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GRヤリス ニュル仕様車の風洞試験を見る トヨタF1やWECマシン開発の知見が活かされた「中井モータースポーツ車両開発センター風洞」

「中井モータースポーツ車両開発センター風洞」でテストが行なわれるGRヤリス 26年式ニュルブルクリンク24時間レース仕様車

シングルムービングベルト、AWCS装備の風洞設備

 8月24日、GAZOO RacingはGRヤリスのニュルブルクリンク24時間レース仕様車の風洞試験を行なった。この風洞設備は、トヨタ自動車が世界に3つ持っている自社風洞の一つで、「中井モータースポーツ車両開発センター風洞」(神奈川県足柄上郡中井町、以下中井風洞)と呼ばれるもの。主に、GTマシンなどモータースポーツに用いる車両の試験を行なうのだが、GAZOO Racingの設備として「GRヤリス」や「GR GT」などGRブランドの市販車や、市販車のGRスポーツグレードの風洞試験も増えているという。

 トヨタ自動車の風洞設備としては、ほかにWECマシンの開発を行なう「トヨタレーシング風洞」(ドイツ ケルン市、以下ケルン風洞)、市販車の開発を主に行なう「本社風洞」(愛知県豊田市)がある。

中井モータースポーツ車両開発センター風洞は中井風洞と呼ばれている。クローズド形式の風洞で、壁面や天面の位置を変更できるアダプティブ・ウォール・コントロール・システムを装備。ムービングベルトは大きな一枚式のシングルベルト

 大きな違いとしては風洞の床面に設置されたムービングベルトにあり、ケルンと中井の風洞はシングルムービングベルトを使い、本社風洞は5つのムービングベルトを使っている。これは、レーシングマシンでは車高が低く床面と車両の最低地上高が近く、その部分の空気の動きも見たいため。市販車開発では問題とならない部分も、レーシングマシンであれば必要となるためシングルムービングベルトを採用しているとのこと。ちなみに本社風洞の5つのベルトとは、タイヤ4輪それぞれの部分と、底面中央部に対応する1枚になる。

 中井風洞で再現される最高速は288km/h(80m/s)、コーナリングや横風試験のため車体に12度までの角度を付けることもできる。風洞形式としてはコンパクトで高速状況を再現できるクローズド風洞だが、アダプティブ・ウォール・コントロール・システム(以下、AWCS)を備えており、風洞内に設置した車体形状に合わせて壁や天井の一部を個別に膨らませることができ、クローズド風洞に大きなものが置かれることで発生する空気圧縮などの影響を軽減。なるべくきれいなデータを得られるようにしている。さらにこのAWCSは世界初の自動制御タイプで、リモート作業でコントロールできるようになっている。壁の位置を変更できる風洞はいくつか見てきたが、PCの画面からコントロールしている風景はとても新鮮だった。

風洞には手でGRヤリスを運び入れる
風洞試験前に計測(?)
モニタルームから計測中の風景

GRヤリス 26年式ニュルブルクリンク24時間レース仕様を3日間にわたって試験

GRヤリス ニュルブルクリンク24時間レース仕様開発責任者であるトヨタ自動車株式会社 GAZOO Racing Company GR統括部 ZR GR4主任 久富圭氏

 今回、GRヤリスのニュルブルクリンク24時間レース仕様車の風洞試験を行なう目的は、2026年仕様車の空力性能を確認するためや、新しいアイディアの確認をするため。そして「エアロマップ」という空力特性のグラフィカルデータ作成にある。

 GRヤリス 26式ニュルでは、市販車のパワートレーンで見事完走した25式ニュルからパワーアップを図り、フロントサスペンションまわりのディメンションを変更。さらに底面をフラット化し、巨大ディフューザーを装備するなど大きな進化にチャレンジした。

 しかしながら底面のフラット化により、4WD機構をつかさどる4WDカップリングの冷却が厳しくなり、さらにエンジンパワーアップなどのポテンシャル増加が4WDカップリングの封入オイルの想定外の温度上昇を招き、それがオイルの劣化となりパワートレーンの振動発生につながった。

 すぐに原因を特定できなかったため、レース中に全パワートレーン交換という事態になってしまったが、レース後原因を特定できたための対策を実施。スーパー耐久のオートポリス戦には、底面にNACAダクトを設けた新しいフロアを持ち込んでいる。

