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サントリーが「やってみなはれ」の精神で取り組むグリーン水素ビジョンについて、サステナビリティ経営推進本部長 藤原正明氏に聞く

今回お話をうかがったサントリーホールディングス株式会社 常務執行役員 サステナビリティ経営推進本部長 藤原正明氏

山梨県の白州で始まる「サントリーグリーン水素ビジョン」

 サントリーホールディングスが6月11日に発表した「サントリーグリーン水素ビジョン」。このビジョンは、2025年内に予定されている「やまなしP2Gシステム」の稼働を前にサントリーグループの中長期計画を説明するものだ。

 サントリーは日本初の本格ウイスキーメーカーとして知られており、蒸溜酒であるウイスキーの製造には、直火や蒸気を使った蒸溜工程が欠かせないものとなっている。サントリーグループは2050年までにバリューチェーン全体でのカーボンニュートラルを掲げており、例えばこの蒸留工程における熱源も、将来的にはなんらかの形でカーボンニュートラル化を図っていく必要があるのは、自動車業界と同様に、世界に対する約束となる。

これまでのサントリーの水素に対する取り組み

 では、そこを単に電気に変えてよいのかと言えばそうではないだろう。直火や蒸気を使うことで、サントリーで言えば「白州」や「知多」といった個性豊かな製品を蒸溜できており、サステナブルかつ美味なウイスキー製造体制を築いていく必要がある。

 そこでサントリーが取り組んでいるのがグリーン水素による製造。山梨県および技術参画企業9社とともに国内最大となる16MW規模の水素製造施設「やまなしP2Gシステム」を建設し、山梨県内にあるサントリー南アルプス白州工場・サントリー白州蒸溜所での水素利用に取り組んでいく。

水素のメリット
山梨県でのグリーン水素の取り組み

 この施設は、水素パイプラインも約2km敷設。水素製造能力は最大で年間2200トンを予定し、CO2排出削減量は1万6000トンになるという大規模なものだ。

 山梨県はグリーン水素製造に積極的な自治体で、その水素はすでにスーパー耐久に参戦している水素カローラにも使用されている。トヨタ自動車はスーパー耐久において水素の「つくる」「はこぶ」「つかう」が大切と語っているが、この山梨県とサントリーの取り組みは、「つくる」「つかう」を大規模化するもの。一方で、なかなか難しい「はこぶ」については、約2kmの水素パイプライン敷設で可能な限り効率化しようとしている。

白州での取り組み
国内最大のグリーン水素製造設備「やまなしモデルP2Gシステム」

 全体については、関連記事で紹介したとおり。ここではサントリーホールディングス 常務執行役員 サステナビリティ経営推進本部長 藤原正明氏に、サントリーグリーン水素ビジョンの周辺戦略について聞いてみた。

水素パイプラインの概要など

「やってみなはれ」で取り組むサントリーの水素事業

知多蒸溜所や高砂工場での取り組みも

 このグリーン水素ビジョンでは、山梨県における地産地消タイプでの水素利用や東京都への水素供給計画が発表されていたが、ほかにも中京圏の水素利用として知多蒸溜所を紹介。サントリーとしても広がりのあるプランを示していた。

 この中京圏についてサントリーは、トヨタなどとともに中部圏水素・アンモニア社会実装推進会議と基本合意。中京圏の水素活用の一員となっている。この中京圏には、サントリーのウイスキーでグレーン原酒を製造する知多蒸溜所があり、シングルグレーンウイスキー「知多」のほか、ブレンデッドウイスキー「響」などの構成原酒作りには欠かせない蒸溜所となっている。

 この知多蒸溜所についても藤原氏は「パートナーが固まれば全面的に考えたい」と、中京圏での水素活用について意欲を示す。

 白州蒸溜所ではウイスキー工場で一般的にイメージされやすいツボ型のポットスチルを用いるが、知多蒸溜所では下から蒸気を加えていく連続蒸溜器を使っており、原料に酵母を加えて作られた発酵液の蒸溜の仕方が異なっている。

 藤原氏は、「技術的な話を申し上げると、みなさんがイメージされているツボ型のポットスチルで蒸溜するポット蒸溜、筒型の連続蒸溜というのがあります。連続蒸溜も基本的には、今回の山梨で検討されているのと同じく蒸気を使います。サントリーはポット蒸溜に関して、一回目の初溜に関しては直火を使います。ボイラーだけでなく、釜に水素を炊くというのを行なっています。その実証ができたのが昨年の発表になります。ボイラーはボイラーでやることができています」と語り、知多蒸溜所については「知多は連続蒸溜塔なので直火は使っていません。つまり、ボイラーの熱源だけあれば蒸溜できます。技術的な難易度は高くないと考えています」と、技術的な見通しは立っているという。

