ニュース
藤島知子の“女性同士のガチバトル”競争女子「KYOJO CUP」レポート
第8回:最終戦も大激戦。シリーズチャンピオンとレースプロデューサーにインタビュー
2021年2月8日 09:20
- 2021年1月30日 開催
「KYOJO CUP」2020年シーズンもいよいよ最終戦
コロナ禍に翻弄された2020年。例年は12月までにその年のシリーズ戦は終了するところだが、「KYOJO CUP(キョウジョ カップ) SUPPORTED BY MUSEE PLUTINUM」2020の最終戦は、年を跨いで2021年1月30日に行なわれることになった。
4戦目となる今回は、KYOJO CUPのホームグラウンドである富士スピードウエイで開催。1月末という1年で最も寒いシーズンに競うスプリントレースは、未だかつて経験したことのないものだが、各チームは週末のレースに向けて調整に入っていた。ところが、木曜日の午前中最後の走行枠では、降っていた雨がみぞれ混じりに変わり、走っていてもタイヤが冷え切ってしまう状態に。厳しいコンディションで走ることも練習のうちと思いながら、手がかじかむほどの寒さの中で走行したものの、昼には雪が降り積もってしまった。午後の走行とレース前日の午前中の走行は中止だとアナウンスされた。
翌日の天候は晴れ。陽射しが味方して雪は次第に溶けていき、10時30分の走行枠からコースオープンに。ドライバーズミーティングを終えたあと、私は午後から走行を開始した。私が乗るマシンは、1月上旬のスポーツ走行の際に、エンジンのロッカーアームが外れるトラブルが出てしまっため、エンジンとトランスミッションを新品に載せ換えることに。おろしたてのメカの馴らし走行を行なったあと、徐々にレーシングスピードにペースアップしていく。
やってきたレース当日。今回は11月の第3戦と同様に、1台のマシンを別のドライバーがシェアして戦うFCR-VITAのレースが午前中に行なわれた後、KYOJO CUPの20分間の予選が13時15分にスタートした。気温は朝よりも高まって10℃程度。依然として路面温度は低そうなので、コースインしてタイヤを温めながら周回を重ねていく。上位勢は7分経過時点で2分00秒台をたたき出し、10分が経過すると、#38 LHG Racing YLTの三浦愛選手が1分59秒811でトップに躍り出た。2番手は僅差で#37 Keeper VITAの翁長実希選手が1分59秒893。今季初参戦の#13 オグラクラッチ☆VITA 01の辻本始温選手が3番手をマーク。私はペースアップを狙うも、ベストタイムさえ出せないもどかしさと前日の走行と異なる挙動にとまどって、ミスを連発。1周をまとめ上げられず、苦しくも12番グリッドが決定した。
決勝レースは15時台に行なわれる。コロナ禍とあって、パドックは健康問診票を提出した関係者のみが入場できる状況だけに閑散としている。そうした中、いつもレースに足を運んでくれる人たちはライブ配信で応援してくれていて、現地の観客席にはレースファンがポツリポツリと互いの間隔を保ちながら、コースやピットの様子を見守ってくれている。私たちは、依然マスクを手放すことができず、他のチームとの余計な会話は控える状態ではあるものの、こうして感染予防対策を施しながら、どうにかレース文化を繋げていこうとする気持ちは、主催者側も参加する側も、応援する側も皆同じなのかもしれないと思った。決勝レースを前に昼食もそぞろに予選の反省点を振り返りながら、気持ちを切り替え、12周で行なわれるレースで何をすべきか考えてみる。
15時を回ったところで、コースインを開始。1番後ろのグリッドにマシンを並べる。時間が経って冷えたタイヤを温めながらコースイン。レースに来られない人たちに向けてSNSで情報を届けようと1台1台のマシンやドライバーの様子をスマホで撮影してくれる人がいたり、私の参戦を支え続けてくれるチームの関係者はグリッドからの去り際に「頑張って!」と声を掛けてくれる。周囲が静寂に包まれて、1分前の時点でエンジン始動。フォーメーションラップを終えて再びグリッドに着くと、まもなくレッドシグナルが点灯し、消灯する。
まさか! レッドシグナルを見落とした??
