなかったGT300車両はS字のタイヤバリアにクラッシュしてしまったのだ。その結果、セーフティカーが出されることになったのだ。

 実はそれまでにクインタレッリ選手は徐々に順位を上げてきていた。序盤こそ12~13位あたりを走っていたが、16周目前後から徐々に順位を上げ、この22周目には前を走っていた車両が全部ピットインしていたことで、首位に上がっていたのだ。

 その22周目の終わりにクインタレッリ選手に対してピットからピットインの指令が無線で飛んだ。「130Rあたりを走っていたときに最初の無線が聞こえたが、入りがわるくて何をいっているか分からなかった。次のシケインでもう一度無線が入ってきて『セーフティカーが出るかもしれないからピットに入って』と言われた。SCの表示が出るな出るなと思いながらピットロードに向かって行った」(クインタレッリ選手)という、まさにドンピシャのタイミングでピットに向かうことができたのだ(23号車がピットに入った後、セーフティカーの表示が出されピットロードはクローズされた)。

 そしてドライバーはクインタレッリ選手から後半担当の松田選手に交代し、ルーティンの作業(タイヤ交換や給油など)を終えてピットロードからコースに戻ってみると、松田選手のミラーにはピットインをした車両の中で最も前の順位になる12号車と8号車が映っていた。つまり、23号車はトップでコースに戻ることに成功したのだ。

「最初はああよかった周回遅れにはならなかったんだと思ったが、チームから無線でトップだからねと言われて、マジか、と(笑)」(松田選手)というぐらい、23号車にとっても最初は何が起きたのかすぐには把握できないぐらいの事態だった。

 コース上で何が起きていたのかと言えば、23号車がピットに入った後、セーフティカーの表示が出される。その結果、コース全体にイエローフラッグが表示され、全車スローダウンする必要がある。さらに前にクラス違いのGT300などがいれば、同じスローダウンでも、GT500にとってはよりスローダウンの度合いが大きくなる。実際、23号車がピットインしたときの周のセクター1は64秒かかっている。

 これに対してピット作業を終え(23号車がピットに入った時点で他の車両は全車ピット作業を終えていた)先頭を走っていた12号車は、ピットインの周回のセクター1のタイム(64秒、23号車のピットイン時のセクター1のタイムとほぼ同じ)にプラスして22周目の途中からSCが出たことにより22周目のラップタイムが2分28秒となり、通常の1分50秒~55秒というタイムに比較して35~40秒程度余計にかかっている。その分23号車は得をした訳で、その結果23号車は12号車の前に出てトップを維持することが可能になったのだ。

 まさに、セーフティカーが出たタイミングが23号車にとってはドンピシャのタイミングだった。ただ、セーフティカーが最悪のタイミングになったチームもある。

 例えばGT300のトップを走っていた61号車 SUBARU BRZ R&D SPORT(井口卓人/山内英輝組、DL)はセーフティカーの表示が出る前にピットに戻ることが叶わず、ピットレーンに近づいたときにはピットレーンはクローズされていた。その結果、全車の差が詰まった後のセーフティカー明けにピットに入り、ピット作業時間+ロスタイムの1分以上を丸々ロスする形なり、最終的に12位に終わっている。23号車もその状態になってもおかしくなかった訳で、「奇跡が起きた」(クインタレッリ選手)というのも無理はない。

ドリフト練習で会得したピックアップを取る技を駆使して松田選手は逃げ切る

レース後半、12号車とGT-R同士のバトルが続く

 トップで戻った松田選手のドライブする23号車だが、決してそのまま楽勝でゴールした訳ではない。セーフティカーが解除された27周目はまだレースの半分が終わった程度で52周のレースの後半を、後ろから2位の12号車 カルソニック IMPUL GT-R(佐々木大樹/平峰一貴組、BS/WH6kg)、3位の8号車 ARTA NSX-GT(野尻智紀/福住仁嶺組、BS/WH32kg)、4位のCRAFTSPORTS MOTUL GT-R(平手晃平/千代勝正組、MI/WH32kg)というウェイトハンデが比較的軽い3車が追いかけてきたからだ。

 23号車は50kgと、燃料リストリクターに切り替わる51kg以上には達していないウェイトハンデで、コース上で最も重いGT500車両だということを考えると、後方ろから迫り来る3車は大きな脅威と言える。

