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角田裕毅選手のレッドブル・レーシング初戦をレース戦略立案で支えるオラクル・クラウド
2025年4月3日 14:24
- 2025年4月2日 実施
4月4日~6日に三重県鈴鹿市の鈴鹿サーキットにおいて、F1日本グランプリ「2025 FIA F1世界選手権シリーズ レノボ 日本グランプリレース」が開催される。4月上旬という日程に変更して2年目となる2025年の日本GPだが、レースウィーク直前にレッドブル・レーシングから発表された角田裕毅選手のレーシングブルズからメインチームとなるオラクル・レッドブル・レーシングへの移籍というニュースがあり、日本人ドライバーが優勝のチャンスがあるマシンに乗るということに日本のファンの期待も大きく高まっている。
そうした中で、4月2日にはそのオラクル・レッドブル・レーシングのCIO(最高IT責任者) マット・カデュー氏が会見に応じ、同チームのメインスポンサーでもあるオラクルが提供するクラウドサービス「オラクル・クラウド」(OCI:Oracle Cloud Infrastructure)が、どのようにレッドブル・レーシングの作戦立案や車両、そして2026年以降に導入される新しいパワートレーンの開発といったことに活用されているかなどに関して説明した。
日本GP前に劇的にレッドブル昇格が発表された角田裕毅選手。日本GPからメインチームでの活躍が期待される
日本のファンにとって、角田裕毅選手のオラクル・レッドブル・レーシングへの昇格は、週末の日本GPを前に大きなニュースになった。日本人ドライバーが表彰台に登ったのは、2012年の日本GPでの小林可夢偉選手、2004年のアメリカGPでの佐藤琢磨選手、そして1990年の日本GPでの鈴木亜久里選手と3回だけで、2位や1位といった順位を獲得した例はない。角田選手がジュニアチームのレーシングブルズからメインチームのレッドブル・レーシングへの昇格は、そうした過去の日本人選手が破れなかった「見えない壁」を初めて破れるのではないかと大きな期待が集まっている。
その角田選手が加入するレッドブル・レーシングだが、もともとは3度の世界チャンピオンに輝いたジャッキー・スチュワート卿が1997年に起こしたコンストラクター「スチュワート」が母体になっている。2000年からはフォードの傘下になって「ジャガー」として参戦していたが、結果を残せず2004年末に撤退を発表し、オーストリアのエナジードリンクメーカーであるレッドブルに売却された。そうして2005年から参戦を開始したのが今のレッドブル・レーシングで、2010年~2013年に4年連続でセバスチャン・ベッテル氏が、そして2021年~2024年にも4年連続でマックス・フェルスタッペン選手がドライバーチャンピオンに輝いたという名門チームだ。
レッドブル・レーシングは2019年から日本のホンダと提携を開始。一時的にホンダが撤退することを決めた2021年にフェルスタッペン選手がチャンピオンを獲得したほか、2022年からはレッドブルが創設したRBPT(レッドブル・パワートレイン)のバッジで、ホンダのレース子会社HRCがパワーユニットを提供するかたちで参戦し、ドライバーチャンピオンは4年連続、そしてコンストラクターチャンピオンは2022年と2023年に獲得している。2025年はレッドブルとHRCの提携最終年にあたり、2026年以降、ホンダはアストンマーティンF1にパワーユニットを提供する予定となり、レッドブルはRBPTが内燃機関を、フォードがバッテリなどのハイブリッドシステムを提供するかたちとそれぞれ新体制で参戦することになる。
チームのデータセンターとオラクル・クラウドをハイブリッドに利用しているレッドブル・レーシングのIT
そのオラクル・レッドブル・レーシングでIT全般を統括するCIO(最高情報責任者)がマット・カデュー氏だ。今やF1チームは、ITを駆使しなければ勝てない勝負になっているのは多くの人が知っているだろう。最大の要因は、コストキャップ制度というものでチーム全体のコストに制限がかけられていることで、その範囲内で開発、製造、人件費(ドライバーやデザイナーなどには例外もある)をまかなわなければいけないため、以前のようにとにかくいっぱいパーツを作って風洞に入れてみたり、実際に走らせてみたりして、そこからよいものを選ぶなどのやり方は通用しなくなっているからだ。このため、CFD(Computational Fluid Dynamics:数値流体力学)などの各種のシミュレーションなどを利用して、ある程度優れた選択肢を絞った上で、それを製造して実戦に投入するなどのやり方が一般的だ。
それだけに「ITの活用にも効率が重要だ」とカデュー氏は、コストキャップで制約されている現状だからこそ、F1チームにとって効率よくシミュレーションを回す仕組みが重要だと強調した。
カデュー氏によれば、2022年からメインスポンサーにもなっているオラクルのオラクル・クラウドを利用する前には、オンプレミスと呼ばれるレッドブル・レーシングの本拠地があるミルトンキーンズなどに置かれている自社データセンターおよび、レースのたびに持って行く移動用ラックから構成されている小型データセンターにある演算能力を利用してシミュレーションを行なっていたという。実際、筆者もコロナ前にレッドブル・レーシングのピットガレージを取材したことがあったが、そのときにチームは40U程度(正確に数えた訳ではなくパッと見で)のラックにサーバー機器などを詰め込んだ小型のデータセンターをサーキットに持ち込んでおり、そこでさまざまなデータ処理などを行なっていると説明された。
