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トヨタ、エンジニア向けオンラインイベント「TOYOTA Developers Night ~ ソフトウェアエンジニアが革新するクルマ開発の伝統 ~」レポート

IT基盤を自らの手で生み育てるプロジェクト「TITAN(タイタン)」とは?

2021年2月2日 実施

トヨタ自動車株式会社 制御電子プラットフォーム開発部制御ネットワーク・アーキ開発室 室長 兼 情報セキュリティ推進室 主査 飯山真一氏(左)と制御電子プラットフォーム開発部 主査 兼 Woven CORE, Inc. Senior Executive Advisor 長尾洋平氏(右)

 トヨタ自動車とパーソルイノベーションは2月2日、「TOYOTA Developers Night ~ ソフトウェアエンジニアが革新するクルマ開発の伝統 ~」と題したオンラインイベントを開催した。“ソフトウェアファースト”なモノづくりへの転換を目指すというトヨタから2名のソフトウェアエンジニアがプレゼンターとなり、クルマにおけるソフトウェアのあり方や開発手法、そして、トヨタがIT基盤を自らの手で産み育てる「TITAN(タイタン)」について解説した。

 このイベントは総合人材サービス、パーソルグループのパーソルイノベーションが運営する「TECH PLAY(テック プレイ)」にて行なわれたもので、事前に800名弱の申込みがあったという。これまでは東京・渋谷の会場に登壇者が来て講演を行なっていたが、今回は社会情勢をふまえ、登壇者もオンラインで参加、トヨタの2名は愛知県豊田市のトヨタ自動車 技術本館からオンラインで参加するという体制がとられた。

トヨタでソフトウェア開発をする動機や、クルマのソフトウェアの特徴

プレゼンターはトヨタ自動車 技術本館からオンラインで参加した

 登壇者は制御電子プラットフォーム開発部 主査 兼 Woven CORE, Inc. Senior Executive Advisorの長尾洋平氏、制御電子プラットフォーム開発部制御ネットワーク・アーキ開発室 室長 兼 情報セキュリティ推進室 主査の飯山真一氏の2名。

 人材サービス会社のイベントということで、まず、2人のトヨタで働いている動機や、これまでの経歴を紹介した。

 長尾氏は電機メーカーで自動車向け高信頼性ソフトウェアの製品開発をしていたが、部品ではなくセットメーカーでクルマそのものを作りたいということから2017年にトヨタに転職した。トヨタを選んだ理由は、ハイブリッドや水素など技術の幅広さにひかれたとのこと。

 飯山氏は2005年にトヨタに入社、学生時代からロボットとか電子工作とかプログラミングを行なってきたが、就職では自動車業界を選んだ。クルマに携わった理由は、クルマは特殊な製品で、その特殊性にひかれたことがきっかけ。高級車に採用されるような安全技術を、安くして、より多くのクルマに入れることで、社会全体の交通事故を減らしていきたいという夢があり、高いシェアを持っていたトヨタ自動車なら夢を実現しやすい、と考えたことが入社の理由だという。

 飯山氏は「自動車開発にしかない魅力」を解説、「自動車には、少しの欠陥が人命にかかわる点で、航空機や電車などの高い信頼性やリアルタイム性が求められる。電車や飛行機は訓練された人が操作して、決められた経路を運用し、信頼性を確保するための多重系のシステムを組むことが当たり前」とし、「一方で、自動車は電車や飛行機ほど訓練していない人が誰でも運転でき、走る道も自由で、砂漠のような場所も走るところもある。コスト制約も厳しくて、信頼性を確保するために多重系を確保するのもまず無理」とし、「誰もが使えて身近という意味なら家電に近い」とした。

自動車開発にしかない魅力がある

 反対に、クルマと家電が決定的に違うのはリアルタイム性で、飯山氏は「炊飯器のタイマーに欠陥があって、朝ごはんが間に合わなくても、命が危険になることはないが、クルマのタイマーに欠陥があってブレーキが効かなかったら事故につながる可能性がある」と違いを説明、「家電のように身近なのに、航空機等と同じような信頼性が求められ、コスト制約が厳しい」というのが自動車だとした。

クルマの全体を統合制御するコンピュータはないが、いずれは統合化

 いよいよ本題に入り、飯山氏はクルマのなかのコンピューターネットワークについて解説した。クルマの中にはECUというコンピュータがたくさんあり、2000年代はじめは10前後だったが2017年には190個くらいで、1万3000種類ほどのデータがやりとりされ、大規模化、複雑化の一途をたどっているとした。

クルマの中のコンピューターネットワーク。左が現在のクルマのネットワークのイメージで、右が過去のハーネスだらけのクルマ

 図で例にあげたクルマではECUが90個ほどあるが、クルマ全体を統合制御するコンピュータはないという。飯山氏は「各コンピュータが自立し、インプットされたものを処理してアウトプットする。どこかから来た信号を受け取り別のコンピュータに流す。この情報が誰からどのタイミミングで来るかは気にもしていない。自分の出した情報がどのコンピュータが受け取るのかも気にせずに出していくだけ。来たら処理して出す、を繰り返しているだけだが、車両全体を制御してように感じられるようになっている」とし、非常に高度な自律分散型制御を行なっていると説明した。

 反対に1つのコンピュータで大脳のように、手足となるセンサーやモーターを統合制御すればいいという考えについては「簡単ではない」とする。ソフトウェアの形式や信頼性が違うので、まとめるのは簡単ではない。それぞれ信頼性も違い、信頼性の低い方に引きずられてしまうので、統合するなら再設計が必要となるが、統合するためにコンピュータの性能を上げると指数関数的にコストが上昇し、統合のメリットが薄くなるとした。

