試乗記

アウディ「Q8 e-tronクワトロ S line」の洗練された走りはまさにフラグシップSUV

アウディのバッテリEV(電気自動車)のラグジュアリーSUV「Q8 55 e-tron quattro S line」を試乗した

 アウディの「Q8 e-tron(イートロン)」は、フラグシップモデルである「Q8」のピュアEVだ。もともと“e-tron”は独立したEVモデルとして大型SUVとクーペタイプのGTをラインアップしていたが、マイナーチェンジを機にQ8シリーズへと組み込まれ、従来の「e-tron GT」「RS e-tron GT」は独立したモデルとなった。

 というわけで、外観自体はかなり似ているものの、Q8 e-tronのプラットフォームは内燃機関のQ8シリーズとは別仕立てとなる。さらに言えばサイズ的にも4915×1935×1635mm(全長×全幅×全高)と、例えばV型6気筒3.0リッターディーゼルターボを搭載する現行モデル「Q8 50 TDI quattoro」(同4995×1995×1705mm)と比べると少し小ぶりだ。もっとも日本で使うには、どちらも十分大型ではあるが……。

ボディサイズ4915×1935×1635mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2930mm、車両重量2600kg、最低地上高180mm、最小回転半径5.7m。最高出力300kW、最大トルク664Nm、一充電の走行距離501km(WLTCモード値)
価格1275万円。試乗車は「インテリアパッケージ(24万円)」「アルミホイール10スポークローターデザイン アンスラサイト ブラックポリッシュド(20万円)」「ブラックAudi rings&ブラックスタイリングパッケージ(19万円)」「サイレンスパッケージ(30万円)」の計93万円分のオプションを装着

 機能的なアップデートの内容は、まずバッテリ容量が拡大した。今回試乗した上級仕様の「55」は、それまでの95kwhから114kwhとバッテリ容量が増え、一充電あたりの走行距離は423kmから501km(WLTCモード値)へ伸長。

 またスポーツバックを選ぶと、バーチャルエアロミラー、エアロホイール、低転がり抵抗タイヤを採用した「レンジプラスパッケージ」が選択でき、その走行距離は612kmまで伸びる。参考ついでに言うと、標準仕様「50」のバッテリ容量は71kwhで、航続可距離は424km(WLTCモード値)だ。

標準装着タイヤサイズは前後とも255/50R20だが、試乗車はオプションの「アルミホイール 10スポークローターデザイン アンスラサイトブラック ポリッシュド(21インチ×9.5J/Audi Sport)」を装備していて、タイヤサイズは265/45R21となり、ブリヂストンの「アレンザ」を履いていた
マトリクスLEDヘッドライト/ダイナミックターンインディケーターや、LEDリアコンビネーションライト/ダイナミックターンインディケーターは標準装備。試乗車はオプションの「ブラックAudi rings&ブラックスタイリングパッケージ」を装備。グリルや前後バンパー、ルーフレール、サイドミラーハウジングなど随所にブラックのアクセントが施されている
フロントフェンダー右側に普通充電ポート、左側に急速充電ポート(CHAdeMO)を配置

 そして両モデル共に150kwhの急速充電(CHAdeMO)に対応。インフラ的にはポルシェおよびフォルクスワーゲンと展開している「プレミアムチャージアライアンス」によって、全てが150kwhというわけではないが、そのネットワークも2024年11月末時点で、全国368か所まで増えている。

 というわけで単なるe-tronの時代から数えると、はや7年ほど歳月が経つQ8 e-tronだが、内外装のアップデートもあって、まず見た目はまったく古さを感じさせない。

マットブラッシュトアルミニウムダークのデコラティブパネルを標準装備。試乗車はオプションの「インテリアパッケージ」により、エクステンデッドアルミニウムブラック/ブラックグラスルックコントロールパネルがあしらわれている
フロントは“S line”ロゴの入ったスポーツシートで、再生ポリエステル繊維を用いたダイナミカ&レザーで仕立てられている。また試乗車は「インテリアパッケージ」により後席にもシートヒーターとUSBチャージングが追加されている
ラゲッジスペースは569Lを確保(VDA値)。4:2:4の可倒式後席すべてを倒せば、車中泊も余裕でできる広大なスペースになる
ラゲッジスペースは下段にも若干のスペースを確保していて、スペアタイヤは装備せず、タイヤリペアキットを標準装備。プラスチックのトレーは脱着でき、持ち手が付いているので汚れものなどの収納に便利
フロントのトランク(通称フランク)は容量62Lを確保

 シートに座ってまず思うのは、室内空間の作り込みの素晴らしさ。インパネの造形は彫刻のように力強く立体的で、派手さはないがシックかつ威厳がある。メルセデスの巨大なモニターと比べてしまうと2段式のデジタルモニターは少し物足りないが、そこに決定的な商品力の差があるとはまだ思えない。インフォテイメントで差を付けるなら、早くクルマをベラベラしゃべらせたほうが勝ちだと思う。

