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藤島知子の「S耐最終戦」レポート MAZDA3バイオコンセプトで参戦したMAZDA SPIRIT RACINGに聞く

2022年11月26日〜27日 開催

スーパー耐久シリーズ2022最終戦の鈴鹿に登場した「MAZDA SPIRIT RACING MAZDA 3 Bio concept」

 ピットを訪れると、そこには一台のレーシングカーが出走の時を待っていた。その名も「MAZDA SPIRIT RACING MAZDA 3 Bio concept」。

 スーパー耐久シリーズ「ST-Qクラス」を走る開発車両として、今季は第6戦までMazda 2 Bio conceptの車両で戦ってきた「MAZDA SPIRIT RACING」。今回のMazda 3のディーゼル車をベースとして作られたレーシングカーは11月5日〜6日に岡山国際サーキットで開催された『MAZDA FAN FESTA 2022 in OKAYAMA』で次期参戦車両としてお披露目されたもので、Mazda 2と車両を入れ替える形での参戦となる。Mazda 3 Bio conceptはいつレースに投入するか明らかにされていなかったが、スーパー耐久シリーズ最終戦の鈴鹿にて、サプライズでデビュー戦を飾ることになった。

 テストを重ねて最終戦の舞台となる鈴鹿サーキットに入ったMAZDA SPIRIT RACINGだが、土曜日の予選では過酷な鈴鹿の想定以上の入力にトランスミッションが根を上げ、A/Bドライバーは走行できない状況に陥ってしまう。その後、急ピッチで交換作業を行ない、CドライバーとDドライバーの走行時間に間に合い、走行することができた。ただし、予選順位はA/Bドライバーの合算タイムで決まることから、チームは嘆願書を提出し、5時間耐久となる決勝レースは最後尾からスタートを切った。

 ところが、第1ドライバーから、第2ドライバーに変わって少し経ったところで、再び同様の症状が出て、ギアは4速から変速できない状況に。用意された2つのトランスミッションが同じものだったことを考えると、パーツの性能の限界が現れた形といえた。その後、ピットでできる限りの応急処置を施し、レース終盤に再びコースイン。どうにかチェッカーフラッグを受けてデビュー戦を終えた。

 チーム代表を務める前田育男氏に話をうかがうことができた。

MAZDA SPIRIT RACING チーム代表を務める前田育男氏

前田氏:美祢のテストコースで400周ほど走り、鈴鹿サーキットを走るのは今回のレースウィークが初めて。タイムはもっと刻んでいけるという手応えを感じました。

藤島:プロドライバーでCドライバーを務めている関豊選手の感想をうかがってみても、今回のMazda 3は基本性能が高く、エンジニアたちがジオメトリーを考えた上で足回りを設定しているので、車全体の安定感が増してよく曲がるクルマに仕上がっていると伺いました。これから先の伸び代が感じられると語っていたのも、今後に期待感が持てる内容でした。

前田氏:しかし、このレースウィークでは金曜日にミッションに不具合の兆候が出始めて、それまで大きなトラブルはなかったぶん、大きなダメージにはならないと予測して臨んだのですが、結果的に予選前に4速がスティックして変速できなくなってしまいました。決勝は最後尾からスタートしましたが、2人目のドライバーに変わって5周程度で症状が出てしまい、ピットに戻りました。

藤島:今回のマシンは高い速度域で走り、過酷な環境の中で操縦性も求められるレーシングカーとして、機能性を纏うデザインはマツダのデザイナーが一から手掛けたもので、マツダとしての新たなチャレンジだと伺いました。車格はコンパクトカーであるMazda 2よりもひと回り大きく、ワイドに構えたもので、想像していた以上の存在感を感じさせる素敵なものですね。

前田氏:多くのみなさんにこのマシンを「カッコいいね」と言ってもらうことができて、晴れ晴れした気持ちで幸せに浸っていました。絶対に走りきるぞというつもりでやってきたので、今回の結果は悔しいです。

藤島:トラブルという観点でみると、そもそも、ノーマルの車両をベースにエンジンの出力を上げていますし、タイヤもスリックでグリップが高いことを考えたら、マシンにとっての負荷は相当に高そうですね。

前田氏:レースを走らせることで何かが起こるとは思っていました。今のミッションは色々なテコ入れをしつつ、美祢のテストコースで200kmほど走り、テストでトラブルは一度も出ていませんでした。試験場では入ってこない入力が入ってくるのではないかと考えると、やはり鈴鹿サーキットは手強いなと。来シーズンは色々なコースを走ることになりますが、シーズンオフの時間で徹底的に準備をやろうと考えています。

藤島:レースはクルマの実験場と言われますが、そういう思いをもって取り組まれている一面もありますよね?

