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鈴鹿で2年連続F1チャンピオン獲得を目指すフェルスタッペン選手、それを裏で支えるオラクルの役割とは?

レッドブル・レーシングRB18のサイドポンツーンに表示されるオラクルのロゴ

 10月7日~10月9日の3日間にわたり、「2022 Honda F1日本グランプリ」が三重県鈴鹿市の鈴鹿サーキットにおいて開催されている。前戦シンガポールGPの結果によって、今回の日本GPで自力でのチャンピオンもあり得る状況になっているオラクル・レッドブル・レーシング(以下レッドブル・レーシング)のマックス・フェルスタッペン選手が、ホンダのお膝元でもある鈴鹿サーキットでドライバー選手権のチャンピオンを決めることができるのかが今週末の大きな焦点となっている。

 このレッドブルを支えているのが、レッドブル・レーシングのタイトル・スポンサーでもあるIT企業「オラクル」(Oracle)が提供する「オラクル・クラウド」と呼ばれるITサービスだ。実は、2021年のアブダビGPでの最終ラップにおける大逆転劇、それによるフェルスタッペン選手の初王座獲得、そして今年に入ってからのハンガリーGPでのようなタイヤ戦略など、鮮やかな戦略によるレースでの逆転劇の裏側にあるのがその「オラクル・クラウド」だというのだ。

 そうした事情について、レッドブル・レーシング レース戦略責任者 ウィル・コートニー氏に話を聞いたので、その模様を交えてお伝えしていきたい。

ホンダが後援する日本GPで、ホンダPUを使うドライバーの王者獲得の可能性が高まる

オラクル・レッドブル・レーシングのレッドブル・レーシングRB18をドライブするマックス・フェルスタッペン選手

 今シーズンのレッドブル・レーシングは、2021年までのパワーユニット(PU)サプライヤーだったホンダが“公式には”F1活動から撤退したことを受け、レッドブルが自社チーム(レッドブル・レーシングとアルファタウリの2チーム)にPUを供給する会社として「レッドブル・パワートレインズ」を設立し、そのレッドブル・パワートレインズが2チームにPUを供給してシーズンを戦っている。ただ、そのレッドブル・パワートレインズにパワーユニットの技術を提供しているのは、ホンダのモータースポーツ専門子会社HRC(Honda Racing Corporation、ホンダ・レーシング)で、要するにホンダが開発して製造したPUにレッドブルがバッヂをつけて走らせる形となっている。

レッドブル・レーシングRB18のサイドポンツーンにホンダロゴが復活

 これまではHRCが裏方として協力するという形になっていたため、レッドブル・レーシングとアルファタウリの車体には「HRC」のロゴだけが入る形になっていたが、日本GPからは両チームの車体のリアカウルにはHRCと並んで「HONDA」のロゴが入る形になっており、その状態は少なくとも今シーズン末までは続くことが明らかにされている。だからと言って、公式にホンダがF1に復帰するということと同義ではない(あくまで公式にも、記録的にもパワーユニット・マニファクチャラはレッドブル・パワートレインズとなる)が、最終的にホンダにF1に帰って来てほしいと願っている日本のファンにとっては前向きなニュースということができる。

 レッドブル・レーシングの今シーズンは、開幕戦こそ両ドライバーともトラブルを発生させて無得点に終わるなど散々なスタートだったが、第2戦サウジアラビアGPでフェルスタッペン選手が優勝すると、その後第11戦オーストリアGPから第15戦イタリアGPでの5連勝を含む11勝を挙げており、チームメイトのセルジオ・ペレス選手も第7戦モナコGPと前戦のシンガポールGPで優勝し、17戦を終えて13勝と圧倒的な成績を収めている。シンガポールGP終了時点でフェルスタッペン選手がドライバー選手権で1位、ペレス選手が3位、そしてコンストラクター選手権ではレッドブル・レーシングが2位に大差をつけてトップに立っている。

