試乗記
「911 GT3 RS」と「タイカン」、ポルシェの双璧をなす2台で1500kmのロングツーリング【後編】
2024年10月1日 06:30
911 GT3 RSはヤワじゃない
「911 GT3 RS」で1500kmを走り切る。空冷だがポルシェオーナーであり、レンシュポルトのなんたるかを理解しているつもりの筆者にとって、それはちょっとした“暴挙”に思えた。
なぜなら911 GT3 RSはサーキットを走るために生まれた、サラブレッドのようなクルマだ。たとえばそのエンジンだって、きっちり距離管理でオーバーホールされてもいいくらいの名機であり(カレラカップがそうだ)、それを漫然と、しかも1500kmも走らせてしまっていいのだろうか? と、最初はちょっと尻込みした。ちなみに空冷時代のエンジンをオーバーホールして、一番オイシイ時期は1万kmまでという逸話を筆者は聞いたことがある。
しかし同時に「こんな機会は滅多にない!」と思ったのも事実だ。当のポルシェジャパンが許してくれたのだから、「現代の911 GT3 RSはそんなにヤワじゃないよ」ということなのだろう。なにはともあれこの幸運(?)に身を任せて、「タイカン 4S クロスツーリスモ」を連れた珍道中はスタートした。
そんな911 GT3 RSを一般公道で走らせていてまず気後れするのは、実はそのポテンシャルの高さではなくて、外観が多いに目立つことだった。ただただ走らせているだけでも、なんとなく周囲の視線を常に感じる。
巨大なウイングの下面には、真っ赤な「PORSCHE」の文字。フロント20、リア21インチの大径ホイールも同じく真っ赤で、ホイールベースの間にはやはり赤いストライプを「GT3 RS」の文字でくり抜いている。
それは由緒正しきRSのカラーリングなわけだが、細身にダッグテールの初代73カレラRSなら小粋でも、現行タイプ992のワイドボディだと豪快にエグい。正直なところ、せめてウイングレスな「ツーリングパッケージだったらな」と何度も思った。
どこまでも思い通りに曲がるハンドリング
エンジンは4.0リッターもの排気量だから、7速PDKをDレンジに放り込んだままでも何ら問題はない。2500rpmもあれば高いギヤのままで、日常のほぼ全てをそつなくこなしてしまう。
しかしながら生粋のレーシングスポーツとして仕立てられた性格から、ちょっと追い越しをかけただけでもギヤは瞬時にステップダウンして、同時にマフラーのフラップが外れるのだろう周囲に爆音が鳴り響く。若いころなら多分この超絶レスポンスを大いに喜んだはずだが、いまとなってはすっかり気後れしてしまう。だから街中はもちろん高速道路でも自然と流れを読みながら最小限のアクセル開度で走らせるようになり、場面によっては簡単にタイカンに置いていかれた。
そして乗り心地は、ノーマルモードでも基本的に硬い。しかしここにはちょっとした裏技がある。ドライブモードのダイヤルを回してトラックモードに入れ、2WAYダンパーのボタンを押したら9段調整の減衰力を、伸び/縮み全て緩めてしまうのだ。
感心するのは、解放状態でもダンパーがきちんと操作性と走安性を保っていたことだった。そしてミシュラン パイロットスポーツ カップ2の突き上げまでは抑えられないものの、乗り心地はかなり良くなった。その際、大事を取ってESC/TCのレベルは最大に引き上げておく。あとタイヤは浅溝だから、道中の晴れを祈っておく。
“ちょっと快適になった911 GT3 RS”のロングドライブは、思いのほか順調に進んだ。カーボンフレームのフルバケットシートは、取り付け姿勢が直角なことを除けばクッションも肉厚。ブレーキのタッチは最上級に頼もしく、オルガン式のアクセルペダルは適度な重さがあって、速度調整がしやすい。
ただしハンドルだけは、簡単に路面に取られた。真っ平らなサーキットの路面でカップ2のグリップを引き出すために剛性が高められているから、一般道のうねりにはどうしても敏感になってしまうのだ。
こんなときこそACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)だが、911 GT3 RSにはクルーズコントロールしか付いていない。3378万円もするクルマでこれをケチるわけもないから、ポルシェは走るために必要ない装備での重量増を嫌ったのだろう。ガレージ・トゥ・サーキットのクラブレーサーなら行き帰りはACCで、安全かつ楽に行くのはありだと思うのだが。
実際、911 GT3 RSを国際サーキットで走らせると、525PSがもの足りなく思えてしまうくらい、シャシーがパワーに勝っていることを実感する。それほど強い足腰だから高速道路はもちろんワインディングでも、そのポテンシャルの片鱗すら垣間見ることはできない。どこまでも思い通りに曲がるハンドリングと、強烈なストッピングパワーを立ち上げながら、繊細なコントロールをも可能にするブレーキにただただ感心するばかりだ。
要するに911 GT3 RSは、「公道を走れるレーシングカー」なのだ。もっときちんと言えば、公道を走れる最低限の装備を施したレーシングカーである。そんなクルマが日本の湿度でもオーバーヒートせず、信号で止まればアイドリングストップまでして、アクセルを踏み出せばすぐさま走り出すのは本当にすごいことだと思う。
乗用車水準なら当然かもしれないが、エアコンだって付いている。道中交代しながら運転してくれた担当編集は「断然タイカン 4S クロスツーリスモの方が涼しい!」と騒いでいたが、この猛暑でも効いてくれるだけありがたい。レーシングカーにエアコンが付いているのだから、文句を言っちゃいけない。
好きなときにガレージから引っ張り出して、ローダーいらずでサーキットまでたどり着く。1500kmもの距離を走らせて言うのもなんだが、今回の旅路で911 GT3 RSとは、そうやって楽しむために作られたスポーツカーだという思いを今まで以上に強くした。
正反対に位置する911 GT3 RSとタイカン 4S クロスツーリスモ
そろそろまとめるとしよう。911 GT3 RSとタイカン 4S クロスツーリスモは、ポルシェのラインアップにあって正反対に位置する者同士だ。そしてその対極が同じ時代に共存しているのは、非常に興味深いことだと感じた。はっきり言ってこの両者を所有することができたら、ポルシェ道も極まれりという感じだ。
さらに言うとその両者が、やはり同じエネルギー問題を前に、自身の未来に足踏みしていることも考えさせられる。ポルシェは合成燃料である「eフューエル」の開発を軸に911 GT3 RSというレーシングアイコンをなんとしても残そうとしているが、「ちょっと無理かもしれないな……」という弱気も含めて現行モデルでは、やれることをやれるうちに、トコトン盛り込んだのではないか? という雰囲気さえある。
かたやタイカンは、シンプルにその航続距離を伸ばし続けることが命題で、2月の改良でもここに真摯に取り組んだ。かつメーカーとしてはインフラを整え、充電時間の短縮に挑んでいる。
2030年を1つの目処に電動化を推し進めていた各自動車メーカーは、最近その設定を徐々に先延ばしに変更してきている。ポルシェも全体の80%を完全に電動化すると述べているが、その100%ではない数字に誠実さとしたたかさが垣間見える。
個人的にはトヨタのようなマルチパスウェイの強化が最善の方策だと思うが、マーケットでのイニシアチブや投資家へのポーズといった戦略もあるのだろう。何にしろこの2台にはなくなってほしくないというのが、唯一筆者の言えることである。