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独フランクフルトにあるマツダの欧州研究開発拠点「MRE」を見学してきた
MREの役割とともに「魂動デザイン」「シートポジション」「人馬一体」についてのプレゼンも紹介
(2015/10/15 00:00)
マツダの最新技術「SKYACTIV TECHNOLOGY」と、生命感や躍動感を表現したデザインテーマ「魂動(こどう)」。この2点を全面的に採用する「CX-5」からスタートした新世代商品群は、9月に行われたフランクフルトショーの会期中に行われたドイツ自動車デザイン賞で3分野の賞を獲得するなど、国内外から高い評価を得ている。その魂動デザインをさらに進化させたクロスオーバーコンセプト「越 KOERU」がフランクフルトショーでワールドプレミアされた。
「越 KOERU」に関しては別記事を参照いただきたいが、「魂動」の真髄である“生命力”に加え、日本の伝統的な美意識にも通じる研ぎ澄まされた“品格”の表現にチャレンジしたという意欲作。見た目から躍動感にあふれ、スポーティな印象を強く受けるとともに、フランクフルトショーの会場で行われたプレゼンテーションにおいて、マツダ 社長兼CEOの小飼雅道氏が「プレミアムな外観にふさわしい乗り心地や静粛性を実現している」と述べているように、足まわりの味付けやNVH(騒音、振動、ハーシュネス)などでも新世代商品群の一歩先をいく仕上がりが予想される。まだアナウンスされていないが、市販化に期待のかかる1台といえるだろう。
さて、そのショーが開催された独フランクフルトに「MRE」と呼ばれるマツダの欧州研究開発拠点があるのはご存知だろうか。MREはマツダの海外拠点としてもっとも古く、今から遡ること25年前の1990年5月に開設された。今回、フランクフルトショー取材のかたわらMRE見学会に参加することができたので、MREの役割の紹介とともに、そのなかで行われたパワートレーン、シートポジション、デザインについての現地駐在員によるプレゼンテーションの模様を中心にリポートしたい。
●【インタビュー】マツダ「越 KOERU」チーフデザイナーの小泉巌氏に聞く
http://car.watch.impress.co.jp/docs/event_repo/15frankfurt/20150930_723039.html
●マツダ、既存の概念・枠組みを“越える”新コンセプトモデル「越 KOERU」世界初公開
http://car.watch.impress.co.jp/docs/event_repo/15frankfurt/20150916_721384.html
MREの役割
MREは欧州市場における技術/市場動向などの調査・研究という役割を担う拠点。そもそもはかつてのマツダのエンジニアがマツダ車と欧州車の比較を行ったところ、130km/hあたりでの安心感がまったく違ったことに愕然としたことに端を発しているそうで、それをきっかけに欧州での車両の開発や性能評価を行うことを始めたという。
そのMREの役割は大きく2つあり、1つはドイツには独自の哲学を持つ自動車メーカーが点在し、それらのメーカーから哲学を学びつつ、マツダの価値とは何なのかを本社に伝達し、それを製品に反映させていくこと。もう1つはドイツにはアウトバーンなど有名な高速道路が走り、さまざまな国にクルマで行くことができるが、そうした長距離移動時でもリラックスして走ることができるクルマ造りをしていくことだという。
具体的な業務としては、まずPEV(Product Evaluation)と呼ばれる製品評価を行う担当者がいて、パワートレーン、ビークルダイナミクス、NVH(騒音、振動、ハーシュネス)、クラフトマンシップという各分野での性能評価を行う。対象車両は開発中のモデルはもとより、他メーカーのクルマも該当し、アウトバーンや一般道を走行(テスト内容によって4つのルートがあらかじめ定められている)した結果から得られるデータを、広島本社にフィードバックする役割を担っている。マツダは欧州にテストコースを持たないため、こうした一般道でテスト走行を行うそうだが、テストの内容によってニュルブルクリンクで実施したりもするという。開発中のクルマであれば広島でテストすればよいわけだが、欧州車の性能評価を行うのであればやはり現地で行った方が時間的に短縮できるメリットがある。
また、MRE内にはクルマの排気ガスやNOxなどを計測することを目的とした、ガソリンエンジン用とディーゼルエンジン用の2つのシャシーローラーが備わる。ここでは自社製・他社製問わず新車の計測も行うが、とくに重視しているのは年式が古く走行距離を走ったクルマでの値といい、どのように経年劣化しているかを知るために重要な項目なのだという。こうした古いクルマを探してくるのが大変そうだが、一般ユーザーからクルマを借りて計測を行うのだそうだ。
これに加え、実際に走行するクルマの排ガス成分濃度を排気管から調べることができる車載計測システム「PEMS(Portable Emissions Measurement System)」なども用意されていて、これらは2017年を目途に欧州で導入される予定の実際の走行状態での排ガスを測定する検査に対応するためのものになっている。
