試乗インプレッション

ワインディングでのフットワークこそ真骨頂。フレンチ・スポーツカーのアルピーヌ「A110」に乗った

4205×1800×1250mmというボディサイズは日本の環境にもすこぶるフレンドリー

敢えてMRを採用した理由

 まるで何かの歯止めが外れてしまったかのように、大きく、そして重くなり続けていく昨今の世界のクルマたち。「立派に見えること」を善しとするユーザーが多くを占めるという中国のマーケットが、やはり“大きなクルマ”を好むアメリカとともに世界の巨大市場へと成長を遂げたこと。さらには、年を追うごとに厳しさを増す安全対策や排出ガス対策のために、さらなるスペースや新たな装備が必要になりつつあること等々を考えれば、もちろん「そうした傾向も止むなし」という理由が見つからないわけではない。

 一方で、日本に住む人が自らの周辺を振り返って見てみれば、最近のSUVやスポーツカーにはもはや珍しくなくなりつつある1.9m幅のボディなど、残念ながらそう簡単に受け入れられそうにない人は少なくないはず。明らかに5ナンバー枠に基づいて白線が引かれた駐車スペースの区画に遭遇することだって、いまだ決して珍しくないものだ。

 そんな昨今の状況を知るからこそ、このモデルに出会って最初に好感を抱くことができたのは、そのボディのサイズ感だった。ピュアなスポーツカーゆえの1250mmと低い全高はともかく、4205×1800mmという全長と全幅は、どこに乗りつけるにしても躊躇する必要のない、言うなれば「日本の環境にもすこぶるフレンドリーな大きさ」であることは間違いない。

 抑揚あるエクステリアデザイン実現のためには1.9mの全幅は必要不可欠……と、そんな言葉を耳にすることも少なくない。しかし、それがデザイナーの力量不足を自ら表すコメントであることは、このモデルのダイナミックでセクシーなスタイリングを前にすれば誰の眼からも明らかであるはずだ。

 かくして、ついに訪れたテストドライブのチャンスを前に、まずはその大きさとスタイリングに筆者の“ハートマーク”が明るく点灯したのが、久々となるピュアなフレンチ・スポーツカーであるアルピーヌ「A110」というモデルなのである。

 アルピーヌというブランドの生い立ち。そして、かつての同名モデルがラリーの世界を中心に活躍したヒストリーなどについては、興味があればいくらでもインターネットで検索することが可能という時代。もちろんそんな歴史を紐解いていくのも楽しいが、個人的には今、目の前に佇むコンパクトなスポーツカーそのものこそが興味の対象だ。

 メインビームから離れた、中央寄りにレイアウトされた丸型の補助ライトユニットを筆頭に、エクステリアデザインの特徴の多くが1960~1970年代に一世を風靡した“オリジナルA110”に対するオマージュに基づいて構築されていることは明らか。

 一方で、かつてのモデルではボディ後端部に搭載されていたエンジンが、今の時代に蘇った新型ではリアアクスルの前方にミッドマウントをされたことに、このモデルがいわゆる“レトロカー”に留まらない、本気の最新スポーツカーであることを教えられる。

 何故ならば、オリジナルモデルの重要なアイコンであるはずのRRレイアウトを踏襲せず、敢えてMRへと改めた理由は、実は徹底した床下整流によって優れたダウンフォースを獲得することにあったから。実際、リミッターによって制御される250km/hという速度で、徹底してフラット化されたフロアが発生させるダウンフォースは190kg。その後方のリアディフューザー部分が発生させるダウンフォースは85kgにも達するという。

 強く跳ね上げた形状によって空気流速を増すことで得られる後者は、仮にボディ後端にエンジンを搭載すると考えれば「望み薄」となる理屈。ポルシェがレース専用モデルである最新の911 RSRで、911というモデルでは最大のアイコンとも言えるRRレイアウトを涙を呑んで(!)捨てた末にミッドシップのレイアウトを採用したのも、「フロアの後端に大型ディフューザーのための十分なスペースを確保するため」と説明されるのと、まさに同様ということになるわけだ。

