インプレッション

トヨタ「ランドクルーザー70」

すべてが懐かしい“30年前のクルマ”

 売れないと嘆いているクルマもある一方で、こんなクルマがあるというのは実に興味深い話だ。こういったケースは、ごくまれにシエンタのような例もあるが、あまり過去に聞いたことがない。30年前に登場したあと、10年前には日本国内での販売が終了していたのに、このたび再販される運びとなった「ランドクルーザー70」(ランクル70)のことである。

 実は海外ではずっと現役モデルとして販売されていたことは、ファンの間ではよく知られていた。今でも売れる台数が伸び続けているらしい。そんなランクル70だけに、日本のファンからは国内での再販を求める声が絶えなかったところ、ついにその声に応えようとトヨタが動いた。誕生30周年を記念して、期間限定で発売されることなったのだ。

 そして発売後、富士山麓にあるオフロードコースと周辺の一般道でランクル70に試乗する機会を得た。

「質実剛健」という言葉がピッタリないでたちが懐かしいところだが、記憶にある姿とやや印象が違うのは、日本で販売終了となったあと、2007年にマイナーチェンジしてフロントまわりをリフレッシュしているから。また、その際にはより排気量の大きいエンジンを搭載するために、ラダーフレームのフロント側をワイドトレッド化するなど新たに設計し直した部分もあるそうだが、全体の基本設計は30年前のままだ。

ランドクルーザー70 バン(ベージュマイカメタリック)

 ドアを閉めたときに聞こえる音や、角度が立った平らなフロントウインドーから外界を眺めるのは懐かしい感じで、ほっこりとした気分になる。

 また、今回はバンだけでなく、これまで国内未導入だったピックアップが発売されたこともビッグニュースだ。しかも、数ある仕様のなかから5人乗りのダブルキャブが選ばれたというのもさらに“刺さる”ところ。とんがったクルマを好む人には、この設定は願ってもないチャンスだろう。

ランドクルーザー70 ピックアップ(ブルー)

基本性能の高さがものをいうオフロード走破性

 世界で活躍するランクル70は、サービス網が整備されていない土地でもユーザーが修理に困らないよう、敢えて電子制御デバイスを極力排していると開発者から説明された。それだけに、現状ではABSこそ付くようになったものの、トラクションコントロールや横滑り防止装置などは「搭載を検討中」とのことで、今のところ装備されていない。ただし、試乗車にはオプションの電動デフロックが装着されていた。

 思えば、このところオフロードコースを走る機会がしばしばあったとはいえ、そのクルマの走破性の高さを伝えるというより、電子制御デバイスのおかげでいかに楽に走れるかをリポートするのが役目という感じだった。しかし、今回は違う。正真正銘、自分で操って“素のまま”のクルマの力を引き出し、道なき道を乗り越えていくのだ。

 トランスファーノブをよほどの場面でなければ選ぶことのない「4L」モードに切り替えてコースイン。目の前に現れる難所を、アクセルの踏み具合に注意しながら前に進んでいく。ときおり路面の状況によってタイヤが空転してスタックしそうになるが、そんなときは電動デフロックを駆使すればよい。ダイヤル式のスイッチを操作して、まずは後輪のみをロック。それでもダメなら前輪もロックさせる。4輪をロックさせると、クラッチをつないだ瞬間に車体がスッと前に進む。

 後輪だけロックさせると後方から押される雰囲気で、さらに前輪もロックさせると前からも引っ張ってくれる感じも加わり、脱出力は格段にアップする。まさしく基本性能が高いからこそ、セオリーどおりに運転すれば相当な悪路だって走破できる。ただし、前輪をロックさせた状態ではタイトターンが曲がれないので、必要がなくなったら電動デフロックは早めに解除したほうがよい。

大きな凹凸が設けられたモーグル路。こんな悪路を走るときに、副変速機の「4L」モードや電動デフロックが大きな助けになる。長いシフトレバーの右側の少し低い位置にあるのが副変速機のトランスファーノブ。ステアリングコラムの左側に設置されているのが電動デフロックの操作スイッチだ
通常ならデフギヤが差動して宙に浮いたタイヤが空転するような状況でも、左右のタイヤをロックさせる電動デフロックによって接地しているタイヤに駆動力が伝わり、車体をスッと前進させてくれる
ランドクルーザー70 バンによるモーグル路の走行シーン