「あれ。レッドシグナルはまだ点灯していないの?」と不思議に思った矢先、グリーンシグナルが点灯。スタート合図となるレッドシグナルの消灯を見落として、大幅に出遅れてしまった。真冬の時期でシグナルに西日が射していたせいなのか、悔しいけれど悔いている暇はない。1コーナーに迫っていく集団の後を追ってダッシュするも、出遅れた失敗はそうは簡単に取り戻せない。トップ集団はポールポジションの#38 三浦選手が好調に1コーナーを通過し、3番グリッドからスタートした#86 猪爪選手が#13 辻本選手を抜いて2番手となった。コカ・コーラコーナーで軽く接触する車両もあったようだが、走り続けていく。
その後、1台がオーバーランするなか、各車が入れ替わりながら我先へとマシンを進めていく。2周目には#37 翁長選手がダンロップコーナーのブレーキングで#38 三浦選手の隙を突きトップに立つ。7番手までのマシンがスリップストリームの効く範囲内で追従走行。上位勢は接近しながらテールトゥノーズの予断を許さない状況のまま抜けていく。私は2周を通過する時点で、スピンした車両を避けて11番手を走行。ハイスピードで身を寄せ合いながら走る上位勢は、3周目で三浦選手が再びトップに躍り出る。後方を走る私は、追走していた1台が3周目でスピンして前に出たあと、最終コーナーで#10 ワコーズEDニルズVITAの星七選手の背後からスリップストリームに乗り、9番手に順位を上げた。
しかし、まだまだレースは中盤。トップ集団は順位が入れ替わりながら互いに絶対に遅れをとらないぞと言わんばかりに壮絶なバトルを展開している。6周目には#37 翁長選手が2分00秒665でファステストラップをたたき出したかと思うと、8周目では2分00秒492に更新。#11 D.D.R VITAの斉藤選手がスープラコーナーの手前でコース外に停止している。9周目には#38 三浦選手が2分00秒182とファステストラップを更新しながら、トップを走る#37 翁長選手の背後に迫っていく。10周目に入ったころ、3番手を走る#13 辻本選手に#86 猪爪選手が襲いかかるが、辻本選手は押さえ込み、そう簡単には譲らない。5番手争いも激しく、#712 RINA ITO選手が#522 岩岡万梨恵選手が抜いて前に出た。11周目の1コーナーからコカ・コーラコーナーの攻防では、#86 猪爪選手が意地を見せて3番手に浮上した。
そして12周のレースの結果、優勝したのは、#37 Keeper VITAの翁長実希選手。2番手は#38 LHG Racing YLTの三浦愛選手。3番手は#86 Dr.DRY VITAの猪爪杏奈選手となった。私が操る#24 ENEOS☆MOMO☆PMU VITAは、ペースアップする#48 星七選手に迫られながらも、どうにか8位を守ってチェッカーフラッグを受けた。
今回は思うようにペースを上げられず、苦しい12周を走りきった最終戦となったが、無事に4年目のシーズンが幕を閉じた。今季からタイヤがダンロップのVITA-01専用タイヤに変更され、コロナ禍で試行錯誤しながらレースに臨んだが、わずかな進歩を感じる一方で、課題も生まれた。
最終戦を終え、見事にシリーズチャンピオンの座に輝いたのは、今季KYOJO CUPに初出場した#38 LHG Racing YLTの三浦愛選手。賞金150万円と大会のメインスポンサーであるMUSEE PLUTINUMなどの副賞とともに、文部科学大臣賞が贈られた。
シリーズチャンピオンを獲得した三浦愛選手にインタビュー
藤島:三浦選手はF3で表彰台を獲得するなど、素晴らしいキャリアを積んだ実績をお持ちですが、女性同士が競うKYOJO CUPに今年初参戦するに当たって、どんな気持ちでレースに臨まれましたか?
三浦:全戦全勝しないといけないんだろうな」というプレッシャーがある中で、負けたら終わり。出るからには勝たなければという、自分自身を追い込むシーズンになりました。
藤島:さまざまなレースを経験してきた中で、VITA-01のマシンに触れた印象はいかがでしたか?
三浦:他のレースカーと比べると、VITA-01のスピードは200km/hほどで、それほど速くはないほうですが、コーナリングはクイックで動きが繊細なので、自分のミスがもろにタイムに影響してしまいます。フォーミュラカーだと、パワーがあったり、タイヤのグリップで補えていたものが、VITA-01の場合は自分の技術でどうにかカバーしなければならないという、これまでの自分に無かった技術を習得できた1年でした。
藤島:レーシングカートからフォーミュラまで乗られてきた経験に無かったものがこのマシンに乗って得られたというのは意外ですね。
三浦:そこは、私としても意外な発見でした。同一車種で戦うワンメイクレースは色々とありますが、VITA-01はフォーミュラカーでもなく、箱車でもない要素があると感じていて、自分の操作自体がそのまま反映されます。女性同士が戦うレースとしては、想像していたよりもレベルが高く、追いかけてくる若手もいたりして、手本にならなければと思いつつ、自分を追い抜いていこうと頑張っているドライバーたちに負けちゃったりもして、自分の役割だとか、ドライバーとして勝ちたいという思いが交錯して、精神的にも鍛えられました。女の子だけのレースって、レベルが低いのではないかと甘く見られがちだと思いますが、実際に今日のレースについては、男性と混合で戦うFCR-VITAのレースよりもKYOJO CUPの方がレベルは高いと感じました。そのあたりは、関谷さんのKYOJOドライバー達への教えが効いているのではないかと思います。メーカー系のドライバーに属していないと、走りについてアドバイスを受ける機会はなかなかないものです。関谷さんはドライバーにとって大事なことを教えてくれて、彼女たちはすごくいい環境でレースを出来ていると思います。私自身も知らなかったことは沢山ありました。そうやって、お互いに切磋琢磨し合いながら、男性がいる世界とは違う雰囲気でレースができるのもマシンを降りてしまえば楽しかったです。
藤島:これから、KYOJO CUPにチャレンジしたいと考えているドライバーに伝えたいことはありますか?
