試乗記

「911 GT3 RS」と「タイカン」、ポルシェの双璧をなす2台で1500kmのロングツーリング【前編】

「911 GT3 RS」と「タイカン」で東京~熊本のロングツーリング

2月に改良を実施した「タイカン」

 2024年2月に改良を行なったポルシェのピュアEVモデル「タイカン」。その「タイカン 4S クロスツーリスモ」で、東京から熊本まで約1500kmにおよぶロングツーリングを行なった。

 さらに驚くべきは、旅の伴走車として編集部が「911 GT3 RS」を連れ出したことだ。むしろ911 GT3 RSの伴走車がタイカンなのでは? とも思ったが、狙いはシンプル。電動化の旗手であるタイカンと、内燃機モデル究極のハンドリングマシンである911 GT3 RSを一緒に走らせて、ポルシェの“今”を見比べようというわけだ。

 ということでまずは今回の主役となるタイカンだが、一番のトピックは航続距離が最大で678km(WLTP総合)まで伸びたことだろう。これは実に35%(175km)に及ぶ拡大であり、タイカン4S以上のモデルで標準装備となる「パフォーマンスバッテリープラス」の総容量が93KWhから105KWhに増えたことで実現された。

 パワーユニットでは、全てのモデルのリアアクスルモーターが最大で80kWを上まわる出力を発揮するようになった。そしてこの出力向上に伴いパルスインバーターが改良され、ヒートポンプが次世代型になり、バッテリのサーマルマネージメントが改められるなど周辺機器とその制御が刷新された。

 さらに高速巡航時における電力の回生能力も、従来比で約30%向上。これまでの290KWhから、最大で400KWhへとその回生能力が引き上げている。そしてシャシー面では、すべてのモデルが「アダプティブエアサスペンション」を標準装備するようになった。

 シリーズ全体を把握した上で試乗車に目を向けると、タイカン 4S クロスツーリスモは、前述のとおりパフォーマンスバッテリープラスが標準装備されるロングレンジモデルだ。駆動方式は4WD。最高出力はローンチコントロール時のオーバーブースト状態で440kW(598PS)にも及び、最大トルクは695Nmを発揮するまでになった。ちなみに0-100km/h加速は3.8秒で、最高速は240km/hだ。

 外観面では、バンパー両端からフロントフェンダーにかけての造形が変わった。合わせてヘッドライトはポルシェ最新のデザイン言語である4灯のHDマトリックスヘッドライトとなり、わずかにだがその表情が柔らかくなった。テールの印象は水平基調の薄型LEDテールランプこそ代わり映えしないが、バンパー下部がかなりレーシーなディフューザー仕様となった。そしてポルシェのロゴがイルミネーション化された。

 クロスツーリスモはポルシェがいうところのクロスユーティリティビークル(CUV)で、実用面ではスポーツサルーンのルーフを延長することによって、トランク容量を通常時446L/最大で1212Lまで拡大している。一見するとその姿はエステートやシューティングブレークのような美しさだが、樹脂性のフェンダーモールや小ぶりなマッドガードや、シルバー加飾のデコボコとしたサイドシルによってアウトドアテイストが盛り込まれている。

2月に改良を実施したEV(電気自動車)「タイカン」。全バージョンで先代モデルの出力を最大80kW上まわる新しいリアアクスルモーターを備えた先進のパワートレーン、ソフトウェアを最適化した改良型パルスインバーター、より強力なバッテリ、サーマルマネジメントの改良、次世代ヒートポンプ、改良型回生システムや4WDストラテジーなどを採用。本稿の主題となる「タイカン 4S クロスツーリスモ」(1670万円)のボディサイズは4974×1967×1409mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2904mm
タイカン 4S クロスツーリスモでは空力的に最適化された21インチホイールに、転がり抵抗を低減したというグッドイヤー「イーグルF1」を装備
左のフロントフェンダーに急速充電口を用意。タイカン 4S クロスツーリスモで標準装備となるパフォーマンスバッテリープラスの総容量は改良により93kWhから105kWhに増加し、航続距離は最大で678km(WLTP総合)とした
アンビエントライト、フロントシートヒーター、ポルシェインテリジェントレンジマネージャー(PIRM)、ワイヤレス充電式スマートフォントレー、運転席側および助手席側電気充電ポート、ドライブモードスイッチ、パワーステアリングプラスなどは標準装備。トランク容量は446L~1212L
サンルーフは調光が可能で、「クリア」「Matt」「セミ」「ボールド」の4種類が用意される

 走行面ではCUVにふさわしく「グラベル」モードが追加され、その車高を上げることで荒れ地にも対応する。そしておもしろいのが、このスマートリフトを使った乗車時のポップアップ機能だ。ドアを開くと同時にエアサスが車高を“スッ!”と上げて、シートへのアクセスを手助けしてくれる。

 その素早さと勢いの良さには最初はかなり戸惑ったが、慣れるに従いこれが近未来的なもてなしとしてうれしくなってくる。あんまりやり過ぎるとエアサスがヘタッてしまわないか? と心配になるのは、たぶん筆者が庶民だからだろう。

もっとも得意とするのは高速巡航

 そろそろ走りだそう。タイカン 4S クロスツーリスモの乗り味はかなりの玄人好みだ。

 足下に35/30扁平の太い21インチタイヤを履きながらも、乗り心地は驚くほどに上質。ダンパーによってエアサスでよく見られる縮みはじめの浮遊感がほどよく抑え込まれており、快適な味付けの中にもポルシェらしいスポーティさが同居している。内燃機関で最も近い乗り心地のイメージは「911 カレラ 4/4S」だろうか。

