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藤島知子のスーパー耐久参戦記 「MAZDA SPIRIT RACING」が投入した「ロードスター」の真の狙いとは?
2022年9月13日 13:45
- 2022年9月4日 開催
自動車メーカーの開発の場「ST-Q」クラスではなく通常の「ST-5」に参戦
2022年のシーズンを迎えたスーパー耐久シリーズは、自動車メーカー各社が将来のクルマの在り方を模索してさまざまチャレンジが見受けられるレースになっている。開発車両を対象としたST-Qクラスでは、水素を燃やして走るトヨタ自動車の「ORC ROOKIE GR Corolla H2 Concept」、スバルの「Team SDA Engineering BRZ CNF Concept」や日産自動車の「Nissan Z Racing Concept(230号車)」もカーボンニュートラル燃料で走り、マツダは「MAZDA 2 Bio concept」の1.8リッターバイオディーゼルエンジンで内燃機関を存続させる可能性を探っている。
第5戦となる「もてぎスーパー耐久 5Hours Race」では、MAZDA SPIRIT RACINGから1台のロードスターがST-5クラスでデビューすることになった。特別なグレーでカラーリングが施されたマシンの名は「MAZDA SPIRIT RACING ROADSTER」。量産車と同じ1.5リッターのガソリンエンジンを搭載した仕様で、スーパー耐久シリーズのレギュレーションに則って、スリックタイヤで耐久レースを戦うための改造が施されている。ST-5クラスではマツダ ロードスターの他に「マツダ2」、ホンダの「フィット(GK型)」、トヨタの「ヤリス」が競い合うことになる。メーカー直系のチームでありながら、ST-Qクラスにエントリーしない理由は、このエントリーは開発車両ではなくグラスツール(草の根)モータースポーツ文化への貢献を意図したものだからだ。
2022年4月、幕張メッセで開催されたオートモービルカウンシルでは、マツダブースで展示された車両の1つに「MAZDA SPIRIT RACING」と「12」のゼッケンのステッカーが貼られたロードスターが展示されていた。
トークショーでは“デザインのマツダ”を世界に知らしめた魂動デザインを牽引する立役者である前田育男さんが登場。デザイナーである前田さんはスーパー耐久でMAZDA SPIRIT RACING MAZDA2 Bio conceptのドライバーの1人として走りながら、チーム代表を務めている。その「MAZDA SPIRIT RACING」は、過去にマツダがモータースポーツ参戦において、あきらめず挑み続けてきた志を現代に受け継ぎたいという思いから名付けられた活動で、トークショーでは今季のスーパー耐久に2台目のマシンを走らせることを匂わせていた。
今になって振り返れば、会場に展示されていた12号車のロードスターこそ、グラスルーツのモータースポーツ参戦を大切にしてきたマツダが、スーパー耐久参戦への道筋を切り拓く活動を始めることを示唆していたのだ。
プロ、セミプロ、ジャーナリストと、さまざまな顔のドライバーが集合
デビュー戦となるもてぎの5時間耐久レースには、4名のドライバーが選ばれた。Aドライバーは西日本のパーティレースで優勝を経験している杉野治彦選手、Bドライバーは同じくパーティレースで優勝経験をもつ樋口紀行選手、Cドライバーにはマシンのセッティングや選手のコーチング役を担うプロドライバーの阪口良平選手、そして、Dドライバーはパーティレースで女性初の優勝経験をしていた私、藤島知子が参加することになった。
私自身、スーパー耐久はFFハイパワーターボの「シビック タイプR」で経験していたが、FRのロードスターにスリックタイヤを履かせて走るのは初めて。ロードスター自体になじみはあるとしても、個人で所有していたナンバー付きのパーティレース車両は公道を走れる範囲で改造された仕様。しかし、それがスーパー耐久のマシンとなれば、ハイグリップなスリックタイヤのパフォーマンスを生かすだけのボディの造り込みや足まわりのセッティングなどが施され、耐久レースを走る上で意識の持ちかたや走らせかたがまるで変わるのだ。
レースウィークは週末の本番に向けて木曜日からサーキット走行を開始。まずはロードスターでスーパー耐久に参戦経験をもつ杉野さんが走行。その後、阪口さんや樋口さん、私といった順番で、もてぎのコースの感触を確かめるところからスタートした。
