インプレッション
ポルシェ「911 GT3」(海外試乗)
2017年7月22日 06:00
絶対的なスピード性能と快適な移動空間の両得を狙うのであれば、迷うことなく「ターボ」のクーペ。そこにオープンエア・モータリングの爽快さを加えたいのであれば、そのカブリオレ・バージョン。
“走り”ももちろん大事だけれど、まずはオシャレなルックスに拘るのであれば「タルガ」。いやいや、季節を問わず一級スポーツカーの実力を味わいたいというならば「カレラ4」……等々と、同一シリーズ中でそんなワガママな要望にこと細かに応えられるのは、ポルシェ「911」ならではの“特技”でもある。
生まれてこのかた軽く半世紀以上。3種のボディに2種類の駆動タイプ。さらには、やはり2種類のトランスミッションに多彩なエンジンを用意……というライバルには例を見ないワイドなラインアップは、このモデルが長い時間に多くの好みを抱くユーザーと共に育ってきたことによる、ある種の財産でもあるはずだ。
そんな声に応える一方で“猫背”スタイルのボディや、リアエンドの低い位置に水平対向の6気筒エンジンを搭載するというアイデンティティは守りつつ、性能面では常に世界のトップ・スポーツカーとしての地位を実現させて来たことも、ポルシェ911が畏敬の念を抱かれ続ける大きな理由に違いない。
そうしたシリーズ中にあって、とにかく強い刺激を味わいたい!という人に「これしかない!」とオススメをしたくなるのが、「GT3」の名が与えられたモデルだ。
1999年に限定バージョンとして誕生したGT3は、ここに紹介の新型で6代目。今春のジュネーブ・モーターショーで発表された最新バージョンはまず、歴代最強の4.0リッター自然吸気エンジンを搭載することが大きな話題の1台でもある。
レース活動で得られた知見を最大限に活かしつつ、サーキット走行を念頭に置きながらモータースポーツ部門が開発を担当するGT3。そこに搭載される”特別なフラット6エンジン”は、他の911シリーズとは一線を画すための最大のエレメントだ。
もちろん、そうした特徴は991の後期型と言える最新モデルでも変わりはしない。いや、従来以上にスペシャルな設計が与えられているのが、最新モデルの心臓部なのである。従来の991前期型用を25PS上まわる、500PSの大台に達した最高出力や20Nmの上乗せが行なわれた460Nmという最大トルクは、敢えてサーキットのラップタイムにはフォーカスをせず、「一般道での最高のドライビング・プレジャー獲得を目指す」として世に送り出された「911R」の心臓が発するデータと、4.0リッターの排気量も含めて共通のもの。
けれども、実際には最新GT3用のユニットは、バルブ駆動システム内の油圧ラッシュアジャスターが廃されたり、クランクシャフト/コンロッド周りのベアリングが強化されたりと、よりコンペティティブなスペックを採り入れた“別物”であるという。
正体を明かせば、最新GT3に搭載されたエンジンは実はワンメイク・レース用の「GT3 カップカー」や、先日開催されたル・マン24時間レースでも活躍した「911 RSR」など、純粋なレーシング・モデルからダイレクトに譲り受けたというアイテム。すなわち、それは“最もサーキットに近い911”と呼ぶに相応しい心臓部でもあるというわけなのだ。
ところで、最新GT3にはそんな新しい心臓に組み合わされるトランスミッションにも大きなニュースがある。従来型ではデュアルクラッチ式の“PDK”に限定されていたアイテムに、再びMTの選択肢が加えられたのだ。
従来型の場合、重量増のハンディキャップはあってもスピード性能が圧倒的に勝るという理由により、開発の初期段階から採用はPDK1本に絞られていたという。しかし、逆にそれ以前の時代には、高回転・高出力型の自然吸気エンジンにMTが組み合わされるというのが、歴代GT3の1つの記号性でもあったもの。
かくして、GT3ファンの間からは2ペダルのみになってしまった従来型に対して、少なからぬ戸惑いと不満の声が挙がった模様。絶対的なスピード性能ではPDKには勝てないことを承知の上で再設定されたMTには、こうしてユーザーの声に応え続けてきた911ならではの歴史が、改めて感じられたりもするものである。
一方で、継続採用されるPDKも進化を遂げた。今回新たに追加された機能が“パドルニュートラル”。これは、左右シフトパドルの同時引きでクラッチが解放となり、エンジンとトランスミッション間が切り離されると共に、パドルから手を放すとクラッチがエンゲージされるというもの。