また、同チームの本拠地にもデータセンターが用意されているという。しかし、「われわれのデータセンターは小さく、電源容量にも制約がある。そうした状況の中でチームの空力側だけでなく、2026年からRBPTとして提供する計画のパワーユニットなども含めてさまざまなシミュレーションを行なうには演算器のニースを満たすには小さすぎる」と述べ、データセンターの拡張にも課題を抱えていたのだという。
それを解決したのが、オラクルが提供するオラクル・クラウド・インフラストラクチャー(OCI)だ。OCIは、クラウドと呼ばれるインターネット経由で演算リソースやサービスなどを提供するもので、オンプレミスのデータセンターではまかないきれない演算能力などを、仮想的に提供することを実現する仕組みだ。オラクルは、大手のクラウドサービスプロバイダーとしては最後発になるが、その分新しいアーキテクチャを採用しており、処理能力や柔軟性などが高いことが特徴になっている。
カデュー氏によれば、レッドブル・レーシングはクラウドのOCIとオンプレミスの自社データセンターの両方を混在して使用する「ハイブリッド・クラウド」という環境で使っているという。例えば、グランプリが行なわれている週末に急に処理能力が必要になったときにはクラウド上で利用できる演算器を増やしたりすることが可能になり、グランプリが終わってそれが必要なくなれば利用をやめる……そうした柔軟な対応が可能になるのがクラウドとハイブリッドにしておくメリットだと説明した。
チーム関係者を助けるピットボックス・チャットボットとレース中のリアルタイムな作戦シミュレーションもオラクルが後援
日本のレースファンにとって見逃せないのは、レッドブルのレース運営には、そうしたオラクルのIT技術が多数利用されているということだ。
2025年からチームが取り組み始めているのは「オラクル・レッドブル・レーシング・ピットボックス・チャットボット」(ORBRピットボックス・チャットボット)という、生成AIを活用したチーム関係者向けのAIチャットボットサービスだ。F1では、スポーツ統括団体であるFIAが規定する、車両を規定するテクニカルレギュレーション、レースの運営などを規定するスポーティング・レギュレーションなど複数のルールがある。例えば、ピットレーンでは80km/h以下で走行しなければならないということがスポーティング・レギュレーションで規定されており、それに違反するとタイム加算などのペナルティが課せられる。このため、チーム関係者にとってはスポーティング・レギュレーションを把握しておくことは大事だし、同時に過去の判例(レースディレクターやスチュワードなどがそうしたルールを元に判定した結果)を知っておくことは重要だが、人間である以上すべてを覚えているというのは難しいというのは分かるだろう。
そこで、ORBRピットボックス・チャットボットでは、オラクルが提供する、LM(大規模言語モデル、具体的にどのモデルが利用されているかは明らかにされていない)を利用して、スポーティング・レギュレーションや過去のレース運営に関するデータ(どのグランプリで誰がどういう違反して、それをスチュワードはこう判定した)などを利用して学習して、チャットボットをレース運営のエキスパートにするというものだ。通常、こうしたレース時のレギュレーションの確認などは、スポーティング・ディレクターというチームのベテランが担当するものだが、そうした人間のノウハウをチャットボットに覚えてもらうことで、スポーティング・ディレクターに確認しなくてもエンジニアやチーム関係者などがすぐに確認できるようにしている。レースでは1分1秒を争っているだけに、こういうシステムを導入しておくことには大きな意味があると言える。
カデュー氏によれば、現在ORBRピットボックス・チャットボットは試験的に導入が進められており、2025年の後半頃には実際に全社的に導入していきたいということだった。
そして、もう1つ日本のファンにとって興味深いことは、レッドブル・レーシングが、レース中のリアルタイム作戦シミュレーションに、OCIを利用していることだ。レッドブル・レーシングでは、作戦担当(ストラテジスト)がモンテカルロシミュレーション(多重確率シミュレーション、不確実なことに対してさまざまな選択肢の中から数学的に確率が高そうなやり方を探す方法)と呼ばれるシミュレーション手法を用いてレース戦略のシミュレーションを行ない、作戦を決めているという。それは、予選が終わった後からレースが始まるまでもそうだし、レースが始まった後でもシミュレーションが行なわれているとのこと。その演算は、オラクルが提供するOCI上で行なわれているのだとカデュー氏は説明した。
日本のレースファンとしては、角田裕毅選手は開幕してからの2レース(オーストラリアGP、中国GP)で予選上位に入ったが、レースでは疑問符のつくチームの戦略によりポイントを取れなかったということが続いていただけに、新しいチームでは妥当な作戦を出してくれることを誰もが望んでいるだろう。その意味で、レッドブル・レーシングでは人間の勘だけに頼るのではなく、シミュレーションの手法もレース中にも使っているというのは、ファンとしては期待したい話だと言えるだろう。角田裕毅選手を応援するファンにとっても、「オラクル」、今後も要注目だ。


