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ニュル24時間レースに挑戦したGRヤリス、謎の振動の原因は電子制御カップリングのオイル劣化 エンジンパワーアップなどが想定以上の負荷に

GRヤリスが採用する4WDシステム「GR-FOUR」の心臓部となる電子制御カップリング。ニュルブルクリンク24時間レースでは、この電子制御カップリングに使われているオイルが劣化し、トラブルの原因となった

 5月16日~17日にかけて決勝が行なわれたニュルブルクリンク24時間レース。世界一過酷な24時間レースとも呼ばれるこのニュル24時間に、トヨタ自動車とルーキーレーシングは市販車をベースとしたGRヤリスで参戦。途中、トラブル発生のために6時間ほどかかるというパワートレーン全交換作業に取りかかり、それを約4時間で仕上げるというチームの底力の高さが見られた戦いとなっていた。

 このトラブルは、大嶋選手へのドライバー交代時に発生。GRヤリスに特定の周波数の前後振動がパワートレーンに発生するというもので、タイヤ交換などをしたことから当初はタイヤやホイールを原因と推定。タイヤ交換をしてチェック走行を行なったりしていたが、タイヤやホイールではないという結論に。24時間レースも残り時間が7時間ほどとなっており、原因の特定を1つひとつチェックしていく時間もなくなっていく中で、当初は約6時間と見積もった、エンジン、トランスミッション、プロペラシャフト、前後デフ、センターデフとなる電子制御カップリングといったパワートレーン全交換作業を4時間で行なった。

ニュルブルクリンク24時間レースの現場で原因究明に挑むGRヤリス開発陣。パワートレーン全交換という判断を行なった

 この交換後は原因不明の前後振動は発生しなくなり、24時間のゴールをモリゾウ選手こと豊田章男会長のドライブによって迎えることができた。

 TOYOTA GAZOO Racingの高橋智也プレジデントは、ニュル24時間終了直後の囲みにおいて原因を富士24時間までに特定できたら、富士24時間レースの場において報告を行なうと語っており、6月7日の富士24時間レース内においてニュルブルクリンク24時間レース取材陣向けに報告会が実施された。

 前後振動の原因として語られたのは、「電子制御カップリング内に封入されているオイルの劣化」とのこと。GRヤリスは4WDシステムに「GR-FOUR」を搭載しており、フロントエンジンからの出力を6速MTや8速ATであるDATに伝え、変速後のトルクをPTO(Power Take Off)から後輪側にある電子制御カップリングに導き、この電子制御カップリングでトルクを分割。前後に配分していることになる。

GRヤリスのトラブル原因となった電子制御カップリング封入オイル。2025年は24時間レースを完走しており、今回のパワーアップや空力改善が負荷の増大につながった
電子制御カップリングに用いられている多板クラッチ。クラッチ側のトラブルはなかったとのこと

 このトルク分割だが、市販のGRヤリスでは前後デフの変速比を基本的にリア側に増速配分しており、「通常、前後のデフのギヤ比が等速(同じ)の場合は電子制御カップリングを直結すると50:50になります。しかし、このGRヤリスの場合は、電子制御カップリングがつかめばつかむほど(締結がきつくなればなるほど)、リアにトルクが流れていくようにしています。40:60、30:70、さらにもっとつかめば20:80などになります。タイヤでいうと、リアタイヤが速く回っているようなことになります」(GRヤリス開発スタッフ)という形で自由なトルク配分を実現している。

 具体的には、フロントデフ・リアデフとの比がわずか0.7%「歯車の歯1つ程度」(GRヤリス開発スタッフ)異なっており、これがGR-FOURのキモとなる仕組みである。

 ちなみにこれはGRヤリスのみの特殊な方法ではなく、一般的にはあまり公表されていないが、マツダの新世代4WD制御システム「i-ACTIV AWD」も同様の仕組みを採用している。後輪を増速しているFFベースの4WDシステムとなり、後輪の方の配分トルクを大きくする状況も作り出すことができるようになっている。このシステムにおける後輪側の増速割合は約1%で、GRヤリスよりも後輪側にトルクを導きやすくなっている。タイムライン的にはi-ACTIV AWDの登場の方が早く、詳しい方であればフォルクスワーゲンの4WDシステム「4MOTION」もハルデックスカップリングを使って同等の制御を実現していたのを覚えているだろう。

