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ル・マン24時間で奮闘2位となったTOYOTA GAZOO Racing WECチームが帰国会見 小林可夢偉選手と平川亮選手が語る

2023年6月16日 開催

TGR WECチームのチーム代表 兼 7号車ドライバー 小林可夢偉選手(左)、8号車ドライバー 平川亮選手(右)

 2023年で100周年を迎えた伝統のル・マン24時間レースで奮闘2位となったTOYOTA GAZOO Racing WECチーム。チーム代表 兼 7号車ドライバーである小林可夢偉選手と8号車ドライバーの平川亮選手は、帰国して今週末にスポーツランドSUGOで行なわれる予定の全日本スーパーフォーミュラ選手権 東北大会に参戦する。

 JMS(日本モータースポーツ記者会)とJRPA(日本レース写真家協会)は、両選手を迎えた会見をスーパーフォーミュラ開催前日となる6月16日にスポーツランドSUGOで開催した。

7号車の事故について小林選手が語る

TGR WECチーム チーム代表 兼 7号車ドライバー 小林可夢偉選手

――6連覇のかかっていたレースで惜しくも2位という結果だったが、まずはレースを終えての感想を。

小林代表:まずはたくさんの応援、東富士の研究所のサポートなど、さまざまな方に感謝したい。2位という悔しい結果だったが、大変濃縮した10日間だったと感じている。非常に厳しいレースだったが、チームが1つになって24時間レースを戦う上で、結果以上に得たものはたくさんあった。チームとして戦う上で何が必要なのかということを改めて感じられたレースだったし、精一杯やれたと思っている。

平川亮選手:プロジェクトに関わったみなさんには感謝しかない。ファンのみなさまのサポートも熱くて力になった。最後のスティントでスピンしてクラッシュしたのは悔しい部分が多くて、自分を信じて起用してもらったというのもあったし、100周年という大きな舞台で誰もが勝ちにきている中で、勝つチャンスを削ってしまったということで悔しかった。それでも、2位という結果を持って帰ってきたのはよかった。シーズンは残り3戦ある。よい走りをしてチームに貢献できるように気持ちを切り替えていきたい。

平川亮選手

――ハートレー選手から変わる時にブレーキの問題などに関してフィードバックがあったと聞いているが?

平川亮選手:出て行って1周してその次の周にクラッシュしたのだが、その前に乗った時にブレーキが難しくなっているというのは聞いていた。直前までエンジニアとほかのドライバーと話をしていて、その上で出て行ったのだが、結果的にああいうことになってしまった。もっと走りで表現できたという意味では悔しく、想像以上にコントロールするのが難しかった。今後もこういう場面があると思うのでしっかり対処していきたい。

――最後は同ラップで1分20秒近い差ということだったが、BoP(Blance of Performance、性能調整のこと)が直前に変更された影響はあったのか?

小林代表:ゴールした時のタイムはどうあれ、クルマとしては一番速くなかったことは事実。その中で、強さで勝負できるかをチーム一丸となってやったが、惜しくも2位となった。自分が乗っていた7号車の方は人生で初めて追突され、8号車だけになってしまった中で2位という結果はチームとしてがんばった結果だと考えている。

 競合のフェラーリは、スパのレース(ル・マン前の最後のWEC通常レース)の段階で速いと感じており、スパからル・マンになる中で(BoPにより搭載されるウェイトハンデが)13kgの差をつけられた。それにより、1周あたり0.4秒程度のロスになっていて、勝負をするのは難しいとチームのみなも感じていた。

 その中でチームの気持ち、ドライバーも自分のもっているものを全て出してようやく勝負できるというような状況で、その中でもチームが気持ちを1つにして戦えたのはいい仕事ができたと感じている。機械を扱うスポーツなので、その中では出し切ったと感じている。

――自身が乗られていた7号車を事故で失ったが、その状況を教えてほしい。

小林代表:まず、スローゾーンの手前にネクストスローゾーンがある。普通の速度で走ってよいのだが、80km/hに落とすまでの準備期間のゾーンで、前にクルマがいたらオーバーテイクしちゃいけないとなっており、そこで過去にペナルティを取られたことがあったこともある。そこで前の車両がブレーキを踏んだので、自分はギリギリ止まった。ところが、自分の後ろはそれを見ていなかったのか、全開で突っ込んできた。それにより両方のリアタイヤがパンク、左のドライブシャフトが折れてしまった。

 通常はそうなってもエンジンが冷えるようになっていて、それで帰ってこれるようにシミュレーションなどもやってきたが、さすがにリア両方がパンク、ドライブシャフトも折れるような状況になると帰ってくるのは難しくなる。実際バッテリはすぐに減っていく状況で、エンジンをかけても5km/hでしか走れないような状況で、エンジンはオーバーヒートしてしまっていた。後で分かったのだが、実はギヤボックスからもオイルが漏れていて、想定してきたことをすべてやったがピットに帰れなかった。

 実は今回のレースでは、レースオペレーションにも問題があった。チームに入る無線(例えばどのコーナーで事故が起こっているなど)がかなりの頻度で間違っていた。前のクルマが急に減速したのも、ネクストスローゾーンに入った瞬間にチームから急に言われたのではないかと考えている。そこでいきなり前のクルマがブレーキを踏み、自分も減速したところに後ろから突っ込まれた。そうしたさまざまな不幸が重なった形になる。1つだけ自分に問題があったとすれば、それは自分にはル・マンで運がないということだというのが本音だ。