ネットワークの移り変わり

 それでも、世界的に機能を統合する流れがある。究極的にはいくつかの高性能のコンピュータに統合され、手足となるセンサーを制御するようになるという。現在のクルマのなかのネットワークもCANが主流だが、将来は世の中で普及しているイーサネットが主流になって、アクチュエーター、センサーが張り巡ったクルマになる可能性があるという。

 なお、ソフトウェア開発の複雑さとして車両仕様の違いによってソフトウエアの動作を決める要素が1万個程度にもなることがあり、クルマのソフトウェアが開発のたいへんな仕事の1つになってきている状況だとした。

ソフトウェアの動作を決める要素はクルマの仕様によって変わる

ソフトウェアに関する知識は、ハードウェアが関係するシステム設計でも応用ができる

 続いて、ソフトウェアがクルマのライフサイクルを支えていることなどを解説。「工業製品はクルマに限らず、企画、設計、製造、販売、運用、廃棄まで、ライフサイクルが存在する。クルマのように規模が大きくなるほど、ライフサイクルを正しく支えるのが困難になってくる」とし、3つの要素を説明した。

クルマのライフサイクルと3つの要素

 3つの要素とは、クルマ全体のシステム設計、システム設計情報のDX、それぞれの情報を正しく伝える開発プラットフォームとし、「従来より、ソフトウェアの重要性が増してきているのがトヨタ自動車の実情」と現状を指摘、ソフトウェアの力でクルマのライフスタイルを正しく支えていこうとする活動がトヨタにあるとした。

開発規模が大きくなると革新すべき専門領域が「システム開発」

 今後、クルマの開発規模が大きくなってくると、これまでの機械部品開発やメカトロニクス開発の延長線上にあまりない新しい専門領域として、トヨタが革新しなければならない専門領域が「システム開発」となる。

 長尾氏はソフトウェアの考え方やプラクティスが、クルマの開発に適用されていくイメージを図で示した上で、「テスト駆動開発と継続的インテグレーションを部品から車両のレベルまで、包括的に、日々実行し、自動化し、品質状態をWebで見える化し、結果をAI分析し、各テストにフィードバックして戦略的テストに昇華していく、こういったことをやり、これをシステム設計に応用していく」とした。

ソフトウェアの考え方やプラクティスが、クルマの開発に適用されていくイメージ

 具体的な例として、長尾氏はレクサスのF SPORTグレードについているデジタルとメカが連動しているメーターを挙げた。「メーターは単にかっこよく表示すればいいのではない。たとえば法律で表示しなければならない情報や大きさがある。法律で決まる部分があれば国によって違いがある。細かな違いがでてくるとき、正しく世の中に出すなら、システムを正しく理解できてないといけない」とし、「工学的な手法をシステム設計でも活用することで、品質をより確実なものにするのが狙い、ソフトウェアに関する知識は、ハードウェアが関係するシステム設計でも応用ができる」とした。

レクサスのF SPORTグレードについているメーター
工学的な手法をシステム設計でも活用することで、品質をより確実なものにする

IT基盤を自らの手で生み育てるプロジェクト「TITAN」

 続いて、DX推進にむけて、IT基盤を自らの手で生み育てるプロジェクト「TITAN(タイタン)」について、飯山氏が解説した。

 IT基盤の中枢のソフトを自分たちでつくるプロジェクトで、全体については公開できない情報としながらも、一例として、必要な設計情報をデジタルでつなげて、通信仕様の開発期間を1000分の1に圧縮ができたことを挙げた。

 飯山氏は「自社の製品であるクルマに入るシステムやソフトウェアを作ることはあっても、設計開発するための全社的な基盤システムについてはITベンダーにお願いすることが一般的。それを自分たちで作ることはこれまでなかったこと」とし、「トヨタでは画期的なこと」と評価した。

IT基盤を自らの手で生み育てるプロジェクト「TITAN(タイタン)」

 例えとして「職人の方が、作品を制作するときに、それに合わせた道具を自作することに似ている」とし、IT基盤を自分たちで開発することで「時代の変化に合わせて、作り方を変えざるを得ないとき、柔軟に道具を作り変えて素早く対応することできるようになる」と述べ、TITANの効果として「品質のよい製品やサービスをより安く、早く提供できるようになる」とした。

ウーブンプラネットでは、「arene(アリーン)」という、地球上でいちばん、プログラムしやすいクルマを目指すというプロジェクトを進めている

みんな「プロになろう!」

 最後に長尾氏が、トヨタの経営理念を紹介したうえで、トヨタにおけるソフトウェアエンジニアの立場についても解説した。

プロになろう!

「プロになろう!」という言葉を豊田章男氏のメッセージから引用し、トヨタについて「過去、クルマという大きなものを作る会社で、スペシャリスト側よりはゼネラリスト側がよいという風潮があった。ただ、ソフトウェアに関わる方は、スペシャリストになりたいマインドの方が多いため、過去に活躍の場が限定されてしまうこともあったかもしれない。今は、ソフトウェアを使ってよりよいクルマを作ろうとなり、システム設計から、実装まで幅広く技術を使える選択肢が増え、仕事の楽しさが広がっている」と述べた。

 さらに、経営理念を表現している円錐のかたちを示し、「装置としてのハードウェアを、ソフトウェアで柔軟に変化させていくことが裏に込められている。手段としてソフトとハードを対等にしていくことが、経営理念として謳われている」とした。

 そして、「ソフトウェアエンジニアのみなさんの場がもっと広がっていく、トヨタ自動車にご期待いただけるとうれしい」と述べて、イベントをまとめ、終了した。

トヨタの経営理念