試乗記

立山黒部アルペンルートに導入されたBYDの最新EVバス「K8」を体験

4月15日に立山黒部アルペンルートの「立山トンネル電気バス」として運行を開始した、BYDのEVバス「K8」に試乗する機会を得た(写真はBYD Auto Japan株式会社 東福寺厚樹代表取締役社長[左]、ビーワイディージャパン株式会社 執行役員副社長 石井澄人氏[中]ら関係者)

富山県と長野県をつなぐ「立山黒部アルペンルート」でK8の運行開始

 完成度の高いEV(電気自動車)をリアリティのある価格で販売し、話題を集めるBYD。先だっては「日本専用設計の軽EVを2026年に導入予定」と発表するなど、そのスピード感のある商品戦略には確かに大きな勢いを感じる。

 しかしその一方でBYDは、実はかなり地道なビジネスもこの日本で展開している。それは商用車の分野であり、2015年から日本導入を開始したEVバスは、その累計販売台数こそ350台と小規模ながら、この10年間で日本国内のシェアを7割強まで広げている。

 そんなBYDのEVバスが、また新たに日本での運行を開始した。場所は富山県と長野県をつなぐ「立山黒部アルペンルート」だ。それは立山山頂への入り口となる「室堂」駅と、立山ロープウェイの終点となる「大観峰」駅をつなぐおよそ3.7kmの道のりで、計8台のBYD製EVバス「K8」が運行に携わることになったという。そしてこの一般公開運行が4月15日に始まるというタイミングで、筆者もK8バスを体験してきた。

 ちなみに運行開始となった4月15日は、BYDのSUV型EV「シーライオン7」の発表および発売日でもあった。ということでBYDジャパンは、発売されたばかりのシーライオン7でメディア向けに長距離試乗会を企画。筆者たちを含めたメディアグループは、横浜みなとみらいのBYDジャパン本社から富山県にある立山駅を目指したのであった。

K8はどんなバス?

 富山駅周辺の宿で1泊を挟み、翌朝「立山駅」へ。

 しかし出発の間際になって、ケーブルカー運行中止のアナウンスが発表された。前夜から降り続く雪の除雪が間に合わず、美女平~室堂駅間の連絡手段となる立山高原バスが終日運休を決定したからだった。室堂といえば深さ20mを越える雪壁「雪の大谷」が有名。6月下旬まで雪が残る地域だけに、こうした状況は珍しくないのだという。

 かたや長野県側からの通行は可能とのことで、筆者たちは再びシーライオン7で赤沢岳のふもとにある「扇沢駅」へと移動することに。途中1回の充電を挟み、3時間ほどで扇沢駅に到着した。そこから関電トンネル電気バスと黒部ケーブルカー、立山ロープウェイを乗り継いで、ついに「立山トンネル電気バス」の出発駅となる「大観峰」にたどり着いたのであった。

「立山トンネル電気バス」のK8バスは大観峰駅~室堂駅間をつなぐ。取材陣は富山県の立山駅からK8バスの試乗をする予定だったが、雪の影響で急遽長野県側の扇沢駅から目指すことに。まずは扇沢駅から関電トンネル電気バスで黒部ダムへ。なお、立山黒部アルペンルート(富山県側の立山町「立山駅」から長野県側の大町市「扇沢駅」)の総距離は37.2km
続いて黒部湖駅から黒部平駅までは黒部ケーブルカーで移動。写真でご覧になっていただいても分かるほどの傾斜!
次に黒部平駅から大観峰駅までは立山ロープウェイで移動。この日は雪が降り続き景色を楽しむことはできなかったが、晴れた日には望外な景色が望めるに違いない。駅には「立山トンネル電気バス」のデビューをアナウンスするポスターも
室堂駅に到着。周囲はホワイトアウト状態と言っていいほどの雪と強風に見舞われた

 1万500×2495×3270mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは5300mm。BYDは現在3種類のEVバスを製造しているが、その中で「K8」は一番大きなサイズだ。乗車定員数は座席の仕様によって、76人乗りと80人乗りの2種類がラインアップされている。

 BYD製「ブレードバッテリー」の容量は314kWhと、今回試乗してきたシーライオン7(82.56kwh)のおよそ3.8倍もある。とはいえその車重は総重量で1万6200kgもあるから、航続可能距離は240km(冷房起動時)と、乗用車ほどではない。

 充電はCHAdeMO 90kWに対応しており、フルチャージまで約3時間。立山トンネルバスの運行距離は片道約3.7kmと短いから、導入した8台(運行は3台1組をローテーションして、2台は予備)を計画的に稼働すれば、EVでも十分に運行が可能だ。そして1日の運行を終え、基地にあるCHAdeMO(35kW)で一晩充電すれば、翌日に備えることができるという。これまでトロリーバスを自社メンテナンスしてきた経験から基本的な整備は立山黒部貫光が自ら行なっており、必要なときにBYDジャパンが協力する体制が取られている。

大観峰駅~室堂駅間をつなぐ「立山トンネル電気バス」のK8バス。計8台導入されたという
K8バスのボディサイズは1万500×2495×3270mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは5300mm。ラッピング以外に特別な装備はとくにないそうだが、常に暗いトンネル内を走るということでフロント上部の行先表示器は目立つよう黄色に。またフロント部のバッヂは「立山トンネル電気バス」導入前に使われていたトロリーバスから引き継いだものだという