鈴鹿サーキットでのマックス・フェルスタッペン選手。2年連続チャンピオンがかかっている

 この結果、フェルスタッペン選手は2位のシャルル・ルクレール選手(フェラーリ)に104点差をつけており、日本GPが終了した後に獲得できる最大ポイント(残り4戦での、優勝25点×4+ファステストラップ・ボーナス1点×4+ブラジルGPでのスプリントで1位になると8点)となる112点以上の差をつけると、フェルスタッペン選手の2度目のドライバータイトルが確定する状況になっている(優勝回数ではすでにフェルスタッペン選手を誰も上まわることができないことから、同点でもフェルスタッペン選手のタイトルは確定するため)。

 このため、仮にフェルスタッペン選手が優勝(25点)してファステストラップのボーナス(1点)を獲得し、ルクレール選手が18点を獲得できる2位だったとすると、26+1-18=8点となって両者の差は112点になり、その時点でフェルスタッペン選手のチャンピオンは確定する。仮にファステストラップ・ボーナスが取れなくても、ペレス選手が2位とレッドブルが1-2になる、あるいはルクレール選手以外のドライバーが2位になりルクレール選手が3位以下になると、その状況でもフェルスタッペン選手のチャンピオンは確定する。

 こう考えていくと、何かがフェルスタッペン選手に起きない限りは、限りなく今回の日本GPでフェルスタッペン選手のタイトルが決まる可能性は高い。ホンダの子会社が所有するサーキットで、ホンダのタイトルがついた日本GPで、(名前こそホンダではないが)ホンダが開発して供給しているPUを搭載したF1カーを駆るドライバーが優勝するという、1991年の日本GP以来のことが現実になりつつあるのが今回の日本GPなのだ。

2021年から技術パートナーだったオラクル、今シーズンはタイトル・スポンサーに

レッドブル・レーシングのガレージにつけられているオラクルのロゴ。これがタイトル・スポンサーの証

 そうしたレッドブル・レーシングのタイトル・スポンサーを2022年から務めているのが、米国のIT事業者であるオラクルだ。オラクルは1977年に設立された米国のソフトウエアベンダーで、データベース、ERP(Enterprise Resources Planning:企業資源計画、企業のリソースを効率よく配分するために利用するツール)、CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理、大企業が顧客との関係を効率よく管理するためのツール)などの製品を提供しており、エンタープライズ(大企業)の基盤システムとして利用されていることが多い。

 近年はそうしたオンプレミス(企業が自前で設置しているデータセンターのこと)向けのソフトウエアに加えて、オラクル・クラウドと呼ばれるクラウドサービスと多角化を進めており、現在はソフトウエアベンダーとしてはMicrosoft、Adobeなどに次いで時価総額ベースで第3位の規模と位置づけられている。

 オラクルがレッドブルとの関係をスタートしたのは2021年。2021年からオラクルは公式クラウド・インフラストラクチャ・パートナーとして契約し、マシンのサイドにロゴが入る形になっていた。

 今年はより関係が強化され、オラクルはタイトル・スポンサーとしても活動しており、チーム名も「オラクル・レッドブル・レーシング」というのが正式なチーム名になっている。このため、今シーズンのマシン「RB18」のサイドポッド、そしてリアウイングの裏側という最も目立つ場所にオラクルのロゴが入るようになっているのだ。

 そんなオラクルが公式クラウド・インフラストラクチャ・パートナーとして提供しているのは、同社がオラクル・クラウドという名称で提供しているクラウドサービスとなる。そもそもクラウドとは何かというと、従来は企業の中に置かれていたITのリソース(サーバーなどの機器、オンプレミスと呼ばれる)をアウトソースして外部に委託し、インターネット経由で利用する仕組みのことをクラウド(雲の向こう側にあるという意味の名称)とIT業界では呼んでいる。

 ITの観点から見たクラウドの特徴は伸縮可能な点にある(IT業界ではそういうことを「スケーラビリティ」と呼んでいる)。自前のITインフラであるオンプレミスのデータセンターの場合、演算能力が足りなくなったり、ストレージが足りなくなったりした場合には新しいサーバー機器を買ってきてインストールしなければいけない。サーバー機器は家電量販店などで売っている訳ではないので、サーバー機器のベンダーに注文して早ければ数週間で、在庫がないなどの理由で長ければ数か月待ってようやく納品されるという形になる。

