インプレッション

トヨタ「ヴィッツ」(ハイブリッドモデル追加)

 世界ラリー選手権(WRC)では「ヤリス」、つまり「ヴィッツ」をベースにしたラリーマシンである「ヤリスWRC」が、復帰2戦目となるラリー・スウェーデンで復帰後初優勝という活躍を見せて話題になっているが、生まれ故郷の日本でもビッグマイナーチェンジを受け、ラインアップも大きく変わった。

 最大の変更ポイントはヴィッツにもハイブリッドが投入されたことで、トヨタの電動化戦略がまた1歩進められたことになる。これにより、これまであった1.5リッターエンジンはラインアップから落とされ、コンベンショナルエンジンは1.0リッターと1.3リッターのみとなる。ハイブリッドのパワートレーンは「アクア」と基本的に共通の1.5リッターエンジンとモーターを組み合わせる「THS-II」だ。ハイブリッド専用モデルであるアクアとの関係は微妙だが、いずれにしてもこれまで以上にヴィッツに力が入っていくのは間違いない。

 パワートレーン以外でもヴィッツは大きな変更を受けており、ボディに初めて大きく手が入れられた。主な目的は走行安定性の向上。フロントドア開口部の前側とリアドア開口部の上側にスポット打点を増加して、ボディ左右を連結するインストルメントパネル・リーンフォースメントやその取り付けガセットの板厚をアップ。そしてフロント側に入っているブレースも同様に板厚アップされている。ガラス接着剤の改良もあり、フロントウィンドウまわりはかなり剛性が上がっている。また、Uグレード以上で採用するダンパーは、微小域の減衰力を制御する新構造のダンパーバルブを新たに採用して、ステアリングの切り始めなどの動きをスムーズにしている。

ハイブリッド U(クリアブルークリスタルシャイン)
1.3 U(オレンジメタリック)

 エクステリアではフロントロアグリルが大型化され、ヘッドライトも形状が異なっている。リアコンビネーションランプはバックドアまで連続する横長デザインになり、伸びやかなスタイルになっているのが最も簡単に従来型と見分けるポイントだ。

外観デザインは「アクティブ&リファインメント」をキーワードに変更を実施。フロントは従来は上下に分割してたグリルを一体化してサイズを拡大。フロントノーズの“ネッツバッヂ”から放射状に下側に広げてワイド感とスタンスのよさを表現している
ヘッドライトはガソリンモデルでマルチリフレクター式、ハイブリッドモデルでプロジェクター式のハロゲンライトを標準装備。また、一部のグレードを除いて1灯でハイビームとロービームを切り替えて使う「Bi-Beam LEDヘッドライト」(写真)をオプション設定している
従来型ではリアコンビネーションランプは縦長形状でボディ側のみに設定されていたが、デザイン変更された新型ではリアハッチまで伸びる横長になり、水平基調のデザインで安定感を演出している
「Bi-Beam LEDヘッドライト」をオプション装着した場合、リアコンビネーションランプもLEDライン発光テールランプ&6灯LEDストップランプに変更される

 新型と言ってもよいほどのビッグマイナーチェンジを受けたヴィッツは、グレード別やオプション装着によって3種類のタイヤが設定されている。これらの違いなどをテストドライブのなかに折り込みながら進めていこう。

 最初に乗ったのはハイブリッド U。ボリュームゾーンのグレードだ。装着タイヤは新開発の185/60 R15。ポイントはヴィッツに新搭載したハイブリッドとの相性と、走行性能にこだわったというボディ剛性向上の効果だ。

タイヤサイズは185/60 R15。標準装備はスチールホイール+フルホイールキャップだが、試乗車ではメーカーオプションのアルミホイールを装着していた
ハイブリッド Uのインパネ

 ヴィッツのドライビングポジションはアップライトに座らせているので、アイポイントも高く、正座に近い感覚だ。床から生えた長いシフトセレクターと合わせて、いつものヴィッツとはいえ最初はちょっと着座位置が高いと感じさせる。しかし、それだけに斜め前方も含めた視界は開けており、市街地では扱いやすく、少し走るとこのポジションにも慣れてしまう。

 インテリアデザインの変更もあり、ダッシュボードは最近のトヨタデザインに則って一体感のあるもので、9インチの大きなナビディスプレイ(販売店オプション)が目新しく視認性もよい。ドライバー正面のメーター内にはレーンキープ警告なども表示され、新たに追加されたハイブリッドモニターを含めて、ベーシックグレードのヴィッツとは大きな違いがある。

