試乗記
鄭州日産「パラディン」が純正採用するテインの車高調整式サスペンション、その実力をオフロードで試してみた
2024年4月25日 00:00
これから発売する「4×4 DAMPER GRAVEL 2」がベース
アフター向けの足まわりを開発し続けているテインに、いま新たなる動きが始まっている。同社は1985年に創業し2025年で40周年を迎えるが、一貫していたのはあくまでアフター品であるということ。つまりはモータースポーツやチューニングカーへ向けた製品を基本としており、自動車メーカーに純正採用されることはなかった。だが、それがいよいよ中国において改められることになる。東風汽車と日産自動車の合弁会社である鄭州日産が発売する「パラディン」の20周年記念車(200台限定)に、テインの車高調整式サスペンションが純正採用されたのだ。
そもそもパラディンは消滅した車両であったが、「テラ」や「ナバラ」と同系統のフレームを採用したものをベースにした本格オフローダーとして2023年8月に復活を果たした。フロントデフ、リアデフを独立してロック可能。エンジンは2.4リッター自然吸気から2.0リッターターボに改められた。エクステリアはテラをベースとしているが、フロントフェイスやインテリアを現代的にアレンジするなど改良を行なっている。だが、いまは国の政策的にもEV推しで、販売はいまいち振るわず埋もれる傾向にあったという。そこでカンフル剤として1つ突き抜けたものが欲しいと、鄭州日産では半年ほど前にこのプロジェクトが動き出したそうだ。
パラディンというクルマは昔、中国生産のクルマを中国人ドライバーの周勇(ジョウヨン)選手が乗り、パリ-ダカールラリーで初めて完走したことで人気を博した。ならば本格的なイメージを引き継ぎ、オフロード走行にも耐える足まわりを入れたコンプリートカーを制作しようという企画がスタートした。そこで白羽の矢が立ったのが中国工場を持ち、生産能力も品質も高いことが実証されているテインだった。
テインは以前より敷地面積2万1000m 2 (日本の工場の約4倍)の中国工場を稼働させ、1日に4000本の生産能力を備え、260人もの従業員が働く。強みは多品種少量生産であり、1日に20車種ほどを作れるラインチェンジを可能としているからこその芸当だ。それでも製品に抜かりなく、たとえばピストンロッドは熱処理、研磨、機械加工、メッキまでを自社で行なうことが可能。またピストンロッド修正や研磨にもこだわりがあり、超仕上げ研磨ではエンジンのシリンダーに行なうホーニングのようなクロスハッチ形状の表面を実現することで、摺動抵抗の低減やオイルシールの寿命も引き上げている。つまりは、主要備品はほぼ内製。生産能力と品質の高さ、これが鄭州日産の監査に見事に認められ企画がスタートしたのだ。
採用されたテインの足まわりは、これから発売しようと考えていた「4×4 DAMPER GRAVEL 2」をベースに制作している。これがテインの社内であったからこそ、たった半年という短期間で市販に漕ぎ着けることができたのが実情のようだ。ちなみに、ここまでの製品を完成させるには通常であれば3年は必要とするとのこと。鄭州日産からテインへのアプローチと、テインの製品開発のタイミングが絶妙にマッチした結果がそこにある。
「4×4 DAMPER GRAVEL 2」の特徴は、前後ともに別タンクを備えている単筒式ということだ。ピストンはφ56、ピストンロッドはφ22となり、大入力にも耐える本格的な作りだ。減衰力は伸びと縮みを独立して調整できるようになっている。さらにハイドロリバンプストッパー(HRBS)を備えていることも独特だ。これはジャンプした時に足まわりが伸び切る最後の最後で油圧によりピストンスピードを落とすものだ。ピストンスピードがゆっくりの時にはオイルがゆっくり通るので減衰力は高まらないが、ピストンスピードが速い時にはオイルが早く入るので減衰力が一気に高まる。
