試乗記

ポルシェ911の新グレード「カレラT」試乗 自分の手で操るのがこんなに楽しいなんて!

911の新グレード「カレラT」

911でMTを味わうなら打ってつけのモデル

 ポルシェ911を手に入れたいと思ったとき、人によって重視するものは大きく変わるはずだ。私たちのようなクルマ好きにとっての911は、水平対向エンジンをリアに搭載し、後輪を駆動する“RR”のスポーツカーとして、唯一無二のドライビングを楽しめるモデルだし、一方で運動性能よりもブランド価値に重きを置く人にとっては、ハイブランドのメーカーが作る成功者のトロフィーのようなモデルという認識もあるだろう。

 今回紹介する「911 カレラT」は、圧倒的に前者に向けたモデルだ。カレラTは、純粋に911の走りを楽しむために、とにかく各所の軽量化が図られている。911は通常2+2のモデルだが、カレラTでは後席を完全に取り払い、軽量ガラスに変更したり、遮音材を削減したりするなど徹底的に軽量化されている。そして何より、このカレラTには7速MTが設定されているのだ。

 GTSにも7速MTはあるが、GTSほどの大パワーモデルになってしまうと、自分で忙しく変速するよりも、自動で優れた変速をしてくれるPDKの方がクルマのポテンシャルを最大限に楽しめるのではないだろうか。個人的にはMTが大好きで、自分の愛車もMTだが、ことポルシェに限って言えば舌を巻くようなPDKのシフトチェンジを味わってしまうと、「こっちの方がいいじゃん」と思ってしまうのだ。

 しかし、カレラTは911の軽量モデルであり、搭載される水平対向6気筒ツインターボエンジンの最高出力は、素のカレラと同様の385PS。これでも十分な大パワーだが、現行の911の中では、もっともベーシックかつピュアなモデルだ。911でMTを味わうなら、まさにこういったモデルが打ってつけだろう。

今回試乗したのは2022年10月に予約受注を開始した新型「911 カレラT」(1757万円)。“T”は「ツーリング」を意味し、ピュアドライビングエクスペリエンスを実現するモデルと位置付けられている。撮影車のボディカラーはスペシャルカラーのパイソングリーン
カレラTのボディサイズは4530×1852×1293mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2450mm。軽量化のため遮音材とリアシートが省かれるとともに、軽量ガラスや軽量バッテリを採用し、7速MTモデルの車重は市販911シリーズで最軽量となる1470Kgを達成
撮影車はフロント20インチ、リア21インチのハイグロスチタニウムグレーのRS Spyder Designホイール(タイヤはピレリ「P ZERO」)を装着。そのほか911 カレラTの専用装備としては「GTスポーツステアリングホイール」「スポーツエグゾーストシステム」なども用意される
パワーユニットは911 カレラと同じ最高出力283kW(385PS)/6500rpm、最大トルク450Nm/1950-5000rpmを発生する水平対向6気筒3.0リッターツインターボエンジン。トランスミッションは標準で7速MTが組み合わされるが、8速PDKも選択可能。最高速は291km/h、0-100km/h加速は7速MTが4.5秒、8速PDKが4.0秒
マットブラックとハイグロスブラックの2トーン仕上げられたインテリアでは、4Wayスポーツシートプラスを標準装備。また、オプションの「カレラTインテリアパッケージ」(撮影車は装着)を選択すれば、シートベルトの色をスレートグレーまたはリザードグリーンから選べるほか、ヘッドレストにエンボス加工される911ロゴやシートセンターのストライプも同じカラーで仕上げられる

運転の動作がどれも感覚にぴったりと合う

 さっそくそのカレラTのMTモデルを味わおうと、運転席に乗り込んだ。911は元々シンプルな内装だが、贅沢な装備をさらに削ぎ落とした車内は、まさにピュアスポーツカーというたたずまいだ。クラッチペダルを踏み、ひんやりと冷たい金属の触感を感じながら、シフトを1速に押し入れる。その瞬間「重っ」という声が漏れた。国産のスポーツカーでは感じられない、まさに機械と機械ががっちり締結しているかような重さと硬質な感触。それが選んだギヤに収まると、これまたガチッと噛み合うような感覚がある。クラッチペダルも決して軽くはない。なのに、なぜこれがこんなに気持ちよく感じるのだろう。

 それは走り出してみれば明確に分かることだった。がっしりとした現行992型の剛性感といったら! ボディがひとかたまりの金属のように外殻を形作っており、ドライバーがステアリングを少しでも切り込めば、遅れなくノーズがピッと反応する。この密度がギュッと詰まったようなクルマには、やはり軽いシフトフィールは似合わない。相変わらず硬質ではあるが、一度走り出すとショートストロークのシフトをカチッカチッと入れる感覚はたまらなかった。

 直進している時には、911らしいがっちりした剛性感や重厚感を強く感じるのに、ハンドルを切った瞬間はヒラヒラと左右に自在に走る。それはRRだからというだけではなく、通常のカレラから約35kg軽いだけでも、クルマの中心から離れているような慣性が大きく働く部分の軽量化を図れば、これだけ感覚が変わるということなのだろう。さらにこの試乗車には、低速時や駐車時の操舵力を軽減するパワーステアリングプラスと、リアアクスルステアリングもオプションで追加されている。このオプションも軽快感に多大な影響を与えているに違いない。

 そして、水平対向6気筒ツインターボエンジンの吹け上がりも目を見張るものがある。アクセルペダルを奥まで踏み込むと、1速ではあっという間にレブリミットに達してしまう。そこから2、3、4速までポンポンと上げていかなければ間に合わない。GTSとは言わないまでも、もしスポーツ走行レベルまで走り込みたいなら、ドライバー側にも素早く正確なシフトチェンジが求められる。それを体感してみると、最新の911のMTモデルをサーキットに持ち込んで楽しむにはきちんとしたスキルがないと難しいのかもしれないと思う。やはり911をサーキットで操るなら、シフトミスや操作遅れを最大限に抑えられるPDKかパドルシフトだろう。

 今回は、交通量の少ないワインディングロードや一般道を走ってみて、その領域を自らの手で操るのが楽しかったからこそ、余計にそう感じられた。まっすぐな道で小気味よくシフトアップし、交差点で少しアクセルを煽りながらシフトダウンして曲がる。ワインディングロードでは、左右に自由自在に切り返しながら、タイトなコーナーでヒールアンドトーをして立ち上がりを思い切り踏み込んでいく。シフトチェンジを含めた運転の動作がどれも感覚にぴったりと合うのが気持ちよくてしょうがない。

 最近のクルマはどんどん性能が上がり、人の手で触れて楽しめる領域は少なくなってきた。911も992型になって、より完璧な911に近づいている。しかしながら、それをカレラTというもっともピュアなモデルで、「自分の手で操るのがこんなに楽しいなんて」と、クルマ好きに思わせる余地を残してくれているところはさすがポルシェと言わざるを得ない。

伊藤梓

クルマ好きが高じて、2014年にグラフィックデザイナーから自動車雑誌カーグラフィックの編集者へと転身。より幅広くクルマの魅力を伝えるため、2018年に独立してフリーランスに。現在は、自動車ライターのほか、イラストレーターとしても活動中。ラジオパーソナリティを務めた経験を活かし、自動車関連の動画やイベントなどにも出演している。若い世代やクルマに興味がない方にも魅力を伝えられるような発信を心がけている。

Photo:堤晋一