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東芝、手のひらサイズの小型「LiDAR」を開発 自動運転やインフラ監視などへの適用に期待

2022年3月18日 発表

東芝が開発した手のひらサイズのLiDAR(投光器2台タイプ)、今後はモビリティの自動運転やインフラ監視などへの適用が期待される

小型化にくわえ、高解像度と世界最長計算距離300mを達成

 東芝は3月18日、自動運転などへの適用が可能な“手のひらサイズ”の「LiDAR(ライダー)」を開発したと発表した。

 距離計測技術であるLiDARは、自動運転や社会インフラ監視に不可欠な「目」の役割を担うものだ。東芝では、計測装置の一部である投光器のサイズを4分の1にする実装技術と、計測可能距離を向上させる投光器制御技術を新たに開発。これにより、投光器を2台実装しながらも、手のひらサイズの206cm 3 のLiDARを実現するとともに、世界トップクラスの1200×84の解像度において、世界最長となる300mの計測距離を達成した。

メカ+ソリッドステートLiDARのベンチマーク

 開発した投光器制御技術は、小型化した2台以上の投光器からのレーザー光を高精度に制御することで、人の目に害を与えないレーザー光強度を保つアイセーフに準拠しながら、LiDARの長距離計測性能や広角性能の向上を実現。また、計測範囲は、投光器の数や配置を変えることで、用途にあわせてカスタマイズすることができ、長距離計測が求められる道路監視に加えて、広角性能が求められる建物内のAGVの自動運転など、適用範囲の拡大が期待できるという。

 東芝 研究開発センター 情報通信プラットフォーム研究所IoTエッジラボラトリーの上席研究員の崔明秀氏は「モビリティの自動運転や、高精度なインフラ監視などの用途への適用が可能になる。今後、計測距離の伸長、高解像度化、小型化などの高性能化を進め、高度な自動運転と、高精度なインフラ監視の実現を目指し、2023年度の実用化に向けて研究開発を進めていく」とした。

新開発の小型LiDARについて解説を行なってくれた株式会社東芝 研究開発センター 情報通信プラットフォーム研究所IoTエッジラボラトリーの上席研究員 崔明秀氏

 LiDARは、レーザー光を使用して距離を測る装置で、レーザーによる投光系と、受光素子による受光系の間の光の時間を計測して、距離を算出。さらに、2次元方向のスキャンを行ない、その情報を組み合わせることで、3次元の情報を収集することができるのが特徴だ。

 距離センサーとしては、超音波やカメラ、ミリ波レーダーも使用されているが、LiDARは距離測定と解像度において高い性能を両立しているのが最大の特徴で、きめ細かい3次元データを取得できることから、自動運転などでの応用が期待されている技術だ。「障害物などの危険位置が分かるだけでなく、暗くても見え、暗闇や霧、雪など視界不良の状況にも強く、長距離の監視もできる。また、凹凸が分かるといったメリットもある」とする。

夜間の遠い場所でも検出可能
インフラ監視に活かされるLiDAR
半導体技術によるLiDARの進化

 だが、「現時点では、スキャンする際に、自動車の天井部分にサイレンのような大型メカスキャンを搭載する必要があったり、コストが高いという課題があった。これを半導体技術によってメカレス化するとともに、小型化する動きが盛んになっており、今回の技術は、そうした流れをリードするものになる」という。

 従来の大型メカスキャンは、たくさんの投光ユニットと受光ユニットを設置し、全体を回転させる仕組みで、360度の画角を確認するための高い精度は発揮できるが、1台あたり数100万円~1000万円という価格になったり、モーターで回転させるために耐久性などに問題があった。また、これを改善したポリゴンメカ方式では、ポリゴンミラーを使用して、その部分だけを回転。レーザーをそこに当てることで光の方向を変えることができるという仕組みだが、サイズやコスト、耐久性に課題があるという。

LiDARの定点監視に向けた課題1
LiDARの定点監視に向けた課題2

 これに対して、今回のLiDARに採用したソリッドステート型は、レーザー光を複数の投光器から同一方向で同時に射出し、レーザー光を重ね合わせることでパワーを維持。半導体技術を用いて、レーザーをスキャンするため機械部品を除去することができ、小型化や低コスト化に加えて、耐久性でもメリットがある。