今回試乗したのは、かつてのA110の精神「ドライビング プレジャー/運転する歓び」を現代に復活させたフレンチ・スポーツカー「A110」。撮影車はブルー アルピーヌ Mカラーの「A110 ピュア」(811万円)で、ボディサイズは4205×1800×1250mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2420mm
ピュアグレードではシルバーのFUCHS製18インチ鍛造アロイホイール(タイヤはミシュラン「パイロット スポーツ4」)を装備。ピュア/リネージともに装備するブレンボ製キャリパーはフロントが4ピストン、リアがシングルピストン(電動パーキングブレーキ内蔵)となり、ピュアグレードのカラーはブルー アルピーヌになる
マットカーボン/アルミ/レザーを組み合わせるピュアグレードのインテリア。1脚あたり13.1kgという軽量を誇るSabelt製モノコックバケットシートをはじめ、レザーステアリング/ブルーステアリングセンタートリム、FOCAL製軽量4スピーカーなどを標準装備
こちらは上級グレードとなるグリ トネール Mカラーの「リネージ」(829万円)。ブラックの18インチアロイホイールが備わるとともに、キャリパーカラーには控えめなブラックを採用。ピュア、リネージともにヘッドライト&テールランプにはLEDを組み合わせる
ブリリアントカーボン/アルミ/レザーを組み合わせるリネージグレードのインテリア。ブラウンレザーのSabelt製スポーツシート(シートリフター・リクライニング、シートヒーター付き)のほか、レザーステアリング/ブラックステアリングセンタートリム、FOCAL製軽量4スピーカー+サブウーファーなどが専用装備になる
ステアリングの「SPORTボタン」を押すと、フルカラーTFTメーターの表示が「ノーマル」「スポーツ」「トラック」の3種類に切り替わる。バックカメラの表示もここで行なわれる

“ファン”な走りのテイストに「すっかりやられてしまった」

 かくして、「これ見よがし」の空力付加物から解放されたクリーンで流麗な2ドアクーペボディのドアを開き、ドライバーズシートでポジションを決める。今回テストドライブを行なったのは、2グレードが用意されるなかでよりベーシックな「ピュア」と名付けられたバージョン。上級グレードの「リネージ」と比較すると、シートヒーターや4スピーカー・オーディオなどが省略され、シートもリフターやリクライニング機構を持たないモノコックバケット仕様。それもあり、重量はリネージより20kg軽いわずかに1110kgと、リベットと接着材と溶接を用いて構成されるアルミ製の骨格構造を活かした、際立った軽量ぶりが特徴だ。

 1800mmと、ピタリと同じ全幅を持つポルシェ「ケイマン」と比べると、左右パッセンジャーの間隔はより近く、キャビン空間はよりタイトな印象。前方からシフトボタン、パワーウィンドウスイッチ、スターターボタン……と重要なアイテムがレイアウトされた、フライングバットレス(跳び梁)状デザインの細見のセンターコンソール下にはわずかに物が置ける空間があるものの、グローブボックスは存在せず、左右シート間の後方バルクヘッドに小さな小物入れが用意されるものの、これもポジション的に走行中はとても使用することは不可能と、全般的に物入れ/物置きの類は不足気味だ。

 ラゲッジスペースはフロントとリアの2か所に用意されるが、前者は床面積はそれなりなものの、深さは15cmほどでしかなく、後者は航空機内に持ち込みできるサイズのケースが辛うじて収納できようかという空間はあるものの、こちらは走行中にエンジンの熱でかなり暖められてしまうのが難点。

 1+1シーターと考えれば何とかなるかも知れないが、出張の多い自分自身のライフスタイルに照らし合わせてみると、「ここがこのモデルのパッケージングでの最大のネック」と思えてしまったことは事実だ。

フロントとリアのラゲッジスペース
左右シート間の後方バルクヘッドに用意される小物入れ

 一方で、エンジンに火を入れていよいよ走り始めると、そんな冷静な判断力を鈍らせるほどの、何とも“ファン”な走りのテイストに「すっかりやられてしまった」というのもまた事実だ。