 ほかの人が試乗中のクルマが走る様子を眺めていると、前後のリジッドアクスルが見た目には不自然なほどなが~く伸びて、地面をしっかり捉えているのがよく分かる。逆に、それほどサスペンションストロークがない最近のSUVでも、似たような場面でなんとか走れてしまうのは、そのクルマに与えられた電子制御デバイスががんばって仕事をしている結果であるということも、あらためて認識したわけでもある。

 クルマ任せで楽に走れるということも、それはそれで素晴らしいことには違いない。しかし、ランクル70には自分の力でクルマの状態を確認しながら操る醍醐味があり、そしてそれに応える高いポテンシャルがあるのだ。

 バンとピックアップではホイールベースやトレッド幅、装着タイヤなどが異なるので、走った感覚にも違いはある。オールテレーンタイヤを履くバンよりも、剛性の高いリブラグパターンのライトトラック用タイヤを履くピックアップのほうが、こうした悪路では高いグリップが得られる。

バンはアルミホイールを標準装備。タイヤサイズは265/70 R16でオールテレーンタイヤを採用する
ピックアップではグレーに塗装されたスチールホイールを採用。7.50 R16サイズのライトトラック用タイヤを組み合わせる
ランドクルーザー70 バンによる沢登り、アップダウンの走行シーン

トルクフルなエンジンとスローなステアリング

 舗装路を走ってとやかくいうクルマではないことは承知しているが、やはり最近の快適性を重視したSUVと比べると、音や振動はそれなりに大きく感じる。とはいえ、それは予想していたものよりずっと小さく、けっして「不快」と表現するような印象ではない。

 4.0リッターのV型6気筒ガソリンエンジンはとてもトルクフルで、2tを超える車体を引っ張るのになんら不満はない。これをストロークが長いシフトレバーを操って走る感覚も懐かしい。ATの設定がないことを惜しむ人もいるだろうが、MTだからこそ欲しいという人も少なくないはずだ。

 スローレシオなステアリングも、これまた今どきない感覚。慣れるまでは切り遅れがちだったが、これのおかげでゆったりとリラックスして走れるし、オフロードでの走りやすさにつながっていることに違いない。

 昔ながらのシンプルなインパネは、今どきのクルマのようにくまなく収納スペースが設定されているわけではないが、聞いたところでは、1度目の販売終了前よりも多少は使いやすさに配慮して改良が加えられているらしい。

 視界は良好。Aピラーが細く、サイドウインドー下端が低くなっていて、ドアミラーがドアから少し離れた位置に付いているので死角が小さい。特筆すべきはカーナビだ。ほかの部分は昔ながらなのに、オプション設定のカーナビだけはDCMパッケージも選べる最先端のT-Connectナビが用意されていることにちょっと驚いた。

 ベンチタイプのリアシートはタンブルが可能で、バンなら必要に応じて相当に広い荷室をつくりだすこともできる。リアシート下の床はフラットな造り。リアシートは横幅が広いので中央でも座るだけなら苦にならないが、ヘッドレストがなかったり、シートベルトが2点式なのはいたしかたない部分だろう。ほかにも、室内や荷室のマット類の収まりがいまひとつだったり、パネル類のチリが合っていなかったりするが、まぁご愛嬌ということで。

Aピラーが細く、アイポイントも高いので運転席からの視界は良好
深さのあるフロントコンソールボックスは、悪路走行で車体が前後左右に傾いたときでも、収納したものが落ちてしまわないための工夫
フロントシートはオフロード走行時に乗員をしっかりとホールドするバケットタイプ。リアのベンチシートは前方にタンブルしてラゲッジスペースを拡大できる

 あれやこれやとランクル70に触れて、とてもほっこりとした気分になった。そんなランクル70が買えるのは2015年の6月末まで。30年前に基本設計されたクルマが新車で買えるというのは、やはりファンにはたまらないはず。この先、長く楽しみたい人はこの機会を逃す手はない。そして筆者も、定番のバンももちろんよいのだが、やけにピックアップに惹かれてしまった自分に気づいたりしている……。

荷台スペースは1520×1600mm(荷台長×荷台幅)。リアゲートのみが開閉し、金属製のチェーンで水平に支えられる
リアシート後方のウインドーは中央から左右に開くようになっている

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:安田 剛