 F1チームにとって数か月という時間は、その間に5~6レース、最近ではもっとレースが詰め込まれている場合もあるので、10レースが終わってしまうかもしれない。年間で22レースしかない状況で、10レースが終わってしまうというのは大きなロスになりかねない。

 レッドブル・レーシング レース戦略責任者 ウィル・コートニー氏は「F1チームにとってもクラウドを利用することは競争上で2つの大きな意味がある。1つはコストを大きく削減できることであり、もう1つはシミュレーションなどに必要な処理能力を必要なときに必要なだけ利用できることだ」と、クラウドを利用するメリットを説明する。

 実際、コートニー氏によればレッドブル・レーシングではこれまでもオンプレミスのITシステムをシミュレーションなどに利用していたという(そして現在でもバックアップとしてカーゴで持ち運べる程度のラック型のデータセンターはサーキットに持ってきているという)。しかし、急に演算能力(サーバーのプロセッサ、例えばCPUやGPUなど)を増やしたくなっても、急には増やしたり減らしたりができないというのは悩みだったそうだ。

 しかし、オラクル・クラウドを導入してからはそうした悩みがなくなり、必要な時に仮想的に演算性能を割り当て、その逆に必要のないとき(例えばシーズンオフなどにはレース向けのシミュレーションはする必要がない)には減らすということも可能になっている。

 特に、近年のF1はコストキャップ(チームが利用できる経費の総額に制限を設けることで、上位チームと下位チームの差を縮めてよりF1を面白くする取り組み)を行なっており、クラウドを利用することでコストを削減する取り組みはF1チームにとって重要だとコートニー氏は説明した。

クラウドを利用したシミュレーションにより、タイヤ交換のタイミングなどの作戦を立てる

 コートニー氏は、今年有名になったレッドブル・レーシング レース戦略責任者 ハンナ・シュミッツ氏と並んでレッドブル・レーシングのレース戦略に責任を負う立場だ(なお、シュミッツ氏は前回のシンガポールGPと日本GPはお休みで、レース現場には来ていない)。

 レース戦略責任者というのは何をしているのか。簡単に言うとレース中に起こることをさまざまなデータから分析、予想して、可能なレース戦略を立てて、それをドライバーやエンジニアに提案するという役目を担っている。よくF1の中継で「プランA」「プランB」「プランC」……という用語が飛び交っているが、その複数ある戦略を立てるのがレース戦略責任者の役割だ。そうしたプランAやプランBの何が違っているのかと言えば、主にスタートでどのタイヤを履き、どのタイミングでどのタイヤに履き換えるのか、そうした可能性をさまざまに検討し、もっとも速くゴールにたどりつく可能性があるものをいくつか(プランA~プランEまであるチームであれば、その5つのプランを)提案することになる。

 F1ではドライレースの場合は3つのタイヤコンパウンド(ハード、ミディアム、ソフト)があり、レース中に2つの種類のタイヤを使わないといけない。そこで、日本GPで言えば53周のうち何周目で交換するのか、あるいはタイヤ交換は1回だけでなく2回やるのかなどを含めて、本当に多くの可能性がある。そこを人間が計算したら、予選からレースまでにはとてもとても終わらないので、F1ではその計算をコンピューターが行なっているのだ。そうしたデータを元に、戦略責任者が中でも速そうなもの、有力そうなものを選んで提案しているのが戦略なのだ。

 レッドブル・レーシングがオラクル・クラウドを利用しているのは、そうしたレースシミュレーション(タイヤ交換の回数、タイミング、利用するコンパウンド)のデータ分析だ。このシミュレーションに利用するパラメータはかなり膨大で、例えばタイヤのコンパウンド選択は気温や路面温度1つで大きく変わってくる。このため、気温や路面温度も想定される範囲でパラメータとして入れることになるため、実に膨大なデータ量になる。コートニー氏によれば「数十億通り」の可能性をシミュレーションにかけるため、データ量は膨大だという。レッドブル・レーシングではそうしたシミュレーションを「モンテカルロ・シミュレーション」と呼ばれるアルゴリズムを利用して演算し、その中から最良のプランを選んでドライバーやエンジニアに提案することを毎レース行なっている。

