試乗記

ボッシュのバイク用先進安全技術「ARAS」 KTMプロトタイプに搭載の「ACC Stop & Go」など新機能を体験

2024年9月25日 発表

KTMのプロトタイプバイク

 四輪車ではほとんど当たり前の装備になったADAS(先進運転支援システム)だが、二輪車の方では普及がまだまだ進んでいない。搭載できるシステムのサイズや、車体が傾くことを前提とした検知の仕組みなど、二輪ならではの技術的課題が多いからだ。

 こうしたなか、二輪向けの運転支援ソリューションとして「ARAS」(Advanced rider assitance system、アーラス)を開発してきたボッシュが、追加となる新機能6種類を開発した。

 ライディングを快適、かつ安全にすることを目指したという6種類のARASの新機能が実際にどのように動作するのか。2025年登場予定のKTM新型モデルのプロトタイプなど、それらの技術が搭載されたテスト車両を試乗することができたので、レポートしたい。

ボッシュの「ARAS」に追加された6種類の新機能

0km/hまで追従、再発進後の加速も支援する「ACC Stop & Go」

前走車に追従して走行
前走車が減速するとそれに合わせてバイク側も自動で減速
0km/hまで自動ブレーキ。アクセルかボタンの操作で再発進できる

 クルーズコントロールは、二輪でもかなり以前から一部メーカーのフラグシップモデルで採用されてきた。初期のものは、アクセル操作なしで設定した車速を維持するという単純な機能で、前走車を認識することはできないため、追いついたら自分で減速操作をしなければならず、その後の再設定も必要だった。快適性向上というよりは長距離走行時の疲労軽減を狙ったものだが、利用シーンや効果は限定的だったと言える。

 近年はACC(アダプティブクルーズコントロール)を搭載するバイクが増え、レーダーセンサーなどによって前走車と一定の距離を保って追従し、自動で加減速することも可能になってきている。が、そのほとんどが一定車速(30km/hなど)以下となった場合に機能が自動でキャンセルされる仕様だ。低速で加減速したり、停止と再発進を繰り返したりする渋滞時には恩恵が受けられない。

「ACC Stop & Go」の概要

 ボッシュではそれに対し、0km/hまでの追従を可能にする「ACC Stop & Go」をARASの新機能として開発した。前走車が減速し、停止した場合、それに合わせて自車バイクも自動で減速・停止する。また、そこから前走車が再発進したときには、アクセルを少し開けるか、スイッチボックスのボタンをワンプッシュするだけで再び自動追従する。

「ACC Stop & Go」はその性質上、同種の機能を持つ四輪と同じくAT(シフト・クラッチ操作が不要な)車両向きの機能となる。マニュアル車だと、加減速や再発進の際にライダー自身が適切にギアチェンジする必要があるため、快適性や安全性が損なわれる可能性があるからだ。

 今回はKTMのプロトタイプバイクでテスト試乗することができたが、この車両はクラッチレバーがなく、シフト操作も基本的に必要のないタイプ。速度に合わせて自動でギヤチェンジするため、ライダーはハンドルとアクセル・ブレーキの操作に集中できる。そして「ACC Stop & Go」により完全停止するところまで前走車に自動追従するから、もはやアクセル・ブレーキの操作も考えなくてよい。

 前走車が別のレーンに移動したり、ライダーがハンドル操作して前走車がセンサーの視野から大きく逸れたりすれば、あらかじめ設定していたACCの速度まで加速していくことになる。したがって、高速走行しているところから渋滞に捕まり、その後渋滞が解消して再び高速走行に戻る、という一連の流れにおいて、加減速の操作はほとんど不要になるわけだ。

「ACC Stop & Go」有効時のメーターディスプレイのイメージ

 高速走行時はもちろんのこと、低速走行時であっても、アクセル操作をし続けるのは意外と疲労が溜まるもの。ロングツーリングの帰り道、長い渋滞にハマってしまったときにこの機能があれば、助けになることは間違いない。

 ただ、当然ながら自動で停車したときにはライダーが足を出して車体を支えなければならず、その足をどのタイミングで出すか、というところには少し慣れが必要なように感じた。なぜなら、停止直前の自動ブレーキの加減は、おそらく多くの場合、ライダー自身の操作の仕方と異なるためだ。