スーパー耐久参戦が初めてという樋口さんは、耐久レースでの走らせかたについて阪口さんに質問を投げかける。阪口さんはハイパワー4WDの三菱自動車「ランサーエボリューション」や日産の「スカイライン(R34)GT-R」、レクサス「RC」など、さまざまなクラスのマシンで戦ってきた経験をもつプロドライバーとあって、他のモデルからみたロードスターの強みについて語っていた。
ロードスターはハイパワーなマシンよりもスピードは遅いが、軽量な車体、FRレイアウトで人馬一体感が楽しめるマシンなので、「他車と比べてコーナリング速度も速く、4つのタイヤをバランスよく使いこなせる強みがある」と語っていた。トップスピードが300km/h近い車速で追い越していくGT3車両と比べてラップタイムが遅いにしても、メリハリのある走らせかたをしているクルマはいい印象をもたれるという。そのため「今日からいいイメージをつけていくことが大事」とアドバイスしていた。
4代目となるNDロードスターが登場した2015年以降、パーティレースは全国各地のサーキットで開催されるようになったが、参戦台数が増えるにつれて、年々戦いのレベルが上がってきている。そうした接戦で優勝を勝ち取ってきた杉野さん、樋口さんはクルマの挙動を捉える感性が鋭く、タイヤの状態やマシンの印象を冷静に捉え、事細かに口にする。その傍ら、ロードスターの特性に対してスリックタイヤを使いきれていない私は、2人のタイムにおよばずにいたが、皆のデータやオンボード映像を見比べながらタイムアップを目指した。
チームは他チームと同様に、レースを生業とする数人のレースメカニックのリードの元、普段はマツダで量産車の開発に携わっているメンバーがサポートしてくれた。
阪口さんは、さまざまなドライバーが耐久レースを走り切れるマシンのセットアップをプロドライバーの視点から提案。次の走行枠でそのセットを試すといった具合でテスト走行をこなしていく。その効果か、樋口さんはもてぎ初走行ながら好調なタイムを連発。阪口さんが放つ言葉に耳を傾けながら、「いろんなことを総合的に考えながらレースに取り組むプロとしての姿勢は勉強になることばかりです」と語っていた。「今でも自分がここにいるのが信じられません」と、スーパー耐久のステージで体験する1つ1つの出来事を噛みしめているようだった。
一方、杉野さんは「もてぎは久しぶり」と言っていたものの、スーパー耐久では別のロードスターで表彰台を経験しているだけあって経験の違いをみせる。そんな彼でも阪口さんのクルマに対する見解やメカニックとやりとりをする姿を見ていて驚く点はたくさんあるらしい。「いつもなら上手く走れないことに言い訳を考えてしまうけれど、阪口さんが客観的に状況を分析してくれることでレベルアップする近道ができていると感じる」と言う。パーティレースから次のステージに進んだとき、悩みを相談できる人がいることを心強く思っているようだ。
それに対して、阪口さんは「人を教えることで自分自身も勉強になっている」と明かす。ドライバーとして走り続ける彼自身がいろんなことを突き詰めて、教えることにも発見があり、同じ場所に留まらず、常に何かを探していく。自分さえ追い込む探究心が彼の速さに結びついているように感じられた。
ついにスーパー耐久デビューの時が訪れた
いよいよ予選日がやってきた。土曜日にもかかわらず、ピットウォークには多くの観客が訪れ、ドライバーやマシンの様子を眺めたり、写真撮影をして楽しんでいた。
予選は4名のドライバーが走行し、AドライバーとBドライバーのタイムの合算で決勝のグリッドが決まる。まずはAドライバーの杉野さんがコースイン。ニュータイヤが温まるのを見計らってアタックを開始。すると、このレースウィークで自身のベストタイムを更新した。
続いてBドライバーの樋口さんは、Aドライバーたちが走った状況やスリックタイヤの熱の入れかたを確認しつつアタック。「想像していたよりも、新品タイヤの熱入れは難しいですね」と語りながらも、走りをまとめてベストタイムを更新。初参加のチームながら、杉野さんと樋口さんの頑張りで、ロードスター勢では2番手のタイム。ST-5クラスでは13台中8番手のタイムとなった。
その後、Cドライバーの阪口さんが走った際にブレーキのタッチに対し、制動が変化することが判明。予選日の段階で症状を確認し、チームにフィードバックできたことを前向きに捉えつつ、Dドライバーの私はブレーキ不具合の状況をチェックしながら1Lapの計測義務を果たしてピットイン。
