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マツダの新世代4WDシステム「i-ACTIV AWD」の仕組み
「『i-ACTIV AWD』で最終的には2WDの燃費を超える!」
(2015/12/31 00:00)
マツダが冬期にクルマの開発を行なう「北海道剣淵試験場」。その剣淵試験場をベースにした冬期試乗会が実施され、モータージャーナリスト岡本幸一郎氏による各車両の雪道走行インプレッションは先日お届けしたとおり。
●マツダの新世代フルタイム4WDシステム「i-ACTIV AWD」を北海道 剣淵町で体感してきた
この試乗会に合わせ、「CX-3」の「i-ACTIV AWD」展示用パワートレーンが新規に製作され世界初公開となったほか、i-ACTIV AWDに関する詳しい技術説明も行なわれた。本記事では、技術説明会の模様を中心にお届けしていく。
この記事と合わせて読んでいただきたいのが、スバル(富士重工業)のAWD(All Wheel Drive)に関するインタビュー記事。スバルのAWDシステムは乗用4WDシステムとして定評のあるシステムだが、組み合わせるエンジンの出力によって大きく2つに、そしてATかMTかによってやはり2つに分けられ、都合4つの4WDシステムを使い分けている。
一方マツダは、魂動デザインを採用した新世代車「CX-5」「アテンザ」「アクセラ」「デミオ」「CX-3」全てに同じ電子制御アクティブトルクコントロールカップリングユニットを持つ「i-ACTIV AWD」システムを搭載しており、歴史を積み重ねた結果複数のシステムを持つに至ったスバルと好対照をなしている。SKYACTIV(スカイアクティブ)技術導入にあたって、何もかも新規に作り上げた結果と言える。特にCX-5発売直後は、i-ACTIV AWD搭載車であることを示す「AWD」のバッジもなく、“i-ACTIV AWD”というシステム名称も当時のカタログに一切触れられていない。電子制御式センターデフという高価なデバイスを使用した4WDシステムとしては、静かなデビューとなっていた。
この理由として想像されるのは、後処理なしでクリーンディーゼルエンジンを実現したSKYACTIV-Dなどのエンジン技術、AT、MTとも新規に作り直したトランスミッション、シャシー設計の変更など多くの情報を伝える必要があったためだろう。新世代車第1弾となった2012年2月16日のCX-5においても、4WD技術についてはまったく触れられていなかった。
●マツダ「CX-5」ディーゼルは国内でも販売比率50%以上を狙う
2015年からはi-ACTIV AWDを積極的に打ち出してきており、これはSKYACTIV技術の理解が進んだためだろう。SKYACTIVエンジン、SKYACTIVトランスミッション、SKYACTIVシャシーなどが理解され、一連の新世代車が4年で3度も日本カー・オブ・ザ・イヤーに輝く結果となった。高性能な4WDシステムを理解してもらい、より降雪地域での拡販を図っていきたいとのことだろう。実際、マツダが搭載する4WDシステムは非常に高度なもので、「CX-5」「アテンザ」でトップクラス、同じシステムを積む「デミオ」「CX-3」クラスでは飛び抜けて豪華なものとなっている。
なお、本記事では一般的な4輪駆動については“4WD”、マツダ固有の4WDシステムについては“i-ACTIV AWD”と表記していく。スバルも現在は4WDシステムを“AWD”と表記しており、同様の表記とした。
マツダのクルマづくりの哲学
剣淵試験場におけるi-ACTIV AWDの技術説明は、車両開発本部 本部長 冨田知弘氏による「マツダのクルマづくりの哲学」の解説から始まった。マツダは技術開発の長期ビジョンとして「サステイナブル“zoom-zoom”宣言」を行なっており、「マツダのクルマに乗るすべてのお客さまに『走る歓び』と『優れた環境・安全性能』を提供する」としている。特にドライバーの「認知」「判断」「操作」を最大限に確保できるようなクルマを理想としており、ドライバーができない部分はクルマが肩代わりする、それが「MAZDA PROACTIVE SAFETY」だという。
次は操安性能開発部 主幹 虫谷泰典氏より、マツダの走りの哲学である「人馬一体」について。虫谷氏はドライビングプロセスをさまざまなたとえで表現し、フィードバックが大切だという。そこを理解してのクルマの作り込みが必要で、その作り込みができたときに人馬一体感が生まれるとした。