「もう止まるかな?」と自分の思ったタイミングで足を出すも、実際にはそれよりわずかに進んでから完全停止するため、足を着き直したりして慌ててしまうことがあった。このあたりは最終的に車両メーカー側の方針に合わせて調整が入ることになると思われるが、最初のうちは違和感を覚えるかもしれない。

バイク本来の楽しみと安全を両立させる「Riding distance assist」(RDA)

「Riding distance assist」(RDA)を公道で体験

「ACC Stop & Go」も含めACCが高速道路向けの機能だとすれば、「RDA」は「一般道路向けのACC」と言える。前走車との車間距離の保持をサポートしてくれるもので、ライディングの快適性と安全性を高めるのが狙い。位置付けとしてはACCの延長上にあるが、一定速度で走るためのもの、というわけではないのがポイントだ。

「RDA」の概要

 バイクの場合、コーナーが連続するようなワインディングだと特に「自分のペースで走りたい」という欲求が強くなるものだ。それは「一定の速度で」という意味ではなく、路面状況やカーブの曲率、自身の慣れ・不慣れといった複数の要素を考慮に入れながら、自分なりのアクセル・ブレーキ操作で「気持ち良く走りたい」というような意味合いが大きいだろう。

 そこでRDAは、単独(前走車がいない状態)で走っているときは介入せず、ライダーが思った通りのライディングをできるようにし、しかし前方に車両が見つかったときは自動で安全に減速して車間を保って走行できるようにする、「いいとこ取り」の走り方を実現する機能として開発された。

RDAなどの試乗用車両となっていたボッシュの開発バイク(市販車ベース)

 RDAにはライダーが切り替えられる「Comfort」と「Sport」の2つのモードがあり、前者の「Comfort」は今説明したようなコンセプトに忠実に則ったモード。後者の「Sport」は、アクセル操作の仕方などからライダーの“意思”を読み取り、一時的に機能をキャンセルしやすくするモードだ。

「Comfort」と「Sport」の2つのモードを切り替えられる

 RDAを有効にしても、前走車がない状況だと通常の走行と全く変わらない。ライダーの好きな乗り方、好きなペースで走ることができる。ところが、前走車に近づくとそれを検知して車間が縮まり過ぎないようにエンジン出力やブレーキで自動調整される。

RDA有効時のメーターディスプレイのイメージ

「Comfort」モードの場合、前走車に近づくとアクセルを煽ってもエンジン回転数が上がらず、追従走行する形になる。とはいえACCのように一定の車間距離になったらそれ以上は全く近づけない、ということはないし、車間が離れたら勝手に加速する、ということもない。開発担当者いわく「前走車との間にスポンジが挟まっている感じ」で、多少は車間距離を詰めることもできる。

 一方「Sport」モードでは、たとえば車間が詰まった状況で追い越しをかけようと少しアクセルを開けると、RDAの機能が一時(数秒間)キャンセルされ、車間に関係なく加速できる。万一のときの安全性は担保しながらも、それこそ自分のペースで走り抜けたいというライダーの“意思”を尊重してくれるモードになっているわけだ。

公道での試乗。ライダー自らのアクセル操作は必要だが、細かなブレーキ操作が省けることで前走車を楽に追走できる

 ボッシュの開発バイク(市販車ベース)でこのRDAを試したところ、「Comfort」モードでは文字通り快適にライディングできると実感できた。

 安全な車間距離を勝手に維持してくれるのもそうだが、だらだらとした下りで前走車を追従するシチュエーションだと、こまめにブレーキをかけたりして速度調整する必要がなく、アクセルを開けすぎないように気を使うこともないから、とにかく楽だ。荒れた路面で不意にバランスを崩してアクセルを煽ってしまい、前走車に突っ込むようなアクシデントも防げるだろう。

 ワインディングを走っていて、先の見えにくいブラインドコーナーの先にクルマが停車していて前走車が急ブレーキをかけた、みたいな瞬間も、ライダーが焦ってパニックブレーキするより早くマシンの方でそれを検知し、安全に減速してくれる。危険な思いをすることなく、落ち着いて対処する助けになるだろう。

コーナーを抜けた先でクルマが停車していて、前走車が急ブレーキをかけたときでも焦って対処する必要がない

 ただ「Sport」モードは、ライダーによっては有効に機能させられない可能性もありそうに感じた。アクセル操作の仕方などからライダーの「加速したい」というような“意思”を汲み取って機能を一時キャンセルするわけだが、たとえばバイクが加速し始める直前のアクセル開度(遊びがない状態)にしていると、機能キャンセルが長く継続してしまうように思えた。