三浦:VITA-01は入門カテゴリーのマシンを使うため、比較的リーズナブルにチャレンジできるレースです。いきなりフォーミュラのレースにチャレンジするのは、かなり敷居が高いですし、その点、KYOJO CUPはマシンを所有するオーナーさんの協力で参戦できたりするシステムを作って貰えていることもあって、学生さんもレーシングカート時代と変わらない金額や体制で4輪のレースの経験を積むことができます。働きながらレースをすることも可能だし、みんながみんなプロとしてやる必要もないし、色んなスタイルでレースをやっていいのではないかと私は思っています。KYOJO CUPにチャレンジしようかなとか、クルマやレースが好きな女性は、オーディションも受けられるし、チャレンジしてもらえたら嬉しいです。
藤島:最後になりますが、チャンピオンを獲得して、どんなお気持ちですか?
三浦:じつは、カート時代を含めて、私自身がチャンピオンを獲得したのは、実は初めてのことなんです。正直、とても嬉しいですし、プレッシャーから今やっと解放されてホッとしています。チャンピオンはドライバーにとって、2位とは全く違う大きな称号だと思うので、獲らせて貰えたことも感謝していますし、素直に嬉しいです。
KYOJO CUPプロデューサー 関谷正徳氏インタビュー
藤島:関谷さんをはじめ、多くのみなさまにサポートしていただいたおかげで、KYOJO CUPは4年目のシーズンを無事に終えることができました。
関谷:参戦してくれてありがとう。今回のレースも面白かったでしょう?
藤島:色々ありましたが、走っている身としては楽しませていただきました。周りのドライバーはレベルアップしてきていますし、同じクルマで走っている中で、走るほどに課題が生まれてきます。勉強になるレースですね。
関谷:レースって、技術的にとても奥が深いスポーツ。道具が大きいだけに、この道具を上手く取り扱うという意味では、遙かに技術的に難しいし、精神的にもくるし、簡単に見えるけど、実はもの凄く奥が深いね。
藤島:KYOJO CUPで走るVITA-01は、ビギナー向けのマシンという触れ込みですけど、実際に乗って速く走るとなると難しいものですね。
関谷:誰もが運転ができるマシンだしても、それをスポーツとしてやっていくとなると、ルールも存在する。究極のドライビングをしていくことは、ゴルフでアンダーパーを出すよりも難しいかも知れない。
藤島:関谷さんから見て、VITA-01を走らせる難しさって、どんなところにあると思いますか?
関谷:アバウトじゃダメ。操作はより繊細に。例えば、ブレーキが効く効かないというレベルではなくて、90キロとか、90.5キロとかの力の間をさまよいつつ、それを感じとったり、繊細にコントロールする力が求められる。ステアリングの操作もそうだけど、1cm単位のような粗い操作をすればクルマの性能はガタ落ちになる。1mm、2mmといったコントロールが大事。どんなクルマもそうだけど、もの凄く繊細に運転しながらも大胆に走らせることが必要だと思う。
藤島:関谷さんの目から見て、VITAで速くなれるドライバーとそうではない人の差はどこで生まれると思いますか?
関谷:まずは練習量。あとは速く走りたいというモチベーション。経験による判断力。行かなきゃいけないときは行く。行っちゃ行けないときに行くと事故になる。行かなければ競争にならないし、その見極めの線引きは自分でするしかないからね。簡単なようで実はやっている本人としては難しい。
藤島:私は細く長くレースを続けてきましたが、KYOJO CUPは若いドライバーのチャレンジの場であるし、年を重ねて経験を積んだドライバーにとっては、スキルアップするチャンスが得られる場だと感じています。
関谷:奥が深いから、「自分の限界はどこなのか?」というところに行くのは、若い人と比べてもしょうがない。それはそれでいい。ただ、自分の限界がどこにあるのかを見極めていく上では、それ以上のところに行ってみて欲しい。
藤島:KYOJO CUPのマシンに乗る女性ドライバーのオーディションを行なっているそうですが、どんな内容なのですか?
関谷:ドライバーを探しているスポンサーがいた場合に、このレースに興味をもっている人にVITA-01に実際に乗ってみてもらって、クルマのことを理解してもらうというもの。もちろん、そうしたドライバーは来季のレースに出てくるかも知れない。実はこれまでもそうした取り組みを行なっていて、今季のレースに参加してもらった三浦愛さんもそうだった。F3というカテゴリーに出ていた選手だけに、我々の時代なら「星野一義さんに勝てばF1に行ける」といった感覚に近いのかな。今の日本の女性ドライバーの中では、彼女はベンチマーク的な存在になっていたんじゃないかと思う。
藤島:ドライバーの一人としては、三浦さんと同じレースの舞台で自分の腕試しをしながらスキルアップを目指して取り組めたことに感謝しています。
関谷:来年ももっと上を目指して頑張ってね。
藤島:いつも私たちドライバーに貴重なアドバイスをしていただいてありがとうございます。今シーズンもお世話になりました!