優しい乗り味で公共交通機関との相性は非常によい

「立山トンネル電気バス」に乗ってみた

 さてその乗り心地はというと、まさに「EVのバス」である。

 いわゆるディーゼルバスと比べて発進加速が圧倒的になめらかで、速度がスムーズに上がる。そして巡行中は極めて静かだ。いわゆるEVの長所がそのまま反映された優しい乗り味で、公共交通機関との相性は非常によいと感じた。

 またこうしたEVの特性はドライバーの負担も大きく減らしてくれると、ビーワイディージャパン副社長である石井澄人氏が教えてくれた。石井氏の前職は三菱ふそうで、トラック/バスに関してはプロフェッショナルだ。その石井氏は「一番大きく違うのは変速ショックがないことです。バスの運転手さんは乗客のみなさんのために毎回非常に神経を使って運転をしているんですね。丁寧なアクセルワークで、なるべく変速ショックを出さないように運転しています。それがEVバスになると変速の必要がなくなります。加減速もスムーズですから、運転手さんからもストレスが減ったという声をたくさんいただいています」という。

ビーワイディージャパン株式会社 執行役員副社長 石井澄人氏

 現状バスのトランスミッションは、そのほとんどがシングルクラッチを電子制御するAMT(セミオートマチック・トランスミッション)だという。トルコンATでは路線バスで一般的に7000~9000cc、高速バスや観光バスに至っては1万~1万3000ccのエンジンが発生するトルクを受け止め切れないからだ。AMTは確かにクラッチペダルレスだが、電子制御のシングルクラッチ車を運転したことがある人なら分かるだろう、クラッチそのものはあるからその断続や、加速をスムーズに行なうにはアクセルワークのコツがいる。それをバスレベルで行なうのだから、確かに神経はすり減るだろう。

 EVバスだとこうした負担がなくなるだけでなく、たとえばダイヤの微妙な遅れを取り戻す必要がある場合なども、乗客に悟られることなくスムーズにその差をリカバリーできるのだという。

 ちなみにその最高速度は70km/hで、高速巡航を考えていないためアダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)の設定はない。回生ブレーキは3段階で、一番強い状態ではいわゆるワンペダル運転も可能。コクピットは液晶メーターが目新しく、左側には出力が「kW」で表示され、アクセルオフでは回生ブレーキが効いてマイナス表示に。右側にはスピードが表示され、中央にはパワーデリバリーの状況を表示。シフトレバーによる切り替えは「D」「N」「R」の3パターンで、エアコンは客室の温度が大きく表示されていた。

「立山トンネル電気バス」のメーターまわり

 BYDは消費者にとって一番重要な価格戦略で間違いなくEVシーンをリードしているが、乗用車では充電インフラや航続可能距離の自由度から、まだまだ日本ではEVが一般的だとは言いがたい。しかし今回取材した「立山トンネル電気バス」のような、距離が定められた環境下であれば、数こそ少ないがEVのメリットを回収しやすいと感じた。立山黒部貫光や関西電力がディーゼルバスからトロリーバスへ切り替え、EVバスを採用した背景には、その経済性やドライバビリティだけでなくトンネル内の排気問題を解決し、環境を保護するという目的がある。ヤマト運輸がホンダ「N-VAN e:」を導入して環境性能だけでなく燃料コストを改善したように、行動範囲が定まった“働くクルマ”は乗用車よりもEVを普及させやすいのではないだろうか?

 とはいえ路線バスや観光バスにおいても、まだまだ充電インフラが確立されていない。そしてこうした状況に対して、BYD副社長である石井氏が「国産メーカーさんたちとの協力が必要です」だと語ったのは興味深かった。

 いわく「国産メーカーでEVバスを出されたのは、去年でいすゞさんが初めてなんですね。つまり乗用車と同じで、EVバスはまだまだ始まったばかりの分野なんです。ですから国産メーカーさんがEVバスの製造を始めてくださると、われわれも一緒になって国に働きかけやすくなると思います。観光バスといってもある程度走る場所は決まっているので、特定した形でEVバス用の充電ステーションは作れるはず。次のステップはそこですね」と語ってくれた。

 ちなみにいすゞは、国内初のEVフルフラット路線バス「エルガEV」を2024年5月に発売した。しかしまだまだその他の国産メーカーは慎重派が多いようだ。

 その主な理由はずばり価格と投資効果で、この点でもBYDは抜きん出ているのだが、まだまだ始まったばかりの分野だけに、共に市場を作り上げていきたいという意思があることには新鮮さを感じた。

 現状はまだディーゼルハイブリッドの方が現実的だという意見や、FCV(燃料電池車)の方が充填速度が速いという考え方もあるだろう。こうした多様性を認めつつも、商用車EVがどのように発展していくのかは非常に興味深い。

商用車EVがどのように発展していくのか、今後の動向を見守りたい
山田弘樹

1971年6月30日 東京都出身。A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。日本カーオブザイヤー選考委員。自動車雑誌「Tipo」の副編集長を経てフリーランスに。編集部在籍時代に参戦した「VW GTi CUP」からレース活動も始め、各種ワンメイクレースを経てスーパーFJ、スーパー耐久にも参戦。この経験を活かし、モータージャーナリストとして執筆活動中。またジャーナリスト活動と並行してレースレポートやイベント活動も行なう。

Photo:安田 剛