 常にアクセルの遊びがない状態にするのは筆者のクセみたいなものなので、そうではない人だと印象は変わってくるかもしれない。が、キャンセル状態だともちろん車間調整はしてくれないので、それがあるものと信じ切って走ってしまうと反対に追突の危険が高まる。

 いずれにしても、RDAは乗り手が対処しきれないような万一のときの保険機能だと捉え、基本は従来通り、常にライダー自身が判断して操作する、という乗り方を心がけることが大事だろう。

バイクならではの千鳥走行を維持しやすくする「Group ride assist」(GRA)

GRAの試乗の様子(筆者は最後尾)
斜め前の前走車と適切な車間をとって千鳥走行できている

 同一車線内で1台ずつ左右交互に位置取りしながら走る千鳥走行は、四輪にはないバイクならではの走り方だ。複数人の仲間とツーリングするときに車列が長く伸びすぎないようにするとともに、他車両からの視認性を高める効果もある。きれいな隊列を組めたときには、なんとなく仲間との一体感も高まるものだ。

 こうした千鳥走行を高速道路で行なう際、注意しなければならないのは斜め前にいる前走車との距離感だ。自動で車間調整するのに従来のACCも利用できるが、この場合は正面の車両を前走車として認識し車間調整するため、斜め前の車両との距離が縮まってかえって危険性が増す問題があった。

「GRA」の概要

 その問題を解決するのが、ボッシュの「GRA」だ。「GRA」ではレーダーセンサーによって斜め前の車両の速度と車間距離を測定し、ACCで選択した車間設定に応じた距離が保たれる。斜め前の車両が隣のレーンに移動するなどして認識の範囲外になれば、自車が属するグループにはないと判断され、その前の車両に認識のターゲットが移る。再び斜め前に車両が現れれば、それを元に車間調整される、といった具合だ。

GRAの試乗用車両となっていたボッシュの開発バイク(市販車ベース)

 グループ走行として認識されたときは、メーターディスプレイ内では四輪車アイコンの代わりにバイクのアイコンが前走車として表示され、その前走車が自車の正面にいるのか、左右斜めにいるのか、といった認識状況もわかる。左右斜めにいると認識されていれば、ある程度きれいな千鳥走行の隊列になっている、という判断の目安にもできそうだ。

GRA有効時のメーターディスプレイのイメージ

 開発担当者によれば、自分たちのグループではない車両が、そうであると認識されないようにチューニングするのに苦労した、とのこと。レーダーセンサーのみで実現しているため、どの距離にいる車両が同じグループと認識するのかを決めるのはかなり難しそうだ。

 試乗した限りでは、ほとんどのシチュエーションにおいては快適で安全な千鳥走行ができるように思った。が、千鳥走行中に車線のギリギリ端まで寄ると、斜め前の車両が認識から外れ、正面の前々走車に近づいていくことがあった。こうなると斜め前の車両とは並走に近い位置関係になるため怖さを感じてしまう。

 また、試乗したオーバルの周回コースが曲率の小さいコーナーだったこともあり、車線内での相対位置においては斜め前にいるはずの前走車がコーナリング中は正面にいるものと認識され、車間が思ったより詰まらないこともあった。通常の高速道路は緩やかなカーブが多いため顕在化しにくい問題かもしれないが、頭の片隅に入れておきたいところ。

 もう1つ付け加えるとすれば、先導することになる前走車の走り方いかんによって、グループツーリングの快適性が大きく変わりそうだとも思った。先導車の速度に合わせて自車の速度が調整されるため、頻繁に加減速するような先導車だと余計に疲労が増すことになりかねない。

 GRAに限らずACCでも同様の課題は抱えていると思うが、前走車が四輪車になることもあるACCとは違い、GRAは加速力の強いバイクが前走車となるだけに、前走車が自車に及ぼす影響はより大きくなりやすい。先導する車両にはできるだけ技量のあるライダーか、ACCやGRAを搭載するバイクを据えると良さそうだ。