 これにより一定程度の温度低下を実現できているものの、GRヤリスのニュル仕様を担当するGAZOO Racing Company GR統括部 ZR GR4主任 久富圭氏はレース後、「カップリングの熱対策は一定の効果は認められたものの、当初の狙いほどは冷えなかった」「風が真っすぐで当たらない状況や、他車両による影響も含め、空気の流れのコントロールを手の打ち化できたとはいいきれない」とのコメントを出しており、狙いどおりに冷却までは届かなかった様子。それも含めて風洞試験においてデータを取っていく。

 中井風洞を担当するGAZOO Racing Company GR車両開発部 性能開発室 主幹 中川雅樹氏は、この風洞にはトヨタのF1やWEC(世界耐久選手権)の開発を行なってきたメンバーが多くおり、その知見が活きているという。トヨタは1999年にF1参戦を発表、その開発拠点はケルン風洞のあるドイツ ケルンにあり、現在は2026年のル・マン24時間レースを制したトヨタレーシングの本拠地となっているところ。そのケルン風洞の知見が活かされた風洞になっているとのことだ。

中井風洞を担当するトヨタ自動車株式会社 GAZOO Racing Company GR車両開発部 性能開発室 主幹 中川雅樹氏
同じく中井風洞を担当するトヨタ自動車株式会社 GAZOO Racing Company GR車両開発部 動的性能開発室 主任 春日浩輝氏

 特徴としてはCFD(Computational Fluid Dynamics、数値流体力学)から風洞といった空力解析を一貫して実施できることで、風洞施設の横にCFDを行なえる部屋があるという。富士スピードウェイにも近く、CFD、風洞、そして実車テストといったことを積極的に行なえる環境になっているとのこと。施設も非常に活用されており、久富氏によるとこの8月の試験についても2月に予約している。

トヨタ自動車の3つの風洞
風洞の仕様について
中井風洞について
風洞とは?
中井風洞の特徴
空力開発について
空力開発プロセス
空力開発アイテム
空力開発日程
25年式と26年式の違い
風洞試験の目的

空力の考え方

 中川氏は空力について、市販車では基本的にクルマが浮き上がる方向である揚力が発生するという。レーシングカーやレースに用いるクルマではクルマを地面に押しつける下向きの力であるダウンフォースが必要となり、フロントまわりの造形やリアのウィングなどでその力を作り出しているという。

 26年式のニュル仕様ヤリスでは、そのダウンフォースをドラッグを増やさずに増やす工夫がしてあり、25年式でリアウィングの角度を最大にした場合でも、26年式のリアウィング角度で一番浅い状態になっているという。つまり、リアウィング角度を立てることによる抵抗の増加を招かずにダウンフォースを増やすことができており、26年式では5ノッチあるウィング角度の真ん中に当たる3ノッチでレースを走行。ダウンフォースが増えた状態でニュルブルクリンク24時間レースを戦うことができた。

 ダウンフォースが増えることは、タイヤの接地圧が上がることにつながり、実質的にタイヤの性能向上や、クルマの姿勢安定の向上につながる。26年式のニュル仕様GRヤリスでは、これができていたことになる。

ホイール部分の取り付け部品
ムービングベルト動作時
ムービングベルトはシングルタイプ

 手っ取り早くダウンフォースを上げるにはウィング角度を立てればよいが、これではドラッグ、つまり抵抗が増えてしまう。一般に空気抵抗(空気抵抗係数×全面投影面積)は速度の2乗で増加し、速度を得るために必要な馬力(エネルギー)は、力に速度を乗じたものなので、空気抵抗は速度の3乗で影響してくる。40km/hの速度域になれば明確に効いてくる抵抗で、100km/hになれば支配的な抵抗となる。ドラッグを増やさずにダウンフォースを増やすのは大切な取り組みとなる。

 26年式ニュル仕様は、車両底面のフラット化とリアのディフューザーでドラッグを増やさずにダウンフォースを増やすことに成功。コンピュータシミュレーションであるCFDではトータルで75%の改善、実機データでは60%改善しているとのこと。数字に開きはあるが、これはシミュレーションと実際のデータにおいてはずれがどうしてもあるもので、相関関係が分かればずれについては調整可能であるとのことであった。ちなみに、このシャシー底面の形状によるベンチュリー効果を全面的に採用したレーシングマシンの元祖が1977年の富士スピードウェイのF1日本グランプリに参戦していたロータス78で、翌年にはより洗練したロータス79によってシリーズチャンピオンを獲得。地面効果を得ることからグラウンドエフェクトカーと呼ばれ、現代のクルマやレーシングカーはこの考え方の影響下にある。