前田氏:もちろんあります。ミッションに課題があることは分かっていましたが、マツダのドライブトレインのエンジニア3人をサーキットに連れて来ました。これまで、彼らはこうした過酷な現場を知ることはなかったし、初めてトラブルが起こる事態に遭遇して、量産車で10万kmを保証するだけのミッションがたった一時間ちょっとでこんなことが起こることに大きな衝撃を受けていました。

 こうしたことを通じて、会社の開発の考え方を少し変えていくことも必要だと感じています。量産車の場合、目標値が設定されていて、余剰にマージンをとったりしません。そういう意味では素晴らしい精度で作られている。そこにこういった過酷な使い方のメニューを入れることで、どんな化学反応が起こるのか見てみたいですね。

藤島:量産車開発の受け止めかたが変わっていきそうですね。クルマだけでなく、量産車開発に携わる人を鍛え、会社の取り組みが見直されるかも知れないと考えると、レースを起点に、マツダらしい魅力的な商品づくりに繋がっていくことを期待しています。最後に、マツダを応援してくれているみなさんにメッセージをお願いできますか。

前田氏:今回のレースでは勇姿をお見せすることができなくて、ごめんなさい。コースを走っているときに、色んなコーナーで手を振って応援してくれている人の姿が見えていたし、精一杯戦って、いい汗をかいてゴールを切りたかった。この悔しさをバネに来季に向けて準備をしたいと思います。引き続き、応援よろしくお願いいたします。

バイオディーゼル燃料で走る2.2リッターディーゼルエンジンについて聞いた

パワートレイン開発本部の上杉康範氏、カスタマーサービス本部の楠 弘隆氏

 マツダは2021年の最終戦より、スーパー耐久の参戦を通して、使用済み食用油と微細藻類油脂を原料とした100%バイオ由来の次世代バイオディーゼル燃料を使って走ることで、モータースポーツにおけるカーボンニュートラルの実現に向けた実証実験を行なっている。

 車両の仕様としては、2022年の第6戦まで活躍していたMazda 2 Bio conceptは1.5リッターのディーゼルエンジン、その後、1.8リッターのディーゼルエンジンで走らせていたが、今回のMazda 3 Bio conceptには2.2リッターのディーゼルエンジンが搭載されている。

 エンジン開発を担当したパワートレイン開発本部の上杉康範氏は、「今回のMazda 3はマツダのいろんな思いが詰め込まれたクルマ」だと語る。

 マツダは当初、S耐参戦に向けた足がかりとして、ロードスターでMAZDA SPIRIT RACINGという新しいブランドを立ち上げていこうと計画していたが、ロードスターの参戦が実現したのは2022年のもてぎ戦になってからのこと。想定外のシナリオになったが、S耐参戦の第一歩は2021年の最終戦でチームジャパンのカーボンニュートラルを目指す取り組みとして、バイオディーゼル燃料を活用したMAZDA SPIRIT RACING Bio concept DEMIOを走らせる流れに変わった。そして今回、バイオディーゼル燃料で走らせる第2弾としてデビューしたMazda 3 Bio Conceptはマツダのモータースポーツを軸とした思いが形になったクルマだという。

 上杉氏は「カーボンニュートラル燃料でレースに参戦することは、“非現実的ではない燃料でモータースポーツができること”を私たち作り手からお客様に向けて、未来を示す役割をもっているのです」と、今回のMazda 3のレース車両の開発は外注のレーシングチームで行なうのではなく、マツダのグループ会社が手掛けたという。

 そこにはサスペンション、ブレーキ、エンジンなど、モータースポーツにまつわるキャリアをもち、レース車両を製作できるメンバーが揃っているため、それぞれのエンジニアが力を合わせた。レーシングカーの開発は彼らにとって量産車の延長線上にあるそうだが、時間に迫られる中で開発を行わなければならないことや量産車の限界を取っ払って、更に高い目標値を目指して作りあげていくことも普段とは異なる作業だという。

サスペンション、ブレーキ、エンジンなど、モータースポーツにまつわるキャリアをもち、レース車両を製作できるメンバーを揃えた「MAZDA SPIRIT RACING」