「今回の技術により、レーザーの光強度を増しながら、小型化するというトレードオフを解決することができた。また、小型化することでコスト削減も可能になり、将来的には自動運転への採用が一気に加速すると見ている。さらに、ドローンやロボット、AGV(無人搬送車)などへの搭載も可能になるだろう」という。

 調査によるとLiDARの市場規模は、2019年には16億ドルだったが、2025年には38億ドルの市場規模にまで拡大すると見られており、さらに、2030年には車載用だけで、年間4200万台の出荷が予想されている。

LiDARの基本原理と市場予測

 LiDARは、レーザーの安全基準であるJIS規格に準拠する必要があり、それに伴いアイセーフと呼ばれるクラス1の基準では、レーザー光強度を増やすために、発光面を大きくする必要がある。同時に回転ミラーやモーターもサイズも大きくなり、その結果、投光器のサイズが大きくなる。だが、今回の技術はクラス1よりも基準が緩いクラス1Mに対応しながら、レーザー光強度を増やし、体積を削減した点が特徴。

 体積を削減しながら、アイセーフでレーザー光強度を高めるというトレードオフの課題を解決したのが、今回開発したLiDARを構成する投光器サイズを小型化する実装技術と、計測距離の伸長を実現する複数の投光器内のモーター同士を同期する制御技術となる。

 投光器を小型化する実装技術では、小型投光器とモーター制御基板の回路設計は従来と同じでありながら、レイアウトの工夫により基板の面積を60%縮小。さらに、モーター制御基板が筐体内の各部品の隙間に入るように形状を変更し、高密度にレイアウトしたことで、筐体サイズの小型化を実現。レンズの配置を工夫して光路を折り曲げることで、従来と同じ光路長を確保しながら、レンズ群の体積を削減し、投光器1台の体積を71cm 3 にできたという。

アイセーフな小型投光器を重ね合わせ技術
投光器を小型化する高密度実装技術1
投光器を小型化する高密度実装技術2
高精度なモーター同期技術

 東芝 研究開発センター 情報通信プラットフォーム研究所IoTエッジラボラトリー スペシャリストのタ・トァン・タン(ta tuan thanh)氏は「正しい形でレーザービームを照射できるように、レンズを3次元実装することで、体積を削減できた。限界に近いサイズにまで小型化できた」と述べている。

 また、計測の長距離化を実現する複数投光器内のモーターの同期制御技術では、複数の投光器から同じ方向に、同時にレーザー光を射出するために、複数の投光器内のポリゴンミラーの回転速度と回転角度を同期。東芝独自のモーター制御技術によって、回転角度、回転速度、電流を制御する3重制御ループを新たに開発し、複数ポリゴンミラーの同期のずれを0 .02度以下に抑え、高精度な制御を実現したという。

「71cm 3 の投光器を2台用いることで、計測装置全体の大きさは手のひらサイズの206cm 3 と、約40%のサイズに削減しながら、1200×84の解像度で、世界最長となる300mの計測距離を実現した。最小サイズで、最長の計測距離が実現でき、ソリッドステートLiDARの進化に弾みをつけることができる」としている。

3次試作機の性能諸元と点群動画
提案技術の性能可変への応用

 さらにこの技術では、複数の投光器を組み合わせることで、計測範囲のカスタマイズが可能になり、LiDARの長距離計測性能や広角性能を容易に向上することができるという。

 東芝の崔上席研究員は「今回の技術をベースにして、製品化に向けた完成度を高めていくこと、製品ラインアップを増やしていくこと、マイクロモーターをMEMSの活用などによりソリッドステート化することで、さらなる小型化、低コスト化を図りたい」と述べた。製品化した際には、100万円規模の価格が想定されるという。

 コロナ禍で国内貨物の総輸送量は、人手不足などを背景にリーマンショックを上まわる水準で減少すると見られている。その一方で、物流企業の約8割が自動化やロボット化への積極的な投資を検討。また、異常気象が雪国でのホワイトアウトなどの状況を引き起こしたり、物流インフラに影響を与えたりしている。

今後の展望と目標など

「自動輸送や自動点検の実現、異常があった際には、運転者などにリアルタイムで道路の状況を伝えたいというインフラ監視のニーズが高まっており、そこにLiDARが活用できると考えている。カメラとは異なり、3次元の目として立体的に見守ることができ、距離や位置が理解できる。輸送、点検への活用だけでなく、道路側、線路側からも異常を発見できる。人流、物量をはじめ、産業や社会の安定化にも貢献できるだろう」としている。