 車幅は1967mmとワイドで、ホイールベースも2904mmとかなり長い。しかしそのボディを街中で持て余さないのは、オプション装備となってしまうがリアアクスルステアリングの効果だろう。とはいいながらこの後輪操舵は、乗り手に位相変化を悟らせないほど制御が洗練されている。駐車場や街中では確実に小まわりを効かせ、高速域ではカーブでの安定感を保ってくれる。

 そんなタイカン 4S クロスツーリスモがもっとも得意とするのは高速巡航だ。そして“ゆっくり”走らせたときの心地よさが、なんとも抜群である。もちろんポルシェの名を冠するモデルだから、スピードの快感は捨て去ってはいない。ドライブモードセレクター中央のボタンを押せば「プッシュ トゥ パス」機能によって、最大70KWhのエレクトリックブーストが10秒間得られる。

 それはヘッドトスを起こすほど刺激的な加速だが、筆者はこれを効かせない加速の方が、制御が滑らかで好みだった。ポルシェいわく、タイカンはスポーツカーの位置付けだが、アドレナリンと共にハンドルを切って積極的にアクセルを踏み込むよりも、心地良いGループの中でポルシェが仕立てたシャシー性能を味わう方がはるかに贅沢だと感じた。同様にドライブモードも、道中で「スポーツ+」を選ぶことはほぼなかった。

 まったく飛ばさずとも濃密にポルシェに浸れる理由こそ、タイカンがEVだからだ。アクセルを踏み込めば電子サウンドがその加速感を体感できるようにサポートしてはくれるが、総じて走行中は静かであり、自ずとそのシャシー性能に感覚がフォーカスされる。バッテリを敷き詰めたフロアの剛性は高く、前後の重量配分は若干リア寄りだがほぼ均等。そしてこの理想的な低重心ボディにポルシェは、きちんとダブルウィッシュボーン(とマルチリンク)を用意した。

 多くのEVはバッテリ搭載がもたらすシャシー性能の向上に乗じてフロントサスをストラットとし、そのコストを抑えている。911でさえGT3以上のモデルにしか使わないダブルウィッシュボーンをタイカンに採用したのは、2280kg(空車重量)の車重をきちんと支え、高速時の操舵応答性と走安性を確保するためだろう。パナメーラやSUVモデルも同様だ。

 そしてこの成果は、ゆっくり走らせても確実に体感できるのだ。回生力を増したというブレーキは、2段階あるうちの強めのモードを選んでいてもブレーキング時にでしゃばらない。アクセルオフから自然な減速フィールを立ち上げて、ターンインに集中させてくれる。

 なおかつそのサスペンションストロークはグラベルモードへと転じられるほどたっぷり取られているから、路面の外乱にも強い。目の前で911 GT3 RSがうねりを拾って縦に跳ねているような場面でも、タイカン 4S クロスツーリスモは何事もなくそのこぶをクリアして着地する。

 ワインディングでターンイン時の操舵応答性がやや鈍いのは、敢えてのことだろう。歴代カレラ4/4Sもこの傾向だが、フロントに少しだけトルクを効かせることで、シャープなハンドリングよりも安定性を優先しているのだと思う。4WDの制御は非常に賢く、コーナーの途中からアクセルを踏み込むような場面でもトルクがスムーズに分配されて、アンダーステアを出さずにグイグイと前に進んでいく。総じてその印象は、完成されたグランツーリスモ。いや、正にクロスツーリスモだった。

 そんなタイカン 4S クロスツーリスモで数少ない心配事があるとしたら、当然航続距離だろう。ちなみに今回の旅路は1日目が東京から広島市内まで、2日目が熊本市内でゴールとなり、総走行距離は1528kmに及んだ。

 その道程はほとんどが高速道路だったが、街中も含めて27時間48分走らせた上で、トータル電費は4.9km/KWhと予想以上だ。チャージは全て急速充電で、高速道路上のサービスエリアで計3回。街中では岡山県岡山市、山口県山口市、熊本県熊本市と3か所のポルシェディーラーで行ない、最後は街中で1回充電した。

 ここで感じたのは、圧倒的な充電インフラの差だ。出力150KWの「ターボチャージャー」を備えるポルシェディーラーだと、最大でも40分あれば100%近くまでチャージできた。しかしサービスエリアだと1回の充電が30分で仕切られる上に、150KWはまだまだ少ない。道中で利用できたのは浜松SAのみであり、土山SA(40kW)、宝塚SA(50kW)と、軒並み出力は3分の1以下だった。時間がかかる上に充電量も少ないから、大事を取ってこまめに充電するしかなかった。

 ちなみにディーラーでの充電は初体験だったが、どれもみなアポなしだったにもかかわらずスマートで素敵な対応だった。ただターボチャージャーは1基が基本で、先客がいると待ち時間は増える。われわれが充電しているときも1台、フローズンブルーのタイカンが徐行しながら通り過ぎていった。

東京~熊本の道中ではサービスエリア、ポルシェディーラーで充電を実施。ポルシェディーラーで用意される「ポルシェ ターボチャージングステーション」は150KWの出力があるため充電の速さを体感できる

 台数が増えればインフラは増やせるのか。インフラを増やせば台数が増えるのか。タマゴとニワトリの関係は、国やメーカーの強力な補助なしには答えが出そうにない。

山田弘樹

1971年6月30日 東京都出身
A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。

自動車雑誌「Tipo」の副編集長を経てフリーランスに。
編集部在籍時代に参戦した「VW GTi CUP」からレース活動も始め、各種ワンメイクレースを経てスーパーFJ、スーパー耐久にも参戦。この経験を活かし、モータージャーナリストとして執筆活動中。またジャーナリスト活動と並行してレースレポートや、イベント活動も行なう。

Photo:堤晋一