9月4日の天候はくもり。コースはドライコンディションで決勝日を迎えたが、レースウィークでは最も気温が高まる1日になりそうだ。10時を過ぎるとコースインを開始して各チームがグリッドにマシンを並べていく。グリッドウォークを終えてスタッフが退去するとフォーメーションラップが始まり、5時間の耐久レースの火蓋が切って落とされた。
スタートドライバーを務める杉野さんは、周囲から遅れをとらないペースで順調に走行していたが、12LAP目に突入したころに無線で「ブレーキが固まる症状が出始めていて、90°コーナー、3コーナーでも症状が出ている」とトラブルの報告が入る。同時にピットからも「シフトアップでクラッチが滑る症状が出ています」と、ショートシフトに切り替えて走るように指示する無線が飛ぶ。
新品タイヤのグリップが少し落ちてきたこともあってか、クラッチの滑りは落ち着きを取り戻し、ブレーキも安定してきている様子。ロードスター勢のトップを走る72号車 OHLINS Roadster NATSが2分23~26秒台でラップするなか、われら12号車 MAZDA SPIRIT RACING ROADSTERは序盤に2分24秒台を刻んでいたものの、27~28秒台のペースで周回を重ねていた。
24LAPで杉野さんから阪口さんにドライバーチェンジ。ピットにクルマを入れて不具合の確認とタイヤ交換の作業をしていたところ、ハブボルトの修復に時間を費やしてしまう。ドライバーも勉強することが山のようにあるが、ピットクルーもレースを経験しながらいろんなことを学んでいるようだ。
作業が終わって阪口さんがコースインすると、すかさずマシンの状況を確認。走り出しで問題はなく2分22~23秒台のタイムを連発しながら走行を続けたものの、13LAPをロスしてしまった差はそう簡単に縮まらない。そして、いよいよ3スティント目として私が乗り込む。20Lの給油を行ない、タイヤを交換。
他のドライバーと体格差が大きいが、工夫しながらシート位置をサッと合わせて走り出した。マシンの状態を注意深く観察してみると、3速から4速、2速から3速にシフトアップする際にクラッチが滑る感触がある。ゆっくりと次のギアにアップし、コーナーに飛び込むときはエンジン回転がしっかり落ちたタイミングでシフトダウンしてクラッチをつなぐ。状況をチームに報告すると、エンジン回転を抑えてシフトアップし、ヒール&トーはしない方向で温存する作戦をとることにした。なにせ、今回はこのマシンにとってのデビュー戦。最後のドライバーまで走りきることが何よりの目標だ。
4スティント目は杉野さんが2度目の走行。マシンは温存していたおかげで症状は悪化せず、最後の2スティントを担当する樋口選手にタスキがつなげられた。少しペースを落として周回を重ねていくマシン。速いクルマを上手く交わしながら、残り9分のところで3度目のFCY(フルコースイエロー)が提示されたが、その後、無事にチェッカーフラッグを受けることができた。
マシンから降りてきた樋口さんは「決勝でクルマの状態があれほど変わると思わなかったです」と第一声を発した。決勝は気温も高まっていたが、コースサイドにタイヤカスが散らばっていたり、レース本番で勢いを増すマシンの邪魔にならないように走ったりと、コースの雰囲気は大きく異なって見えた。当然、ラップタイムが遅いマシンはラインを選べる自由度が低いが、譲りすぎても互いに効率がわるい。そのあたりは阪口さんが口にしていたように、アンダーパワーのクルマだからこそ、ロスなく走らせる意識を強くもつことが必要なのだと思った。
阪口さんは今回レースに挑むにあたり、「しっかりしたクルマづくり」と「ドライバーのコーチング」という2つの役割を意識したそうで、「尖ったピーキーなクルマはつくりたくない。セッティングの変更は3回行なったが、決勝レースに向けて幅広いセットにしたいと思っていた」とのこと。決勝を走り終えた樋口選手のコメントからしても、今のセットは、想定よりもレースラップが落ちる傾向にあったようだ。「とはいえ、私たちチームにとっては開幕戦。ディスカッションしながらレースに強いクルマづくりを目指したい。よそのチームは積み重ねてレースをやってきているので、今年中には右肩上がりにつなげていきたい」と阪口さんは今回のレースを振り返った。