“ため”と“構え”
プレゼンテーションでは、パワートレイン開発本部の岡田光平氏が現状のマツダ車のパワートレーンについて解説を行った。
同社のクルマ作りにおいて欠かせないキーワードになっている「人馬一体」というコンセプト。これはクルマを馬にたとえ、人の意のままにクルマが動く関係を作ろうというもので、「スポーツ走行時に限らず、買い物するときや家族とドライブするときなど何気なく走っているときでもクルマが意のままに動いてくれることが重要」であるとともに、走る・曲がる・止まるという各動作で“人馬一体感”を表現するためには、加速G、減速G、横Gの自然なつながりが重要で、自然であるがゆえにドライバーが意のままに操っている感覚を覚え、ひいては同乗者もクルマに揺さぶられることなく楽しい時間を共有することができるという。
Gフォースを自然につなげるためには、車体のロール、ヨー、横Gなどの応答をドライバーが正確につかみ、先を予測しながらコントロールしていく必要があるが、こうした要素がうまくつながらないクルマでは無駄な修正舵が必要になり、結果的に長時間移動の際にドライバーが疲れやすくなる。こうした車両の状態を理解するために必要なのが、ハンドルを切って曲がり出す前の小さなロール・ピッチだそうで、同社ではこの小さな反応を“ため”と呼び、「“ため”はクルマが次にどう動くかというものを予見する貴重な情報であり、クルマと人の対話の質を高めるための重要なポイント」「“ため”のように人間は小さな変化を感じ取り、無意識のうちに先を予測しながらクルマを運転している。運転時は常にクルマの反応と自分の予測を一致させ、『予測』『操作』『反応』というプロセスが移行している状態。このとき2つのポイントがあり、1つはクルマからの反応が人間の感覚に合っていること。2つめはアクセル操作に対してリニアであること」(岡田氏)。
1つめの「クルマからの反応が人間の感覚に合っていること」について、人間は平衡状態を維持しようと無意識に筋肉をコントロールしているそうで、とくに前後加速に対して首の筋肉を収縮させて目線を保とうとする。同社ではこれを“構え”と呼び、人間が“構え”をするまでに必要とする時間は0.2~0.3秒となっており、同社のクルマではこの時間に合わせてアクセルを踏み込んでから0.3秒で加速が始まるようにセッティングされているのだそうだ。
2つめの「アクセル操作に対してリニアであること」については、岡田氏は「アクセル操作に対してリニアに加速していくことは当たり前に思うかもしれないが、適切なタイミングで、さらにスムースかつリニアな加速を実現できれば、ドライバーは車両の動きを簡単に予測でき、無駄な操作なく車間、あるいは速度をコントロールできるようになる」と語り、煩雑な交通環境での前走車への追従といった状況でも、ストレスなく意のままに操れるクルマ作りを心掛けていることが紹介された。
これらを実現するための技術が「SKYACTIV TECHNOLOGY」になるわけだが、パワートレーンを開発するにあたっては「重量に対して適切なエンジン性能というのがあると考えている。人間の持つ共通の感覚や各地域の交通流を考慮した最適なエンジン性能を、正しいサイズという意味で“Right Sizing(ライト・サイジング)”と呼んでいる」(岡田氏)。
これは無理なダウンサイジングをすることなく、素直な加速応答とリニアさを実現するエンジンのことを指し、プレゼンテーションでは2.0リッターのガソリンエンジンを代表例として挙げ、「高圧縮比や4-2-1排気システムなど独自の技術を用いて、低回転から応答のよい太いトルクを実現している。また、そのクルマのサイズに最適なエンジンを載せることで、効率的な燃料消費を実現できる。これが“人馬一体”、すなわち走る喜びの実現と社会が求める優れた環境性能を両立する『サステイナブル“Zoom-Zoom”』の考え方になる」と岡田氏は述べるとともに、「SKYACTIVパワートレーンがドライバーの意のままの走りと、効率性を実現する最良の手段だと考えている。以上のような人間中心の考え方であるSKYACTIV TECHNOLOGYを、Mazda2(日本名:デミオ)からMazda6(日本名:アテンザ)まで適応しており、その結果お客様がいつでも誰でも笑顔になる、それがマツダの願い」としてプレゼンテーションを締めくくった。
新世代商品群におけるコクピットの作り方
次に製品評価を担当しているMAZDA Motor Europe シニアエンジニア プロダクト エバリュエーションの堀上正義氏から、新世代商品群におけるコクピットの作り方についてのプレゼンテーションが行われた。
コクピットの開発にあたっては、「人にとって理想の運転/操作姿勢、状態を規定する」「理想の運転/操作姿勢、状態に合わせて操作機器を配置する」「正しく操作するために適切なカタチや特性を作り込む」という3点がポイントになるという。
まず良好な運転視界を確保するために注力したのは、コーナーや交差点で視認しやすい見開きの広い視界で、具体的には新世代商品群ではAピラーの位置を50mm前後ほど車体後方側に引くこと、そしてAピラーとサイドミラーの隙間を空けることを実施。これにより交差点などで着座位置からでも背の低い子どもがちゃんと見えるようにしたという。
