試乗レポート

ポルシェの新型「911 GT3」、単に速いだけでなくエモーショナルな感動を味わわせてくれるモデル

新型「911 GT3」にワインディングで試乗

 ドイツを、いや世界を代表するスポーツカー・メーカーとして、押しも押されもしないブランドであるポルシェ。一時は年間生産台数がわずか3万台ほどにまで落ち込んで存続の危機すら囁かれたものの、昨今はそんな暗い過去があったことなど嘘であるかのような快進撃を続けている。

 例えば、2021年にはグローバルでの販売台数が創業以来初の30万台超を記録するなど、まさに飛ぶ鳥を落とすかの勢い。そうした驚異的な台数の伸びに大きく貢献することになっているのが、このブランドの場合もやはり「カイエン」や「マカン」といったSUV系であることは事実である。

 しかし、そうしたモデルの販売がいかに好調で多大な利益を上げるのに貢献していようとも、ブランドを象徴するのはいつの時代も「911」であることに異論を唱える人は皆無であるはず。現在も販売の続くモデルでありながらもすでにレジェンド的な存在である911は、ポルシェにとって魂そのものと言ってもいい位置付けにあるのだ。

 1964年に初代モデルが登場し軽く半世紀を超えるというその長い歴史の期間を、水平対向の6気筒エンジンを後端の低い位置に搭載し、それを独特の“猫背型”をしたボディで包み込むという基本的なレシピは不変のままに生き抜いてきたというストーリーは、まさに他に比類なきもの。しかもそれは「変えないこと」を目的にしてきたわけでは決してなく、むしろ逆に積極的にリファインの手を加え続けることで常に世界のトップスポーツカーの座を守り抜いてきたことこそに価値が大きいというのがこのモデルならではだ。

 ポルシェ 911というモデルが単にクラシカルな存在に留まらず、今でもクラシックでありながら最先端を行くスポーツカーとして人々の羨望を集め続ける理由はここにある。そんな最新の911(992シリーズ)の中にあって“最もサーキットに近い911”というフレーズで紹介できそうなのが、2021年2月に発表され日本では4月から受注が開始された「GT3」の最新バージョンだ。

新型911 GT3のポイント

 数ある911のシリーズ中でもGT3こそが最もホットでコンペティティブなキャラクターの持ち主と言いたくなる理由――それは第一に、前述のようにボディ後端に低く搭載されるエンジンが他のシリーズと共に水平対向6気筒という基本デザインを採りながらも、その技術的な内容がコンペティションの世界で得られた知見が凝縮された専用の設計を満載する、とことんこだわり抜いたアイテムである点に代表される。

 CO2削減を旗印にパワーユニットの電動化が推進され、またカタログ上の燃費値を向上させるために、高回転・高出力型の多気筒エンジンや大排気量ユニットが次々と姿を消していくという潮流の中にあって、このモデルに搭載されるのは先代ユニット比で10PSプラスの510PSという最高出力と、やはり先代比で10Nmを上乗せした470Nmの最大トルクを、それぞれ8400rpmと6100rpmという共に非常に高い回転数で発生させる、自然吸気式の4.0リッター・ユニット。最高許容回転数は9000rpmに達し、独立したエンジンオイル・タンクを備えるドライサンプ方式や先代ユニットよりも約10kgの軽量化を果たしたステンレススチール製のエグゾーストシステムを採用するなど、贅を尽くして凝った構造を惜しげもなく採用。6つのシリンダーが独自のスロットルバルブを備えることなども、純粋なレース用エンジンと同様のテクノロジと言える。一般市販モデル用としては稀有なポイントだ。

 そんな心臓の持ち主である最新のGT3のルックスは、ブレード下面の空気の流れを阻害させないスワンネック型マウントを新採用した特徴的な形状のリアウイングを筆頭とした専用ボディキットや、CFRP製のフロントフード上に設けられたセンターラジエーターからの熱を排気するアウトレット、フロント9.5J×20インチ/リア12J×21インチという、とびきりファットなセンターロック式ホイールの採用などによって、911シリーズの中にあっても明らかな異端児と思える凄まじい迫力を醸し出す。