パラディン用はボディの加工ナシでセットできるようにというリクエストがあり、専用の別タンク用のブラケットを備えたり、リア用は別タンクを厚い鉄板で覆うことで衝撃から守るような作りにするなど、メーカー純正品としての質感を損なわないように仕立てているように見受けられる。悪路走行をしようとも1年間の保証が付いていることもまたテイン製ならではだ(ノーマルのツインチューブには保証はつかない)。
標準車と20周年記念車を乗り比べ
そんなテインの足まわりが備わるパラディン20周年記念車両を目の当たりにすると、まるで競技車両のように勇ましい。タイヤはオールテレーンに変更されているし、車高は33mmも高くセットされている。吸気のシュノーケル、アンダーガード、トーインフックなどなど、まるで4駆チューナーが仕立てたかに思える仕上がりである。中国ではタイヤサイズ変更や足まわり交換は違法となるが、実際のところはそうしたクルマが街中を走っていても取り締まりに合うようなことはない。だが、車検でノーマルに戻す必要があり、そこが非常に面倒だというのだ。だからこそ、ここまで純正状態で仕立てられている今回のようなコンプリートモデルは喜ばれるらしい。
これらの専用チューニングはどんな結果を生み出してくれるのか? 本格的なオフロードコースをまずはノーマルの足まわりで走ってみる。ちなみにノーマルのショックアブソーバーはツインチューブ。タイヤもマッド&スノーで車高も20周年記念車に比べて33mm低く、アプローチアングルは32度、デパーチャアングルは27度となっている。走ればあくまでオンロード指向といった感覚があり、トラクションも薄く、揺らぎがいつまでも続くような感覚がある。悪路ではところどころで下まわりを擦るシーンがあり、特に顎を擦るのではないかと躊躇しながら走ることが多かった。オフロード走行を楽しむというよりは、恐る恐る動かしている程度で収めなければならないという感覚だ。
20周年記念車両に乗り換えると、着座位置からして当然ながら違っている。前を走るノーマルサスペンション車両のドライバーが、頭1つ分くらい低く見えるイメージだ。おかげで見晴らしもよく、積極的なドライブができそうだ。33mm高い車高、アプローチアングル33度、デパーチャアングル30度の実力はどうか?
走ってみると、オフロードにそれほど慣れていない筆者のようなドライブでは、音を上げるようなことはない。顎も剃らなければ急坂を駆け上がっても平気。モーグルでも入力を一瞬で収めてできるだけフラットに駆け抜けてくれることが好印象だ。初期から減衰がしっかりと立ち上がり、入力を抑えてくれるからこその芸当だろう。またモーグルでは、一瞬タイヤが浮くシーンがあったが、そんな際も音や衝撃は皆無。上質さも味わえるところがHRBSの威力といっていいだろう。
最後にテインの専務取締役であり、かつてサファリラリーでも優勝を経験している藤本吉郎氏にドライブしていただきながら、この足まわりの開発を振り返っていただいた。「市販車への純正採用ということで、音や振動、スピードバンプや砂丘の乗り越え、川渡りなど、あらゆる評価があり、その開発過程は難しいかとも思っていましたが、これまで通りの開発でいずれもクリアすることができました。半年という短い開発期間をクリアできたのは、ウチでも進んでいた企画があったからこそ。こんな企画が次もできるといいですが、この短期間はもう無理でしょうね」とのこと。
藤本氏の走りは左足ブレーキを常に使い、バンプ前できっちりと速度を落としてからアクセルで足を伸ばしてクリアしていくというもの。筆者よりかなり速い速度でバンプに入るのに、衝撃は少なくこなしていることが印象的だった。状況をしっかりと見極めるブレーキングと、攻めるときは攻めて前に出るアクセルは、さすがはサファリラリー優勝経験者だ。慎重かつ大胆に進んでいくそのドライビングは、まるでテインの成長戦略そのものといっていいのかもしれない。
今後はまだまだ海外拠点を増やしていく予定があるというテイン。それだけでなく、今後も自動車メーカーとのコラボレーションがどんどん進んでいくことも期待したい。