 中川氏によると空力による変化は、ムービングベルトの下に設置された特殊な計量装置で各タイヤの荷重を計測。これにより、揚力やダウンフォースなど上下方向の力が計測できているのだろう。ホイールのセンターにアームもついており、ドラッグなど前後方向の力も計測。そのほか、圧力センサーやレーザーで空気の流れを見ているという。

 記者は空力を見るといった場合に、前後方向、上下方向の力は基本として、層流や乱流などの発生や変化点に着目していると思っていたが、中川氏は境界層からの変化量を見ているという。中川氏は、「ボディ表面の流速はゼロ」と考えるといい、ボディと触れている部分の流速はゼロとなり、そこから離れるに従って変化する流速を見ているとのこと。単に層流や乱流といった見方ではなく、流速の変化量(や向き)を丁寧に見ていることになる。

 計測においては、風洞のウォームアップはもちろん、計測前や計測後に「テア(Tare)を取る」と語り、常に基準点をマークしていた。計測値と基準値の差分での判断を必ず行なっているようで、それだけ空力がゆらぎやすいものであることを感じることができた。

26年式ニュル仕様GRヤリスのエアロマップを作る試験

エアロマップとは?

 この8月24日のメインの試験が、26年式ニュル仕様GRヤリスのエアロマップを作ること。エアロマップというのは車高や姿勢変化によってどのようにダウンフォースが変化していくかというものを見える化したもので、クルマの特性を見る際やセッティングを行なっていく際の重要な資料になる。

 具体的には、長さを変化できる特殊なサスペンションを4輪に組み込み、そのサスペンションの長さを連続的に変化していき、同時にダウンフォースを計測していく。F1ではレーキ角など車体の前傾角度が話題になるが、車体を前傾にしたり後傾にしたり、車高を上げたり下げたりしながら作っていくものになる。

 この長さを変化できる特殊なサスペンションは、中川氏によるとケルン風洞由来のものということで、ここにもF1やWECマシン開発の知見が入っているとのこと。

 実際のマップづくりは、風洞のムービングベルトを最初に140km/hの速度に加速。安定したところで140km/hの風速をクルマにあてていく。流体力学における運動解析においては空気の密度も大切になるが、空気密度にかかわる空気温度は20℃に設定されており、それが流速を上げることで22℃一定という形で行なっていた。

 実際、ムービングベルトと風速が安定したところで、サスペンションの高さ変更を開始。車高を上げたり下げたり、前傾にしたり後傾にしたりを繰り返し、20分ほどでエアロマップを作り上げていた。

エアロマップの進化 25年式車
エアロマップの進化 26年式車

 このエアロマップはCFDによる解析でも作り上げることはできるだろうが、実際とのずれや、1枚作るのに1日程度コンピュータを回さねばならないことから、風洞において20分でできてしまうのは驚異的。風洞という現物を用いる開発の効率のよさが理解できる部分だった。

 久富氏によると、実際2025年のニュルブルクリンク24時間レースでは、このエアロマップがあることでセッティングを変更する際に役立ったといい、ドライバーのコメントに合わせて車高や前傾角を変更、その際にパーセント単位でのダウンフォースの変化量を伝えることができたとのことだ。

モータースポーツ車開発のリソースが投入される市販車がGR

 GAZOO RacingはGRとしての市販車両開発に、GTマシンの開発に使っている風洞やF1・WECのマシンづくりに携わってきた開発メンバーの知見を活かすことができる体制を築いてることになる。「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」を掲げるGRだが、その開発体制はモータースポーツのリソースを投入したもので、ある意味超贅沢なものであるとも言える。

 この様な開発体制が築けていることについて久富氏は、「モータースポーツやレーシングカーでダウンフォースを基本に設計しますよって言ったときに、本社風洞ももちろん使うんですけど、本社風洞はほかのカンパニーさんのクルマだとかも大量に(予約が)入っているのでなかなか使えない。我々として取った(計測した)データだとかを見ながら、このパーツを付けたらこれぐらい行くんじゃないかとかっていうところで、ダイレクトにアイテム提案とか技術提案っていうのをしやすいところもあるので、施設を非常に活用する価値はあります」といい、モータースポーツの会話ができる風洞の設備があるというのはとても有意義なことであると語ってくれた。

【訂正】記事初出時、風洞の略称を東富士風洞としておりましたが、正式な略称は中井風洞となります。ここに訂正させていただきます。