 ところで、マシンに搭載されている2.2リッターのエンジンはバイオディーゼル燃料で走り、耐久レースの過酷な環境を走り抜く上で量産車の仕様と何が違うのだろうか。

 彼らが目標としていたのは、第一にバイオディーゼル燃料に対応すること。さらに、カーボンニュートラル燃料を使うトヨタやスバルのマシンと共に走る場であるため、マツダ車として、カーボンニュートラルのクルマでも速さを期待してもらえるような姿を実現する必要もあった。彼らはそこを性能目標として開発を続けてきたそうだ。

 また、レーシングカーだからといって、一からレーシングエンジンを作れるわけではない。マツダ車の場合、本来は高くなりがちなディーゼルエンジンの圧縮比を低く設定しているのが特徴だが、今回は量産車と同じ2.2リッターエンジンをベースとしながらも、パワーを出すために圧縮比をさらに下げているという。とはいえ、量産車用のエンジンを過酷なレース環境で使うとなれば、さまざまな課題が出てくるはずだ。その点では、エンジンを壊さずに、いかに余力を使いこなせるかが勝負だという。

 上杉氏「パワー自体は空気と燃料がしっかりあれば出すことはできます。しかし、それを受け止めるエンジンの箱ものや回転系のどこが悲鳴をあげるのか。机上の解析やエンジンベンチで検証したりして、量産車開発から2ステップ踏み込んだ形で取り組んできました。開発を手掛けるメンバーが普段の仕事の片手間でやらなければならないことは他のメーカーも同じ状況だと思いますが、自分たちで開発してきたエンジンですし、目標がハッキリしているので、彼らは持っている力をフルに発揮してくれています」と話す。

 それ以外の変更点としては、量産車用のエンジンはツインターボなのに対し、レース車両はパワーを出すために大きなシングルターボに変更して、軽量化、コンパクト化に貢献。ツインターボのままでパワーを出そうとすると、それに応じた量の燃料を噴き、酸素が少ないとうまく燃焼せず、ススが沢山でてしまうため、酸素量が必要になるという。パワーを発揮する最適な選択肢として、シングルターボ化しているそうだ。

 ディーゼル車のマシンを走らせることは、ヨーロッパのレースシーンではメジャーなものの、日本では珍しいこと。ガソリンエンジンのマシンと比較して、どんな特性があるのだろうか。

 上杉氏「ディーゼル車のエンジンは高回転まで回らず、トルクで走る印象を持たれますが、例えて言うと、ガソリンエンジンはディーゼルの半分のトルクだったとしても、倍の回転まで回せば同じ出力が得られることになります。その点、ディーゼルの開発は限られたエンジン回転の限界の中でいかにパワーを出すかが特徴的な部分。ル・マンでアウディが優勝したV12のディーゼルエンジンのように、最高回転数は上げられなくても、排気量や気筒数を増やすというのはパワーを出す一つの手段です」と説明する。

 そうした意味では、CX-60に搭載された新開発の直列6気筒のディーゼルエンジンのポテンシャルが高いのではないかと想像させる。上杉氏は現時点でマツダの直6エンジンが搭載されているボディがSUVだということもあり、具体的なことは何も言えないとした上で、「一個人としては、マツダとしてああいう素材があることに期待しているし、一つ前を見据えた時に期待がもてます」と嬉しそうに語っていた。

 また、長時間の耐久レースを戦い抜く上では、マシンの操縦性の良し悪しも勝負を左右する重要な要素となるだろう。その点、FFのクルマはフロントヘビーになりがちなレイアウト。それがディーゼルエンジンを搭載するとなれば、さらに重たくなるはずだ。そのあたりの対策はどうなっているのだろうか。

 パワートレインに関しては、今回はSTEP 1として、先ずはエンジンの土台づくりをしっかりとして、パワーを出すことを目標にやってきたそうだ。軽量化や前後の重量配分について取り組む可能性について伺ってみると、次のステップとして、いわゆる古典的なアプローチだけではなく、最新技術の開発のものをドッキングさせるなど、取り組んでみたいという意見も聞かれた。

 フロントタイヤだけに負荷がかかる車両はセッティングやドライバーの走らせかたに工夫が要求されがち。4つのタイヤの性能を使い切れたほうが結果的に多くのメリットが得られそうなものだ。

カスタマーサービス本部の楠 弘隆氏

 レース車両開発の推進リーダーを務めるカスタマーサービス本部の楠 弘隆氏によれば、S耐のクルマづくりでは、可能な限りマツダの量産車の考え方や技術を残しながら、レースの環境に合わせて最適化しているという。