 しかも、23号車は燃費にも不安を抱えており、チームからは燃料をなるべくセーブしてほしいという指令と、ピックアップ(タイヤにゴムカスがついてしまい性能が低下する現象)が起きてしまい、後ろの12号車に迫られるシーンが何度かあったという。

「GT300を利用しながら差を詰められないようにしていたが、途中でピックアップが(タイヤに)付いてしまい、12号車にかなり迫られたシーンがあった。だが、これまでのドリフトなどをしてピックアップを取る練習をしてきたので、その業を実行したりしていたら、いい感じで取れて、そこからは差を広げることができた。それにより、相手の戦意喪失につながって、その後も差を維持することができた」(松田選手)と、ドリフト走行でピックアップを落とす練習をしていることなどが功を奏したと説明した。

 そして確実にチェッカーまで23号車を運び、トップでゴールした。まさに奇跡の完成だ。

前人未踏の22勝目を実現した松田選手、3メーカーガチンコによるチャンピオン争いはより白熱した戦いに

 この勝利で松田選手はSUPER GTで22勝目を挙げ、自身が持つ最多勝記録を更新した。ちなみに2位の立川祐路選手は19勝。差を広げた形になる。松田選手は「あと1つ勝つと23=ニッサンになる」と軽口も出るほど上機嫌だったが、SUPER GTは1勝を挙げるのも難しいレースのため、それを22勝もするというのは素晴らしい記録と言える。なお、松田選手がGT500にデビューしたのは2000年で、2001年に初優勝して以来20年で22勝だから、計算上は1年で1勝以上を挙げていることになる。

 松田選手は「今回のレースがチャンピオンシップ争いに残る上で重要だと分かっていた。最低でも表彰台、できれば優勝をという気持ちで臨んでいた。予選ではその気持ちが強過ぎてああいうことになってしまったが、ここで勝てた意味は大きい。今年はGT-Rがあまりよくないという記事も一杯出ており、そういうのを払拭したいという気持ちもあって、この2勝目でそれがちゃんとできたというのは大きい」と述べ、シーズンの争いにとって今回の2勝目が大きな意味を持つと述べた。

 実際、今回の鈴鹿での第6戦を終えて、トヨタのGRスープラが2勝(開幕戦と第5戦)、ホンダのNSX-GTが2勝(第2戦と第4戦)、そして日産のGT-Rが2勝(第3戦と第6戦)と3メーカーそれぞれが2勝するという非常に混戦のチャンピオン争いになっている。

 ポイント上でも、14号車 WAKO'S 4CR GR Supra(大嶋和也/坪井翔組、BS)が1位で47点、37号車 KeePer TOM'S GR Supra(平川亮/ニック・キャシディ組、BS)が2位で46点、そして23号車、17号車 KEIHIN NSX-GT(塚越広大/ベルトラン・バゲット組、BS)、36号車 au TOM'S GR Supra(関口雄飛/サッシャ・フェネストラズ組、BS)が45点で3位タイ(優勝回数などの違いでランキング上は23号車が3位、17号車が4位、36号車が5位)と、5台が2点差の中にひしめき合うという大激戦だ。

第6戦鈴鹿終了時のGT500ランキング(トップ5)
順位カーナンバードライバーポイント
114大嶋和也/坪井翔47
237平川亮/ニック・キャシディ46
323松田次生/ロニー・クインタレッリ45
417塚越広大/ベルトラン・バゲット45
536関口雄飛/サッシャ・フェネストラズ45

 その意味で、次のウェイトハンデが半分になる第7戦ツインリンクもてぎ(11月7日~8日、有観客開催)、そしてハンデなしで行なわれる最終戦 富士スピードウェイ(11月28日~29日開催、有観客開催)のレースはより激戦になることが予想される。特にツインリンクもてぎのレースは、最終戦にチャンピオンの権利を残す意味でも重要なレースとなる。

 そのツインリンクもてぎ戦に向けて松田選手は「前回の鈴鹿では観客の皆さんがいない状況での優勝だったが、やはり今回のようにお客さまが入った中でのレースの方がモチベーションがある。今日もチェッカーを受けた後、スタンドのお客さまに手を振ったりしたが、これがどんなスポーツでも大事なことだと感じた。大変な状況ではあるが、そんな中でも僕らのレースを見てもらって楽しんでいただき、ツインリンクもてぎでのレースも盛り上がってほしいと思っている」と述べ、有観客で開催される次戦のもてぎでも熱い走りをみせるとファンに誓った。