 ちなみに、CFRP製フードに加え全ウィンドウを軽量ガラス化し、従来型比で10kg以上軽いバッテリや鍛造ホイールを採用するなど軽量化に余念がないことも大きな特徴だが、今回の試乗車ではさらにやはりCFRP製となる軽量のルーフパネルや標準アイテムより左右で12kg軽いというフルバケットシートをオプション装着。150万円超と高価なセラミック・コンポジット・ブレーキも採用するなど総額650万円分以上となるオプションアイテムを加えた仕様とされていた。

今回試乗したのは2021年4月に予約受注を開始した新型「911 GT3」(2296万円)。6速MTまたは7速PDKが用意され、今回の試乗車は後者。ボディサイズは4573×1852×1279mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2457mm。最高出力375kW(510PS)/8400rpm、最大トルク470Nm/6100rpmを発生する自然吸気の水平対向6気筒 4.0リッターエンジンを搭載。撮影車のボディカラーはシャークブルー
エクステリアでは911 RSR由来のスワンネック型リアウイングやディフューザーが印象的。CFRP製のフロントリッド、軽量ウィンドウ、軽合金製鍛造ホイール、リアシートコンパートメントカバーなどが軽量化に寄与し、車両重量はMT仕様車が1418kg、PDK仕様車が1435kgを実現する。足下はフロント20/リア21インチのGT3ホイールを装着し、タイヤはグッドイヤー「イーグル F1」(フロント255/35ZR20、リア315/30ZR21を組み合わせる

 今の時代、3つのペダル操作が必要なMTよりも2ペダル式のトランスミッションの方が、加速タイムにしても燃費にしても優位に立つことが多いというのはもはや定説。そんな事実を踏まえ、サーキット・ユースを重視し911シリーズ中でも特にスピード性能にフォーカスしたGT3では、通常のMTを廃してこのブランドではPDKと謳う2ペダル式のDCTに特化した過去もある。

 しかし、いざそうした整理を行なった結果、思いのほかMTの存続を望む声が大きかったことから、先代991の後期型からはそれが復活。こうして、常にユーザーの声に耳を傾ける姿勢を示して来たことも、911がこれまで長い歴史を生き抜いてくることを可能とした1つの要因であるようにも思えてくる。

 今回のテスト車はPDK仕様だったが、他の911シリーズのそれが8速であるのに対してこちらはクルージングギヤを廃した7速タイプ。実際、100km/hのクルージング時でもエンジン回転数は2600rpmほどと高めで、この時点でこのモデルのパワーユニットが明らかに高回転型であることを改めて教えられることになる。

 加えれば、そのセレクターはまるでMTのシフトレバーに未練があるかのごときデザインで、他シリーズが採用する小さなノブのような形状とは全くの別もの。同時に、Dレンジを選んでブレーキをリリースした場合でもクリープ現象が発生しないことも特徴だ。

無償オプションの「クラブ スポーツ パッケージ」に含まれるスチール製ロールケージを装備して2名乗車仕様となる911 GT3のインテリア。メーター中央に最高回転数10000rpmのタコメーターをレイアウトし、タイヤ空気圧インジケーター、油圧、油温、燃料残量、水温といったサーキット走行に不可欠な情報を得ることが可能。フルバケットシートやシャークブルーカラーのシートベルトなどはオプション設定

 かくしてこのモデルの場合の2ペダル式トランスミッションの採用はあくまでも速さを追求したことによる結果で、イージードライブのためなどでないことは明らか。一方でその変速動作はすこぶる滑らかで、速さを追求したアイテムでありながら妙なショックやノイズなどが皆無である点には、技術レベルの高さを感じさせられたこともまた事実。

 ちなみに、シフトプログラムも秀逸そのもので、パドルを操作すればそれに触れるか触れないかという電光石火のタイミングでシフトアップ、あるいはダウンの動作が行なわれるのは当然ながら、感心しごくだったのはそうしたマニュアル操作なしでも、まるでドライバーの意思を見透かしたかのように減速時に次の加速のためのダウンシフトが行なわれること。

 特に、より高いエンジン回転域が選ばれるスポーツモード選択時にアップテンポなドライビングを試みると、そうした印象が顕著。なるほどここまでの完成度を示す2ペダル式のトランスミッションができ上がったのであればもはやMTなど不要だろうと、一時は理詰めでポルシェの開発陣が考えた気持ちも分かるような気がした。