 楠氏「今回のMazda 3のレースカーに至っても、マツダの市販車づくりの考えである“4輪のタイヤの力を使い切る”という思想のもと、それをレースで走る仕様に合わせています。ロアアームなどは量産車と同じパーツを使い、トレッドを拡げたり、ドライブシャフトの長さが合わないところはナックルだけ換えるなど、どうしても換えなければならない部品だけは新しく作っている状態です。S耐はあくまでも量産車をベースとしたレースなので、その主旨と私たちの目的に合わせるかたちでクルマを作ってきました」

 マツダファンに向けて、彼らのレースの取り組みがどのような形で今後、価値を提供することに繋がるのだろうか。

 楠氏「分かり易く言うと、量産車でも、少しでも高い車速、高いGの状態で私たちが考える走りを実現したいと思っていますが、レースに出ないと分からない領域があります。そこを知ることで新しい知見を手に入れて、それを市販車に活かすことで、そういった領域でも意のままの走りを手に入れたいと思っています。」

 Mazda 3のステアリングを握ったドライバーの話からすると、従来よりも操縦性の高いクルマに仕上がってきている様子が伺える。新しいプラットフォームが採用されたMazda3の強みが活かされているのだろうか。

 楠氏「まさに、このモデルが登場したときから、リアタイヤをしっかり使うという発想でクルマを作ってきました。それを活かした上で、タイヤを太くして、フロントタイヤの動きを受けながら、リアタイヤがどう仕事をするのかなど、クルマの特性を巧く生かした仕様変更をしています。レースのデータをそのまま市販車に利用することはできませんが、ここで得た知見やモチベーションは今後、絶対に生きると思うので、考え方とか、こんなことをしたというノウハウは市販車に生かせると思います。」

 パワートレインを担当した上杉さんも「レースは尖ったテスト環境ではありますが、ただでは終わらず、それを導入するにはどんな制御でどんなシステムを組まなければならないとか、実際に動かして検証することは絶対に無駄にはなりません。開幕戦をいい状態で完走できないのは辛いですが、早くこの状況を断ち切って、次のステップに行かないといけない。そうした今の状況も私たちの思いを強くしていると思います。」と語っていた。

 レースで戦えることを実証してきたマツダのレース車両だが、そもそも、バイオディーゼル燃料はレースカーにとって、どんな影響を与える燃料なのだろうか。

 上杉氏は「従来のバイオディーゼル燃料は普通の軽油と違い、品質面では燃えにくくて、酸化しやすく、熱に弱いものでした。逆に、今使っているバイオディーゼル燃料が“バイオ”と言われる意味は、軽油=地中に埋まっている燃料、バイオ燃料=地表のCO2で光合成をして成長するバイオマスを元に作っているのかという出発点の違いを指しています。Mazda 3で使っているユーグレナのバイオディーゼル燃料は基本的には化学合成している燃料なので、そのレシピは軽油の代替燃料になるように作られています。燃える性質は軽油に近く、むしろ、普通の軽油よりも燃えやすい特徴があります。着火性がいいため、低圧縮比のディーゼルエンジンで着火限界が軽油を使ってギリギリのところでも、このバイオ燃料を入れると力強く火がついてくれます。レースで走っているときになると、ものすごく過給をして、筒内はしっかり熱い状態になっているので、軽油でもバイオ燃料でも燃料を吹いたはなから燃えていきます。つまり、レースで燃料として使っても、全く問題はありません」

 ただし、すでに販売している市販車のディーゼルエンジンにバイオ燃料が適合するか否かについては、まだ検証段階にあるという。理由としては、各社の燃料に品質的な違いがあることや、違う種類の燃料を混ぜて使っても大丈夫なのか。さらに、各自動車メーカーのエンジンによって、燃焼コンセプトの違いもある。現状では燃料の品質面など、さまざまな検証を行ない、懸念点や傾向があれば対策していくなど、両者が実現していくための取り組みを行なっている段階にあるとしている。

 いまや、クルマを動かす動力源はエンジンの他にモーターが存在し、エネルギーも多様化している。カーボンニュートラルに向けた答えは、電気自動車以外にも、内燃機関で走り続ける可能性が残されているのだ。将来、永続的にスポーツドライビングを楽しむ上で、各メーカーのクルマらしさを満喫できる選択肢が用意されていくことはユーザーである私たちが切に願うところだ。

 そして、MAZDA SPIRIT RACING Mazda 3 Bio conceptはまだ走り出したばかり。彼らが今後、レースに取り組んだ成果が将来的にどんな形で商品に展開されているのか期待が高まる。2023年のシーズンにおける彼らの活躍に期待したいと思う。