Uグレードはハイブリッド・ガソリンともに本革巻きステアリングを採用。右下にあるのはクルーズコントロールの操作スイッチ
メーターパネルは中央にスピードメーターを置き、右下にマルチインフォメーションディスプレイをレイアウト。左側はハイブリッドモデル(中央)はハイブリッドシステムインジケーター、ガソリンモデル(右)はタコメーターとなる
シフトセレクターはトヨタのハイブリッドモデルで多用されている「エレクトロシフトマチック」ではなく、ガソリンモデルと同じゲート式
足下にはアクセルとブレーキの2つのペダルを設置。パーキングブレーキはセンターコンソールのハンドブレーキとなる
ハイブリッドモデルはモードスイッチを押すことで、「エコドライブモード」「EVドライブモード」を選択可能。「車両接近通報装置」もハイブリッドモデル全車に標準装備
全車オーディオレスが標準となり、写真の「T-Connectナビ9インチモデル」などの販売店オプションを多彩に用意する
直列4気筒DOHC 1.5リッター自然吸気エンジンと1LMモーター、電気式無段変速機を組み合わせる「THS II」を採用。ハイブリッドモデルのJC08モード燃費は34.4km/L

 スタートではモーター発進するため、車内にはハイブリッド特有の電子音が響く。宇宙船のような音(宇宙船に乗ったことはないけど)だ。1.5リッターのハイブリッドであるパワートレーンは、アクアと共通とはいうものの全く同じではなく、ヴィッツ用に適合と進化が行なわれている。エンジン本体はフリクション低減とセッティングの変更で燃費効率が高められ、パワーコントロールユニットも電流変換時の損失低減などの細かいチューニングが施されている。走行用バッテリーはリアシートの下に巧みに配置されており、スペース損失はほぼない。

 動力性能は、モーターによるサポートもあって結構元気よく走る。どこから踏んでもハイブリッドらしく効率の高いところを選んで加速してくれるので、均一な加速が可能だ。ただ、「ラバーバンドフィール」と言われる加速感とエンジン回転数が合わないところはTHS IIハイブリッド特有のもので仕方がない。とはいえ、アクセルOFF時の空走感はもう少し減速度がほしいのが正直なところだ。

試乗会場の一角には、東京オートサロン 2017で世界初公開された「Vitz TGR Concept」(左)や、WRCの復帰第2戦で優勝して注目されている「ヤリスWRC」(右)などが展示されていた
ヤリスWRC(車両は2016年までの開発テストで使われていたもの)
ボンネット下に最高出力380馬力以上、最大トルク425Nm以上を発生する直列4気筒1.6リッター直噴ターボエンジンを搭載。駆動方式はアクティブ・センター・ディファレンシャル4WD
大型のリアウイングやディフューザー、リアフェンダー後方の空気抜きなど大がかりなエアロパーツを備えている。マフラーはセンター出し
車両の前後に幅の広いフェンダーを追加してミシュラン製のワイドタイヤを装着
全幅はヴィッツが1695mmであることに対し、1875mまで拡幅されているm
ドアミラーやリアウイングなどはカーボン素材で複雑な形状となっている
欧州仕様のヤリス・3ドア車のボディを使ったVitz TGR Concept。ヘッドライト形状はマイチェン後のヴィッツと同じだが、そのほかの意匠はマイチェン前のもの。これはヤリスのヘッドライトが以前から新しいヴィッツと同じスタイルを採用していたことが理由となっている
フロントバンパー両サイドやサイドステップにエアロパーツを追加
ディフューザー形状のリアバンパーを採用
大型のルーフエンドスポイラーを装着する
タイヤサイズは205/45 R17
ブレーキキャリパーはホワイトに塗装されており、4輪ディスクブレーキを採用している

細かいところまで手を抜かないマイナーチェンジ

 ハンドリングは、従来のヴィッツはロールの動きが早かった。ヴィッツはドライビングポジションが高いため、ロールが大きく感じられたのだ。新型ではステアリングを切ったときのクルマの動きに一体感が出て、好ましい姿勢変化になってきた。ステアリングの操舵力もナチュラルになり、段付き感が少ないことも効果がある。

 ハンドリングに一体感が出たのは、ダンパーの微低速域の減衰力が上げられたこと、そして気まじめにボディの部分剛性を向上させたことによる効果が大きいが、ドライバーにとって嬉しいのは運転する質の向上と安心感だ。

1.3 Uの2WD(FF)車に搭載される直列4気筒DOHC 1.5リッター自然吸気エンジン「1NR-FKE」。最高出力73kW(99PS)/6000rpm、最大トルク121Nm(12.3kgm)/4400rpmを発生し、JC08モード燃費は25.0km/L