スーパー耐久ロードスターの経験者として私たちを引っ張ってくれた杉野さん。レース後のミーティングでは「チェッカーを受けられたことで、私のなかではようやくスーパー耐久が始まった気持ちです」と涙した。実は杉野さんは、ST-QクラスにMazda2が参戦する前にMAZDA SPIRIT RACINGのチーム代表の前田さんとスーパー耐久に参戦していた同志なのだ。
パーティレースのステップアップとしてMX-5カップの道が日本で閉ざされたいま、「パーティレーサーたちがスーパー耐久にステップアップできたら……」という思いを前田さんとともに夢みていた1人だった。驚かされたのは、杉野さんは今回のレース前に岡山のパーティレースに参戦し、スーパー耐久参戦に相応しいドライバーでありたいとポールポジションを獲得してきたことだった。決勝結果は2位だったが、MAZDA SPIRIT RACING ROADSTERのシートに座る意義を、彼なりに重く受けとめてきた思いの強さに頭が下がった。
また、パーティレースでは何度も表彰台に上り、2度の優勝経験のある樋口さんだが、パーティレース車と異なるスーパー耐久マシンを乗りこなせるか不安だったという。さらに、予選では繊細かつ攻めの姿勢で走りをみせていたものの、決勝では周りのクルマの勢いに圧倒されたそう。「クラッチが滑るのに対処しようと全部の操作を変えたら、タイミングが変わってしまい思うように走れなかった。このレースで勝つのは大変なことですが、今回得た経験を次に生かしていきたいです」と語ってくれた。
最後にチーム代表の前田育男さんにデビュー戦を終えた感想を伺ってみた。
藤島:お疲れ様でした。MAZDA SPIRIT RACINGはST-QのMazda2 Bio Conceptはすでにレース参戦を重ねていますが、12号車のロードスターは今回が初めての参戦。どんな気持ちで見守られていましたか?
前田氏:2台体制は初めてだったので、何か起こるだろうなと思っていました。トラブルはある程度起こったけれども、ある意味マイナートラブルで済みました。マシンは2台とも無事に完走することができたし、ドライバーも頑張ってくれて、爽やかな気持ちでお互いにいい汗をかいたと思っています。
藤島:MAZDA SPIRIT RACING ROADSTERはロードスターのワンメイクレースで頑張ってきたドライバーがステップアップする道として考えられた夢のあるプロジェクトですね?
前田氏:グラスルーツで頑張っているレーシングドライバーやモータースポーツファンがいて、その人たちはこういう大きなレースにステップアップしようと思っても、どういうステップを踏んだらいいのか分からないものです。ハードルが高くて、素人が簡単に来られる場所ではない。現在、その場を提供しているチームもありますが、われわれもその道を切り拓いてあげることができれば、より楽しんでもらえるのではないかと思っていました。それから、同じST-5クラスに参加している他チームから、レース中のマシントラブルへの質問がわれわれに届くことも多い。実際に一緒に参戦していないとキチンとした回答ができない。その課題にも応えたいという思いもあります。
そういう意味もあって、今回のロードスターの初戦ではいろんなカテゴリーのドライバーに加わってもらおうと思って、パーティレーサーの2人もそうだし、レーシングドライバーの阪口さん、モータージャーナリストでレースをしてきた藤島さんもそうだし、ジェンダーも関係なく、みんなで和気あいあいとやれたのではないかと思っています。初戦は完走しないと士気が上がらないし、苦労があったなか、みんなに協力してもらえたことに感謝しています。
今季はこのあと、岡山国際サーキット(10月15日~16日)と鈴鹿サーキット(11月26日~27日)で開催される2レースでしっかりと体制を整え、来年はドライバーを募集する予定だと語る前田さん。レースは真剣に挑んでぶつかるほどにギスギスしてしまうこともあったりするが、チームが一体となる雰囲気づくりを大切にしてくれていたのが印象的だった。それぞれの立場のスタッフが自覚をもって自分の仕事に打ち込み成長していく場になっていって欲しいと思った。
マツダは8月下旬に倶楽部MAZDA SPIRIT RACINGを立ち上げ、SNS上にマツダファンをつなぐ場を築いている。マツダファンやオーナーはもちろん、クルマを使って参加型のモータースポーツであるタイムトライアルやエンデュランス(耐久レース)、ワンメイクレースも開催してきた経緯があるマツダ。その活動の一端にスーパー耐久のレース活動が存在するが、変わりゆく自動車の世界で今後それらがどんな意味をなしていくのか期待したい。