緊急時にブレーキを補助する「Emergency brake assist」と、後方の安全を高める2つの機能

ダミーターゲットに向かって走行すると警告が発し、ブレーキングすると、アシストによって制動力が高まる

 ここまでに紹介してきた3つの機能は快適性と安全性の両方に貢献するものだが、他の3つの機能はどちらかというと安全性のみにフォーカスしたものとなる。

 1つは「Emergency brake assist」(EBA)で、緊急時に不足しがちなブレーキ力をアシストしてくれる機能。ライダーがブレーキをかけても衝突回避に十分でないと判断された場合に、ブレーキ圧力を自動で補助して制動力を高める、という仕組みになっている。ライダー自身のブレーキ操作なしに自動ブレーキが働く、というものでは「ない」のがミソだ。

「EBA」の概要
EBAで警告表示されたときのメーターディスプレイのイメージ

 試乗車両では、ダミーターゲットを対象に機能を確認できた。前方車両に接近して衝突することが予測されると、初めに車両のディスプレイ上で警告を表示し、それでも回避行動を取らないでいるとリアブレーキを瞬間的に連続して作動させることで車体に振動を発生させ、ライダーに危険を知らせる。その後、ライダーがブレーキ動作に入ると、先ほど説明したEBAが働く、という流れになっていた。

 フロントとリア、両方のブレーキにアシストが入るが、やはりフロントブレーキのアシストが効果を感じやすい。ブレーキレバーを軽く握っただけでも、EBAによって吸い込まれるように握り込む形になり、タイヤがロックに至らない効果的な制動力で減速し、衝突を回避した。これも、ロングツーリングで疲労して判断力が鈍っているような場面で心強い装備だろう。

後方から車両が接近すると、RCWによってリアのハザードやランプなどを点滅して後方に注意を促す

 最後の2つである「Rear distance warning」(RDW)と「Rear collision warning」(RCW)は、後方に対する安全性向上を図ったもの。RDWは後方からの車両の接近をディスプレイ上で警告する機能で、RCWは急速に接近する後方のクルマに対してハザードランプなどで注意を促す機能となる。

 バイクではヘルメットによって視野が狭くなっていることもあり、前方に注意を向けていると、どうしても目の届きにくい後方の安全確認がおろそかになってしまいがち。追突事故はバイク側にとっては対処のしようがないケースもあるとは思うが、少しでも事故の可能性を減らせるのであれば、ぜひ多くのモデルに搭載されていてほしい機能だ。

「RDW」の概要
RDWが動作したときのメーターディスプレイのイメージ
「RCW」の概要
RCWが動作したときのメーターディスプレイのイメージ

さらなる運転支援を実現する「次世代の機能」も

 ボッシュのARASがこれら6種類の機能を追加実装したことで、機能的には四輪車のADASに近づきつつ、そのうえで二輪車らしい最適化も果たした。これらはすべてレーダーセンサー(と付随するディスプレイ、慣性ユニット、ECUなど)のみで実現しているのもポイントで、システムの小型化やコスト減に貢献している。将来的にここにカメラなども搭載できるようになれば、ARASがさらに高精度で高機能なものへと進化するに違いない。

「ARAS」を実現するボッシュのシステム
車両に搭載される各種センサー類
レーダーセンサーはテスト車両の前後にこのように搭載されていた

 ひとまずは2025年に販売開始予定のKTMの新モデルにおいて、ARASの追加機能のうち「ACC Stop & Go」「RDA」「GRA」「EBA」の4種類が搭載される予定となっている。以降は他のバイクメーカーからも同様の技術を搭載するモデルが登場することになるだろう。

 ちなみに今回詳しく紹介したもの以外にも、地図や道路レイアウトなどのデータとセンサー情報を組み合わせることにより、さらに幅広い運転支援を可能にするボッシュの「次世代の機能」も体感できた。

 テクノロジーによって安全性が高まることで、バイクならではの楽しみは減ってしまうのか、そうでないのか。四輪にADASや自動運転の技術が適用されていったときと同じような議論が、二輪でもようやく始まろうとしているのかもしれない。

日沼諭史

1977年北海道生まれ。Web媒体記者、IT系広告代理店などを経て、フリーランスのライターに。IT、モバイル、オーディオ・ビジュアル分野のほか、四輪・二輪や旅行などさまざまなジャンルで活動中。2009年より参戦したオートバイジムカーナは2年目にA級昇格、2012年にSB級(ビッグバイククラス)チャンピオン獲得。