 まずは、サントリー天然水 南アルプス白州工場の水素ボイラー利用で実績を出し、中京圏は水素調達などが固まってから実施していくようだ。

 さらに水素利用の広がりとしては、将来的には高砂地区も考えていることを発表。兵庫県の高砂地区では、三菱重工業が水素の利用に積極的に取り組んでおり、世界初の水素製造から発電利用まで一貫実証可能な「高砂水素パーク」を設置。水電解装置で水素を製造しているほか、56.6万kWの水素GTCC(ガスタービン・コンバインドサイクル)実証発電設備で、世界初の水素30%混合燃料による大型ガスタービンの発電実証運転を行なっている。

 言わば国内の大規模水素利用の先進地区になるのだが、この高砂地区においては「明確に現時点で言えることはありませんが、可能性が出てきたということで発表の中に含めさせていただきました」(藤原氏)と、水素利用構想の広がりを示した。

 ただ、サントリーが当初目指すのは白州のある山梨県との取り組みになる。山梨で製造された水素であれば地産地消で利用でき、白州工場には水素パイプラインも施設することで水素の「はこぶ」問題を解決できる。

 藤原氏は山梨の地産地消の水素について、「今後、増強が必要かどうか。まずは我々としてP2G(Power to Gas)の実証として、どれくらいの電力からどのくらいの水素ができるのか、歩留まりを事実ベースで確認します。ここが出てきたら事業計画がクリアになるのではないかと思う」と語り、まずは「白州蒸溜所」「サントリー天然水 南アルプス白州工場」エリアに16MWの水電解によるCO2フリーの水素製造施設を構築し、水素の製造量、使用量などを確認していく。

「2年間は山梨県と10社による共同のコンソーシアムで運営をしていきます。この運営のスキームに沿った形で。それ以降は、フェーズ2以降は設備を継続利用する形で、その時点の電気コストを含めて考える形になると思います」(藤原氏)と、実証実験を行ない、動かしていくことが大切だという。

 水素パイプラインに関しては、「(水素パイプラインは)引いてます。2kmくらい引いています。(白州は)標高差が50mくらいあります。ちょうど入口が東側にあって西に向かって高くなります。私は水工場(サントリー天然水 南アルプス白州工場)の建設を担当していまして既存設備は理解しているのですが、そこに水素専燃のボイラーを入れて、その作られた蒸気と、既存のLNGによるボイラーの蒸気とを合わせて使うことになります。そこまでの水素専用のパイプラインを今回のP2Gのところからつなぎました。そのつないだ総延長が2kmになっています」と、その規模も語ってくれた。水素は金属を脆弱化させる水素脆化などの特性を持っているが、パイプラインに使用する金属やゴムは、耐水素性があるものを使用している。

 水素が普及していく上で気になるのが水素の価格。水素の製造量、使用量が増えていくことが価格の引き下げ要素につながっていくが、「これ(価格)は我々単独で考えられるものではないと思います。そこはなかなかコメントしづらいものになります。少なくとも今回場内で使うことに関しては自分たちの意思なので、そこは考えてやっていこうかなと思います。後は、現在申請中の価格差支援を含めた施策が、秋以降はっきりするのかなと思います」(藤原氏)と、当初はなんらかの支援策も活用しながら成り立たせていく。

 新エネルギーの普及には「鶏が先か、卵が先か」というジレンマが常につきまとうが、サントリーは先が見えない状況でも水素というエネルギーに取り組んでいる。

 その意義を藤原氏は、「僕らとしてはできるだけ早くやっておきたい気持ちがある。いろいろな形でネットゼロも見すえたGHG(GreenHouse Gas、温室効果ガス)の削減策をやってみないと、会社の中に知見を含めて何も残らない。ある程度本気でやらないと何も分からない。我々はまずトライしてみようと。いろいろなご縁があって実現できることになった」という。

サントリーの企業理念

 サントリーには、創業者である鳥井信治郎氏の「やってみなはれ」という挑戦の文化があり、藤原氏はグリーン水素ビジョン説明会の冒頭においてサントリーグループの企業理念を説明。今回の取り組みがその企業理念に基づいたものであり、新しい未来を切り開く「本気」の挑戦であると語ってくれた。