 そういう混乱があってこういう結果になったのだが、実際その現場で自分の前を走っていた(LMGTEの)アストンマーティンはその現場を抜いていったが、後でペナルティを課されている。仮に自分たちにそのペナルティが出されると、その時点でトップと1分30秒程度の差になっていたので、周回遅れになってしまう可能性があった。そうなると挽回するのは大変なので、止まる以外に選択肢はなかった。まさか後ろから突っ込まれることになることはドライバーとして想定することはできなかった。

――3位になったキャデラックに関しての印象を教えてほしい。

平川亮選手:LMDhの車両で、自分たちとは違うところにいた印象はある。トラブルもなかった、信頼性もある、いいクルマだろうなという感じだ。

――ポルシェは関してはどうか?

小林代表:ポルシェは仮にトラブルがなかったらキャデラックよりも速いだろうと思っていた、ストレートスピードも速かったし。自分たちがウェイトを積んで分かったことは、タイヤウォーマがないことを前提にした新しいタイヤ(筆者注:今回のル・マンでは暫定的にタイヤウォーマが許可されている)はウェイトを積むと、そのペナルティが非常に大きく、シミュレーションで想定していた以上のダメージがあったと感じた。

――プジョーに関してはどうか?

平川亮選手:普通の周回に関しては、タイム的にあまり変わらないが、デプロイ(ハイブリッドを使える速度)が150km/hなので、雨の中では桁違いに速かった。ただ、トラブルも少なくなくて24時間通して戦えるクルマではないと感じた。

「トヨタがどうのこうのではなく、チームのメンバーがどうやったら頑張れるか考えよう」

TGR WECチームのチーム代表 兼 7号車ドライバー 小林可夢偉選手

――来年は3台体制になる可能性は?

小林代表:今の時点ではその予定はない。確かに3台でやれると可能性は高まるが、2台でもしっかり強い体制を作るという本質に集中しないといけないと考えている。仮にその予算があったとしても、メカニックの養成も必要だし、それらのリードタイムを考えれば今の時点で決断しないといけないが、(今そういう予定がないので)その可能性は低いのかなと思っている。

――GT3で3台目という可能性は?

小林代表:ちょっと厳しいと思う。

平川亮選手:NASCARの車両が走っていたので、GT500が出たらおもしろいなと感じた(笑)。

小林代表:GT500出たらオーバーオールウィナーになってしまうと思う(笑)。

――レースを終えて気持ちの整理はついたのか?

小林代表:整理はついていない。やり切ったことは間違いないし、(2位という結果には)悔しさもあり両方だ。ただ、その中で(チーム代表として参加した)表彰台からは、フェラーリの旗ばかりになるのだろうと思っていたら、ほぼTGRの旗で、それは純粋にうれしかった。ファンのみなさまレースとは何かということをしっかり理解して応援していただいていると感じた。このル・マンでTGRのファンが増えたのではないか、そういう結果だけでは得られない何かを得られた気がしている。

ゴール後のサーキット。フェラーリの旗も、GRの旗も多く振られていた

 そして、現地には豊田章男会長、内山田竹志エグゼクティブフェローに来ていただき、佐藤恒治社長は現地にはお越しいただけなかったが日本から熱く応援していただいた。そうしたトヨタのトップマネージメントが応援してくださっているのは非常に大きかった。彼らはチームにブレーキを掛けるのではなく、チームのためにどうあるべきかを真剣に考えていただき、自分もチームをしっかりと引っ張れた。

 直前のルール変更で、どこまで戦うかのボーダーラインは難しかった。そうした中で「トヨタとしてどこまで戦うべきか?」と聞いたところ、「トヨタがどうのこうのではなく、チームのメンバーがどうやったら頑張れるか考えよう」という言葉をいただいた。どうしたら(この苦しい状況の中で)チームがいいクルマを作るために頑張れるかを考えて、ただ「はい、分かりました」と受け入れるのではなく、最後まで戦う気持ちでやり続けて、それがチームに伝わった。実際、チームの関係者もレースに向けた決起集会の時に、普段は何も言わない人が「オレにも言わせろ」と話したりしていた。チームの関係者もその気持ちを理解してくれて、相互に信頼関係が強くなったと感じた瞬間だ。

 欧州と日本の文化は違う。欧州では交渉でもすべて戦いにいく文化だが、今回は日本のチームだけど日本側のわれわれも最後まで正統性を問い正すことをやって(戦い続けた結果が)いい影響になったのかなと感じている。

――明日からスーパーフォーミュラのレースだが、気持ちはすでに切り替えられているか?

平川亮選手:結構気持ちを切り替えるのは大変で、切り替わったり、そうでなくなったりしている。しかし、(ル・マンから)1週間後のレースになり、気持ちを切り替えることはいいことで、先週のことは先週のこととしておいておき、今週末はしっかり結果を出せるように集中してやりたいと思っている。

小林選手:日本でル・マンのパブリックビューイングがあり、そこで山下健太選手と国本雄資選手が出ていたのだが、終わりのところで「可夢偉さんと平川さんが落ち込んでいるので、その間にSFでがんばりたい」と言っていたと聞いている。正直何を言っているのだと思ったので、今週末はしっかりレースをしたいと思う(笑)。