またHMI(ヒューマン・マシン・インターフェイス)についても語られ、新世代商品群では手元を目で確認しないでも操作できるコマンダーコントロール、車速やナビゲーションのルート誘導情報などをメーターフード前方に表示するアクティブ・ドライビング・ディスプレイ、目線を下げなくても確認できる7インチセンターディスプレイなどを採用している。これらはすべて運転の邪魔にならないよう徹底的に考え抜いているものだと報告されている。
一方、近年マツダが積極的に取り組んでいるシートポジションについてだが、新世代商品群ではシートを少し柔らかめにして、フラットで部分的な抜けがない体圧分布と広い接触面積を目指し、着座状態で体幹を包み込み、すべての動作につながる“構え”をサポートするフィット性を実現したという。また、ドライビング・ポジションについては安心・楽に、そして正確に操作するために人にとって自然な運転姿勢を実現することが重要であるとし、「どういう関節角度がよいのかを解剖学的に調べ、それにあわせてハンドルやシート、ペダル位置を配置した」(堀上氏)。
とくに苦労した点はアクセルとブレーキペダル位置だったといい、「従来だとアクセルとブレーキの踏みかえ操作をしていると踵が動いてしまっていたが、新世代商品群ではアクセルペダルにオルガン式を採用し、そこから踵が動かないようにブレーキペダルの形・角度・軌跡などを作った」と、そのこだわりの個所について紹介された。
新世代商品群のデザインについて
プレゼンテーションの締めくくりとして行われたのは魂動デザインについて。MAZDA Motor Europe アシスタントマネージャーの岩内義人氏とクレイモデラーを務める石本悠二氏が解説を行った。
まず魂動デザインについて、岩内氏は「我々は一般的なカーデザインが用いるデザイン言語を使っておらず、金属とプラスチックでできているクルマに“生命感”を与える哲学を持っている。我々はクルマをただの鉄の塊とは思っていなくて、ドライバーと心を通じ合えるパートナーでありたいと常に思っている」と、デザインの前提になっているマツダの哲学について紹介。この“生命感”を表現するにあたり、同社では「野生動物が持つダイナミックな美しさ」「力強い動きの表現」を追求しているのは周知のとおり。その前提があるうえで、マツダのデザインカルチャーは日本の美意識に基づいていて、日本には“引き算の美学”があり、極力無駄なものをそぎ落としてシンプルなものをよしとする価値観を重視しているという。
岩内氏が“引き算の美学”の例に挙げたのは「和食」や「禅の世界」、「茶道」で、そうした研ぎ澄まされた感覚のことを“凛(りん)”と、“凛”のなかにどこか色気を感じさせる造形美を“艶(えん)”と呼んでいる。“凛”はシャープで緊張感のある表現で、“艶”は温かみがあって思わず触れて見たくなる艶っぽい表現のことを指し、この相反する“凛”と“艶”という要素を組み合わせ、お互いを引き立てるようなデザインにすることを心掛けているという。
この“凛”と“艶”の配合バランスは車種によって変えているそうで、「たとえばスポーツカーのように非常に官能的で情熱的な表現が必要な場合は“艶”が勝つように、CX-3のようにクロスオーバーのような新ジャンルの先鋭的な表現が欲しいときは、ソリッドでシャープな“凛”による表現をしている。仮にCX-3の魂動成分表示をするならば、“凛”の成分が70%、“艶”の成分が30%。ロードスターであれば“艶”の成分が70%、凛”の成分が30%」(岩内氏)と述べるとともに、「魂動デザインでは“凛”と“艶”の使い分けでさまざまな表現を変えていくのが特徴」と解説を行った。
また、同社は2015年4月にイタリア ミラノで開催した「Mazda Design クルマはアート」で、独自にデザインした自転車「Bike by KODO concept(バイク・バイ・コドーコンセプト)」、ソファ「Sofa by KODO concept(ソファ・バイ・コドーコンセプト)」を公開している。「Bike by KODO concept」では、徹底的に研ぎ澄まされたスポーティさがロードスターのデザインに通じているといい、「バイクのフレームやハンドルは、マツダのハードモデラーが金属から叩き出しで作ったもの」「ソファについては、CX-3のリアまわりなどを見ていただければ分かるとおり、踏ん張りの効いたスタンスや、シンプルで凛とした佇まいなどは共通のイメージでデザインしている」と述べるなど、同社のモデルと自転車やソファには共通性があり、あえて人の手によって作られることで“モノに魂が宿る”意識を大事にしていることを紹介。
これらとともに紹介されたのが、玉川堂作の鎚起銅器「魂銅器」と金城一国斎作の卵殻彫漆箱「白糸」。いずれの作品も「魂動」に共感して創作された日本の伝統工芸で、両作品とも“引き算の美学”に通じるものがあるといい、「一見、2つともシンプルに見えるが労を惜しまずに手間をかけて深い味わいを出していることで、我々が目指すクラフトマンシップのお手本になっている」(岩内氏)と、クルマ以外の作品からもデザインのヒントを得ていることが説明された。