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ホンダの世界初となるレベル3自動運転車は、なぜフロントにカメラが2つあるのか? カメがウサギを追い越せた理由とは
2021年3月5日 16:18
ホンダが実現したレベル3自動運転車
3月4日に発表され、本日5日から発売される本田技研工業の新型「レジェンド」。100台の限定リース販売、価格1100万円と、限定かつ高価なクルマだが市販車種として、世界で初めてシステムが運転を行なうレベル3自動運転システム「Honda SENSING Elite(ホンダ センシング エリート)」を搭載したクルマとして登場した。
自動運転には、人が主体となって運転するレベル0~レベル2、システムが主体となって運転が行なわれるレベル3~レベル5の区分けがあるが、レベル2とレベル3の間にはとても深い谷が存在する。それは、人が運転するか、それとも一部とはいえシステムが運転するかで、人が運転するのであれば法律もクルマも従来の延長線上でなんとか対応可能だが、一部とはいえシステムが運転する部分が存在するとなると、法律の変更や、クルマのシステムの信頼性の大幅向上が必要になるからだ。
そのため、スバル「アイサイト」やトヨタ自動車「Toyota Safety Sense」、日産自動車「プロパイロット」、そしてホンダの「Honda SENSING」などは、すべてレベル2の自動運転車。世界的に見ても、2017年にアウディ「A8」がレベル3自動運転を備えるクルマとしてデビューしたものの、ドイツの法律面の整備が追いつかず、レベル3を備えるレベル3レディのクルマとして存在するのみだった。
ヨーロッパやアメリカは自動運転が進んでいるという報道もあったが、ホンダが、そして日本がレベル3自動運転に関しては国際的に先行できたことになる。
なぜ、「遅れている」と言われていた日本が先行できたのだろう。逆説的になってしまうが、この「遅れている」という評価があったがゆえにドイツが超えられなかった法律面が整備されたことが挙げられる。
その原動力となったのが、内閣府主導で始まった国家プロジェクト「SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)」の1つの取り組みであるSIP-adus(Automated Driving for Universal Services)になる。2014年から始まったこの自動運転社会を実現する取り組みには、内閣府をはじめ、総務省や経済産業省、国土交通省、警察庁の官と、トヨタや本田技術研究所、日産などの自動車メーカー、大学、サプライヤーが参加。産官学が一体となって自動運転社会を見据え活動を行なってきた。
内閣府ほか、「自動走行システム」の国家プロジェクトを立ち上げ
https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/675775.html
SIP-adusでの活動が具体的な成果となって現われたのが2020年4月の、道路交通法と道路運送車両法の一部を改正した法律の施行。改正道路交通法ではレベル3自動運転のクルマが道路を走ることを可能とし、改正道路運送車両法ではレベル3自動運転のクルマがどんなものであるかを定めた。これによって、日本ではレベル3自動運転のクルマが世界に先駆けて走ることが可能になり、レベル3自動運転のクルマが社会的に存在することが可能になった。
世界に先駆けて整備できたのは、SIP-adusの存在や先ほどの「遅れている」という批判のほかに、2020年夏に開かれるはずだった東京オリンピックの存在があった。「オリンピックまでに自動運転社会の幕開けを」ということで、通常は多くの時間がかかりがちな日本社会の意思決定が加速した面がある。自動車工業会も東京オリンピック前の2020年7月に、大規模な自動運転車のお披露目会を予定していたが、コロナ禍のためにオリンピックそのものが延期となり、自動運転車のお披露目会もなくなった。
レベル3自動運転のための法律はできたけど……という事態になってしまったわけだ。しかしながら政府目標として2020年度にレベル3自動運転車をというのがあり、どの自動車メーカーが最初に発表するかが注目を集めていた。
ウサギさんを追い越すことができたカメさん
そのような背景の中、2020年11月11日に国土交通省が、ホンダの新型「レジェンド」にレベル3自動運転車の型式指定を行なったことを発表する。その新型レジェンドは、無事2021年3月4日発表、5日に発売となったことで、市販で購入でき、公道(限定された状態とはいえ)をレベル3自動運転(トラフィックジャムパイロット)で走ることが可能な世界初のクルマとなった。
ほかにもいくつかウワサされていた自動車メーカーはあったが、ホンダがレベル3自動運転車では世界初となった。その要因として、Honda SENSING Eliteの開発に携わった本田技術研究所 先進技術研究所 エグゼブティブチーフエンジニア 杉本洋一氏は、発表会やYouTubeで公開されたオンラインワークショップで注目すべき発言を行なっている。
杉本氏は、「ウサギとカメの例えを持ち出すのですけど、ホンダは比較的自動運転の取り組みが遅れているのではないかと数年前に言われていました」「レベル3を実現しようというプロジェクトが始まったときも、まず、安全性・信頼性の設計から始めました。その基本設計を大きく変更することなく、ここまで来られたので、結局はウサギさんを追い越すことができたのかな」と語っている。
ウサギが何を指しているのかは不明だが、カメさんはホンダであるのは間違いない。杉本氏は、「自動運転レベル3を実現するための技術課題は安全性と信頼性」「ホンダには安全に対しては真摯に真面目に愚直に取り組むという文化がある」とも語っており、「自動運転レベル3を実現するための技術課題は、安全性と信頼性」としている。
フロントカメラが2つあるホンダ「Honda SENSING Elite」の安全思想
新型レジェンド、そしてHonda SENSING Eliteの安全性と信頼性は、どこに見ることができるのだろう。外観からすぐに気がつくのがフロントカメラユニットを2基備えていること。フロントカメラを複数備えたシステムとしては、ステレオカメラとして用いているスバル「アイサイト」、広角・標準・望遠と画角違いのカメラを備える日産スカイラインの「プロパイロット 2.0」がある。ところがHonda SENSING Eliteは、これらのシステムと異なり、2重化のために2基備えている。つまり、1基のフロントカメラと車体のセンサーでレベル3自動運転を実現し、もう1基のフロントカメラは、ほかのカメラになんらかの故障が生じた場合のための冗長性(redundancy)を備えたシステムとなっている。
この冗長性は各所に確保されているという。まわりを捉えるLiDARセンサーは5つ、レーダーセンサーは5つそれぞれ備え、作動させる電源もセカンドバッテリとDC-DCコンバータにより完全2重系で構築されている。車両を制御するブレーキやステアリングも2重で内蔵している。新型「レジェンド」は、先進安全運転システムが2台分搭載されたようなクルマになっている。
また、2018年に国交省から発行された「自動運転車の安全技術ガイドライン」に適合するシステムを早期に作り上げ、信頼性の高いシステムへ発展させたことにより、安全性・信頼性を最重視したシステムを実現できたとしている。
国土交通省:自動運転車の安全技術ガイドラインの策定
~自動運転車の開発が一層促進されます~
https://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha07_hh_000281.html
もちろんこのガイドラインもSIP-adusの1つの成果であり、杉本氏もSIP-adusのメンバーではあるのだが、開発の方向性にブレがなかった(杉本氏的な言葉だと「真摯に真面目に愚直に取り組む」)ことも、ホンダが最初にレベル3自動運転車を実現できた理由となるのだろう。
ホンダは新型「レジェンド」の発売により、自動運転車の開発・実用化で世界の先頭に立ったことになる。しかしながら、気軽に購入できる価格での提供はできおらず、今後は低価格化の実現とさらなる進化の両方を行なっていくことになる。交通事故の減少に直接つながる安全技術の普及や進化は心から歓迎するとともに、法整備を実現したSIP-adusのさらなる取り組みに期待したい。