「『i-ACTIV AWD』で最終的には2WDの燃費を超える!」のが目標
4WDシステムであるi-ACTIV AWDについては、パワートレイン開発本部 ドライブトレイン開発部 八木康氏が解説。4WDは2WDよりタイヤ1輪あたりで負担するエンジンの力が小さいためタイヤが滑りにくいという。
4WDのメリットとしては、グリップ確保による安全・安心が挙げられ、デメリットとしては、重く、複雑になり燃費の悪化に繋がるという。i-ACTIV AWDは、安全・安心を向上しつつ燃費が悪化しないという理想のシステムを追求したものになる。
4WDシステムのポイントは、4輪のグリップ力を最大限に発揮できることにある。そのために必要なのが、4輪個々に適切なトルクを与えること。マツダはそのために、「認知」「判断」「操作」の個々のプロセスの精度を高めた。
認知については、可能なかぎり環境を予測するため、27のセンシングを行なっている。加速度やステアリングトルクなどはもちろん、前後ワイパーの作動状態や外気温度などもセンシングして状態を予測。スリップの予兆を検知するロジックを作り上げた。
操作に関しては、1秒間に200回の演算プロセス(つまり200Hzで状態を確認)を行なうことで、最適なトルクを後輪に伝達していく。また、あらかじめ微少なトルクを後輪に配分することでシステムの遊びを減らし、瞬時に後輪のトルクが立ち上がるようにしているという。
非常に細かく分析し、非常に細かく制御することで、必要なときに最適なトルク伝達を実現。システムの必要強度も軽減でき、駆動系システムの小型・軽量化を達成している。その結果、燃費もよくなり、2WD車とのJC08モード燃費差も小さいという。
マツダのテストでは、ドライ路面3速ではFF状態(100:0)がエネルギー損失最低となるが、圧雪路3速では後輪に30数%トルクをかけた状態が最低となり、i-ACTIV AWDによってより燃費のよい走りが実現できているという。
もちろんこのテスト結果は圧雪路の状態によっても異なり、スタッドレスタイヤの性能向上によっても異なってくるものだ。ドライ路面+夏タイヤ並のグリップを雪道において発揮するタイヤは世の中に存在せず、どうしても空転(スリップ)が多くなる2WDよりは、可変トルク機構を持つ4WDのほうが効率よく走れるのは事実だろう。
マツダの目標は、できるだけロスを小さくしてi-ACTIV AWD車で2WD車の燃費を超えること。クルマを日常的に使う中で、完全ドライ路面を常に走る状況は存在せず、降雪地域や中間降雪地域ではフェイズ4(4世代目)くらいで2WDとの燃費を逆転し、非降雪地域でもフェイズ5くらいで、i-ACTIV AWD車がBetterな状態にしたいという(ちなみに現在のi-ACTIV AWDは、フェイズ1)。この燃費というのは、例えば1年間使った結果の燃費というイメージで、晴天で路面とタイヤのグリップが完全に確保されている状態では2WDのほうが有利なのは言うまでもない(タイヤの許容トルクを超えるパワーがあれば、もちろん4WDが有利)。
剣淵試験場で公開されたCX-3のパワートレーン
剣淵試験場には、CX-3のi-ACTIV AWDシステムが展示されており、パワートレイン開発本部 ドライブトレイン開発部 丸谷哲史氏と八木康氏から詳細な説明をしていただいた。
まず、大まかなエンジントルクの流れだが、トランスミッションによって変速された力は、フロント部に設置されたPTO(パワーテイクオフ)ユニットによって取り出され、プロペラシャフトを介してリアデフとほぼ一体になった電子制御アクティブトルクコントロールカップリングユニットまで伝達される。
電子制御アクティブトルクコントロールカップリングユニット内には、湿式多板クラッチが内蔵されており、この多板クラッチをフリーにすると100:0のFF状態、完全圧着すると50:50の直結4WD状態になる。フロントデフやリアデフには差動制限は組み込まれておらず、片輪のトルク抜けについてはDSC/TCS(ダイナミックスタビリティコントロールシステム/トラクションコントロールシステム)の制御にも使われているブレーキシステムを使って対応する。
八木氏の説明にもあるとおり、電子制御アクティブトルクコントロールカップリングユニットはシステムの遊びを減らすため、100:0になることはなく、2WD状態の際も微少なトルクをリアにかけている。