 乗り心地では、従来のモデルでは荒れた路面を通過したときにバタバタした上下振動が大きかったが、バタつきはあるものの、かなり抑えが効くようになっていた。乗り心地ではもう1つ、1.3リッターのコンベンショナルモデルとハイブリッドでは少し差があり、低速ではコンべモデルは少し突き上げがあって、逆に高速走行になると収まりがよくなる。わずかな差だが、市街地走行ではハイブリッドの乗り味に分がありそうだ。

 そのハイブリッドのリアシートは、走行用バッテリーがシートの座面下に収まる関係でコンべモデルより少し薄く、そして硬めになっているのだが、底付き感はなく、フラットなシート形状も幸いして乗り心地は意外とよい。

ハイブリッド Uのシート。シート表皮はハイグレードファブリックを採用する
走行用バッテリーをリアシート下に収めるため、クッションの厚みが低下して硬めの仕様になっているが、フラットなシート形状も幸いして不快さを感じない

 タイヤの違いでは、15インチタイヤは少しピッチングする傾向があったが、これが195/50 R16のスポーティパッケージだと、ダンピングも向上してフラットな動きになる。ちなみに175/70 R14を履くJewela(女性がターゲットだが、内装カラーなどの差別化が顕著でがらりと印象が変わる)では、路面からのあたりが少しソフトになり、ダンピングも強くはないがサイズなりの自然さがある。

ハイブリッド U スポーティパッケージ
195/50 R16サイズのタイヤと切削光輝+ダークグレーメタリック塗装の専用アルミホイールを装備する
「リアルーフスポイラー」(左)や「サイドマッドガード」(右)なども専用装備
ハイブリッド ジュエラ
ジュエラの試乗車は175/70 R14サイズのブリヂストン エコピア EP25を装着
ジュエラにはドアミラーやドアハンドルをメッキ仕上げに変更する専用オプション「シャイニーデコレーション」が用意されている
シート表皮は白系のパイピングを備えるジュエラ専用品を使う

 素の(X-URBANではない)アクアのJC08モード燃費は37.0km/L。対するヴィッツ ハイブリッドは34.4km/Lでアクアの方が優れている。しかし、ここには実は車両重量とカテゴリー違いによる差があって、装備品を増やして重量が1090kgになると、アクアの燃費は33.8km/Lになる。こうなると1110kgのヴィッツ ハイブリッドの燃費が逆転して、クラストップの燃費となるのだ。

 アクアの燃費はパワートレーンだけでなく、空力もかなり進んでいたことで実現されていたが、その技術はヴィッツでも取り入れている。例えば、リアインナーフェンダーのエア抜きダクトやフロントインナーフェンダー上に整流板を追加したことで、走行中にフェンダー内に入ってくる乱れた空気を外に向かって送り出し、走行性能の向上と燃費の改善に結びつけている。細かいところまで手を抜かないマイナーチェンジである。

空力性能を高めるため、前後のタイヤハウス内に新たなアイテムを設置。フロントでは側面方向に整流させるビードを追加したフェンダーライナー、リアでは空気を後方に逃がすエアインテークを設定。リアのエアインテークはWRC参戦以前から続けている国内などのラリー競技で培ったノウハウが使われているという
「Toyota Safety Sense C」をFグレードにオプション設定、そのほかのグレードで標準装備し、採用車ではフロントウィンドウに単眼カメラとレーザーレーダーを組み合わせたセンサーユニットを装備する
一部のグレードで標準装備される「アジャスタブルデッキボード」はラゲッジスペースのフロアを2段構造にして使い勝手を高めるアイテム。下段に設置するとフロア高が120mm下がって大きな荷物に対応する
フロア下に「タイヤパンク応急修理キット」などを配置
さまざまな場所に収納スペースを設定。助手席前方のプレートを引き上げてブレーキング時などに座面に置いた荷物が落ちないようにする「買い物アシストシート」は、溝の部分で傘を固定したりバッグなどを掛けておけるよう工夫されている

 さて、最近のトヨタは社内カンパニー制を敷くようになった。ヴィッツが属するのは「Compact Car Company」。トヨタ本体とトヨタ自動車東日本を合わせて約7700名体制の社内カンパニーを引っ張るプレジデントは、トヨタ入社時からこれまで生産畑ひと筋に歩んできたという宮内一公氏。クルマ作りのA~Zまで携わるのは初めてだが、生産の面白さとはまた違った幅広い開発の醍醐味を味わっているという。実際、カンパニー制にしたことで意思決定が早くなり、開発スピードは飛躍的に向上して各カンパニーでよい効果が表れているという。

 トヨタのような世界有数の会社でこのようなドラスティックな改革がスムーズに行なわれ、そこに人材が揃うということにトヨタの底力を感じる。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/16~17年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:堤晋一