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2年を費やして再構築した「ポルシェ911リイマジンド・バイ・シンガー・クラシック・スタディ」日本初上陸
2023年11月27日 12:19
初代モデルのローンチは、今を遡ること60年近い1964年。そんな長寿を誇るのが、ご存じポルシェ911というスポーツカー。ただし単一のブランド名を名乗る一方、かくも長い時間を生き抜いてきたモデルゆえ、そんな長い歴史の中で幾度となく世代交代を図ってきたというのもまた当然の事柄だ。
そんな過程で最大級と言えるリファインが行なわれたのが、1997年に実施された993型から996型へのモデルチェンジ。ホイールベースの延長も含むサイズ拡大が行なわれるなど、ボディが全面的な刷新を受けると同時に、水平対向6気筒という特徴的なデザインを踏襲しながらエンジンも完全新設計されたアイテムに変更。特に冷却方式が993型以前の空冷式からより一般的な水冷式へと変更されたことが大きな特徴で、それゆえこのタイミングをもって「ポルシェ911は完全に生まれ変わった」と紹介することに異論を持つ人は少ないだろう。
ここに紹介するのは、そうしたポルシェ911の歴史の前半とも言える“空冷時代”の中でも高い人気を誇るモデルをベースとしながら、内外装やランニング・コンポーネンツに単なるレストアの枠を超えオーダーした人の希望を最大限に尊重した「究極のビスポーク」ともいえる仕上がりを実現させた、いわゆるレストモッドが施された911。
それを手掛けるのは2009年に設立された「シンガー ヴィークル デザイン(Singer Vehicle Design)」という、米国カリフォルニア州を拠点に1989年~1994年のポルシェ911、すなわち964型を「復元し再構築する」とうたう企業。ちなみに、この会社では前出レストモッドではなく、ポルシェに敬意を払うという理由から「リイマジン」という言葉を用いている。
ところで、数ある空冷時代の911の中からこうして964型に的を絞って「ドナー」と称するベース車両に用いる理由はいくつか考えられるが、例えばこの世代のモデルからパワーステアリングやエアコンといった現代に続く装備が採用をされたこと。また、シーケンシャルモードを備えたステップATである“ティプトロニック”仕様の選択が可能になったこと。そして、比較的流通量が多いことで「ドナー」の対象となる個体を探しやすいことなどが決め手になったと思われる。
ちなみに、すべての作業は前出のカルフォルニアで行なわれるが、車検など完成後に公道走行を行なうための手続きを考慮すると、「ドナー」ももともと同一国で登録されていた車両から選択するのがベターとのこと。まさにそうした過程を経て公開された今回の個体は、2021年春からその日本代理店であり九州地区でアストンマーティンやマクラーレンなどを扱う永三(えいさん)MOTORSが取り扱う最初の日本向け車両であるという。
それにしても、実車を目の当たりにすると、なるほどそれが通常のレストアの範疇を遥かに超え、細部にいたるまで緻密かつ入念で贅の尽くされた仕上がりの持ち主であることにたちまち納得がいく。
一見ではオリジナルのボディが美しく再塗装をされたように思えるボディパネルの多くは、驚くことにカーボンファイバー製。ヘッドライトやドアミラーなど細部へのこだわりも大したもので、そのデザインにはオリジナル・アイテムに対する強いリスペクトが感じられる。
ちなみに、シンガーが用意するラインアップには「クラシック・スタディ」「ターボ・スタディ」「ダイナミック・ライトウエイト・スタディ」という3タイプがあり、今回展示されたのは「1973年までの911にリイマジニング(改めて想像)する」をテーマとした「クラシック・スタディ」のモデル。オーダーメードゆえに過去の特定の年式や仕様を再現するため、オイルフィラーやフューエルフィラーの位置を変更することなども可能という。
こうしてその外観の入念な仕上げには驚くばかりだが、ドアを開き内装へと目を移すと、またため息が出るばかりとなる。
インテリアも顧客との話し合いで仕様が決定されていく完全なビスポーク仕上げゆえ、あくまでも「今回の展示車の場合には」という注釈が付くことにはなるが、オリジナルの964型のデザインが尊重をされながらも、航空宇宙用やプライベートジェット向けに開発されたという軽く薄い防音材が敷き詰められたうえで、シート表皮やダッシュボード、ドアトリムに見た目や触感が吟味された素材が用いられ、911伝統の5連メーターの盤面や指針にまで配慮のゆき届いた全体のレベルはもはや“芸術品”と呼べる域。
展示車両にはこれもオーナーの好みでロールケージが組まれていたが、本来は競技用の安全パーツであるはずのそうしたアイテムですら、仕上げの美しさは特筆ができるものだった。
ところで、ボディ後部の低い位置に搭載される空冷式のエンジンは、「964型オリジナルの3.6リッター・ユニットを完全にリビルトしたもの」「コスワースの手で3.8リッターに拡大されたもの」「ポルシェのレーシング・エンジンで豊富な経験を持つという“エド・ピンク・レーシング・エンジンズ”の手による4.0リッター・ユニット」の3タイプが選べるが、今回の展示車に用いられていたのは3番目の最強ユニット。組み合わされるトランスミッションは964型には存在しなかった6速MTとなっていたが、これは964型の次期モデルである993型のものが用いられているという。
かくして、そんな“究極のビスポーク”によって仕上げられた手間を惜しまないこのモデルを手に入れるためには、それ相応の対価が必要になるのは当然のこと。仕様次第で大きく変動をするために“定価”は明らかにされていないものの、「ドナー」を選ぶのに掛かる費用は別として日本円ではそれが“億”の単位に達することも珍しくなさそうである。
それでも、自ら手掛けた貴重な作品を著名なレーシング・イベントである「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」へと持ち込み、フルスピードで走る姿を披露してしまうのがシンガー流。
それだけに、手に入れることのできた幸運なオーナーには、ガレージにしまい込んでしまうのではなく、ぜひともガンガンに走って欲しいものである。