GRヤリスの電子制御カップリングは後軸デフの直前に配置されている。ジェイテクト製のITCCを用いており、GRヤリス用に強化された特別版
ITCCの構造が分かるだろうか? 前の12組の多板クラッチがトルク伝達用、後ろの3組のクラッチがトルク伝達用クラッチの押しつけトルクを調整するコントロークラッチ用。電流比例でリニアな押しつけトルクコントロールを可能としており、精密なアクティブ制御が可能。後方にはアーマチュアを駆動するための電磁コイル配線も見られる

 GRヤリスのGR-FOURや、マツダのi-ACTIV AWDにおいて、トルクの制御を行なっている電子制御カップリングがジェイテクトの「ITCC(Intelligent Torque Controlled Coupling」になる。

「自動車用多板クラッチの摩擦制御技術の発明」が令和元年度全国発明表彰において「発明賞」を受賞

https://www.jtekt.co.jp/news/190613.html

 ITCCは、トルクの断続コントロールにコントロールクラッチを使い、このコントロールクラッチの電流制御でカムを駆動。カムの駆動によって、トルク伝達用の多板クラッチを制御している。また、この多板クラッチの表面は特殊なダイヤモンドライクカーボン加工がされているほか、専用開発のフルードを封入している。

 このITCCには用途によっていくつかの種類があるのだが、GRヤリスに採用されているのは強大なトルク伝達を前提とした強化版のもので、通常は2枚のコントロールクラッチが3枚となり、カムの駆動力を増強。さらにトルク伝達に使われる多板クラッチも8組から12組へと増強されている。また、レース使用も想定されるGRヤリスであるため、その耐久性については特殊な生産工程を組み込むことで向上させている。

 その結果もあって、2025年のニュルブルクリンク24時間レースでは、市販車そのままのパワートレーンで決勝レースを完走。市販車としては特筆すべき耐久性や信頼性を示すことができた。

 2026年は市販車ベースでのチャレンジに一旦の区切りが付いたことから、エンジン出力パワーアップ、大型ディフューザーによる空力性能向上、サスペンションのディメンション変更といった大きな3つのアップデートを行ない、さらに戦闘力を上げてのチャレンジとなっていた。

 これは高橋プレジデントが現場でも指摘していたことだが、この戦闘力向上が電子制御カップリング内における温度上昇を招き、オイルの劣化を誘発。オイルが高熱環境下で劣化することで、トルク伝達用の多板クラッチの摩擦力の変化を招き、それが振動につながったと見られる。このトラブルを引き起こした電子制御カップリングユニットのオイル交換を行なったら振動が発生しなかった(多板クラッチに問題はなかった)と高橋プレジデントは言い、トラブルの原因はオイルの劣化にあると結論づけたとのことだ。

 そのため、今後の対策はどのようにしてオイルの劣化を招かないようにするかにある。一つ簡単なのは、電子制御カップリング内に封入されているオイルを、さらに組成の変更や添加物を加えていくことで高温下においても使えるようにすること。しかしながら、これは価格上昇につながっていくので、高橋プレジデントはこの方向でないところを模索している。

 温度が上昇することが理由なので、電子制御カップリングが冷えるようにすればよいということになる。もともとGRヤリスの電子制御カップリングにはヒートシンク状の加工がなされており、その箇所への風の当たり方を変更することを考えているという。

 これであれば底面のフェアリング加工など、コスト面で抑えられる可能性は高い。ただ、風の当たり方のみだと停車時の冷え方は変わらないため、ケースのヒートシンク形状(フィン形状)の変更など、表面積の増加策などが必要になるかもしれない。

 そもそもGRヤリスの電子制御カップリングユニットは、一般的な市販車のものを、コストを抑えるために同じクラッチプレートの枚数を増やす方向で強化。電子制御カップリングユニットの軸長も抑えながら作られており、高密度設計。熱対策もされながら作られている。

 高橋プレジデントは現場において、高出力、高ダウンフォースというタイヤのグリップが強化される案がスタッフから上がってきた時点で、パワートレーン各部の強化という知見を上長として出せなかったことを反省点として挙げていたが、レースの現場において「どこかを強化すると、これまでは問題なかったのに弱いところから壊れていく」という状況が現出したとも言える。そして今度は電子制御クラッチを強くすると、相対的に弱くなってしまったどこかが……、となる。

ニュルブルクリンク24時間レースの現場で、原因をある程度見抜いていた高橋智也GRプレジデント。それだけに、事前に指摘できなかったことが悔しそうだった

 その強くなるための正のスパイラルを回すことが、「モータースポーツ起点のクルマづくり」あり、トヨタは市販車への反映を見据え、コスト面での厳しい制約をもクリアしていこうとしている。