この機能の追加で、ドライバーの意志によるタイヤグリップ力のより積極的なコントロールが可能となり、ドライビングの自在度がアップ。ちなみに、PSM(スタビリティコントロール)作動時にはクラッチのエンゲージは比較的穏やかに行なわれ、このシステムがOFFの状態では瞬時にエンゲージが行なわれるという。
そんな制御の設定からも、これがカタログを飾るための機能などではなく、ドライバーの意志をさらにダイレクトに挙動へと反映することを目的とした、いかにもGT3らしいアイテムであることは明らか。
MTの復活を含め、より”ドライバー・オリエンテッド”なクルマ創りが伺えるのが最新のGT3と言える。
「抵抗値は増さずにダウンフォースをより多く稼ぐ」というエアロダイナミクスのコンセプトから、サイドにエアブレードが設けられたフロント左右のエアインテークや、従来型よりも20mm高くレイアウトされたリアウイング。さらには、ディフューザー機能のさらなる強化を狙った床下整流などを採用した新型のルックスは、歴代GT3の例に漏れず「ただ者にはあらず」という印象が満点。
端的に言ってその雰囲気は獰猛そのもので、従来型同様リアにアクティブステアリングを標準採用する低く構えたシャシーに、フェンダーフレアからはみ出さんばかりのファットなシューズという組み合わせも、迫力満点の佇まいに拍車を掛ける。
前述のレーシング・モデルから譲り受けた心臓に火をいれると、周囲の空気を震わせつつ500PSユニットが一瞬で目を覚ます。
かくもハードコアであるのに意外なのは、MT仕様でも911Rでは盛大だったアイドリング時の“ガラ音”が耳に付かないこと。実は、新型GT3のMTではデュアルマスフライホールが組み合わされ、特有のノイズが抑えられているのだ。911シリーズの中にあっても、特にサーキット走行にフォーカスされたモデルだけに、街乗りシーンでの実用性は“二の次、三の次”であるはず、と誰もがそうしたイメージを抱くはず。
ところが、実際に一般道を走り始めると、歴代GT3の中でも圧倒的な快適性を備えていることに驚かされることとなった。
もちろん、その乗り味は決して“ソフト”なわけではない。路面の凹凸に応じて脚は思いのほかよく動き、ときには「しなやか」というフレーズすらを使いたくなるほど。そんな印象を抱いたのは、少なくとも自分の知るこれまでのGT3の中にあっては初めてだ。軽量化目的で防音・遮音材が削減され、それゆえロードノイズのボリュームが“特大”であるのは致し方ない事柄。
が、「それさえ抑えられれば、毎日の街乗りでも快適に使えそうなのに」と、そんな乗り味を提供してくれることになった。
こうして街乗りでも扱いやすいとはいえ、その走りの本領が発揮されるのはもちろんサーキット。前日の雨が上がり、ほぼドライ路面となったサーキットで秘めたポテンシャルを解放された新型が味わわせてくれたのは、何ともスパイシーで官能的な、もはや「レーシング・マシンそのもの」と表現してもよさそうな極めてシャープな運動性能だ。
迫力のフラット6サウンドとともに、まわせばまわすほど威勢のよさを増していく強烈パワーを背中に感じるのは至福の瞬間! いかにターボ・エンジンが進化を遂げようが、「やはり、こうした切れ味鋭い珠玉の自然吸気エンジンはなくなってほしくない!」と、もはや祈るようにして“この先”の時代を見守りたくなる。
前述500PSの最高出力を発するのは、データ上では8250rpm。が、その勢いは9000rpmのレッドラインまでほとんど衰えを知らないもの。絶対的な速さではやはりシームレスな加速が実現されるPDK仕様に軍配が上がるが、フィーリングが抜群なシフトとクラッチワークを駆使しつつ、自らクルマを操る感覚がよりダイレクトに味わえるMT仕様にも、やはり独自の魅力があるのも間違いない。
街乗りシーンでは”望外の優しさ”を提供してくれたフットワークも、サーキット上ではピリリと辛口。
無論、タイヤグリップの限界を探りながら走るシーンでは、そんな悠長なことは言っていられなくなるはず。が、そんな限界まで攻め込むのでなければ、意外にも扱いやすいのがこのモデルの走り。そうした印象の背景にはもちろん、俊敏さと安定感の双方を向上させてくれる、リアアクティブステアリングの”黒子”としての働きにも、大きな効果が隠されているはずだ。
かくして、切れのある走りと圧倒的なスピード性能を実現させた最新のGT3は、従来型の記録を一挙に12秒以上も縮める7分12秒7というニュルブルクリンク旧コースのラップタイムをマークするという。
今回もまた、「一体どこまで進化をするのか!」とそんな驚きを隠しきれないGT3なのである。