 ルノー・日産アライアンスによる開発と伝えられる1.8リッターのターボ付き直噴4気筒エンジンが発する最高出力は252PS。そんな数字自体は今の時代では「取るに足らないもの」に過ぎないが、そこは1.1tに過ぎない重量との組み合わせ。実際、発表されている0-100km/hタイムも4.5秒と、2tを遥かに超えるボディに500PS超という心臓を組み合わせた末に、同様のタイムをマークするといった昨今珍しくない行為がバカバカしく思える、十二分な俊足ぶりを見せつけてくれる。

直列4気筒DOHC 1.8リッター直噴ターボ「M5P」型エンジンは最高出力185kW(252PS)/6000rpm、320Nm(32.6kgfm)/2000rpmを発生

 スポーツモードを選択した場合、アクセルOFFによって破裂音も混ざる乾いたサウンドは、スポーツ派ドライバーには大いに歓迎をされるであろうもの。欲を言えば、これで高回転域に掛けての伸び感にもう一歩の磨きが掛かれば、さらに情感豊かな心臓になるのに……という思いもなくはないものの、スムーズで素早い変速をこなしてくれるDCTとのマッチングにも優れ、ピュアなスポーツカーにふさわしい動力性能を味わわせてくれた。

 ちなみに、企画の段階から2ペダルのみしか考えなかったというこのモデルだが、トーボードの幅やコンソール部分のデザインから察すると、「確かに3本のペダルやシフトレバーなどを無理なくレイアウトするのは難しそう」と察しがつく。そもそも、パーキングブレーキの電動化もコンソール部分の”省スペース化”の要求から始まったトライと想像できる。

 ただし、軽さが命のこのモデルの場合、そうした構造の採用で重量が増加することは許し難かったと見え、「パーキングブレーキアクチュエーター内蔵のリアブレーキキャリパーは、通常のアイテムより2.5kg軽量」とアナウンスされている。

ワインディングロードでのフットワークこそ真骨頂

 こうして動力性能面で納得させてくれたアルピーヌ A110の走りは、ワインディングロードでのフットワークこそがその真骨頂ということになる。

 人とクルマの一体感がすこぶる強く、まさにドライバーが“旋回中心”となったかのような徹底的にヨーモーメントがそぎ落とされた感覚は、珠玉の仕上がり。右に左にと連続するコーナーを、まるで“クルマを着た”かのごとき身軽さでクリアしていく場面は、何とも感動の瞬間だ。

 ステアリングの操作に関わらず定位置に留まる、コラムに固定式の上下に長いアルミ製のシフトパドルも、いかにも「ドライビングが達者な人によるデザイン」という印象。荷重が減少する後輪側もしっかり仕事をしていることが実感できると同時に、多少ハードに使い込んだ程度では効きはもちろんペダルタッチに一切の変化がないブレーキは、そもそもの設計の優秀さとともに、もちろんその絶対的な軽量さや、44:56という前後の重量バランスが好影響を及ぼしているに違いない。

 ところで、そんなこのモデルにわずかな死角があるとすれば、それは前述のラゲッジスペースや小物置き場が不足気味であることも含めて、“GTカー”としての資質が必ずしも高くはないという点だろうか。

 路面を問わず接地感に優れ、基本的にはしなやかによく動いてくれる脚の持ち主ではあるものの、意外にも良路での揺すられ感はやや強め。ルームミラーを通しての視界も狭く、そんなこんなの理由から「東京~名古屋間を日帰りしてくれ」と求められた暁には、「できれば別のクルマで……」と言いたくもなりそうだ。

 一方で、そうした高速道路主体のツアラーとしてではなく、ワインディングロード主体のドライブコースを与えられたとしたら、今の自分は間違いなく“4気筒のポルシェ”ではなくこちらを選ぶと思う。

 いずれにしても、このモデルは単なるリバイバルモデルのみならず、今という時代の最先端をいく実力を備えたピュアなスポーツカーであることは間違いない。誕生早々にして「予想と期待以上の大傑作」と、そんな賛辞を送りたくなる新世代A110なのである。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式のオリジナル型が“旧車増税”に至ったのを機に入れ替えを決断した、2009年式中古スマート……。

http://blog.livedoor.jp/karmin2/

Photo:高橋 学