ステアリングは3スポークレザー・マルチファンクション・パドルシフト付きを標準装備
シフトセレクターは突起状の先端にあるシルバーの部分を前後に動かす。パーキングボタンは横面に配置されている
センターコンソールには、12VのアクセサリーソケットとUSB Type-Cポートを2つ完備
10.1インチ(上)と8.6インチ(下)の2段式デジタルモニターを採用。下段のタッチ式エアコンコントロールパネルでは、後部座席の左右の温度設定や風量の個別調整も可能。試乗車はオプションの「インテリアパッケージ」によって4ゾーンデラックスオートマチックエアコンディショナーを追加装備

 そんなQ8 e-tronで筆者のお気に入りは、センターコンソールにあるシフトセレクターだ。久しぶりに乗ると操作方法をつい忘れてしまうのだけれど、この横に握るタイプのレバーは、慣れるとかなり使い心地がいい。台座がしっかりしていて、指先を動かすだけで走行レンジが選べるから、とても先進的な気分になれるのだ。

高解像度12.3インチカラー液晶フルデジタルディスプレイに、ドライバーに必要な情報を目前に表示する「バーチャルコックピット」を標準装備。スピードメーター、パワーメーターの大きさをステアリングホイールのボタンで変更可能なほか、ナビゲーション、アシスタンスの稼働状況などに加え、充電や回生システム、EV走行などの情報を、目線を前方からそらさず確認できる
バッテリEVは残電池量や航続可能距離の表示が充実している

 というわけで、走り出す。試乗路はかなり路面が荒れていたけれど、室内はとても静かで高級感に満ちていた。ちなみに試乗車はオプションの「サイレンスパッケージ」を装着していたようだが、そもそもの気密性や遮音性も、かなりハイレベルだと思う。EVはエンジン音こそしないが、その分だけロードノイズか風切り音が目立つもの。それがスパッと遮断されている。

 アウトプットも、そつなく盤石だ。車重が2600kgあるから300kW(約408PS)/664Nmのシステム出力を持ってしてもフラットアウトした加速は割と平凡だが、アクセルオン時のトルク制御は洗練されていて、どこからでもスムーズに加速できる。

減衰力をコントロール可能なエアスプリングサスペンションを標準装備していて、走行状況に応じて車高が76mmの範囲で変化するほか、走行モードによってもベース車高が変化する
センターディスプレイ内で車高の調整も可能

 ただ極端に言えば、速度を上げていってもその世界観はまったく変わらないから、贅沢な言い方をするとちょっと走りが退屈だとも言える。もちろんこのどんな速度域でも、どんな路面状況でもクールに走る性能こそがアウディを選ぶ理由なのだけれど。

Q8 55 e-tron quattro S lineの室内はとても静かで高級感に満ちていた

 個人的にはダブルウィッシュボーン・サスペンションの剛性の高さや、モーターAWD制御の素晴らしさを、もう少し分かりやすく感じさせてくれてもよいのにとは思う。「オート」モードの制御があまりに良すぎて、その他のモードとの差が感じられないのだ。特にアウディは、動的なエモーショナルさの演出が薄い。

気密性や遮音性はかなりハイレベル

 もっともこのQ8 e-tronがただの「アウディ e-tron」だったとき(つまり2018年当時だ)、インフラや航続距離の問題はあったが、筆者はまるでそれが普通のSUVに乗っているかのごとく、普通に使えることにすごみを感じた。

 そういう意味で言うとアウディは、Q8 e-tronで「EVを日常化する」という目標を、ある程度クリアしたのだと思う(インフラと航続距離の問題は、EV全体の命題だ)。

アクセルオンすれば、どこからでもスムーズに加速できる

 だからこそアウディには次のフェイズで、今度は未来を先取りするようなEVを作ってほしい。誰もが「こんなクルマに乗ってみたい!」と思うような、ワクワクするEVがそろそろ出てもよい時期になってきたと思う。

アウディの「e-tron」シリーズはすでに完成領域に達していると思うので、さらにワクワクさせてくれる次世代のバッテリEVの登場が待ち遠しい
山田弘樹

1971年6月30日 東京都出身。A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。日本カーオブザイヤー選考委員。自動車雑誌「Tipo」の副編集長を経てフリーランスに。編集部在籍時代に参戦した「VW GTi CUP」からレース活動も始め、各種ワンメイクレースを経てスーパーFJ、スーパー耐久にも参戦。この経験を活かし、モータージャーナリストとして執筆活動中。またジャーナリスト活動と並行してレースレポートやイベント活動も行なう。

Photo:安田 剛