 それでは、なによりも気になるエンジンの仕上がりはとなると、これはもう走りのシーンを問わず「最高!!」としか言えないものであった。いかにサーキット・ユースを強く視野に入れているとはいえ、それでもGT3はクローズドコース専用車ではなく、時には快適性なども気になるであろうナンバー付きのロードカー。

 この場合、大いにありがたかったのは4.0リッターという排気量が生み出すエンジン低回転域からのトルクの十分な太さや、クリープ現象こそないものの望外なほどの変速の滑らかさ。高回転・高出力型という特性の持ち主とはいえ、街乗りシーンで乗るにも全く我慢など必要ないのがこのモデルの動力性能であった。

 加えれば、シリーズのベースたるカレラ・グレードよりも20mmのローダウンというセッティングのサスペンションがもたらすハードな乗り味も、その振動が瞬時に減衰することであまり不快な印象には繋がらなかったのも特筆できるポイント。

 ボディ前後端の地上高が小さく縁石などとの接触に気を使う点はGT3ならではだが、これもGPSを活用したメモリー機能付きのフロントアクスルリフトシステムをオプション装着すれば、街乗りシーンでの心配は大きく低減できることになる。

これほどにエモーショナルな感動を味わわせてくれるモデルは皆無

 一方、GT3本来の能力を少しでも引き出そうとワインディング・ロードへと連れ出すと、そこでの走りはゴキゲンのひとことに尽きるものだった。街乗りシーンでも不満のなかったエンジンは、4500rpm付近からそのサウンドに高周波成分が目立つようになってくると共に、アクセル操作に対するレスポンスがより向上。そうした傾向は6000rpm付近に達するとさらに顕著になり、そのまま加速度的なパワーの高まり感を伴いつつフルスケール10000rpm(!)というドライバー正面に位置するタコメーターの9000rpmに引かれたレッドラインを一気呵成に突破しようとする。

レッドゾーンは9000rpm

 大きなモーターに大出力のバッテリを組み合わせた一部のピュアEVの0-100km/h加速が3秒台、あるいは2秒台といった怒涛の加速力をいくら示そうとも、これほどにエモーショナルな感動を味わわせてくれるモデルは皆無であると断言できる。単に速いというだけでなく、そこにこれ以上の濃密さは不可能だろうと思われる情感が込められているのが、最新911 GT3の加速シーンなのである。

 そんな新しい911 GT3の技術的トピックの1つには、フロントのサスペンションがこれまで採用を続けてきたマクファーソンストラット方式から、2017年のル・マン24時間レースでクラス優勝を飾ったピュアなレーシングマシン「911RSR」に由来するダブルウィッシュボーン式へと変更された点も挙げられる。

 強い横Gを受けたコーナリング時の曲げ荷重による歪みや摩擦損失の低減、優れたキャンバー剛性の確保、ハードブレーキング時のノーズダイブ回避などを目的にしたと謳われるその効用を、公道上に留まった今回のテストドライブで明確に実感することは、率直に言って不可能であった。そもそも従来型でも極めて高かったそうしたフットワークのポテンシャルの優劣は、サーキットでの限界走行を極めた段階でようやくその判断が付くという次元のハナシであるはずだ。

 それでも、従来型に対してのエンジン・パフォーマンスの向上が10PSと10Nmと限定的である中で、ニュルブルクリンク北コースでのラップタイムを17秒以上も更新と伝えられる多くの部分は、フットワーク部分の進化と捉えても間違いではないはず。それを考えると、この期に及んでフロントのサスペンションをフルモデルチェンジしたという英断は、やはりその効果を十分果たしていると判断ができそうだ。

 996型をベースとして誕生した初代GT3が、ニュルブルクリンクのラップタイムで公道仕様の市販車として初の8分切りを記録した際、そのコースの過酷さを知る人々から驚喜の声を集めたのは1999年のこと。それから20年余りの時が経ったとはいえ、初代モデルのラップタイムを1分以上も短縮という偉大なる記録には、改めての驚きと畏敬の念を禁じ得ない最新GT3の実力なのである。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式のオリジナル型が“旧車増税”に至ったのを機に入れ替えを決断した、2009年式中古スマート……。

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Photo:高橋 学