また、システムのキモとなる電子制御アクティブトルクコントロールカップリングユニットは、「CX-5」「アテンザ」「アクセラ」「デミオ」「CX-3」とも共通で、上級車種とコンパクトクラスの4WDシステムとしての変更点はリアデフの容量のみ。つまりSKYACTIV-D 2.2(最大トルク420Nm)を搭載する「CX-5」「アテンザ」「アクセラ」と、SKYACTIV-D 1.5(最大トルク270Nm)を搭載する「デミオ」「CX-3」では、異なる容量のデフが使われているというわけだ。ちなみにこのリアデフの容量については「非公開」とのこと。直結4WD状態では最大で50%のトルクが送り込まれるため、そこに安全係数がかかった値と思われる。
最近の4WDシステムで導入例があるトルクベクタリング機能については、自然なハンドリングが実現していないとのことで、開発などはしているのだろうが導入する可能性が小さいようだった。トルクベクタリングは左右のトルクコントロールを積極的に行なう必要があり、前後のみのトルクコントロールを行ない、それを超高精度かつ軽量なシステムを実現することで燃費を追求しているi-ACTIV AWDの開発ベクトルとは異なっている部分があると推測される。
ちなみに、4WDシステムの重量は、CX-5が51kgで、CX-3が46kg。5kg程度の部品の違いとなっている。今回言及がなかったものの、「CX-9」に搭載された新開発のSKYACTIV-G 2.5Tも最大トルクは420Nmのため、CX-5と同じシステムで対応できるのだろう。
システムの構造上、フロントにあるPTOでは常にトルクがかかった状態になる。マツダはこのPTOの抵抗低減のために、従来のオイルより抵抗の小さいオイルをオイルメーカーと共同開発。従来のオイル粘度は、80w-90のギヤオイルだったが、新開発のオイル粘度は「内緒」とのこと。ただ、オイルを振ることはできたので、i-ACTIV AWDのインプレを執筆いただいた岡本幸一郎氏にオイルを振っていただいた。粘度の差は分かると思う。
PTO、プロペラシャフト、リアデフのいずれも小型・軽量化、低抵抗に配慮して作り込まれているほか、プロペラシャフトについては静音性や特有の安全性にも配慮。プロペラシャフト内にはパイプの振動を抑えるデッドナー(繊維製の物質)を内蔵し、収縮機構を内蔵した等速ジョイントによって衝突時の破損の際に危険なことが起こらないようにしている。
マツダの新世代4WDシステム「i-ACTIV AWD」は、すべての車種で同じシステムを用いることで開発費を注ぎ込んでいるせいか、非常にぜいたくなシステムとなっているのが分かる。もちろんマツダが開発費を注ぎ込んだ時期は、各種SKYACTIV技術を開発していた時期と同時期で、改めてその決断に驚く次第だ。
i-ACTIV AWDについて、より高精度な制御をするとともに、より効率的なシステムとするために開発が続いているのだろうが、今後のi-ACTIV AWDに望みたいのは“システムの見える化”だ。例えば、どのタイヤにどの程度トルクが加わっているのかは、i-ACTIV AWDにおいてまったく表示されない。クルマからのインフォメーションとしては従来のクルマの概念と異なる部分だが、トルクインジケーターがあることでシステムが動いているのが分かるのはオーナーにとって嬉しい部分だろう。また、システム的に4WDロック状態になるとはいえ、4WDロックボタンは欲しいところだ。4WDロックボタンが装着されることで、4WDロックが当然のように装備されている従来からのSUVユーザーへの訴求もできるだろうし、雪にはまった際の“あきらめ”の判断も行ないやすい。ある一定速度以上での自動解除やコーナリング時の解除などは必要だろうが、そもそも電子コントロールなので実装は容易な部分だ。
i-ACTIV AWDは、登場時は装備車にAWDバッジが付かない、システムの名称も公開されないなど“控えめ”が信条なのかもしれないが、トップクラスの電子制御が行なわれているだけに、もう少し分かりやすい自己主張があってもよいかと思う。それぞれの車種で差はあるが、2WDモデルとi-ACTIV AWDを装備した4WDモデルの価格差は二十数万円。マツダ車を購入する予定があり、i-ACTIV AWDの設定があるのなら、2WDとi-ACTIV AWDの乗り比べをぜひ行なってみていただきたい。