 実際、レッドブル・レーシングの関係者によればシミュレーションだけでなくトラックで収集されるセンサーのデータ(車両についているセンサーが生成するデータのこと)を含み、1レースで400GBのデータになるという。一般的に販売されているノートPCのストレージが256GBなので、そうしたノートPC1台分以上のデータがたった1レースだけで生成されるのだ。いかに膨大なデータ量であるか、それからも想像できるだろう。

 従来のオンプレミスの小型データセンターを使っている場合に比べて、オラクル・クラウドを使い始めてからは25%ほど早く演算が終了するようになったという。つまり、その25%を使ってもっと詳細なシミュレーションをしたり、コストを削減したりという効率の改善が可能になったということだ。

2021年のアブダビGPでの大逆転にも、クラウドを利用したシミュレーションが裏側で活躍していた

雨のFP1を走るレッドブル・レーシングRB18

 そうしたレッドブルのレース戦略責任者が立てた作戦はどのように役立っているのだろうか? コートニー氏によれば、オラクル・クラウドを利用した実例について、2021年の最終戦アブダビGPの最終ラップでフェルスタッペン選手がメルセデスのルイス・ハミルトン選手を抜いて大逆転で優勝し、初めてのドライバータイトルを獲得したレースもシミュレーションが役立った実例であると説明した。

 コートニー氏は「あのレースでもわれわれはシミュレーションを行なっており、その結果を見る限りは終盤にセーフティカーが出たときにはピットインするべきだという結果が出ていた。われわれはそれにしたがってそうした。あとは皆さんがよくご存じの歴史の通りだ」と述べ、このレースでもあらかじめシミュレーションでセーフティカーが出た時の予想をしておいて、その通りにした結果、あの大逆転につながったのだと説明した。

 また、2022年のハンガリーGPの結果もシミュレーションが役立った例だという。ハンガリーGPの予選でフェルスタッペン選手はQ3(予選3回目)でパワーユニットに問題を抱えてアタックできず10位に終わった。そこから大逆転してレースで優勝するのだが、その時に鍵になったのはタイヤ選択だった。スタートでレッドブル・レーシングはソフトタイヤを選択し、レースで当初使う予定だったハードタイヤは使わないという決断をレース前に下して、結果それが有効に働きフェルスタッペン選手は10位から優勝することができた。それに対して、上位からスタートしたタイトル争いの直接のライバルであるフェラーリのルクレール選手は逆にハードタイヤをレースで履いてしまい、ペースが上がらず6位に終わってしまったというコントラストが明確になったレースだった。

 コートニー氏は「ハンガリーGPでは事前の予想と異なり予選で後方に沈んでしまい、シミュレーションもやり直す必要があった。そういう時に必要なだけ処理能力を利用できるクラウドを利用したシミュレーションは有効だ。また、このレースではレース前にマックスからタイヤに関する情報をもらって、タイヤ戦略を変更することにした。そのように、われわれの戦略はシミュレーションだけで決めている訳ではなく、常にドライバーやエンジニアとやりとりをしながら動的に変えていく。マックスから情報をもらってレース中にもシミュレーションを行ない、それにより作戦を変えながらレースを戦い、優勝することができた」と述べ、刻々と状況が変わる中でもシミュレーションは有効だと説明した。

 最後に「シミュレーションではマックスは今回の日本GPでチャンピオンを獲るという結果に?」と冗談で聞いてみたところ、「それは五分五分だと私のシミュレーション(つまり勘ということ)が言っている(笑)」とジョークで返してくれた。チームとしても、それぐらい余裕があるということだろう。

 今週末の鈴鹿はあいにくの雨。正午から行なわれたフリー走行1回目(FP1)でも雨が降り続く状況になったが、それでも多くのチームが走行を続けた。レッドブル・レーシングの2人も残り25分ごろから走り始め、フェルスタッペン選手が6位、ペレス選手が10位でFP1を終えている。今回のFP1では時間により雨が増えたり減ったりしていたので、タイミングをうまく合わせたドライバーがタイムを出しているため、順位には大きな意味はないが、両ドライバーとも走った時点では上位を占めていたので順当なスタートを切ったように見える。

 ホンダの地元でフェルスタッペン選手が2度目のチャンピオンを獲得できるか、10月9日の14時から行なわれる決勝レースの結果に期待したいところだ。